軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十七話「酒の祭典:その一」

十月二十四日。

抜けるような秋の青空に白い雲が流れていく。館ヶ丘を吹き抜ける風は爽やかで、屋外イベントをやるには絶好の天気だ。

今日は戦勝記念祭。アンデッドとの死闘に勝利したことを祝う日だ。

既に八年の歳月が流れているが、今でも東の草原を埋め尽くすアンデッドの群れの姿を鮮明に思い出すことができる。

しかし、今日の主役はロックハート家やラスモア村の住民たちではない。

主役はかつてアンデッドと死闘を繰り広げた草原を埋め尽くす、ドワーフたちだ。

祭の準備は数日前から始まっており、館ヶ丘の周囲の草原には多くの天幕が張られ、俺が魔法で作った竈では朝早くから料理人たちがドワーフに出す料理を作っている。

料理人は商魂逞しい商人たちが連れてきた者たちだ。商人たちはこの機会を利用して鍛冶師ギルド御用達にならんとしている。

戦勝記念祭は午前十時から行われる予定で、その準備も行われているが、式典そのものは領主である父が戦死者たちに哀悼と感謝の言葉を捧げる静かなものだ。

ただし、ロックハート家の家風に合うようにその後は勝利を祝う祝典も行われる。といっても秋祭りが終わった後なので、本来なら死者を悼みながら酒を酌み交わす程度の大した規模の祭りではなかった。

それがいつの間にかドワーフの祭典となってしまった。もっともうちの領民たちは皆、祭り好きなので、あまり気にしていない。ただ、この大規模なイベントを仕切らなければならない俺は別だ。

午前十時前になると、活発に行われていた祭の準備が一旦中断する。

館ヶ丘の大門の前に村人たちが集まり、ロックハート家の者たちは門の上に、家臣たちは門の下に並ぶ。

定刻になると、父が一歩前に出て、村人たちに向かって話し始めた。

「八年前の今日、我々は強大な敵に打ち勝った! しかし、その代償として多くの仲間を失っている。彼らの魂に感謝を捧げ、 闇の神(ノクティス) の御許から我々を見守ってもらうよう、祈りを捧げよう!」

父は静かに目を瞑り、黙祷する。

俺たちも同じように黙祷を捧げ、草原は吹き抜ける風の音以外聞こえなくなった。

三十秒ほど経った時、再び父の声が響く。

「尊い犠牲はあったが、我々は勝利した! そのことを祝い、再び来るかもしれない敵に対しても、勇敢に立ち向かうことを誓い合おう! では、祝祭の準備を続けてくれ! 楽士たちよ! 陽気な曲を頼む!」

父の命令で大門の後ろに控えていた楽士たちが一斉に楽器を奏で始めた。父の要望通り、秋祭りなどでよく流れるアップテンポな曲に、村人たちの表情が一気に明るくなった。

音楽と共に祭の準備が再開される。

今回は三千人ものドワーフが訪れる予定であるため、正午から夜通し行われることになっていた。

時間が経つにつれ、近隣の街に宿泊していたドワーフたちが続々と会場に入ってくる。馬車など使わずに徒歩で来るのだが、途切れることのない行列に本当に三千人で済むのかと不安が募る。

同じことを思ったのか、リディが俺の傍に立ち、

「三千人以上いる気がするんだけど、大丈夫なの?」

そう言われて、俺も自信がなくなってくる。

「一応二割り増しくらいには対応できるように準備している。多分、いや、きっと大丈夫だ」

最後は自分に言い聞かせる感じになってしまった。

ドワーフの行列に目を奪われたが、実行委員長である俺にのんびりと眺めている時間はない。

「ペリクリトル支部が到着しました! スコッチ十樽、ビール五樽です! ビールは貯蔵庫に回しました! 皆さんは予定通り西二番に案内しています!」

「フォンス支部です! ビール十樽、ワイン五樽です! 保管は手配済み! 東一番地区に回ってもらいました!」

という報告がひっきりなしに来る。

ちなみに西の二番とか、東の一番というのは予めロープで区切っておいた区画のことだ。無秩序に入れると、場所が決まるまでに時間と労力が必要になるため、予想される人数から場所を決めておいたのだ。

十一時頃、一際長い行列が到着した。アルスの総本部一行が到着したようだ。

「総本部です! スコッチ二十樽! ワイン五樽、ビールは……さ、三十樽です! 北の一番から三番に案内します!」

その直後、「カトリーナ王妃殿下と匠合長がお見えです」と従士が報告する。すぐに父たちを呼び出すよう命じた。

父が母や祖父、兄たち夫婦と一緒に出迎える。

「ようこそおいでくださいました」と父があいさつすると、王妃は馬車を降り、優雅にお辞儀をする。

「ごきげんよう、マサイアス卿。他の皆様もお元気そうで何よりです……」

今は王族モードらしく、王妃らしい挨拶だった。

父も帝国貴族らしく、「ようこそおいでくださいました、妃殿下」と挨拶を返すが、すぐにウルリッヒが現れ、

「世話になるぞ、マット」といつも通りの調子で握手をしながら、腕をバンバンと叩く。

その様子に父も苦笑しながら、「ようこそ。ラスモア村へ」といい、

「ザックから聞いたが、人数が多すぎる気がするのだが」と告げる。

「各支部には割り当て人数を伝えておるから多くはないはずじゃ」

そう答えながらも目が泳いでいた。

「酒の割り当てを計算するのに人数を調べるから、あとで分かることだぞ」と俺がいうと、

「すまん……調整しきれんかったんじゃ。恐らくだが二割り増しにはなっておる……」

詳しく聞くと、総数三千のうち総本部から五百名という話が漏れたため、各支部から不公平だという声が上がったらしい。

アルスに近い支部は調整できたものの、アウレラやフォンスなどの遠方の支部は強引に人数を増やしたらしい。

人数を増やした支部が通った街の支部は自分たちだけが人数を減らすのは不公平だと言って人数を増やし、それが他の支部にも伝わるという悪循環に陥った。

「……済まんが、今更帰れとは言えん。何とかしてやってくれんか……」

その言葉に父も「確かに帰れとは言えんが」と言い、俺に顔を向け、

「何とかできぬか」と言ってきた。

ここまで来たら何とかするしかないと腹を括る。

「何とかするしかないですね」と父に答えると、ウルリッヒが「本当か! 助かる!」と心底ホッとした表情になる。

しかし、それで済ませるわけにはいかない。

「限界を超えた人数でイベントをやれば、必ず問題が起きるんだ。今回は三千五百人くらいで計画したからなんとかなるが、それ以上に増えたら酒の管理ができなくなるんだぞ。せっかくの酒を最高の状態で出せないなんて許せるはずがない! きちんと調整すると約束できないなら、今後一切、酒のイベントはやらん。各支部長に必ず伝えてくれ!」

俺の言葉にウルリッヒは「わ、分かった」と及び腰で答えるが、隣にいる王妃はニコニコと笑っていた。

「さすがはザックさんですね。お酒がかわいそうだから約束は守れとおっしゃるなんて」

「笑い事ではありませんよ。今回の黒幕が殿下であることは分かっているんです。次も同じようなことが起きたら、安全を理由に他国の王族の方のラスモア村訪問はご遠慮していただくことにしますよ」

俺の言葉に王妃は「そんなことは言わないでくださいね」と余裕の表情を変えていない。

「これは脅しではありませんよ。殿下の安全を守るための人員を減らせば、ドワーフたちの受け入れ人数を増やせると各支部に伝えます。そうなったらドワーフたちがどう動くか、殿下ならお分かりのはずです」

その言葉で王妃の笑みが引き攣る。

「わ、分かりましたわ。もう二度といたしません」と頭を下げた後、今回やったことを告白した。

「今回は総本部の意向を無視しても全世界の鍛冶師がラスモア村を目指したという実績が欲しかったのです。そうすればロックハート家と鍛冶師方との関係はギルドという枠に囚われないものだと全世界が認めるからです。ですから、参加できなくなるようなことはどうかご容赦してください」

そう言って涙を浮かべて、もう一度大きく頭を下げる。

隣国の王妃に頭を下げさせたことは問題だが、今回のようなことは二度としてほしくないため、あえて無視する。

ギルド職員に向かって指示を出す。

「王妃殿下と匠合長閣下は城にご案内してください。式典が始まり、ご挨拶が済むまでは城で待機してもらうことになりますので」

職員は俺の剣幕に「りょ、了解しました。では、こちらへ」と二人を城に案内しようとした。

「儂らは最初から飲めんのか。総本部の連中のところがよいんじゃが……」

「私も総本部の皆さんと一緒がいいのですが……お城ではいろいろなところのお酒が飲めないのでは?」

「大丈夫です。美味しい飲み物は用意しますから。それに午後三時くらいにはみんなのところに合流できますよ。ただし、料理と酒が残っているかは分かりませんが」

俺の後ろにいるリディが「本気で怒っているわね」とベアトリスに言い、「そのようだな。まあ、今回は二人が悪いから同情はせんがね」と答えていた。

「他の仕事が目白押しです! 早くお二人を城へ!」

俺の言葉に職員たちが二人の背中を押すようにして城に向かった。

「あれではかわいそうではないか」と父が遠慮気味に言ってくるが、

「では、父上が仕切ってくださいますか?」と笑みを浮かべていうと、

「うむ。仕方がないな。私が二人の相手をしよう」と言って逃げるように城に向かった。

その後、副実行委員長のシャロンと共に監視塔に上がり、会場の様子を確認する。

今回は館ヶ丘をぐるりと囲むように酒と料理のブースが設けられ、その外側に幅三十メートルほどの通路を設け、更に外側に来場者の席を設けた。

席と言ってもテーブルやいすを用意しているわけではなく、魔法で作ったベンチがあるだけだ。このベンチは総延長五キロにも達し、作るだけでも十日近くかかっている。

「ほとんどの区画が埋まっているな。大体ドワーフが四千人、うちの村と近隣の住民が二千というところか……ビールの樽の配備も順調のようだし、開始時間に間に合うな」

「そうですね。職員の方たちが結構頑張ってくださいましたし、村の人も手伝ってくれましたから」

五十名の鍛冶師ギルド職員は選りすぐりなのか、俺とシャロンで作った計画書を見せただけで自分たちの役割を理解した。

それだけではなく、酒の出庫方法の効率化などの提案もしてくれ、ずいぶん助かっている。彼らの助手として村人から有志を募り、三百名体制でイベントに当たっていた。

「そろそろ行かないといけないな。済まないが、後の仕切りを頼む」

「任せてください」とシャロンは笑顔で頷くが、すぐに不安そうな表情を浮かべる。

「でも、何か起きたら対処できるか不安です。これだけの数のドワーフの皆さんを見たのは初めてですから」

「確かに八年前でも千三百人くらいだし、アルスでも一度に見たのは同じくらいだ。まあ、酒を切らさないことだけを考えてくれたらいいよ。他のことなら辛抱強い連中だから」

「そうですね。でも、そのお酒を切らさないというのが一番難しい気がします」

俺には今日持ち込まれた酒の温度管理の仕事がある。更にその後にはイベントの進行役をしなければならず、他の仕事まで手が回らない。そのため、シャロンに裏方の指揮を任せることにしていた。

そんな話をした後、俺は監視塔を下り、まず城に向かった。

城ではクレメント・シーウェル侯爵が王妃と歓談していた。その手にはシーウェルワインがあり、王妃もしっかりとグラスを握っている。

「ご歓談中申し訳ございません。シーウェルブランデーの説明はイグネイシャス様だけでよろしかったでしょうか? そろそろ始まる時間ですが」

「そうだな。私も他の酒が気になる。では妃殿下、失礼いたします」

そう言って優雅に頭を下げる。

「ザックさん、私はここで待機ですか? 私も行きたいのですが……」

「来賓の挨拶は午後三時です。護衛の騎士方もお疲れでしょうから、安全な城でお待ちいただく方がよいでしょう」

「儂もここで待つのか……なあ、儂はよいじゃろう? 今回はカティの暴走が原因なのだから……」

「そういうわけにはいかない。匠合長としてきちんと責任を感じてくれなければならんからな」

そう言った後、二人に対し、

「城を抜け出してもいいですが、その場合は全員の前で王妃殿下と匠合長が参加しなければ、参加者枠を増やすことができると宣言しますよ。それでもいいならお好きにどうぞ」

俺の言葉に二人はがっくりとうなだれる。

お灸をすえるためだが、あまりに落ち込んでいるので、職員に「午後一時に総本部の区画に案内してください」と秘かに指示を出しておいた。

その後、大急ぎで地下倉庫に向かう。

分厚い木の扉を何度も通り過ぎると、真冬のような冷気に包まれる。俺とシャロンが作った数十トンの氷がショッピングモールの立体駐車場のような広大な空間を冷やしているのだ。その空間だが、既に酒樽で埋め尽くされていた。

「今日届いたビールはどれですか?」と早口で担当のギルド職員に確認する。

「こちらがペリクリトル支部のものです。すべてラガータイプだそうです。その向こうにアルスのビールがございますが、ご推薦の親方のお名前とタイプを書いてもらいました……」

冷やす温度に拘りたいが、いちいち試飲する時間がない。そのため、どのようなビールが入っているか分かるようにしてもらったのだ。

「助かります。最初の二時間分だけ冷やしていきますが、足りなくなったらシャロンに連絡してください。私か彼女が来て冷やしますので……」

そう言いながらも疑似ペルチェ効果で樽ごと冷やしていった。

正午の鐘が鳴り、会場ではギルド職員や従士たちが一斉に声を上げる。

「それではドワーフ・フェスティバルを開始します! 飲み物と食事のブースの方は提供を開始してください!」

会場が広大であり、マイクなどの拡声装置がないため、開始の宣言は各区画の責任者が行うことにしていた。

その言葉で一斉にドワーフたちが動き出す。住民たちも動いているのだが、ドワーフたちの速度が異常であり、彼らだけが動いているように見えるのだ。

俺も各区画を回りながら、今回のイベントの説明をしていく。

「今回は参加者による順位付けはやりません! 皆さん、楽しく飲んでください!」

その言葉通り、前回まで行った料理と酒のコラボレーションに対する投票は行わない。また、蒸留酒も同じで参加者全員の点数付けは行わないことにしていた。

しかし、それでは面白くないため、抽選で選ばれた百人によるブラインドテイスティングによる投票は行う。

二百リットル以上入る樽があっという間に空になっていく。最初はペースが速いだろうと考え、予備の樽が用意されており、混乱はない。更に次々と地下倉庫から樽が運び出されていき、ビア樽の行列ができていた。

(さすがに最初はビールが出るな。そのうち、蒸留酒になるはずだが、それまでもてばいいんだが……)

予想通り、午後一時過ぎにはビールの消費速度が落ち着いてきた。といっても、地下保管庫を出ていく荷車が途切れることはなかった。