作品タイトル不明
第四十九話「酒の祭典:その三」
十月二十四日の午後四時。
酒の祭典ドワーフ・フェスティバルは佳境に入っていた。
ビールと食事を楽しんだ後、イベントとして蒸留酒コンテストを実施した。抽選で選ばれた百人による投票で順位を決めるというもので、すべての投票が終わり開票を待っている状況だ。
「結果が出ました」とロックハート家の家宰、イーノス・ヴァッセルが伝えてきた。
「それでは今回の結果をロックハート子爵家当主、マサイアスより発表いたします」
父に目で合図を送ると、ゆっくりと壇上に上がってくる。
「五位から一位までを発表する」と言い、イーノスから渡されたメモを開く。
「第五位……六番、ウェルバーン支部、マッケラン蒸留所ホワイトオーク!」
そこで支部長であるデーゲンハルト・グラブシュらウェルバーンから来ている鍛冶師たちが「「ジーク・スコッチ!」」と声を上げる。
ウェルバーンは初期から蒸留酒の生産を行っており、責任者であるジョナサン・ウォーターが心血を注いでいるため品質が高い。
「第四位! 十三番、総本部、スレイサイド蒸留所ボウムーア・ヘビーピーテッド!」
ウルリッヒら総本部の重鎮たちが一斉に立ち上がり、「「「ジーク・スコッチ!」」」と叫び、近くの者たちと肩を叩きあっている。その中には当然、カトリーナ王妃の姿もあった。
ボウムーア村はアルス近郊の小さな村だが、良質の 泥炭(ピート) が産出するところだ。そのピートを使ったヘビーピーテッドウイスキーはラフロイグやアードベックなどスモーキーなスコッチで有名なアイラ島のものに近い。
ただスモーキーなだけならドワーフたちの受けはそれほどでもない。やはりベースとなる 麦芽(モルト) の味がしっかりとしていないと“ただ煙たい”だけの酒という認識になるのだ。
その点、今回のヘビーピーテッドはモルトのコクと甘みがスモーキーな香りで更に際立つという相乗効果があった。この点がドワーフたちの高評価につながったのだろう。
第三位の発表が行われる。
「第三位は九番、ラスモア村シェハリオン蒸留所、ワイン 樽(カスク) 仕上げ(フィニッシュ) !」
予想通り、ラスモア村の蒸留所が上位に入ってきた。
発表と同時にドワーフたちから大きな拍手が沸き、カルバートは恥ずかし気に立ち上がると、彼らに手を振って応えている。
シェハリオン蒸留所はカルバートが責任者を務める蒸留所で、普段はリンゴの蒸留酒、“カルバ ト(・) ス”とライトなスコッチが多い。しかし、今回のワインカスクフィニッシュはワイン樽の強い香りを付けたことで、ライトながらもコクのあるスコッチに仕上がっていた。
俺も飲んだ時に“これが三年物か”と思うほどの重厚感を感じている。それがドワーフたちの心を掴んだのだろう。
俺はこの酒が二位に入ると思っていた。一位は容易に予想が付くが、二位に入る酒が何か全く予想できない。
(ネザートンのコーンウイスキーも評価はされていたが、そこまでじゃない。フィーロビッシャーのラムか、ブランドンのブランデー辺りが来るのか……)
俺がそんなことを考えていると、父が発表を始める。
「それでは第二位を発表する!」
ドワーフたちが固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「十六番、ラスモア村、ザカライアスブレンド!」
先ほどより大きな拍手が会場に響く。
まさか俺のブレンデッドが選ばれるとは思っておらず、一瞬惚けてしまい、対応が遅れた。
「何をしておる! お前の酒が二位なんじゃぞ!」というウルリッヒの声に慌てて頭を下げる。
正直なところ、ブラインドテイスティングで選ばれるとは全く考えていなかった。確かにスコットとカルバートのスコッチをブレンドしたことでバランスはよくなっているが、ベースが長期熟成に向くアルスのケルサス産オーク樽を使ったもので、俺としては安いブレンドウイスキーにしか感じていない。
考えられる理由はあるが、すぐに分かる。
「では第一位を発表する!」と父が宣言する。
会場の人々が一斉に息を飲む中、父がゆっくりとした口調で発表していく。
「第一位は……十一番! ラスモア村ラスモア蒸留所のピーテッド!」
蒸留責任者のスコットが立ち上がると、会場から割れんばかりの拍手が沸く。スコットはそれに頭を下げて応えていた。
この結果は予想通りで、ドワーフたちも同じことを考えていたのか、誰一人意外そうな顔をする者はいなかった。
このスコッチだが、スコットが三年物でどこまでドワーフに受け入れられる物が作れるかを突き詰めたものだ。
味見をした時に三年物とは思えないほどの熟成感を感じ、「本当に三年しか寝かせていないのか」と思わず聞いてしまったほどだ。
その問いに対し、スコットははにかみながら答えてくれた。
「ザックコレクションにいかに近づけるかを考えて作ってみました。邪道という気はしないでもないのですが、鍛冶師方に好まれる味を追求してみたかったのです」
俺のブレンデッドが二位になったのもこのスコットの酒のお陰だ。全体の一割も加えていないが、三年物とは思えないほどの熟成感が出ていたのだ。
この熟成感がケルサス産オークの欠点である“軽さ”を弱め、逆に特徴である“複雑な香り”をより強く感じさせたのだろう。
「ザック、総評を行いなさい」と父が命じたので、壇上に上がる。
父が結果を書いた紙を渡してきたので、それにざっと目を通す。
「その前に審査員に意見を伺いたいと思います。ゲオルグ、上がってきてくれ」
そう言ってゲオルグ・シュトックを手招きする。
「何を話すんじゃ。儂に味の説明などできんぞ」というが、それに構わず質問する。
「十一番、つまりスコットの酒についてどう思いましたか?」
「最初はザックコレクションが混じっておると思ったの。それほどの美味さじゃった」
「では、他の酒についての質問です。スコッチ以外の酒の印象はどうでしたか?」
「そう言われてもどれがどれだか分からんぞ。まあ、シーウェルブランデーは何となく分かったがな」
「そうですね。三番の蒸留酒はどう思いましたか?」と言いながら、用意しておいたテイスティンググラスを渡す。
ゲオルグはそれを口に付けると、
「これか……これは変わったスコッチじゃと思ったの。不味くはないが、儂の好みとは違う」
「これはネザートンで作られているコーンの酒です。この酒は六位に入っていました」
「そうなのか? 儂なら絶対に選ばんが」
「俺が入れたぞ!」という声が何回か会場から聞こえてくる。いずれも比較的若いドワーフの声だった。
「ベテランの方はスコットが作ったスコッチを飲み慣れていますが、若手の方はほとんど飲んだことがありません。そのため、先入観なく、この香ばしさと甘さを受け入れることができたのです。実際、ネザートン支部は総本部や他の先行する支部と比べても、酒を求める人の列は遜色ありませんでした……」
ネザートンのコーンウイスキーは思いの外、受け入れられていた。独特の風味を気に入っていたという若いドワーフが多かった。
その様子を見て自分の若い頃を思い出した。
まだスコッチの美味さを知る前、比較的安いアメリカンウイスキーに嵌っている。俺が好んで飲んでいたのはジャックダニエルだった。
緑色のラベルのライトな方も昔は安かったから割と飲んでいたが、あのブラックラベルには郷愁を感じる。バーでボトルを見ると、四十代になっても懐かしさを覚え、つい飲んでしまうことがあったほどだ。
「……他にもフィーロビッシャー支部のラムも私の想像以上に評価されていました。この先、いろいろな酒が生まれると思いますが、頭から否定することなく、試していただきたいと思います。もちろん、拘りを持つことを否定するわけではありません。ただ、たまには別の酒を飲み、新たな世界を覗くことも酒を楽しむ方法だと覚えておいてほしいのです」
俺の言葉に王妃が立ち上がった。
「素晴らしいですわ! 私はスコットさんのスコッチに票を投じましたが、確かに他のお酒もみな素晴らしいと思いました。ネザートンのコーンのお酒、フィーロビッシャーのラム、シーウェルやエザリントンのブランデー、それらのお酒をカウム王室で購入させていただきたいと思ったほどです! 皆さんも是非とも新しいお酒を味わってみるべきですわ!」
王妃の言葉にドワーフたちから拍手が起きる。
「ザックさんのブレンドしたものが二位になったということは皆さんにも振舞っていただけるのですね」
「約束ですから」と頷くが、
「一応百リットルくらいは用意してあります。一人当たりにするとごく少量しかありませんが、後ほどラスモア蒸留所のブースで試飲できるように手配します」
一人当たりにすると二十ミリリットルもないため、ドワーフたちから落胆の声が漏れる。
新たに 混ぜ合わせて(ヴァッティングして) もいいのだが、三年物のスコッチの樽は二百リットルほど入るホグスヘッド樽であり、半分ほどを使っているため、既に空になっている。
まだ同じケルサス産オークのホグスヘッド樽はあるが、別の樽になる、三年程度の熟成なので大きな違いはないだろうが、プロのブレンダーでない俺が作れば、別の酒になる可能性が高く、今回は追加を作る気はなかった。
コンテストが終わると、シーウェル侯爵がラドフォード子爵と共に俺の下にやってきた。
「やはり我がシーウェルブランデーはドワーフには受けぬな」と侯爵がいい、子爵もそれに頷き、
「帝都では評価されているのですが、スコット殿やザカライアス殿の酒にはまだ敵わぬということでしょう」
「それは少し違うと思います。シーウェルブランデーはドワーフ・フェスティバルに出すに相応しい酒です。ただ帝国以外のドワーフたちはスコットの酒に慣れ親しんでいますから、どうしてもその味を求めてしまうのです。これからいろいろなところで飲まれるようになれば、シーウェルブランデーもドワーフたちに受け入れられるようになるはずです」
侯爵は「卿にそう言ってもらえると安心できるな」と笑顔になる。
「シーウェルブランデーの強みは品質の高い原酒が多いことです。これから十年、二十年と熟成させていけば、ドワーフたちだけでなく、多くの人々から支持される銘酒となることは間違いありません」
俺の言葉に二人は大きく頷いた。
その後、王妃のたっての頼みでカクテルを披露する。
今回は演壇が狭いため、王妃だけに飲んでもらうことにしており、一緒に壇に上がる。
「それではカトリーナ王妃殿下のご要望に応えるため、数種類の酒を混ぜ合わせる飲み方について、簡単に紹介したいと思います。王妃殿下、こちらへどうぞ」
そう言って用意された椅子に座ってもらう。
小さなテーブルが置かれており、その上にはシェイカーなどのカクテル用の器具と数種類のボトル、更にはレモンが用意されていた。
シェイカーとフォルティスのジャガイモの蒸留酒の入ったボトルを手に取りながら、説明を始める。
「まず 基本(ベース) となる蒸留酒を選びます。今回は癖の少ないフォルティスのジャガイモの蒸留酒をベースにしましょう。これに甘みを加えます。甘みは私が作ったオレンジの 皮(ピール) の香りを付けた蒸留酒に甘みを加えたものです。これだけでは砂糖を舐めているくらい甘いものですので、少量だけ使います」
メジャーカップで量りながらシェイカーに入れていく。
「これだけでは甘ったるいだけで、爽やかさがありません。そこでレモン果汁を加えます」
搾り器で搾ったレモン果汁もメジャーカップで量り、シェイカーに投入し、軽くかき混ぜてから味を確認する。
「このままでは甘くて酸っぱいだけの酒ですが、これに氷を入れて適度に 振る(シェイクする) ことで、爽やかな甘みを持つ酒に変えていきます」
説明しながらシェイクしていく。今回作っているのはサイドカーの派生系カクテル、“バラライカ”だ。
厳密にいえば、ウオッカではなくジャガイモの蒸留酒だし、オレンジのリキュールが“コアントロー”ではなく“キュラソーもどき”なので、“バラライカもどき”というべきものだが、試しに作った感じではバラライカと言っても問題ないレベルだった。
問題ないレベルというのも素人が作った割にはというレベルであり、もちろんプロのバーテンダーが作ったものとは比較にならない。
軽快にシェイクし、冷やしておいたカクテル用のグラスに注ぐ。少し強めに振っているので、表面には氷の 破片(フレーク) が浮かんでいる。
「どうぞ」と言って王妃の前にグラスを置く。
「以前の物より色が穏やかですわね」と言いながら、グラスに口を付けていく。
以前に出したカクテルはスコッチとグレナデンシロップを使ったものであり、鮮やかなレッドだった。
今回は素材に色が付いている物はなく、全体に白っぽい。王妃はその違いを指摘したのだ。
「爽やかですわ!」と王妃が声を上げる。
その様子にドワーフたちが「味見させてもらえんのかの」と言っているが、甘みがあると最初に言っているため、そこまで切実な声ではなかった。
王妃は更にコメントを続けていく。
「甘すぎず、酸味も適度で美味しいですわ。それに水割りのように薄くもないですし。今回は見た目より味を楽しむという趣向ですの?」
「それもありますが、少し違ったことを考えております」とだけ答えておく。
その間に別のボトルを用意する。
「次はベースの酒をフィーロビッシャーのラム、それも熟成していないものを使います。他の材料は先ほどと全く同じです」
用意したのはホワイトラム。今回作るカクテルは XYZ(エックス・ワイ・ジー) だ。
全く同じようにシェイクし、王妃の前に出す。
「素材だけを変えたものです。どうぞ」
王妃は“それほど変わるのかしら”という表情を一瞬見せたが、口を付けた瞬間、目を大きく見開く。
「これほど変わるものなのですね!」と立ち上がって言い、
「先ほどのものが爽やかさなら、これは香りと甘みのバランス。ベースとなる蒸留酒でこれほど変わるとは驚きですわ!」
「的確なコメント、ありがとうございます」と言って頭を下げると、すぐに次のボトルを用意する。
「次のベースはまだこの村で試験的に作っただけの蒸留酒です。蒸留の際に 杜松の実(ジュニパーベリー) とハーブ、柑橘類を使ったものです。アウレラのデオダード商会にレシピを渡していますので、そのうち商品化されるかもしれません」
次はホワイトレディだ。同じように王妃の前に出す。
王妃も興味津々という感じでグラスが出されたらすぐに口を付けていく。
「こ、これは!」と驚くが、何も言わずにグラスを傾けていく。
「何と言ってよいのでしょう! 独特の薬草のような香りが強いのですが、それだけではありません! 鼻を抜ける香りがミントのような……いえ、言葉では言い表せない香りが全身を包み込んでいくようです…… 私(わたくし) はこの三つの中ではこれが一番好きですわ!」
ジュニパーベリーの香りをどう表現していいのか困ったようだ。
王妃が叫んでいる間に最後のボトルを手に取る。
「まだありますの?」
「ええ、これで最後です」と言いながら、琥珀色の液体が入ったボトルを傾けていく。
「この香りは……ブランデーではありませんこと?」
さすがは“ドワーフ王妃”と呼ばれるだけあって、酒の香りには敏感なようだ。
「その通りです。ラスモア村のフィンサイド蒸留所の三年物を用意しました」
そう言ってシェイカーを振っていく。
グラスに注ぐが、今までとは異なり、薄いブラウンの液体がグラスに注がれていく。最後はサイドカーだが、レシピはオリジナルの三分の一ずつではなく、バラライカなどと同じ二対一対一にしている。
といっても、二十一世紀の日本のバーではこちらの方が普通に出てくる。
王妃は目を爛々とさせてグラスに口を付ける。しかし、ホワイトレディの時のような歓声は上がらず、じっくりと確認するように口に含んでいった。
「……何といってよいのでしょう。これは優しい香りがする気がします。ブランデーをそのまま飲むより、爽やかなのですが、香りはしっかりと残っています……」
王妃の感想を会場のドワーフたちは静かに聞いている。
「ザックさんのお考えが少しだけ分かりましたわ」といって立ち上がる。
「四種類の蒸留酒にはそれぞれ個性がありました。私は三番目が一番美味しいと思いましたが、どれが一番というのは人それぞれでしょう。ストレートで飲むだけが蒸留酒ではありません。飲み方には無限の方法があり、どのようなお酒でもそれに合った飲み方が見つかるかもしれない。つまり、新たなお酒を作り出せば、それがストレートでは物足りなくても、別の可能性があるとおっしゃりたいのではありませんか?」
「そこまでは考えていませんよ」と笑いながら否定し、
「ただ、お酒は楽しむものです。この酒のこの飲み方でなければならないという固定観念で新たな可能性の芽を摘んでほしくないと思っているだけです」
俺の言葉に王妃が「素晴らしいですわ!」と叫んで拍手を始めると、ドワーフたちも「そうじゃ!」と言って拍手する。
拍手が収まったところで、
「素材は無限にあります。スコッチやブランデーに拘ることなく、新たな酒を造っていきましょう」
再び拍手の嵐が草原を包んでいった。