軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十二話「神殿へ」

十二月四日。

ジルソールに到着して二日目の午後、クレアトール神殿に向かうための足である馬を探している。

ジルソールには乗馬用の馬が少なく、午前中にベアトリスとメルが探したが、見つからなかったためだ。

探すといっても商業ギルド以外に伝手はなく、その商業ギルドも貸し馬の情報は持っていなかった。

そのため、街中を歩き回って探すという非効率的な方法を採らざるを得ない。

午前中に酒の材料となる食料品の話を聞きにいった商店を中心に情報収集を行っていくと、買い取りという条件で二頭だけ確保できた。ジルソール王室が経費削減のため手放した馬だそうだ。

「ベアトリスたちが見つけてくれたらいいんだが」とリディにいうと、

「二頭だけでもいいんじゃないの? 七十 km(キメル) なら、荷物を持たない私たちなら歩いても三日もあれば辿り着けるわ」

「確かにそうだな。それに向こうに何日いるか分からないし、飼葉が手に入らない可能性もあるしな」

目的地はクレアトール神殿だが、神殿はナタリス村という小さな村にある。行商人の情報では人口二百人ほどの小さな村であり、馬の餌が確保できるかは微妙らしい。

また、家畜小屋も少ないと聞いており、馬の数は少ない方がいいかもしれないと思い始めていた。

もっとも家畜小屋だけでなく、普通の家も余分にあるわけではないので、俺たち自身の泊まる場所も納屋になる可能性があるらしい。

夕方になりベアトリスたちと合流するが、やはり馬は確保できなかった。

キトリー・エルバイン教授に徒歩で向かうことを話すと、

「そうね。私の荷物を運ぶ馬がいれば何とかなるわ。あなたたちには悪いけど」

俺たちの荷物はほとんどが 収納魔法(インベントリ) に入れてあるので問題ないが、徒歩での移動を余儀なくされることが申し訳ないということらしい。

「船に閉じこもっていたからちょうどいいんじゃないか。あたしは歩いていくことに賛成だよ」

「私も賛成です。馬を見つけられなかったことは申し訳ないですけど、二ヶ月もきちんと歩いていないから、足腰が弱っていないか不安なので」

ベアトリスとメルがそういって賛成する。

運動不足という話だが、航海中も甲板で鍛錬は欠かさなかったし、マストに登ったり、船員たちに混じって帆の調整を手伝ったりしているのでそれほど心配していない。

ただし、長時間歩くという点では二人の言っている通りなので、久しぶりに森を歩くのもいいと思っている。

「では、明日出発するということでいいわね」とキトリーさんが確認する。

「食糧の買い足しはどうしましょうか」と俺が聞くと、

「ザック君の収納魔法に入っている分で大丈夫かしら? 必要なら買い足してもいいけど」

「一応、六人なら二、三ヶ月はもつと思いますけど、念のため明日の朝、食料を買いに行きます」

翌朝、前日に行った商店で果物や野菜を買い、更に漁港で水揚げしたばかりの魚も購入する。

午前十時頃、ジルソールの街を出発する。

馬には乗らず、荷物を載せていくことにした。それなら乗馬用の馬でなくてもいいと思うかもしれないが、この先、キトリーさんと別行動になる可能性があるため、彼女用の馬が必要なのだ。

街から北東に向かって歩き出すと、すぐに雑木林に入っていく。情報どおり安全なところらしく、街の境界に簡単な柵すらなかった。

雑木林は広葉樹が多く、道は落ち葉で埋もれている。

「本当に魔物の気配がないね。村の西の森でももう少し気配がするよ」

俺もベアトリスと同じことを思っていた。

「獣の足跡はあるな。野犬ほど大きくないからキツネか何かのようだが」

「鳥も多いですね。村の猟師たちなら大喜びしそうですね」

シャロンはそう言いながら小さな実を啄ばむ山鳩を指差す。

小休止を挟んで二時間ほど歩く。

道は落ち葉で埋もれて分かりにくいものの、思ったより歩きやすく、七、八キロは進んでいる感じだ。

休憩を兼ねて昼食を摂る。俺とシャロンの魔法で温めたスープとアウレラで買った焼き立てのパンだ。

二ヶ月経っているが、インベントリで時間経過を千分の一にしているため、まだ仄かに温かいほどだ。

「久しぶりに歩くと気持ちがいいね」とベアトリスはいうが、リディは「私は少し疲れたわ。やっぱり運動不足ね」とぼやく。

キトリーさんも「少し疲れたけど、思ったより大丈夫だわ」とスープをすすりながらリディに話している。

「シャロンは大丈夫か?」と聞くと、「ぜんぜん問題ありません」と元気に答えた。

体力的に一番弱いシャロンが大丈夫なら問題ないだろうし、いざとなったら馬に乗ればいいだけだ。

その日は更に二十キロほど進むことができた。

情報通り、一度も魔物に出会うことはなく、安全なハイキングコースを歩いていると錯覚するほどだ。

初日の夜は念のため、交代で警戒する。しかし、魚を使った料理の匂いに誘われたアナグマのような動物が現れただけで他には何も出てこなかった。

翌日も朝から東に向かって歩く。

雑木林の木々が徐々にまばらになり、岩がむき出しの荒野に変わっていった。

標高も少しずつ上がり、眼下に紺碧のアウストラリス海が見えている。目測だが、標高二、三百メートルといったところだろう。

その日も何事もなく過ぎ、三日目に入った。

標高は更に高くなるが、再び林に入り、視界が遮られる。そして、午後に入ると、林の木々は楢や樫、杉などの大木が増え、林から森になっていた。

「雰囲気が変わってきた気がする。サルトゥースの森を思い出すわ」とキトリーさんがいうと、リディも「そうね」と頷いている。

「私には村の西の森に近い感じがします」とメルがいい、シャロンも「私もそう思う」と言っている。

俺も同じ意見だが、ベアトリスは「あたしには故郷の森に見えるね」といった後、

「ラスモア村の森にも見えてきたよ。もしかしたら故郷の森を思い出す何かがあるのかもしれないね」

周囲を見回しながら呟いていた。

(この森には神聖な感じがするな。どこがとは言えないが……もし、この先に鳥居があって、社殿が出てきても驚かないだろうな。そんな感じだ……)

そんな雰囲気なためか、皆無口だ。

雰囲気が変わった後、道が舗装されていることに気づいた。

休憩中に調べてみると、土属性魔法を使っていることが分かった。

「帝国が作った道なの?」とリディが聞いてきた。

「多分違うな。少なくとも帝国の拡大期以降のものじゃない」

俺がそう答えると、キトリーさんが「どうして分かるのかしら」と話に加わってきた。歴史と神学を教えているだけに興味があるようだ。

「帝国の軍事道路なら 硬化(ハードニング) の魔法陣が組み込まれています。そのための魔晶石がどこかにあるはずですが、見当たりません。魔晶石だけならなくなった可能性もありますが、構造自体が異なります」

そう言って道の脇にいき、地面がえぐれて道の側面が見える箇所を指さす。

「ここを見ていただいたら分かりますが、単純な一層構造です。帝国の道なら硬化の魔法を効かせる表面と基礎部分の二層構造になっています。この点からも違うと言えますね」

「さすがはラスペード先生の愛弟子ね。魔法陣と魔道具では足元にも及ばないわ」

俺の説明にキトリーさんは感心しながらも少し呆れている感じがした。

「どのくらい前のものなんでしょうか?」とシャロンが話に加わってきた。

「難しい質問だな。はっきりとは言えないが、二千年以上前のものだと思う」

「どうして分かるんですか?」とメルも興味を示す。

「まず石の作りだ。完全に同じじゃないが、帝国の昔の物に近い。古代文明の物とも違うし、今の技術でもないとなれば、そのくらいの年代が一番可能性が高いな」

カエルム帝国が成立したのはおよそ三千年前のトリア暦元年だ。それ以前はカエルム王国と呼ばれており、ウェール半島の一王国に過ぎなかった。その頃の建築物もまだ残っており、帝都に行った時に見ている。

帝国成立期と帝国拡大期であるトリア暦千年頃とでは建築物の作り方が違う。魔法陣が組み込んでいないこともあるが、石の強度が微妙に違うのだ。

また、古代遺跡の石材は更に違う。帝国の物とも元の世界のコンクリートや建築用の石材とも違うのだ。

表面の滑らかさと耐磨耗性、曲げや圧縮に対する耐久性は古代遺跡の物の方が遥かに優秀だ。分析装置があれば分かるのかもしれないが、どのような組成か想像もできないため、同じ物を再現できない。

「あり得る話だけど、もう少し後かもしれないわね。帝国がジルソールに興味を示したことはなかったはずだから、帝国の最新技術が入らなかった可能性もあるわ」

休憩を終え再び歩き始める。

午後四時頃、森の中に人の足跡が見られるようになった。

「猟師でもいる感じだね。それとも山菜か薪を取りに来たってところかね……いずれにせよ、村は近そうだよ」

ベアトリスの見立ての通り、更に十分ほど歩くと、突然視界が開け、村が見えてきた。

小さいきれいな川が流れている盆地で、二十から三十軒ほどの民家があり、その周囲には畑が広がっている。

見回すが神殿らしき建物は見当たらない。この村に来たことがある行商人に聞いた話でも森の中にあるという話なので不思議ではないが、目の前の光景だけ見ると、のどかな山間の農村にしか見えなかった。

村の中に入っていくと、五人の男が現れた。年齢は青年から壮年くらいで、日に焼けたがっしりとした体つきで、この村の農夫だろう。

「この村に何か用かね」と一番年嵩の男性が声を掛けてきた。その声から警戒していることが分かる。

「私はキトリー・エルバインと申します。学術都市ドクトゥスのティリア魔術学院で研究をしている者です。クレアトール神殿について調べにきたのですが、ここがナタリス村で間違いないでしょうか」

「ナタリス村で間違いはないが……研究だと……」と研究という言葉に反応する。

キトリーさんは慌てて説明を加えた。

「研究といっても神官様からお話を聞かせてもらうだけです。もちろん、お許しが出なければ無理に何かをしようというつもりもありません」

その言葉で男の表情から緊張が消える。

「悪い人じゃなさそうだが……誰か、神官様を呼んできてくれないか。儂では判断できん」

一番若い男が北に向かって走っていく。

「儂はこの村の村長をしておるコナリーと申します。立ち話もなんですし、儂の家まで来てもらえませんかな」

コナリーの後に付いていくと、すぐに一軒の民家の前で止まった。木造の平屋で屋根は灰色のスレート葺きの質素な感じの家だ。村長といっていたが、他の家と大して変わらない大きさだった。

「何もないがどうぞお入りください。馬はその辺りに繋いでおいてくれれば飼葉と水をやっておきますよ」

信用していいのかと一瞬思ったが、「村長さんのおっしゃる通りにしましょう」とキトリーさんに提案する。

「あたしとメルで荷物を下ろして、馬の世話をしておくよ。あんたたちは先に入っておいておくれ」

ベアトリスが意味あり気な表情でそう言った。

荷物を下ろしながら周囲の安全を確認するつもりなのだろう。

コナリーに続いて家の中に入っていく。中には五十代くらいの中年女性が竈で調理をしていた。

「あらお客様かね。珍しいこともあるものね」と警戒心もなくコナリーと話している。

「見ての通り狭い家でしてな。適当に座ってくだされ」

コナリーと彼の妻の他に息子夫婦なのか、二十代後半くらいの男女と五歳くらいの女の子が現れる。コナリーは息子に「馬の世話を頼む」というと、ぺこりと頭を下げてから外に向かった。妻と娘も同じように頭を下げると、奥に戻っていった。

「神官様が来られるまで少し話を聞かせていただけまいか。神官様から話を聞きたいとおっしゃられたが、本当にそれだけなのですかな?」

キトリーさんは俺に小さく目配せをする。この先の交渉を任せるという意味だ。

俺は警戒されないように注意しながら、コナリーの問いに答える。

「その通りです。いろいろとお話を聞かせていただきたいと思っています」

「それなら問題はないが、泊まるところはどうするのかね。この辺りは海沿いと違って夜は冷えますが」

「それについては物置小屋でもいいので屋根のあるところをお貸しいただけないかと思っております。もちろん、謝礼はお渡しします」

「神官様のお話を聞きに来られたのなら、そのようなところに泊めるわけにはいかん。ちょうど空き家があるから、そこをお貸ししましょう」

最初と比べると更に態度が軟化している。

(それにしても最初は警戒していたようだが、神官の話を聞くだけという言葉で態度が軟化した。俺たちを巡礼者か何かと思っているのかもしれないな……)

キトリーさんが世間話をしていると、先ほど走っていった若者が入ってきた。

「神官様をお連れしました」

その後ろからゆったりとしたローブのような服を纏った三十代半ばくらいの落ち着いた感じの人間の男性が入ってきた。白皙の肌に長い金色の髪を後ろで括っており、緩やかなローブのような神官服を身に纏っている。

「アトロ様、お呼び立てして申し訳ございません」とコナリーは頭を下げる。

神官はコナリーに「構いませんよ」とにこやかに答える。その声は落ち着きのあるバリトンだった。そして、俺たちに向かって話し始める。

「私はクレアトール神殿で神官を務めておりますアトロ・カヤンと申します。簡単に話は聞いていますが、学術都市の研究者の方が神殿にどのようなご用件でしょうか」

「ティリア魔術学院で教鞭を取っておりますキトリー・エルバインと申します。ここにいるのは私の助手と護衛です。ここに来た目的ですが、クレアトール神殿についていろいろと教えていただきたいと思っております……」

神々について研究していること、古代文明の遺跡を調査した際にクレアトール神殿が以前からあったと推定されることなどを正直に話していく。

「……可能であればですが、神殿を見学させていただき、神官長様にお話を伺えればと考えております」

アトロは静かに聴いていたが、その表情はにこやかなままだった。

「神殿の見学と神官長への面談ですが、神官長に確認を取らないと即答しかねます」

「もちろんです。神官長様の許可が出るまでこちらから押しかけるようなことはいたしません」

キトリーさんは真剣な表情でそういうが、アトロはそれに頷くものの、

「一つだけ問題があります。ただいま神官長は神殿の奥で瞑想に入っておられます。神との対話を妨げるわけにはいきませんので、神官長が戻られるまでこの話ができないのです。そして問題なのですが、一旦瞑想に入ると長ければ一ヶ月ほど出てまいりません。先日瞑想に入ったばかりですので、許可が下りるとしても先のことになると思います」

一ヶ月も瞑想するという話に驚くが、山に篭ると考えればあり得ないわけではない。

「お邪魔でなければ、待たせていただきたいと思います」

アトロは「分かりました」とにこやかに言い、

「コナリーさん、この方たちが生活するお手伝いをお願いします。滅多にない外からのお客様ですからよろしくお願いしますね」

「承りました」といってコナリーは大きく頭を下げる。

「エルバイン先生、私でよければお話をすることはできます。もちろん、日々の務めがございますので空いた時間だけですが」

その言葉にキトリーさんは「ありがとうございます!」と満面の笑みで頭を下げた。

「では、明日の朝にでも神殿にお越しください。私の権限でお見せできるところもございますので」

アトロはそう言うと神殿に戻っていった。

その後、コナリーに伴われ一軒の家に向かった。

「ここをお使いください。近所の者には伝えておきますが、明日にでも顔を見せていただけると助かります」

神官が認めたためか、コナリーの口調は丁寧なものに変わっていた。

案内された家はコナリーの家と大差なく、十人ほどの家族が住んでも問題ない広さがあった。

家具などもあり、俺たちの野営道具と合わせれば、すぐにでも住める状態だ。

コナリーが帰った後、ベアトリスが周囲の状況を報告する。

「特に異常はないね。ここにいる人たちは普通の農民だよ。ただ、あの神官だけは得体がしれないね。戦えば勝てると思うんだが、なんとなく 強者(つわもの) という気がしたね。まあ、敵意は全く感じなかったから敵じゃないんだが」

その意見については俺も同感だ。

その後、近所の主婦が寝具や調理器具、野菜などを持ってきた。

「不自由があったら何でもおっしゃってくださいな」

手持ちの道具でも何とかなるが、ありがたく好意を受ける。

「閉鎖的かと思ったけどいい人たちばかりね」とリディが鍋を見ながら言ってきた。

「そうだな。だが、油断だけはしないでおいてくれ。敵じゃないが、味方かどうかははっきりしていないんだからな」

俺の言葉に全員が頷いていた。