軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十一話「王妃からの情報」

十一月二十三日。

史上最大のドワーフ・フェスティバルが終わり、一ヶ月が過ぎようとしていた。

秋も深まり、ラスモア村に木枯らしが吹き始め、村人たちは冬支度を始めている。

ドワーフたちが村を去る時、ルナやセオたちが世話になった総本部や帝都支部などには 長期熟成酒(ザックコレクション) や俺のブレンドしたスコッチなどを贈っている。

ドワーフたちに感謝を伝えるためには酒が一番だが、彼らにも矜持があり、友のために骨を折ったことに礼は不要といわれるので、美味い酒を持ってきてくれた礼だと言って渡している。

受け取る方も俺の意図は分かっているが、ロックハート家が感謝を伝えたいという想いを汲んで受け取ってくれた。

祭の余韻は十日ほど続き、ようやく日常が戻ってきた感じだ。

レイ・アークライトの魔法陣の解析結果を論文にまとめることや、中途半端に作りかけていたニコラスの義手の製作など、時間がなくてできなかったことを少しずつこなしている。

ニコラスの義手だが、恩師ラスペード教授から新たなアイデアが送られてきたことと、アークライトの魔法陣の解析で得た知識を使い、何とか実用レベルのものに仕上がっている。

義手はベルトラムに作ってもらったミスリル製の精巧なガントレットに、 飛竜(ワイバーン) の翼の皮膜で作った手袋を仕込み、それを風属性魔法で動かす贅沢なものだ。

五本の指で物を握ることができ、その強さも調整が可能なため、文官の仕事なら何とか使える。と言っても、不便さは残っているため、更なる改良を試みているところだ。

酒造りだが、こちらも今まで以上に力を入れている。特にブレンデッドウイスキー作りに嵌っていた。

ドワーフ・フェスティバルで多くの種類のスコッチが持ち込まれた。その時、それらを試飲用として二十リットルのステンレスタンクに分けてもらっていた。

その数は三十種類以上にもなり、いろいろと混ぜてより美味い酒にならないか試していた。

これは趣味というわけではなく、村に修行に来ている職人たちの修行も兼ねている。

今回の祭では新たな酒が思いのほか受け入れられた。そのため、作る職人たちも今までのような蒸留職人の第一人者であるスコット・ウィッシュキーの味をまねるだけでなく、新たな味を作り出すことを覚えてもらうためだ。

もちろん、村の職人たちにも同じことが言え、新たな味を求めて試行錯誤し始めている。

十一月に入った頃、ティリア魔術学院のキトリー・エルバイン教授から手紙が届いた。

彼女はジルソールでルナたちと合流し、七月中旬に帝都プリムスで別れた後、帝都の高等学術院で神々に関する資料がないか調査を行い、いくつかの情報を手に入れた。

その情報の中に光神教の創始者ルチオ・ブリッラーレに関するものがあり、 足跡(そくせき) を追うべく、俺と同じようにフィニス島に移動したことが書いてあった。

フィニス島では大した情報は得られなかったようだが、そこで時間を使ったことにより、カエルム帝国とルークス聖王国の戦争が回避されたタイミングになり、海路を使って十月中旬に無事ドクトゥスに戻ったということだった。

他にも神々と邂逅し、この世界に関する知識を得たとあったが、詳細は書かれていなかった。一度直接会って話をしたいということだけが書かれていた。

俺としても興味はあるが、ドクトゥスに行くとしても年明け以降だと考えている。

その理由だが、ルナの行動が読めないことが大きい。帝国の西の要衝ラークヒルで戦争を止めたことは分かっているが、セオたちが行動を共にしているため、村に戻ってくる可能性がある。

戦争を止めた後始末に、どの程度時間が掛かるかは読めないが、草原の民を動かしたのであれば、帝国政府との折衝も必要だろう。そう考えると、一度帝都に向かって宰相エザリントン公と交渉する必要があり、短期間で終わるとは思えない。

いずれにせよ、近いうちにセオから情報が届くから、それを見てから行動を起こそうと思っている。

そして今日、新たな情報がカウム王国の王都アルスから届いた。

情報の送り主はカトリーナ王妃と弟のセオフィラスだ。

先月のドワーフ・フェスティバルの時にシーウェル侯爵からカエルム帝国とルークス聖王国の戦争が回避されたことは聞いており、今回の情報はその後の話だ。

王妃からの手紙にはルナたちの行動について詳しく記載されていた。

ルナたちは帝国西部から草原に戻り、フォルティスを経由してアルスに入った。しかし、ルナと一緒だったのは“白き軍師”ことレイ・アークライトとセオたちだけではなかった。

アークライトの所属する マーカット傭兵団(レッドアームズ) はまだ分かるが、草原を滅多に出ない 人馬(ケンタウルス) 族を含む草原の民、更にはルークス最強の獣人部隊を率いていたというのだ。

王妃の情報にはルナが魔族の国、“ソキウス”の実質的な支配者“月の御子”であるとも記されていた。

ルナが一国の支配者というのは想像できないが、王妃が偽りを伝えることはあり得ない。

ただ、“月の御子”なる存在が象徴的なものなら分からないでもないが、その辺りは王妃自身にも情報がないのか詳細は不明なままだ。

更に月の御子という存在だけでなく、ソキウスという国自体についても情報がほとんどなく、今後の国交樹立のために諜報活動などの手を打つことをほのめかしている。

そのルナたちだが、セオからの情報ではアルスを出た後、トーア砦を経て 魔族の地(クウァエダムテネブレ) に入ることになったようだ。 ラスモア村(ここ) に寄らずアルス街道のバルベジーからトーア街道に入ったとあった。

そのことを家族に伝えた。

父は「そうか」と言い、

「セオたちも一緒なのか…… 虚無神(ヴァニタス) と戦うつもりなのだろうか……」

問うというより独り言に近い感じだ。

「恐らくは……帝国と聖王国の戦争を止めただけでは不足だったのでしょう。 魔将(アークデーモン) のアシュタルと共にいた存在がヴァニタスなら、勝機があるとはとても思えませんが……」

昨年の三月にアクィラ山脈の奥地でアシュタルと戦った。その際、非常に強力な力を持つ漆黒の妖魔族の姿を見ている。あれは人間を超越した存在であり、直感的にヴァニタスだと確信している。

また、見た瞬間に祖父を始めとするロックハート家の精鋭をもってしても、勝てる見込みがないと絶望した。幸い、その後は姿を消しており、噂にすらなっていないが、神々の示唆と今回の情報から魔族の地にいることだけははっきりした。

「あの子たちは無事に戻って来られるのかしら……」

母は慄きながらそう呟いた。

俺自身、あの存在に戦いを挑んで生きて帰ってこられるとは到底思えない。しかし、そのことを母に伝えるわけにはいかない。

「神々の言葉に従っているなら何らかの支援があると考えてよいでしょう。それがどのようなものかは分かりませんが」

「そうね。神々が付いているなら……」と言いながらも、不安な気持ちを抑えている様子が見られた。

話題を変えるように「お前はどうするつもりじゃ?」と祖父が聞いてきた。

「私にできることはありません」と即座に断言する。

実際、神々からこれ以上の干渉は害になると言われており、動きようがない。また、ルナたちはアクィラ山脈に向かっており、寒さが厳しくなる前に山脈を越えるだろう。

しかし、ここからトーア砦まで約三百五十キロ近くある。今すぐに追いかけても砦に着くのは十二月に入ってからだ。

それ以前に砦を通過するにはカウム王国の許可が必要だ。そのため、アルスに立ち寄ってからトーアに向かう必要がある。

移動距離は六百五十キロ以上にもなり、馬を飛ばしても一ヶ月半ほど掛かるだろう。

そうなれば真冬に危険なアクィラを越えなければならなくなる。

更に重要なことは、俺たちは 永遠の闇(クウァエダムテネブレ) の地理に不案内だということだ。ルナたちがどこを目指しているのか分からない状況では追いかけようがない。

「私たちにできることはルナたちの無事を祈ることだけでしょう」

「そうだな」と父が頷き、この話はそれで終わった。

ルナがここに来ないことは確定したが、ドクトゥスに向かうのは年明けにする予定だ。

特に急ぎではないことと、今のタイミングで向かえば、年明けまでに戻って来られない。今年の正月はここラスモア村にいようと決めていたのだ。

前回の旅から戻ってまだ四ヶ月程度。もう少しゆっくりしたいというのが本音だが、ラスペード先生に渡す魔法陣の論文ができていないことも理由の一つだ。

神々の話は気になるが、ルナたちがヴァニタスと戦うのはそろそろだと思っている。

魔族の地、 永遠の闇(クウァエダムテネブレ) の広さや目的地までの距離は分からないが、急ぐ必要がないならここに立ち寄ってもおかしくはない。

それをしなかったということは急いでいるということだ。

十一月の中旬にトーア峠を越えている。つまり、本格的な冬になる前に決着をつけるつもりなのだ。

もちろん、決着が付いたとしてもここに情報が届くのはずっと後になることは分かっている。しかし、ヴァニタスが封じられたのなら、神々が何か言ってくる可能性がある。それを待ってから出発してもいいと考えたのだ。

今回のドクトゥス行きに関し、リディたちは最初乗り気ではなかった。

「もう少しのんびりしていてもいいんじゃないの。あなたの意見を聞きたいなら、キトリーの方からやってくるわよ」

リディの言う通り、キトリーさんは今年度一杯、学院の講義を入れていないから自由が利く。ドクトゥスからここまでは三百七十キロくらいあるが、旅慣れた彼女なら半月ほどで移動できる距離だ。一部危険な場所はあるが、全体に治安は悪くなく、来ようと思えばいつでも来られると言いたいのだろう。

「あたしもリディアの考えに賛成だね。ドクトゥスの用事は二、三日で終わるようなものじゃないんだろ」

「そうだな。キトリーさんの方もそうだが、ラスペード先生の方はもっと掛かりそうだ」

「それに急ぐ必要もないなら、春になって落ち着いてから行けばいいんじゃないかい」

メルとシャロンも積極的に村を離れることには反対らしく、リディたちの意見に頷いている。

それでも俺はドクトゥスに行くことにした。

理由は神々がキトリーさんに何を語ったか気になったからだ。

恐らくだが、重要なことはほとんど語っていないだろう。それでもルナとアークライトと共に神殿に行っている。その際に俺の知らない事実を知らされた可能性がある。

キトリーさんにはもう一つ聞きたいことがあった。

それはアークライトのことだ。

アルスではハミッシュ・マーカットら マーカット傭兵団(レッドアームズ) の面々からアークライトのことを聞いているが、彼らにとっては身内のことであり、どのようなひととなりかはっきりとしなかった。

ウルリッヒらドワーフたちからも話は聞いているが、ルナが信用しているなら、ドワーフたちは深く考えることはなく、アークライトを信用する。もちろん、ルナにとって不利益をもたらす者であれば見抜くだろうが、一緒に楽しく飲めるなら政治的な信条や野心の大きさには無頓着だ。

その点、キトリーさんとは付き合いが長く、ある程度率直にアークライトの印象を伝えてくれるのではないかと思っている。

そのことを話すと、

「その人の性格を知ることに何か意味があるの? ヴァニタスとの戦いで勝てば会えるだろうし、負ければそれでお終いなのよ」

「リディの言いたいことは分かるんだが、何となく聞いておきたいんだ」

俺が折れないので四人も諦めたのか、ドクトゥスに行くことになった。

トリア歴三〇二六年が終わり、新たな年が明けた。

新年はキルナレックに赴任している兄ロドリック一家も城に戻り、セオ、セラ、ルナを除くロックハート家全員が顔を揃えている。

兄は三人の子供に恵まれている。長男ディーン、長女レティーシャ、更に一昨年に生まれた次男ウェズリーだ。

ディーンは現在六歳。既に二年前から剣の修業を始めている。才能は未知数だが、厳しい修行に耐えている姿は兄の幼い頃を思い出させる。

レティーシャは三歳になるが、母親であるロザリンドに似たのかお転婆だ。村にいる時はいつも走り回っており、ロザリンドに叱られている。

朝食を終えた頃から家臣や領民たちが城を訪れ、新年の挨拶を行っていく。

堅苦しいことを嫌う家風であるので簡単なものだが、父と母はこの後キルナレック市にいき、街の主要な人物と新年のパーティを行うことになっている。

俺にも声が掛かっているが、こういう場所にはできるだけ顔を出さないようにするため、すべて断っている。

これは今の俺の地位が子爵家の次男に過ぎないためで、あまり目立つ行動を取ると俺が家督を狙っているように見えるからだ。

もちろん、兄も俺にそんな気がないことは充分に知っており、「ザックが継ぐなら家督は譲るぞ」と笑いながら言ってくるくらいだ。

無論冗談なのだが、俺の方が統治能力があると真剣に思っているから、望めば本気で譲るはずだ。

そうなったら兄は家族と共にウェルバーンにいき、北部総督府軍の将となるだろう。武人としての能力、名声と共に、ラズウェル辺境伯家の外戚でもあり、すぐに男爵位くらいはもらえるはずだ。

俺自身の今後の身の振り方だが、まだ何も考えていない。

とりあえず、ヴァニタスが封印されたと分かるまでは考えないようにしている。これはルナが失敗したら当然この村にも影響が出るだろうし、あの強力な存在に対抗できないまでも、少しでも世界の滅亡を遅らせるために抗うつもりだからだ。

新年をのんびりと過ごし、一月三日にドクトゥスに向けて出発する。

今回は俺たち五人だけではなく、ニコラス・ガーランドと彼の部下である文官二名と護衛の従士二名、更に一番下の妹ソフィアも同行する。

最初からニコラスは連れていく予定だったが、領内での教材が足りなくなったので購入したいと申し出があった。

「一般的な算術や語学の教材も足りないのですが、魔法学に関する教材が足りなくなってきましたので。魔法に関する教材は私ではどれを選んでよいのかいつも悩んでおりました。ザック様がご一緒ならよいものを選んでいただけるかと……」

詳しく聞くと、ラスモア村だけでなくキルナレック市や周辺の農村でも学校を開設しており、教科書などの教材が不足しているらしい。

更に昨年村からティリア魔術学院に入学したように魔法の才能がある子供が見つかり始めており、その子たちに教育を施すための教材を探しているとのことだった。

ただ、ニコラスも魔法に関しては素人であり、俺が一緒にいる時の方がよいということだった。

また、ニコラスについてはラスペード先生のところで義手の調整を行うことも考えている。

これは俺が頼んだことだ。俺が作った義手の調子こそ悪くないものの、先生に見てもらって更に改善できればと考えたためだ。

ソフィアだが、最初は連れていくつもりはなかった。

「ドクトゥスで冒険者として魔物を狩りたいんです」と上目遣いで頼んできた。

「理由は何なんだ? 魔物を狩るならペリクリトルでもいいと思うが?」

「ドクトゥスなら魔物を狩っただけ級が上がるんでしょ。ここにいたら全然上がらないんですもの……」

そう言っているが、既に一人前と言われる六級冒険者になっている。しかし、そこからなかなか上がらないため焦っているらしい。

ソフィアが行きたい理由は簡単なことだ。ドクトゥスの冒険者ギルドは独特のシステムを採用している。

他の支部では事前に依頼を受けないと、どれほどの魔物を狩っても昇級にカウントされないが、ドクトゥスは事前に依頼を受けなくても魔物の討伐を行えば実績としてカウントしてくれる。つまり、狩った分がそのまま実績となるのだ。

ドクトゥス周辺は魔物が多いサエウム山脈の麓にあり、絶えず魔物が下りてくる危険な場所だ。しかし、新市街は防壁がなく、魔物を間引く意味で他の支部では行われていない事後報告での依頼達成が特例として認められている。これを利用したいと思っているのだ。

一方、ラスモア村には冒険者ギルドの支部はない。村で冒険者になると自動的に支部があるキルナレックに所属することになるのだが、この辺りはロックハート家が直接討伐することが多く、冒険者への依頼はそれほど多くない。

また、あるとしても五級以下の小物が多く、レベル四十を超えているソフィアにとっては物足りないのだ。

「魔物を狩りに行くわけじゃないんだが」というと、ベアトリスが「まあいいじゃないか」と話に加わってきた。

「あんたたちは学院に入り浸るんだろ。そうなったらあたしやメルは暇になるんだ。ソフィアと一緒に山に入るのも一興だよ」

「ベアトリス姉様、ありがとう!」と言ってソフィアが抱き着く。

昔からソフィアには甘かったが、ベアトリスの言うことにも一理あるし、ソフィアも親から離れたいのだろう。

念のため、父と母に確認するが、俺たちと一緒なら問題ないということで同行することが決まった。