作品タイトル不明
第四十六話「帝国の情報」
十月二十二日。
アンデッドとの死闘に勝利したことを祝う戦勝記念祭を二日後に控え、参加者が続々とやってきている。
最も多いのは鍛冶師ギルドの酒類品評会、いわゆるドワーフ・フェスティバルの主役、ドワーフたちだ。
他にも戦勝記念祭ということで来賓が来る予定となっており、その一人、カエルム帝国のクレメント・シーウェル侯爵が今日到着した。
シーウェル侯は午後三時頃に到着し、大浴場で寛いだ後、ロックハート城に入っている。
夕食までの時間を利用し、帝国内外のいろいろな情報を聞かせてもらった。
最初に聞いたのは、帝都で最も話題になっているカエルム帝国とルークス聖王国との戦争の話だ。
結論から言えば、戦争は防がれ、聖王国軍は一度も戦うことなく引き上げている。その最大の要因は 人馬(ケンタウルス) 族ら草原の民の介入だ。
侯爵は父に対し、
「……草原の民はラクス王国の傭兵、レイ・アークライトなる者に従い、戦争に介入したそうだ。そのアークライトだが、驚くべきことにペリクリトル攻防戦の英雄、“白き軍師”本人だというのだ……」
この辺りの話は父にもしているため、驚きはないが、俺が予想した通り、草原の民を掌握したという事実に驚いていた。
「そういえば貴家のセオフィラスが草原の民との間に入り、レオポルド殿下を説得したそうだ。殿下はザカライアスに匹敵する知恵者と評し、幕下に招きたいとおっしゃっているらしい。もっともセオフィラス本人はそれを固辞してアークライトと共に行動しているようだがな」
「そうですか……手紙の一つでも寄こせばよいものを……」と父は本人から報告がないことに憤慨している。
「言うてやるな、マサイアス。この情報は飛竜騎士団の伝令によって伝えられたもの。ラークヒルからここまでは千 km(キメル) 以上離れておるのだ。まだひと月半ほどしか経っておらん。手紙を出したとしても届くのはまだ先だろう」
飛竜騎士団はワイバーンに乗る竜騎士で構成された精鋭だ。竜騎士なら一日に二百キロくらいは移動できるから、帝都には早い時期に情報が入っている。
一方、民間人が手紙を送る場合、商業ギルドに依頼することが多い。極まれに冒険者を雇う方法を採ることもあるが、これは商人たちが行かないような辺境の場合だけだ。
商人たちに預けるため、基本的には一日二十キロくらいしか進まない。また、主要な都市の支部で一度集約されるため、ラークヒルから手紙を出しても届くのは早くても二ヶ月は掛かる。
「話を戻すが、もう一つ気になる情報があった」
「それはどのようなものでしょうか」
「貴公の養女ルナのことだ」
「ルナですか」と父は聞き返す。
ルナの名が出た驚きというより、どのような話が出てくるのかと身構えるような雰囲気があった。
「アークライトが今回の主役であることは間違いない。しかし、ルナが鍛冶師ギルドの力を借り、更にマーカット傭兵団を護衛にしたことをアレクシス殿が気にしておられる……」
帝国宰相であるアレクシス・エザリントン公がルナに興味を持ったことに驚きを隠せない。
「……なぜ、面識もないアークライトとロックハート家の養女が行動を共にしているのか。なぜ、それほどの支援をするのか……ロックハート家が何か知っているのではないかと考えておられた。ザカライアスよ、そなたは草原にも行っているし、アルスにも寄った。何か知っているのではないか」
シーウェル侯の洞察力に僅かにたじろぐが、平静を装って答えていく。
「確かに草原に行き、弟たちとも会っています。ですが、弟たちがいると知ったのはネザートンに入ってからです。蒸留所の様子を見にいく話をするために寄った、鍛冶師ギルドで聞いたのですから。それにソレル族の春営地に行ったのは弟たちが世話になっている礼をしにいっただけです」
「ネザートンの蒸留所か……確かトウモロコシで蒸留酒を造っていたな。その助言のためか」
「その通りです。非常に出来がいい蒸留酒が作られていたのですが、初めての酒で作り手たちが迷っていました。ですので、方向性は間違っていないことと、ドワーフたちに受け入れられるための方策を伝えています」
「それは楽しみだな。では、アルスではどのような話をしたのだ?」
「アルスもスレイサイド蒸留所が気になったので立ち寄りました。偶然マーカット傭兵団と出会うことができましたが、あくまで稽古をつけてもらっただけです。匠合長とは今回のドワーフ・フェスティバルの話をしていますが、どちらもアルスに行く前には全く想定していなかったことです」
「うむ。確かにマーカット傭兵団がいるという情報を知り得ることはないだろうな。しかし、何のために彼らが帝国に向かったかくらいは聞いているのではないか?」
「もちろん聞いております。アークライト殿とハミッシュ・マーカット殿のご息女アシュレイ殿が帝国に向かったと聞いて、追いかけたそうです。アークライト殿に光神教が接触していたそうで、何らかのトラブルに巻き込まれるのではないかと考えたと聞きました。鍛冶師ギルドですが、ハミッシュ殿が帝国に向かわれるならとルナの護衛を頼んだそうです」
「話に矛盾はないな……では、アークライトとルナの関係についてはどうだ? 何か知っていることはないのか」
「私が聞いた話ですが、二人がペリクリトルで知り合い、その後ルナが魔族に攫われ、それを知ったアークライト殿が命懸けで助け出したということだけです。なぜアークライト殿がルナを助けるために命を懸けたのか、なぜルナがアークライト殿と行動を共にしているのかは本人たちに会っていませんので分かりかねます」
シーウェル侯は「確かにそうなのだが、釈然とせんな」といい、
「卿がジルソール島に行ったこと、ルナとアークライトも同じくジルソール島に渡ったことについてはどうなのだ? あのような辺境に偶然行くとは考えられんし、ルナは卿の依頼、新たな酒のつまみを探すためにジルソール島に渡ると言っていたという証言もある」
「信じられないでしょうが、全くの偶然です。私がこの村を離れたのは昨年の七月中旬です。それからドクトゥスに行き、恩師であるエルバイン教授の依頼を受けてジルソール島に向かいました。そして、アウレラから船に乗ったのは十月の初めです。ルナはともかく、アークライト殿の噂すら流れていない時期なのです。その後はジルソールに渡り、教授の研究のため、 創造神(クレアトール) 神殿で年が明けるまで過ごし、ジルソールを出たのは今年の二月です。それ以降、五月に入るまでフィニス島以外の帝国の版図に足を踏み入れてはいないのです」
「うむ。ザカライアスの説明におかしな点はないな。アレクシス殿には卿が無関係であったと報告しておこう」
何とか侯爵を丸め込むことができた。
「卿らにだけ言うが、帝都は今いささかきな臭い状況になっている。レオポルド殿下は来月中旬には帝都に凱旋される予定だ。殿下からの報告では人馬族を連れて凱旋するらしい」
「人馬族を連れてですか」と父が呟く。
「そうだ。そうなれば、殿下の評価は大いに上がるだろう。それを見越した殿下を押す派閥がいろいろと画策し始めているのだ……」
レオポルド皇子を推す派閥の長はラングトン大公だ。元々皇子は兵士や平民に人気があるが、珍しい人馬族を従えて凱旋すれば、その人気は不動のものになる。
ライバルであるジギスムント皇太子は一部の貴族と商業ギルドの支持しかない。頼みの綱の商業ギルドも聖王国をコントロールできなかったことから、帝国内での発言力が大きく低下している。また、ギルドの方も商船の徴発などで大きな損失を受けており、多額の投資、すなわち賄賂を贈った貴族たちが役に立たなかったことで不信感を募らせている。
そして重要なことは現皇帝ジークフリード二十一世の健康だ。長年の不摂生により、いつ崩御してもおかしくないと言われ続けている。万が一、この状況で倒れられたら、最悪の場合内戦に突入することすら考えられる。
「……本来なら帝都でアレクシス殿を補佐すべきなのだが、私ではこの状況をどうこうできる力はない。今回のドワーフ・フェスティバルを口実に逃げ出してきたのだよ……」
シーウェル侯は自らを卑下しているが、彼の政治的な能力は充分に高い。シーウェル侯爵領を帝国屈指の豊かな領地に変えたことが、それを物語っている。
「気休めかもしれませんが、セオフィラスが関与しているなら、何らかの手を打っているはずです。特に宰相閣下のお立場については充分に理解しているはずですから」
最後に会った時に帝国内の状況を理解させている。特にレオポルド皇子が危険であることと、エザリントン公が排除しようとしていることは耳にタコができるくらい伝えた。
しかし、セオが具体的に何をしたのか知らないため、不安は残る。
「そうだとよいのだが……卿ならこの状況をどう乗り切るのか教えてくれんか」
弱気になったのか、俺に意見を求めてきた。
「私が帝国の政治に口を出さないことはご存じのはずですが」
「それでも聞きたい。不安でならんのだ。我が愛する領地が戦火にまみれるなど考えたくもないのでな」
「一つだけ言えることがあるとすれば、宰相閣下がご自身のお考え通りにことを進めれば、問題は解決するだろうということです。閣下は以前より手を打っておいでです。間違っても内戦になることはないでしょう」
不安な表情の侯爵にはっきりと告げた。言葉ほど確信はないが、間違っていないと思っている。
「卿がそう言うのならそうなのだろうな。だが、アレクシス殿は何をしようとしておられるのか。卿の考えを聞かせてくれんか」
「それはお答えできません。というより、私では宰相閣下のお考えのすべてを見通すことなどできません。ならば、帝都に戻られた際に直接聞かれる方がよいのではありませんか」
「そうだな。確かにアレクシス殿なら適切な手を打つはずだ……卿が断言してくれたことで不安は消えた。では、我が領内から持ってきたワインとブランデーについて意見を聞かせてくれんか。イグネイシャス、準備を頼む」
気持ちを切り替えたのか、側近のイグネイシャス・ラドフォード子爵に指示を出す。
子爵は主の気持ちを考えたのか、いつもより陽気な口調で説明を始めた。
「既にザカライアス殿にワインを渡し、秘儀によって澱を沈めております。温度もシャロン殿に調整してもらっておりますので、いつでも試飲は可能です」
その後、シーウェル侯らとワインとブランデーの試飲を行った。
ワインは以前ベアトリスが見つけた特殊なブドウを使ったもので、三年熟成のものが持ち込まれている。このワインは貴重過ぎてドワーフ・フェスティバルには出品しないが、俺が村に戻ったという話を聞き、意見を聞くために持ってきたそうだ。
大ぶりのワイングラスに注がれたワインは美しいルビー色をしている。ワインの液面がグラスと接する“リム”の部分を見ると、よい赤ワインの証である透明なリングになっていた。
俺が 収納魔法(インベントリ) で加速して熟成させた物と遜色ない出来だ。
香りを嗅ぐと、まだ若いためか、濃厚な黒ブドウの香りに甘いベリー系の香りが混じっている。
そのまま口を付けると、その香りが一気に鼻腔に広がった後、ビロードのような柔らかな舌触りに至福の時が訪れる。
「素晴らしいですね。既に芸術品の域に達していますが、あと五年寝かせたら更に美味くなるでしょう。五年前の物より格段に良くなっています」
俺の言葉に侯爵が満足げに微笑んでいる。
ラドフォード子爵も同じように満足げに頷いていた後、
「ザカライアス殿に教えてもらった品質向上策をすべて実行したのだよ。今も毎年よくなっていると自負している。五年後、十年後に今以上に唸らせるつもりだよ」
七年前にシーウェル侯爵領を訪問した際、畑、醸造所、保管庫であるシーウェル城の地下室の改善を提案した。あの時は思いつきに近いものも言っているはずだが、すべて上手くいったようだ。
その後、シーウェルブランデーも試飲した。まだ、若いブランデーであり、刺々しさはあるが、イタリアのブランデーであるグラッパのような華やかな香りが不満に感じさせない。
「こちらも素晴らしいですね。うちの村のブランデーとはタイプが違いますが、この華やかさは魅力です。それにしても前回より品質が上がっている気がしますが?」
「我々のライバルは ラスモア村(ここ) だからな。ここが日々努力しているのに安穏とはしておられんということだ」
侯爵がそう言うと、子爵もそれに頷き、
「エザリントンやラングトンでもブランデーの生産を開始しているのだ。ラングトンはともかく、エザリントンは公爵閣下が本気を出されると一気に品質がよくなるだろう。我々は前を見るとともに、後続の蒸留所に追い付かれぬように努力せねばならん立場にあるということなのだ」
帝国南部域はワインの一大生産地であり、赤ワインはシーウェルやラングトン、白ワインはエザリントンが有名だ。その有名産地が 挙(こぞ) って蒸留酒造りに手を出している。今のところ、俺が直接指導し、先行しているシーウェルが頭一つ抜けているが、資金力に勝るエザリントンやラングトンが本気を出したらと危機感を募らせているようだ。
「酒類品評会にはこの三年物を出されるのですか?」
「いや、以前卿が言った若いブランデーを用意した。新たな市場開拓のためにな」
侯爵はそう言ってニヤリと笑った。
「それは楽しみです」と答える。
こういうことをやれることが、本当に楽しい。