作品タイトル不明
第四十二話「魔法陣」
六月二十六日。
マーカット傭兵団(レッドアームズ) がアルスを出発した。
団長のハミッシュ・マーカットを初め、猛者たちと交流できたことはよい思い出だ。
これで アルス(ここ) でやることはすべて終わった。あと五日で夏至祭だが、今回は村に戻ることを優先しようと思っているため、明日出発するつもりでいる。
そのことをウルリッヒに話すと、珍しく真面目な表情で話しかけてきた。
「お前に見てほしい物があるんじゃ。済まぬが、総本部に来てくれんか」
「何があるんだ」と聞くが、「見てもらった方が早い」と言って前を歩いていく。後ろにはゲールノート・グレイヴァーとオイゲン・ハウザーが付いてきており、彼らも何があるのか知っているらしい。
「お酒の話にしては表情が違うわね」とリディが小声で言ってきた。
「確かにそうだな」というものの、酒の話以外でレッドアームズが出発したタイミングという理由が分からない。
ハミッシュたちがいては話しづらい内容なのだろうが、細かいことは気にしない豪放磊落な彼に聞かれて困ることは無いような気がする。
ギルド総本部に到着すると、そのまま匠合長室に入っていく。
ウルリッヒは職員の一人に「あれを持ってきてくれ」と指示を出した。ゲールノートたちがソファに座る間に職員が布を被せた大きな板を持って入ってくる。
そして、壁にその板を立てかけた。
職員が出ていったところでウルリッヒが話し始めた。
「まずはこれを見てくれ」と言って布を引き剥がす。
大きな白い紙が貼られており、そこには複雑な魔法陣が複数描かれていた。
その精巧な魔法陣に「なんだ、これは……」と言葉を失う。
「レイの鎧と槍、それと左手の甲に描かれていたものを写し取ったものじゃ。儂らもお前に教えてもらった魔法陣の基礎の手引きを見ながら解読しようとしたんじゃが、何となくは分かるが、細かいところはさっぱり分からん。それでお前の意見を聞きたいと思ったんじゃ」
「レイ? 白き軍師のアークライト殿か……それにしても左手の甲だと……」
俺の常識では人の身体に魔法陣を描くという発想がなかったため、驚きを隠しきれない。しっかりと見たいため近づいていくが、俺と同じように興味を持ったのか、シャロンも付いてくる。
「右上がレイの鎧、“ 雪の衣(ニクスウェスティス) ”に描かれていたものじゃ。左が“ 白い角(アルブムコルヌ) ”と呼ばれる槍に描かれておった。そして、下は左手のものじゃ……」
あまりに精巧な魔法陣であるため、「これが全部、彼のものなのか?」と思わず聞き返してしまう。
「そうじゃ。この魔法陣が槍と鎧の魔法陣と対になっているようじゃ。それも驚きじゃが、いずれも八属性すべてが描かれておるが、分からんものが多すぎるんじゃ」
ウルリッヒの言う通り、八属性の魔法陣であることはすぐに分かった。その中には俺の知識ですぐに理解できるものもあるが、分からないものも多い。
「金属性は硬化、木属性は自己修復で間違いない……土属性の重量軽減は少し特殊だが何となく分かる。槍の光属性は放出する形になっているから攻撃用のものだろう……左手はさっぱり分からないな……」
「お前でも分からぬか……」
そこで更に疑問が湧く。
「これがアークライト殿の武具や左手に? なぜ分からないんだ?」
俺の問いにどう言っていいものかという感じで、ウルリッヒが唸るように説明を始めた。
「レイは一年ほど前に突然この世界に現れたそうじゃ。その前の記憶も分からんことが多いと聞いておる……」
ウルリッヒは言いづらそうに話している。恐らく彼の秘密を承諾もなく俺に話していいのか迷っているのだろう。
「アークライト殿がルナと同郷だというのは知っている。まあ、本人から聞いたわけではないがな」
「そうか……」とウルリッヒは安堵するが、それでも「どこまで話してよいのかのぉ……」と彼にしては珍しくまだ迷っている。
「これ以上は彼について聞かないでおこう。ルナたちが戻ってきたら分かることだからな。だから、俺の方から質問させてもらう。答えられる範囲で答えてくれればいい」
俺の言葉に「うむ」と言って安堵の表情を浮かべた。
「もう少しじっくり見ないといけないが、ラスペード先生のところにある文献にも載っていないものが多い気がする。先生のところには古代文明の魔法陣も多くあるが、それとも微妙に違うということだ」
「遺跡のものでもないのか。儂らは大昔の魔法陣ではないかと考えておったのじゃが……」
「俺も全部を覚えているわけじゃないが、古代文明の魔法陣と今の魔法陣では理論に大きな違いはない。だが、こいつは 論理(ロジック) から違うものが多い。例えば、この火属性だが、出力部分と増幅部分がループしているように見える。昔のものでも二重にしてあるものはあったが、 循環(ループ) するような描き方はしていないんだ……」
魔法陣を見ながら気づいたことがある。
今の魔法陣は単純な増幅回路に近い。簡単に言うと術者の魔力を入力として、それに精霊の力を加えて増幅し、現象として出力するというものだ。
しかし、アークライトの魔法陣は一種の論理回路のような印象を受けた。
例えば、魔力を入力する部分が複数あり、増幅回路と出力回路のループに入っている。まるでフローチャートというか、シーケンスのように感じたのだ。
「循環しておるじゃと? どの部分じゃ」と言って、いつの間にか俺の後ろにいたゲールノートが聞いてきた。
その部分を指さしながら、
「鎧の火属性の魔法陣だが、こことここが繋がっている。それだけじゃない。この部分に魔力が入力されるようになっているんだ。魔法陣の途中で魔力を入れるというのは見たことがない」
「確かに言われてみればその通りじゃ。で、この魔法陣の意味は分かるのか?」
じっくりと見たお陰で多少は理解できている。
「恐らくだが、温度調整用のものじゃないかと思う。シャロンもそう思わないか?」
同じように魔法陣を見つめていたシャロンに話を振る。
「……難しいです。何となく、私たちが使う“疑似ペルチェ効果”の魔法に似ている気はしますけど、こんな複雑な魔法陣だとどこがどう繋がっているのか……」
「俺も最初は同じことを思ったよ。だが、よく見ると何となく分かる。ここが温度を上げるところで、こっちが下げるところだ。魔力が何箇所も入るようになっているのは微調整ができるようにしてあるためだろうな」
「足は温度を上げて、胴体は下げるとか、そういう感じですか?」
「多分な。どうやって熱を移動させているのかは全く分からないが」
「さすがはザックとシャロンじゃな。儂らでは全く理解できん」とオイゲンがいうと、ウルリッヒとゲールノートも頷いている。
俺たちに魔法陣を見せたかったのは分かるが、なぜわざわざハミッシュたちがいなくなってから見せたのかが気になる。
そのことを聞いてみると、
「槍と鎧の魔法陣も気になるが、それ以上に気になっておるのは魔晶石がないことじゃ」
「魔晶石がないだと! 本当なのか!」
思わず大声を上げてしまった。あまりに俺の常識とかけ離れているためだ。
簡単な魔道具なら直接魔力を送り込めば使えるものもある。しかし、通常、魔法陣の起動にはその出力に見合った魔晶石が必要で、出力が大きい武具に使うような魔法陣なら最低でも三級の魔晶石が必要だ。
魔晶石は魔力を貯めるだけでなく、安定的に魔力を供給する“ 蓄電素子(キャパシタ) ”の役割もする。これは起動時に大きな魔力が必要であり、その不足分を補う意味もあるため、ウルリッヒたちが作るような超一流の武具に使う魔法陣には、二級以上のものを使うことが一般的だ。
「本当じゃ。儂らもそれが一番の謎じゃと思っておる」
「確かに謎だが、それとハミッシュ殿に聞かせたくないこととは関係ない気がするが?」
「単に魔法陣の話だけならば儂らも気にせん。だが、あることに気づいたのじゃ……」
そこで言葉を選ぶように口こもる。
「あること?」
「 白い角(アルブムコルヌ) と 雪の衣(ニクスウェスティス) はレイだけにしか使えぬ。最初はレイ自身が魔晶石だと軽い気持ちで考えておったのじゃが、左手の魔法陣があろうと人が発する魔力には変わりない。それに奴は装備しているだけでは魔力を使わぬと言っておった。これだけの魔法陣を常時起動しておるのにじゃ……」
「確かにそうだが……」
「そこで思ったのじゃ。レイは本当に人なのかと。これだけの魔法陣を常に起動させておくには一級相当の魔晶石でも一つでは到底足りぬ。恐らく一級のものが四つは必要じゃろう……」
超一流の鍛冶師であるウルリッヒたちなら魔法陣を見て、意味は分からなくとも組み込んだ場合に必要な魔晶石の大きさは経験的に割り出せる。
一級相当の魔物だが、俺たちが死闘を繰り広げた 死者(アンデッド) の王、ヴラド・ヴァロノスや 魔将(アークデーモン) のアシュタルがそれに当たる。それほどの力を持った魔物でも魔晶石は一つだけだ。
そう考えると、体の中にそのクラスの四倍以上の魔晶石を持っていると言われれば、恐怖を感じてもおかしくはない。
俺はそのことを考えながら、もう一度魔法陣に視線を向けた。
「確かに大量の魔晶石がいるな。魔力量だけなら一級が四個でいいが、実際動かすとなれば二十個ではきかんだろう。それだけの魔力を有していて、かつ、それを的確に魔法陣に送り込める。人間業ではないと言わざるを得ん……」
「レイが邪悪な存在でないことは充分に分かっておる。じゃが、普通の人でないこともまた確かなこと。そのことを話題にせずにこの話はできんと思ったのじゃ」
ここにきてウルリッヒたちの懸念が理解できた。
彼らは必要な魔晶石の大きさから、アークライトが人間ではなく、別の存在ではないかという仮説を立てた。そのことをハミッシュに伝えるわけにはいかず、彼がいなくなってから俺に相談したのだ。
それに対し、俺は楽観的だ。
「神から特別な力を与えられているんだろうな」
「確かにそれは分かるが……」
「魔法は精霊の力、すなわち神々の力を使う。そして彼は神が召喚した人物だ。神々の力を直接操ることができてもおかしくはない……」
アークライトは 虚無神(ヴァニタス) からこの世界を守るために、神々によって召喚された。ヴァニタスの力は神々に匹敵するほどの大きさだ。そんな尋常でない存在と戦うのなら、召喚されたアークライトに特別な力が与えられていてもおかしくはない。
「……確かにそうじゃな。ルナもレイのことを信用しておった。お前と同じように。ならば、我らもレイを信じるとしよう」
ウルリッヒたちは納得したのか、それまでの重苦しい雰囲気からいつも通りのおおらかさを見せるようになった。
「この魔法陣なんだが、写しをもらっていいか? ラスペード先生にも意見を伺いたいんだが」
「レイにも確認しておるから、それは構わんが、儂らと一緒に調べてほしいんじゃ。お前と一緒なら新たなアイデアが浮かぶかもしれんしの」
明日にでも出発するつもりだったが、特に急ぐ必要はない。
俺自身も鍛冶師たちの意見は聞きたいし異存はないが、勝手に決めるわけにはいかない。
振り返ってリディたちに目で確認すると、
「いいんじゃないの。もうすぐ夏至祭だし、 アルス(ここ) で祭りを楽しんでから村に戻ってもいいと思うわ」
リディの意見にベアトリスも賛同する。
「あたしもリディアの考えに賛成だよ。このまま出発して小さな宿場町の祭りを見るのも一興だが、せっかく酒が美味いアルスにいるんだ。ここでたっぷり飲んでもいいんじゃないか」
メルも「私もお二人の意見に賛成です」とニコニコと笑っている。
最後にシャロンに視線を向けるが、彼女も俺と同じ意見で、「鍛冶師方のご意見を伺いたいです。その方が答えが見つけやすい気がします」と言っている。
「決まりじゃな。では、今日も宴会じゃ!」
まだ午前の早い時間だが、ドワーフなので仕方がない。
その後、シャロンと共に魔法陣の解析を行った。
リディたちは退屈な魔法陣の解析という作業に付き合う気はないらしく、
「町をぶらついてくるわ。お昼には一度戻るから」
そう言って手をひらひらさせながら匠合長室を出ていった。
こうなることは分かっていたので、特に思うところはない。
その後、ウルリッヒたちは滞った仕事を片付けるために自分たちの工房に戻っていった。ただ、匠合長室はそのまま使っていいということで、シャロンと二人で解析を行っていく。
調べていくと想像以上に複雑で、一つを読み解くのに多くの時間を取られた。特に左手に描かれていたものは武器や防具に描かれるものと根本的に違っており、シャロンと何度も議論している。
普通の魔法陣は明確な目的がある。例えば炎を発するとか、硬くするなどの目的があり、それを精霊たちに伝えることが魔法陣の役割だ。しかし、左手の魔法陣にはその目的らしきものが見つからなかった。
「意味が分かりませんね。これだと魔力を精霊に与えるだけにしか見えません」
そう言ってシャロンが首を傾げている。
「案外、それが目的かもしれないな」
「どういうことでしょうか? 精霊に魔力を与えるだけでは現象は起きませんが」
「ただの推論だが、恐らくこの魔法陣はアークライトの意思を槍や防具に伝える際に増幅させるためのものだ」
「ですが、増幅するための魔法陣になっていません」
「その通りだが、彼はルナと一緒で精霊に愛された存在なはずだ。この魔法陣は精霊たちが力を分けるための目印だと考えれば、増幅を頼まなくとも精霊が勝手に力を与えてくれるんじゃないかと思う」
「だとすると、この魔法陣は普通の人にはあまり使えませんね」
「そうでもない」というと、シャロンは「どういうことでしょうか?」と聞いてきた。
「魔術師が魔法を使う場合、呪文とイメージで発動させる。精霊たちがそのイメージを解釈して現象を起こすが、この魔法陣があればより明確に精霊に伝えられるんじゃないか。もし、この考えがあっているとすれば、魔法の威力を上げることに繋がるはずだ」
この魔法陣を見ながら光神教が使う集団魔法のことを思い出した。
光神教は聖堂と呼ばれる場所に特殊な魔法陣を描き、多くの術者、つまり神官たちが詠唱を行うことで大規模な魔法を行使する。
その魔法陣は門外不出とされており、どのようなものかは分かっていないが、恐らくこの魔法陣と同じような働きをするものだ。
「試してみたいことがある」
「どんなことですか?」
「この魔法陣を魔法が使えない者に描いたら、魔法が使えるようになるのかをな」
魔法の素養のない者の手に顔料か何かで魔法陣を描き、アークライトの左手と同じ効果があるかを確かめたい。もちろん、その前に自分の手で確かめるつもりだが、これが成功すれば魔法に革命が起きる。
「確かにそうですね。魔法が使えないのは精霊たちにイメージが届けられないからです。だとしたら、使えるようになるかもしれませんね」
「まあ使えなくても、俺たちが使う時に精霊の力を集めてくれるだけでもいいんだ。集団魔法と同じ効果が出るなら、単純に威力が上がるからな」
「でも、危険ですね。もちろん公開される気はないんですよね」
「ラスペード先生とキトリーさんには見てもらうつもりだが、公開する気はないよ。誰かに悪用されたら大変だからな」
魔法の威力が上がるということは魔術師の地位が上がるということだが、この世界には狂信的な魔術師たちが多くいる。
特に光神教と魔族に知られたら、世界の勢力図が変わる可能性があるから細心の注意が必要だろう。
その後、リディたちが戻り、昼食になる。
ギルドで食べてもよかったが、ウルリッヒたちもいない状況で職員たちの手を煩わせるのは悪いので街に繰り出した。