軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十話「酒の祭典:その四」

十月二十四日の夕方。

カクテルの出し物が終わり、そのまま演壇から降りようとしたが、カトリーナ王妃に止められる。

「忘れていることがございませんこと?」

何が言いたいのか分かっているが、「忘れていることですか?」と、とぼけて聞き返す。

「ネザートンとフォルティスのお酒に名前を付けていただくことですわ。新しいお酒に名前がないのは不便ですもの」

六月にドワーフ・フェスティバルの話が出た時、王妃からそんな提案があった。

「確かに不便ですが、私が付けなくてもいいのでは? 自分たちの酒に自分たちで気に入った名前を付ける方がいいと思うのですが」

正直なところ、いい名前が思いつかなかったので、うやむやにしようと思っていたのだ。

「どちらの職人たちもロックハート家に付けていただきたいと思っておられます。ここまできたら最後まで面倒を見るべきだと思いますわ」

王妃の言葉に「そうじゃ!」とドワーフが声を上げる。

周囲を見ると、俺に視線が集中しており、そのまま逃げることは無理だと諦める。

「それでは少しお時間をください」と言ってその場を後にする。

正直なところ、ネザートンのコーンウイスキーは何とかなりそうだが、フォルティスのジャガイモの蒸留酒については苦しい名前しか思いつかなかった。

その理由だが、ネザートンは蒸留所の責任者が苦労しているが、フォルティスは大きな問題もなく、蒸留所に関わった者の名を付けるほどの功績がないのだ。

(どうするかな……ウオッカではこの世界の言葉とあまりに異質だし……やはりあれにするしかないか……)

考えをまとめると、父の下に向かう。

「ネザートンとフォルティスの酒の名前を考えました……」と父に説明していく。

「なるほど。まあ意味は分からんでもないし、受け入れてくれるだろうな。で、私が発表すればよいのか?」

「父上から発表していただき、意味は私が説明しようと思っています。反発を受けることはないと思いますが、正直微妙なので私の方が適任かと」

父と簡単な打ち合わせの後、演壇に戻っていく。

多くの人々は既に自分たちの区画に戻っていたので、この場で発表せず、ネザートンとフォルティスのそれぞれの区画の前で発表することにした。

そのことを伝えると、ドワーフたちは名前が気になるのか、ジョッキを持ったままぞろぞろとついてくる。

ネザートン支部に割り当てられた区画に到着した。

支部長のカール・クリューツを見つけ、「ネザートンの酒に名前を付けてもいいか?」と念のため確認する。

「もちろんじゃ! 誰かバートラムを呼べ! ロックハート家が名前をくれるそうじゃ!」

蒸留所の責任者であるギルド職員、バートラムが鍛冶師に引っ張られてきた。

「名前をいただけるのですか」と信じられないという顔で聞いてきた。

「ああ、誰もが納得できるかどうかは分からないが」と答え、父に向かって、「お願いします」と伝える。

父は「分かった」と答えると、カールとバートラムの前に立ち、

「それではネザートンのコーンの蒸留酒に名を与える!」

そこで一旦言葉を切る。周囲は息を飲むように静まり返った。

父は戦場で鍛えた大音声でその名を告げた。

「ネザートンの酒は、“バーヴォン”と名付ける!」

名が告げられたが静まり返ったままだ。

そこで俺がすかさず名の由来を説明する。

「今回の最大の功労者はバートラムだ。しかし、彼一人では成し遂げられなかった。ヴォーン蒸留所の職人たちがいなければ。その名を合わせ、バートラムヴォーンとしたが、呼びづらい。そこで呼びやすいように“バーヴォン”と縮めることにした」

理由を聞き、バートラムが目を見開いていく。そしてわなわなと震え始める。

「私の名が……」

「そうだ。俺にとってすら未知の材料であるトウモロコシを使って、よくぞここまでのものを作り上げた。その功績はスコットたちに劣るものではない。カール、この名はどうだ?」

そう言ってカールに視線を送る。

「素晴らしい名じゃ! 儂に異存があろうはずはない! ジーク・スコッチ! ジーク・バーヴォン!」

その言葉にネザートン支部のドワーフたちもジョッキを掲げて賛同する。

「この酒はこれから大きく化けると断言する! プレッシャーも多いと思うが、これからも精進してほしい」

バートラムは「は、はい……」と感極まって言葉にならない。最後には膝を突いて号泣し始めた。

その横ではドワーフたちが「ジーク・スコッチ!」、「ジーク・バーヴォン!」と叫び続けている。

ネザートン支部ではお祭り騒ぎになったが、まだフォルティス支部に行かなければならない。

フォルティス支部はネザートン支部の区画のすぐ近くで、今の出来事をしっかりと見ていた。

支部長のルディガー・ナイチェルが「こっちじゃ!」と叫ぶ。

「儂らの酒にもよい名を頼むぞ」

正直、こちらは今のような騒ぎにはならないと思っているので、「ああ」と言葉を濁すしかなかった。

父と一緒にフォルティス支部のドワーフたちの前に立つ。その後ろには蒸留職人たちもいるが、どのような名が付くのかと興味深く見ている。

その視線を受けながら、父がルディガーの前に立つ。

「それではフォルティスのジャガイモの蒸留酒に名を与える……“スピリッツ”もしくは“フォルティス・スピリッツ”とする!」

ルディガーが「スピリッツ?」と首を傾げる。他の者たちも戸惑うような表情をしていた。

そこで俺が説明を始める。

「無色透明の強い酒。そして、これはどのような素材とも組み合わせることができる酒だ。強く、そして仲間と手を取り合う姿は、フォルティスという厳しい土地で国を作り上げた、傭兵の 魂(スピリッツ) そのものだと思ったんだ……」

そこで反応を見つつ、説明を続ける。

「……無論それだけじゃない。この 魂(スピリッツ) は職人たちの魂でもあり、フォルティスのドワーフの魂でもある……そんな酒に育ってほしいと思って名を付けた」

俺の説明が終わっても周囲は静かなままだった。

失敗したかと思ったその時、いきなりドワーフたちの「「ジーク・スコッチ!」」と叫ぶ怒号に包まれる。

久しぶりに怒号を受けたが、幸いなことに屋外であり、鼓膜をやられることはなかった。

一分ほどドワーフの歓喜の声が続いた後、ルディガーが涙を流しながら俺の肩を叩く。

「まさに儂らの酒に相応しい名じゃ! スピリッツ……大いに気に入ったぞ! ジーク・スコッチ! ジーク・スピリッツ!」

どうやら気に入ってもらえたらしい。

ただ俺としては微妙だ。

スピリッツは元の世界ではハードリカーを表す言葉だ。定義や由来ははっきり覚えていないが、ジャガイモの蒸留酒だけに付けられていたわけではない。

「まあよいではないか。これだけ喜んでくれるのだから」と父が慰めてくれた。

俺たちに付いてきていたカトリーナ王妃が「素晴らしいですわ! さすがはザックさんです!」と褒め称え、ウルリッヒたち総本部の鍛冶師たちも頷いていた。

酒への名付けが終わると、再び飲みモードになった。既に人間の客は飲みすぎたのか、ほとんど酒には手を出さず、家に帰る準備をしている。

一方、ドワーフたちは調子が出てきたとでもいうようにスコッチの樽を次々と空けていく。今回は若いドワーフが多く、普段は月に一回程度しか飲めないので、ここぞとばかりに飲んでいるのだ。

ビールやワインは九割方無くなっているが、スコッチはまだ十分にある。十分と言っても明日の昼までには確実になくなるだろうが、人数が増えることを想定していたようで、村のスコッチを追加で出すことは避けられそうだ。

日が傾き始めた頃、ロックハート家の従士とギルド職員が灯りの魔道具を用意していく。灯りの魔道具は館ヶ丘の防壁の上とベンチ近くに設置され、次々と点灯される。

日が完全に落ちる頃には淡い光が草原を照らしており、楽しげに乾杯を続けるドワーフたちの影が踊っていた。

「お疲れ様」と言ってリディたちが近づいてくる。

「そっちもお疲れ。ようやく落ち着けるな」

彼女たちも裏方として働いていたが、ギルド職員たちが気を利かせてくれたようだ。

「イグネイシャス様からの差し入れだよ」とベアトリスが生ハムとチーズの盛り合わせた皿を差し出してきた。

「シーウェルの生ハムとチーズか。美味そうだな」

皿に手を伸ばそうとすると、メルが大ぶりのワイングラスを差し出し、

「昨年のシーウェルワインだそうです。まだ若いですけど出来がよかったとおっしゃっていましたよ」

ワインを受け取り、香りを嗅ぐ。

黒ブドウの芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、口を付けると一気に果実香がそれに代わる。

「本当に美味いな。そういえば、今年の分はまだ飲んでいなかったな」

シーウェル侯爵家から毎年三月頃に五樽のワインを贈られている。これは兄の結婚式の時にベアトリスがシーウェル侯の嫡男に絡まれたため、侯爵家から謝罪として贈り続けられている。

いつもなら自分たちでボトルに詰めるのだが、今年の春は村にいなかった。そのため、予め用意しておいたボトル二千本分だけ村人に詰めてもらい、残りは村の酒場で出している。

チーズをつまみながらワインを飲む。

「なんか落ち着いたって感じだな」という言葉が自然と口をつく。

「そうね。去年の今頃って船に乗っていたのよね。ずいぶん昔のことのように思うわ」

リディがそう言って同じようにワインを飲む。

まったりとした時間を楽しもうと生ハムに手を伸ばしたところで、ギルド職員が申し訳なさそうに声をかけてきた。

「ビールの温度調整をお願いしたいので、ザカライアス様かシャロン様にお越しいただきたいのですが……」

「俺が行こう」と言って立ち上がる。

「ビールは落ち着いたと思ったんだが?」

「ゲールノート様が黒ビールが冷え過ぎではないかとおっしゃられております」

以前なら冷えすぎていてもそのまま飲んでいたはずだが、ゲールノートもビールの温度に拘るようになったようだ。

「そういうことなら仕方ないな。酒は美味しく飲まないとな」

恐縮している職員と共にゲールノートが待つ区画に向かった。

■■■

ウイスキー研究家として名高いG・E・マーチャントの著書、「ドワーフ・フェスティバル~ドワーフとウイスキーの歴史を辿る~」には以下のような記載が載っている。

『……トリア歴三〇二六年十月に行われた“ドワーフ・フェスティバル”は史上最大の酒の祭典として人々の記憶に残っている。その規模はドワーフが三千九百二十一人、その他の種族が約二千二百人と六千人を超えていた……ドワーフの飲酒量がその他の種族の十倍以上と考えると、五万人規模といっても過言ではない。すなわち、大都市の人口に匹敵する規模の祭典が辺境であるラスモア村で行われたのだ……』

マーチャントはその規模の異常さを、例を挙げて説明していく。

『……当時、五万人の人口を誇る都市は商業都市アウレラ、冒険者の街ペリクリトル、カエルム帝国の交通の要所エザリントンなどだ。それを超える規模の都市はカエルム帝国の帝都プリムス、ルークス聖王国の聖都パクスルーメン、ラクス王国の王都フォンス、サルトゥース王国の王都ラウルスしかなかった……五万人を超える規模のイベントは帝都プリムスで行われる凱旋パレードがあるが、パレード自体は二時間ほどで、丸一日以上続けるようなものではない。これだけの規模のイベントはその当時はもちろん、現在に至るまで行われたことはないのだ。その巨大なイベントを計画し実行したザカライアス・ロックハート卿の行政手腕は帝国の名宰相フィーロビッシャー公に匹敵すると言われ……』

その祭典の意義についても記載されていた。

『……この祭典において、ロックハート家とラスモア村の蒸留所がいかにドワーフたちの支持を得ていたかを客観的に示した……世界中の人々はドワーフとロックハート家が一体であるという認識を新たにしたのだ。このことはザカライアス卿の意図したことではなかったが、この後に起きたカエルム帝国とルークス聖王国での政変において、ロックハート家が……』

そして著者が最も興味を引いた事柄について説明していく。

『……このイベントでは二つの 革新的な事柄(エポックメーキング) があった。一つにはスコッチだけに拘っていたドワーフたちに新たな蒸留酒の可能性に目を向けさせたことだ。それ以前よりブランデーやカルバトスはある程度支持されていた。しかし、それらの酒ですらスコッチの合間に飲む酒という認識が強く、他の蒸留酒に至っては代用品ですらないと思われていた……しかし、このイベントに参加した若いドワーフを中心に、比較的安いバーヴォンやラム、スピリッツが飲まれるようになる……』

更に“カクテル”についても言及されていた。

『……もう一つのエポックメーキングは後に“カクテル”と呼ばれるようになった飲み方が定着したことだ。それ以前にも一度だけザカライアス卿により紹介されているが、知名度はそれほどでもなかった。これは素材となる酒の種類が少なかったことが原因と考えられる。しかし、三〇二六年のドワーフ・フェスティバルにおいて紹介されると、商人たちはドワーフ以外に販路を広げる最適な飲み方であると考え、様々な提案がなされるようになった。その陰にはカウム王国のカトリーナ王妃の努力があったとされる……この時を境に大都市では酒場にカクテルなる飲み物が提供され始め、新しいものを好む若者たちを中心に酒場文化が花開いていった……』

そして、その“カクテル”という名称についても記載されていた。

『……“カクテル”という名が定着した時期は三〇四〇年代と言われているが、その由来ははっきりしていない。“ 雄鶏(コック) の 尾(テール) ”という意味がなぜ酒を混ぜ合わせて飲む物の総称になったのかはっきりしないのだ……一説にはザカライアス卿がその名を使ったとされているが、彼が公式の場でその名を使ったという記録はなく、逆に名前がないと言い続けていたことは鍛冶師ギルドの記録やシャロン・ロックハートの日記など、信頼できる文献にはっきりと記録されている……この説に対して筆者が思うことは、酒に関する限りザカライアス卿が関わっているという先入観が作り上げた幻想ではないかということだ。ただ、彼ならば我々が驚くような意味で使ってもおかしくないとも思っている……』