作品タイトル不明
第四十八話「酒の祭典:その二」
十月二十四日の午後。
ドワーフ・フェスティバルが始まった。今回は鍛冶技能評定会がないため、最初から酒の祭典となっている。
また、今までのように酒と料理のコラボレーションに対しての順位付けは行わない。そのため、いつもよりドワーフたちに競争心がなく、料理を出す方も時間との勝負にならずに済み、全体にのんびりとした感じになっている。
今回は立ち飲み形式ではなく、平らなベンチが用意されているため、ある程度両手の自由が利く。そのこともあり、煮込み料理など今までより手の込んだ料理も準備されていた。
もちろん、腹を空かせたドワーフたちのために、ボイルしたソーセージなどのすぐに食べられるつまみもたっぷりと用意されており、これだけの人数が一斉に飲み始めたのに、ほとんど混乱は生じていない。
それでも二時間ほどはビールや料理のブースに行列が絶えることはなく、俺とシャロンは地下倉庫で運び出すビールを魔法で冷やし続け、運び出す職員たちは真冬のような寒さの倉庫の中で汗を掻きながら樽を運び出していく。
五台用意した重量軽減の効果を持つ台車がフル稼働し何とか対応できているという状況だった。
午後二時過ぎになるとドワーフたちの旺盛な食欲もようやく落ち着いた。飲まれる酒もビールからスコッチに代わりつつあり、地下倉庫の方も一息ついている。
「ザカライアス様が用意してくださった台車がなかったら絶対に間に合いませんでしたよ。でも、たった二時間で二百以上の樽を運び出すとは思いませんでしたね」
地下倉庫を仕切るギルド職員が汗を拭きながら笑っている。
彼の言う通り、この短い時間で用意されたビールとワインの七割、約四百樽が消費された。量にしておよそ十万リットルだ。
ドワーフが約四千人、一般住民が約二千人の計六千人で単純に割ると、一人当たり十七リットルになる。もちろん、人間に飲める量ではないので、ドワーフが一人二十リットル以上飲んだ計算だ。
これだけの量を三百五十人のスタッフで回した。大半はうちの村のボランティアだが、仕切ったのは鍛冶師ギルドの職員だ。さすがは鍛冶師ギルドの精鋭だと感心している。
「お疲れ様。ここからは蒸留酒がメインになるから、交代で飲みに行ってくれてもいいぞ」
「ありがとうございます! 飲みすぎて動けなくなると困るので、ほどほどに飲んできますね!」
そう言って半数が会場に散っていき、残りは地下倉庫の入り口付近で休憩している。
「俺は次の準備に行くから、何かあったら南地区のイベントスペースに呼びに来てくれ」
「了解しました!」と元気な声が返ってくるが、
「ザカライアス様こそ、お疲れ様です。まだまだこれだけの祭を仕切らないといけないんですから」
汗だくの職員たちに笑顔で同情されてしまう。
この後の俺の仕事の一つにカトリーナ王妃に依頼されたカクテルの紹介があった。
そのためにわざわざリキュールを作っている。
以前とは異なり、砂糖や柑橘類が豊富に手に入るし、昔使っていた小型の蒸留器が残されているため、作ること自体は問題ない。
作ったのはオレンジを使ったキュラソーと呼ばれる甘さの中に苦みがあるリキュールだ。有名な銘柄は“コアントロー”で、バラライカやホワイトレディなどサイドカー系のショートカクテルに使われている。
オレンジの皮を漬け込んだワインに糖分を加えて蒸留したのだが、“キュラソーもどき”の微妙な味の酒になった。これだけで飲むものではないため問題ないのだが、爽やかなリキュールを知っているだけに負けた気分だ。
この他にも十数年ぶりにジンも作った。以前と違い、ジンの味を決めるボタニカルの種類が増えたことから、ドライジンとしてカクテルベースにしたら飲めないことはない程度のものになっている。
イベントは午後三時の来賓のあいさつの後に行われるため、まだ少し時間がある。
ちょうどリディがいたので、一緒にアルスの総本部の区画を覗きにいった。
総本部の区画は幅三百メートルほどで、三列あるベンチがドワーフたちで埋まっていた。
「さすがに五百人となると凄いものだな」と言うと、
「ほんと、壮観ね」と笑っている。
五百人のドワーフがジョッキを掲げながら飲む姿は確かに壮観だ。
ウルリッヒたちを見つけたので、
「抽選はどうだった?」と聞いてみる。
今回のドワーフ・フェスティバルでは抽選で選ばれた百人による投票が行われることにしており、それに当たったかを確認したのだ。
「外れたが、まあ、どれも飲めんものではないから問題はない」と防具作りの名工、ゲールノート・グレイヴァーが答える。
彼の横にいる神槍のオイゲン・ハウザーも「儂も外れたが、点数を付けるなど気が滅入るからよかったわい」と笑っていた。
「実を言うと、樽を置いていない酒が一つだけあるんだ。俺が特別に 混ぜ合わせた(ヴァッティングした) スコッチが」
次の瞬間、俺の声が聞こえていたドワーフたちが一斉に叫ぶ。
「「「なに!」」」
ウルリッヒが代表して、「どういうことじゃ! 聞いておらんぞ!」と説明を求めてきた。
「ちょっとした遊びだ。三種類の三年物をブレンドしてみたんだ」
「なぜそれを先に言わん! 聞いておったら買い取ってでも……」
そこまで言ったところで慌てて口を噤む。
「当選券の売買は禁止だと言っておいたはずだが」と睨み、
「こうなると分かっていたから黙っていたんだ。既に当選者全員の名前は分かっているから、今から譲ってもらうことはできんぞ」
一般審査員を選ぶ際に希望者だけがくじを引いているが、ドワーフは全員希望していた。その際、ここにある樽の酒しかないと伝えており、外れたドワーフたちもそれならと大人しく引き下がっている。
「ちなみにここにある樽の酒というのは嘘じゃないぞ。二百個ある樽から三つ選んでヴァッティングしたんだからな」
「じゃが、お前が作ったものなのだろう。それなら何としてでも飲みたかった……」
先ほどは余裕を見せていたオイゲンが肩を落としている。
その一方で満面の笑みを浮かべている者がいた。俺の防具を作ってくれたゲオルグ・シュトックだ。
「儂は飲んでもいいんじゃな。フハハハハ!」と高笑いをする。
「もちろん」と答えるが、
「ただし、どれがとは飲む前に教えないぞ。自分の舌で見つけてくれ」
「な、なに! 儂には無理じゃぞ……」
「遊びだからあまり気にしない方がいい。十六種類の酒を飲み比べて自分が一番と思うものを選べばいいんだからな」
スコッチの樽は二百個用意されているが、さすがにすべての試飲をすることは時間的に難しい。
そこで総本部と各支部の各蒸留所から一種類ずつ、ラスモア村の三つの蒸留所からも三年物をそれぞれ一種類、更にシーウェルブランデーの計十五種類に、俺のヴァッティングしたブレンデッドウイスキーを加えた十六種類の飲み比べとした。
「それは楽しみですわ」とカトリーナ王妃が満足げな表情で話に加わる。彼女は五十分の一という低確率を引き当てている。
酒のことになるとなりふり構わない人だが、本当に強運だけで引き当てたらしい。
「楽しみにしてください。先ほど少しだけ確認しましたが、絶品の酒がいくつもありましたから」
午後三時になり、来賓の挨拶が行われた。
イベント会場は館ヶ丘の南側だが、今回は大きな舞台は作らず、挨拶や説明が行えるくらいの小さな演壇しか用意していない。これは人数が多く、広いスペースを確保するのが難しかったことと、武具の披露が不要なためだ。
既に多くの人が南側に集まってきている。彼らの目的は挨拶の後に行われるコンテストだ。
そのこともあり、カトリーナ王妃、ウルリッヒ、シーウェル侯爵がその演壇に登って挨拶を行っていくが、まともに挨拶をしたのは侯爵だけだった。
残りの二人は早くイベントに移りたいのか、挨拶とも言えないほど簡単な言葉だけで済ませていた。そのため、侯爵もあまり長い挨拶は無理だと考えたのか、一分ほどで終わらせている。
「それでは蒸留酒コンテストを始めたいと思います」と俺が宣言すると、多くの拍手が起きる。
「ルールは簡単です。十六種類の酒を味わっていただき、これぞと思う酒に一票を投じるだけです。すべての審査員が投票を終えたところで開票します。では、当選された方はロープの中に入ってください」
俺の前にはギルド職員と従士たちによってロープが張り巡らされた一画が作られ、そこに二十台のテーブルが運び込まれている。
そこには琥珀色の液体が入ったテイスティンググラスが番号を書かれた紙の上にきれいに並べられていた。グラスには匂いが移らないよう金属製の蓋が被せてある。
「どの番号の物からでも構いません。制限時間は一時間です。すべて飲み切らなくてもこれぞという酒が見つかったら投票していただいても構いません。ちなみにお代わりはありませんので、一気に飲まないでください。ではどうぞ!」
俺の合図で百人の当選者が一斉にグラスを持ち上げた。
ほとんどがドワーフだが、五人ほど人族がいる。もちろん、王妃はドワーフ枠なのでカウントしていない。
「人族の方は全部飲み切ると危険ですので、お気を付けください。残していただいても構いませんので」
「残すなら儂が飲むぞ!」という声が会場から上がり、「そうじゃ!」という同意する声がいろいろなところから聞こえてくる。
今回の蒸留酒だが、この世界では“スコッチ”と呼ばれるモルトウイスキーだけでなく、ブランデーが三種類、コーンウイスキーが一種類、ラムが一種類となっている。
ラスモア村のアップルブランデー、“カルバ ト(・) ス”とフォルティスのウオッカに近いジャガイモの蒸留酒は入れていない。
カルバトスについては蒸留責任者のカルバートがスコッチで勝負したいと言ってきたためで、フォルティスは少量生産している長期熟成用のスコッチを出してきたためだ。
ただ試飲しているだけであり、見ていても面白くないと思うのだが、気になるのかドワーフたちは代わる代わる覗いていく。
真剣な表情で試飲している人々を前に、俺は遅い昼食を摂っていた。このタイミングを逃すと夜まで食事にありつけないからだ。
料理はメルが持ってきてくれたのだが、様々な土地の料理を少しずつ入れてあった。
料理の方は時間がなくてチェックできていなかったが、知らない料理が多いことに驚いた。
アウレラからルークス聖王国、カエルム帝国、カウム王国と旅しており、その土地の料理は可能な限り食べるようにしていたが、それでもまだまだ巡り合っていない料理が多いと感心する。
食べていくと、この辺りの食材に合うようアレンジしてあることに気づく。
「ずいぶん苦労されたみたいですよ。料理人の方たちに話を聞いたのですが、保存の利く食材で地元の料理を再現しようとしたとおっしゃっていました」
メルが俺に代わって取材してくれたようだ。
「私のことを知っていたみたいで、レシピもいくつか教えてもらいました。明日からの料理は楽しみにしてくださいね」
こういうところは細かなところに気が回るメルらしい。
腹を満たすと、制限時間が近づいていた。
「それではまだ投票されていない方は投票をお願いします」と言うと、一斉に動き始める。
悩んでいたのか、まだほとんど投票していなかったようだ。
五分ほどで投票が終わった。公正を期すため、ロックハート家の家臣たちが開票する。
「では、集計までに少し時間が必要ですので、今回の蒸留酒の紹介をしたいと思います。まず、一番ですが、アルスのスレイサイド地区、ケルサス蒸留所のもので、ケルサス山脈のオーク樽で熟成させたノン スモーク(ピート) タイプです。グラスが見える方はお分かりかと思いますが、ほとんど色が付いていません。 酒精(アルコール) も強く、非常にパンチの利いたスコッチと言えるでしょう……」
俺の説明をドワーフたちは真剣な表情で聞いていく。
「……五番はフィーロビッシャー支部の三年物のラムです。私が飲んだ感じでは十六種類の中で最も熟成感のある蒸留酒でした。サトウキビの搾りかす、いわゆる 廃糖蜜(モラセス) ではなく、サトウキビを搾ったジュースで作った贅沢なもので、ブランデーのような芳醇な香りが特徴です……」
その説明にフィーロビッシャー支部のドワーフが「儂らの自慢の酒じゃ!」と叫ぶ。
「十六番ですが、今回の隠し玉、私がブレンドしたスコッチです。 基礎(キー) になったのは一番のスコッチで、これに九番のラスモア村のシェハリオン蒸留所の 甘口(スイート) ワイン 樽(カスク) 仕上げ(フィニッシュ) と十一番の同じくラスモア村のラスモア蒸留所のピーテッドで整えています。私としては上手くできたと思っていますが、皆さんの評価が気になるところです」
「儂らにも飲ませてくれ!」という声がそこら中から上がる。
「もし評価がよければ、後ほど出しましょう」
「何位なら出してくれるんじゃ!」
「そうですね。三位以内に入ったらということで。他の酒の出来がいいので、難しいとは思いますが、そのくらいの評価がいただけたなら、皆さんに飲んでいただく価値はあると思いますから」
俺の言葉に「「オオ!」」という叫び声が上がるが、俺自身は入るとは思っていない。
まず、ドワーフの趣味に合うかという点では疑問符が付く。彼らは華やかさより重厚さを求める傾向にある。重厚さと言ってもスモーキーさではなく、どっしりとしたモルトの旨味が強いものを好む感じだ。
一方、俺は軽快で華やかなモルトウイスキーが好みだ。ピートが利いていてもいいが、樽由来の香りが強いものがいい。そのため、一番のケルサス山脈のオーク樽に香りの強いワインフィニッシュを合わせ、最後にこの世界の第一人者、スコットが蒸留した上品なピーテッドウイスキーを合わせている。
恐らくだが、ドワーフの好みから言えば軽すぎるはずだ。
説明が終わると、ドワーフたちはコンテストに出品されたスコッチの樽に向かった。