作品タイトル不明
第四十三話「祭典の提案」
六月二十六日の正午頃。
朝からやっているレイ・アークライトの魔法陣の解析の途中だが、昼食の時間となったため、アルスの街に繰り出した。
ギルドから少し離れた商業地区に行き、ギルド職員に推薦してもらった食堂に入る。
「ザカライアス様にお勧めできるようなところは……」と最初はなかなか教えてもらえなかったが、こぢんまりとした趣味のよさそうな食堂だった。
ランチセットのような定食を頼むと、午前中にシャロンと共に発見したことをリディたちに話していった。
アークライトの左手に描かれていた魔法陣が精霊の力を集めるためのものであると説明すると、
「……つまり、あの魔法陣があれば魔術師でなくても魔法が使えるようになるということ?」
リディが目を見開いて質問する。
精霊が見える彼女には魔法を使えない者が精霊に無視されている姿が見えているので信じられないのだろう。
「成功すればな。魔法を発動できなくても精霊の力を集められれば、使いようはある。まあ、そんな機会はやってこないんだろうがな」
俺が想定しているのはアンデッドの王ヴラド・ヴァロノスの軍勢の襲撃のような大規模な戦闘だ。ルナが独り立ちした以上、 虚無神(ヴァニタス) がラスモア村や俺たちに手を出す意味はなく、魔物の暴走程度ならロックハート家の自警団で充分に対応できるためだ。
あるとすれば魔族の侵攻だが、それもルナとアークライトが魔族の地、“ 永遠の闇(クウァエダムテネブレ) ”で何をしてきたのかによって変わるし、魔族もペリクリトル攻防戦で受けたダメージが回復するまで大規模な侵攻は企てないだろう。
それに今回の魔族の侵攻は、トーア砦を 素通り(バイパス) したことが分かっているから、カトリーナ王妃が手を打つはずだ。いや、既に打っていると見ていい。
噂で聞いたが、魔族の侵攻を防げなかった砦の司令官は更迭され、新たに身分は低いが有能な指揮官が赴任している。
それに合わせて抜け道の調査を行っているだろうし、警告なしに襲撃を受ける可能性は低いと見ている。
そんなことを考えていたためか、総本部に戻ると、王妃が待っていた。といっても全くの偶然なのだが。
「お久しぶりですね、ザックさん」
いつも通り平民の姿でやってきており、今は“王妃”ではなく、“カティ”さんなのだろう。
「ご無沙汰しています、カティさん。義妹のことでお世話になりました」と返す。
彼女が鍛冶師ギルドにいろいろと策を授けたことは間違いなく、帝国内でルナたちが行動する大きな助けになっているはずだ。そのため、感謝を伝えた。
しかし、王妃がここにいる理由が分からない。少なくとも俺たちの顔を見にきただけではないはずだ。
「今日はどのようなご用件ですか? 宴会には早い時間ですが?」
その問いに意味ありげな笑みを浮かべ、
「少しお願いがありまして……」といったところで、俺たちの視線を感じたのか、慌てて「もちろん、カティとしてですわ」と付け加える。
そこで僅かに力を抜く。
“カティとして”と言っているということは、政治には関係ない話だと宣言しているに等しいためだ。
ただ、このタイミングでどのような頼みがあるのか想像もつかない。
「カティさんとしてのお願いですか?」
「ええ、できればウルリッヒさんにも聞いていただきたいと思っているんです。もうすぐ来られるはずですわ」
そのタイミングでウルリッヒが現れる。午前中とは異なり、ピリピリした雰囲気が遠めに見ても分かる。
「レッドアームズの連中の対応で仕事が滞っておるんじゃ。用があるなら夜に来い!」
そう言いながらも匠合長室に向かう。
ウルリッヒも話の内容を知らないらしく、仕事が進まないことに苛立っているのだろう。
匠合長室に入ると、王妃が「お忙しいところごめんなさいね」と言って小さく頭を下げてから話し始める。
「ザックさんはここから真っ直ぐラスモア村に戻られると考えてよろしかったかしら」
話は見えないが、「ええ、そのつもりです」と答える。
「当分、村にいらっしゃるということですわね」
質問の意図は分からないが、隠すことでもないので正直に答える。
「一年近く村を空けましたから、そのつもりですが、一度 学術都市(ドクトゥス) にはいくつもりです。といっても、短期間で戻るつもりですが。それが何か?」
その言葉に王妃は「それはよかった」と喜びをあらわにする。そして、ウルリッヒに向かって、
「ザックさんが戻られたのですから、春にできなかったドワーフ・フェスティバルを大々的に行うべきではありませんこと? 今から準備をすれば、秋の戦勝記念祭に間に合うと思うのです」
王妃はドワーフ・フェスティバルの開催を提案するためにわざわざ来たようだ。この時間に匠合長であるウルリッヒに話を付けておけば、今夜の宴会で発表できる。それを狙ったのだろう。
その話にウルリッヒの苛立ちはきれいになくなり、前のめりになって聞いている。
「そこでザックさんにお願いがあるんです。今回のドワーフ・フェスティバルでは第一回の時のようにいろいろなお酒の飲み方を披露していただきたいのです」
「水割りとか、オンザロックとかを説明した時のようにですか?」
「それもありますけど、お酒をいろいろな物と混ぜ合わせた飲み方です。あの時は名前がないとおっしゃっていましたけど、あれをもう一度お願いできないかと思いまして……」
確かに第一回ではカクテルを披露した。その上でこの飲み方は当面目指さないと宣言している。
「あれですか……」
個人的にはもう少し蒸留酒文化が根付いてから広めたいと思っている。今のところ、フィーロビッシャーにラム、フォルティスにウオッカ、ネザートンにバーボンがあり、ジンはラスモア村で造ることができる。
また、以前よりも流通がよくなり、ラスモア村にも柑橘類が多く入っているし、氷についても多くの都市で水属性魔術師が作っており、ここ数年、一般的になりつつあった。
ロングカクテルに必要な炭酸水だが、トニックウォーターはともかく、ソーダやジンジャーエールなら俺の魔法で作ることができる。
ないのはリキュール類だが、これも作ろうと思えば作れないことはない。酒と果物、ハーブ類と砂糖、そして蒸留器があれば、美味いかどうかはともかく作るだけならそれほど難しくないはずだ。
「あの飲み方が一般的になれば、材料になるお酒を造る強い 動機付け(インセンティブ) になると思います。そうすれば、ザックさん一人が頑張っていろいろなお酒を造らなくても、いろいろな人が工夫して作り始めるはずです」
「おっしゃっていることは分かりますが……」と答えるが、俺の横でウルリッヒが「さすがはカティじゃ!」と叫び、
「正直、あの飲み方は好みではないが、新しい酒を作り出すということには賛成じゃ」
興奮するウルリッヒを横目に王妃に自分の考えを告げる。
「提案することはやぶさかではありませんが、やったとしても私の後に続く方が出てくるか疑問です。もう少し酒文化が成熟してから広めるべきではないですか」
俺の考えに対し、王妃は「問題ございませんわ」と胸を張り、
「少なくとも我が国では積極的に新しいお酒を開発するつもりです。幸い、バルベジーより東の土地の開発が可能になりそうですから、食糧自給に影響を与えることなくできそうです。もちろん、ザックさんのご助力は期待していますけど」
「カウム王国が先頭に立って酒の開発を行うのですか?」
「最初はそうなりますが、すぐにアウレラや帝国も参入してくるはずです。そうなれば、ラクス王国やサルトゥース王国も同じように追従するでしょう。何といっても新たな産業なのですから、商売にしようとする人は後を絶たないと思いますわ」
確かにこの世界の酒の最大の顧客であるドワーフは金に糸目をつけることはない。売れると決まっている商品だから、作り出せれば膨大な富を手に入れることができる。
実際、シーウェル侯爵領はブランデーの生産で膨大な利益を上げており、それに追従しようと多くの上級貴族が蒸留所建設を計画している。
「他にも新たにできたお酒を世界に広める、よい機会だと思うのです。フィーロビッシャーのラムだけでなく、ネザートンのコーンのお酒やフォルティスのお芋のお酒にもこの機会に名を付けて広めてはどうでしょうか」
「確かに名がないのは不便じゃな。マットに名を付けてもらえれば、ここまでやってきた者たちを労うことにもなる」
ネザートンのものはコーン・ウイスキーと呼んでもいいが、フォルティスの芋の蒸留酒は全く名前がなく、フォルティスでは“芋の酒”と呼んでいるだけだ。
ただ、父マサイアスが名を付けるといっても、実質は俺が考えないといけない。これが実に面倒なのだ。
「大々的にやるのは他にも目的があります」と王妃は真面目な表情で言ってきた。
「他の目的ですか?」というと、大きく頷く。
「ルナさんがどこに何をしに行ったのかは存じません。ですが、鍛冶師ギルドが全面的にバックアップし、あのレッドアームズが護衛に付くのです。世界中がルナさんに注目するでしょう。そんな時、ロックハート家が鍛冶師ギルドや商業ギルドと懇意であると改めて示すことで、無用な干渉を防ぐことができると思うのです」
「ルナのためですか……」
「そうです」と力強く頷き、
「この先、カエルム帝国とルークス聖王国との関係がどのような形になるかは分かりません。それにルナさんがどう関係するのかも……ですが、ザックさんがわざわざ草原にまで行ったということは何らかの関係があるのではありませんこと?」
王妃の鋭い洞察力に返す言葉が咄嗟に出てこない。
「弟たちに会いにいっただけです」と何とか答えるが、王妃はそれに納得した様子はなかった。
「セオさん、セラさんが 人馬(ケンタウルス) 族のソレル族と行動を共にしていることは聞いています。ですが、このタイミングでセオさんたちがソレル族と行動を共にしていること自体、ザックさんの指示ではありませんこと? そうでなければ、アウレラから中部域、フォルティスを経由して アルス(ここ) に来ること自体、不自然ですから」
彼女の言う通り、楽なルートを採るならアウレラから真っ直ぐ東に向かえばいい。仮にウェルバーンに寄るとしても、中部域を通るより、アウレラ街道に戻る方が自然だ。
更に言えば、草原に行く用事があったとしてもフォルティスからアルスを経由する南回りで帰る必要はない。遠回りした理由があるとしか思えないだろう。
「ウェルバーン、ネザートン、フォルティス、そしてアルスのスレイサイドの状況が見たかったからです。実際、すべての蒸留所で試飲していますから」
王妃は俺の目を見つめて黙っている。
十秒ほど経ったところでフッと笑い、「そういうことにしておきましょう」と言い、
「いずれにしてもルナさんたちは大きな話に巻き込まれているはずです。あの“白き軍師”を仲間にしているのですから。 私(わたくし) としては、“ 永遠の闇(クウァエダムテネブレ) ”で何があったのか聞きたかったのですが、聞いてはいけない雰囲気でしたので遠慮しております」
そう言ってウルリッヒを見る。
ウルリッヒは目を泳がせながらジョッキを呷っていた。
「お話は分かりました。ルナのことはともかく、ギルドやカティさんにはいろいろと骨を折ってもらったようですし、ドワーフ・フェスティバルの開催については酒文化を広めるということで、前向きに検討させていただきます。もちろん、父の許可は必要ですが」
「よし、これで決まりじゃ! 全支部に通達を出すぞ! 十月が楽しみじゃ! ジーク・スコッチ!」
ウルリッヒは既に決まったつもりでいる。
その夜、宴会が始まると、ウルリッヒから王妃の提案が紹介された。その場には当然王妃もいる。
ドワーフたちの反応は予想通りで、「「ジーク・スコッチ!」」という叫びが集会室に響く。
「今回は今までにないほど大規模な祭じゃ! 人数制限は付けぬぞ!」
「さすがはウルリッヒじゃ! ジーク・スコッチ!」
「カティもよく提案したぞ! ジーク・スコッチ!」
ドワーフたちのボルテージは上がり続ける。
「まだ決まっていないぞ! それに鍛冶技能評定会はどうするんだ? いくら何でも全支部が参加する評定会は開けんぞ!」
俺がそう叫ぶと、ウルリッヒは「技能評定会は開かぬ! 今回は酒だけじゃ!」と鍛冶師ギルドの本分をあっさりと否定した。
「それじゃ、名分が立たないじゃないか。鍛冶の腕を競うついでに酒の品評会をやるんじゃなかったのか?」
「そんな細かいことは誰も気にせん。儂らが酒のために行動することは誰もが知っておることじゃ」
その言葉に力が抜ける。確かにその通りだが、それでいいのかと思わないでもない。
「念のため聞くが、何人来るつもりなんだ? うちの村で対応できる人数に収まるとは思えんが……」
「ロックハート家に迷惑を掛けるつもりはないぞ。だが、五千人は堅いじゃろうな」
「ドワーフが五千……」と俺が絶句していると、
「今から準備できるんじゃ。それにギルドが全面的にバックアップする。大船に乗ったつもりでおれ!」
そう言って俺の背中をバシンと叩く。
リディたちを見ると、あまりの人数に表情が消えていた。特にシャロンはブツブツと何か呟いている。
「……ドワーフの皆さんが五千人ということはビールの樽が……スコッチは多分足りない……それより館ヶ丘の周りでは狭すぎるわ。どうしたらいいのかしら……」
どうやって実行するかを考えているらしい。
「いくら何でもドワーフが五千人は無理だぞ。せめてもう少し減らしてくれないと……」
「少しでよいんじゃな」と聞いてきたので、慌てて否定する。
「いや、大幅に減らしてくれ。うちの村だとドワーフが千人もいたらかなり厳しいからな」
「もう少し大丈夫ではなくて? 以前でも千人以上集まっていたはずですよ」
王妃がそういってきた。
「そうじゃ! 少なくとも二千五百は認めてもらわねば、アルスから五百も出せん。三百以下では暴動が起きるぞ」
「「そうじゃ! 今度は儂も必ず参加するぞ!」」
複数の鍛冶師から声が上がる。
今までのドワーフ・フェスティバルでは各支部から総本部の人数が多すぎるという声が多く、ウルリッヒも調整に苦労していた。
そのため、今回は可能な限り多くのドワーフが参加できるようにしたいのだろう。
「その辺りも含めて後日連絡する」と言って先延ばしにすることしかできなかった。