軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十一話「ジルソール上陸」

十二月三日。

ルークス聖王国のアベルゲレ港を出港し、十八日が過ぎた。嵐に遭うことも私掠船や海賊船に襲われることもなく、順調な航海を続けジルソール島が見える位置まで来ている。

ジルソール島は帝国南部のウェール半島の南にある東西約三百キロ、南北約百五十キロの島だ。

島の中央部には二千メートル級の山がそびえ、頂上部はうっすらとだが白くなっている。

この島を支配するのはジルソール王国だ。王国といっても総人口は二万人ほどと、帝国の伯爵領より多い程度でしかない。

王都は国の名と同じジルソール。人口は約五千人と帝国の標準的な城塞都市の人口と大して変わらない。

主要な産業はガラス工芸品の製造で、ジルソール市を中心に工房がある。他には温暖な気候を利用した果物やオリーブの栽培が盛んで、ワインも作られている。

ただし、品質はそれほど高くなく、ウェール半島南部のチェスロック公爵領などに細々と輸出されているに過ぎない。

温暖な気候だが、火山灰が覆う地質のためか、穀物の生産量は少ない。ガラス工芸品で得た外貨を使い、小麦などの穀物を帝国から輸入している。

午後三時頃、ルアード・セルビー号はジルソールの街がある湾に滑るように入っていく。

街はこぢんまりとした感じだが、白い石材を多く使っており、“白亜の町”という印象を受ける。

「きれいな街ね」と 船首楼(フォクスル) で風に髪をたなびかせながら、リディが感想を呟く。

「見た感じだと貧しいという気はしないな」

「そうだね。どこかの貴族の別荘地と言われてもおかしくないよ」

ベアトリスも同じ印象を持ったようだ。

「でも船の数が少ないです。大型の船は一隻もいませんし、小型の船も漁船みたいに見えます」

シャロンが観察した結果を冷静に話す。

「でもきれいな海ですね。ここまでの海もきれいだと思ったけど、ここが一番きれいかも」

メルは船縁から海を覗き込んでいた。確かにコバルトブルーの海は透明度が高く、緑の大地が映り込んだ姿は地中海のリゾート地と言ってもいいほどだ。

キトリー・エルバイン教授が 出入口(ハッチ) から顔を出して、

「そろそろ下船の準備をするわよ」

その言葉で俺たちは船室に戻っていった。

荷物を整理すると言っても大したことはない。一番大きな荷物はキトリーさんの研究資料で、それ以外は旅行に必要な着替えなどの小物だけだ。他にもいろいろと持っているが、すべて俺の 収納魔法(インベントリ) に保管してある。

一時間ほどで船は徐々に速度を落としていき、最後にはボートが下ろされる。ここジルソールではタグボートはなく、自力で桟橋に接舷しないといけないためだ。

更に三十分ほど経ったところで、碇を投げ入れる音がし、船が止まった。

主計長(パーサー) のジェームズ・サリバンが 船室(キャビン) に現れた。

「ジルソールに到着いたしました」

甲板に出ると、船長のアルダス・ダンカンと一等航海士のバッド・ラムゼイ、更に手が空いている船員たちが見送りに来てくれた。

「寂しくなります」と船長が右手を差し出してきた。その手を取りながら、

「お世話になりました。またどこかでお会いできる日を楽しみにしています」

アウレラを出港してから二ヶ月が経ち、船長たちとは気心が知れているため、俺も寂しさを感じている。

「このまま船に乗ってくれたら最高なんですがね。これから先、酒を不味く感じるでしょうな」

ラムゼイの言葉に多くの船乗りが「そうだ。そうだ」と笑いながら同意する。俺とシャロンが毎日ビールを冷やしていたので、そのことを言っているのだ。

「当商会の船は四月以降にしかここには来ませんが、もしお急ぎなら、北部のレネクレートの町を目指してください。チェスロック行きですが、定期便が一ヶ月に一回ほど出ていたはずです」

そんな話をしながら日が傾き始めた桟橋に降りていく。船員たちに手を振りながらジルソールの街に入っていった。

ジルソールの街は海から見た以上に小さい印象を受ける。

帝国の都市なら四階建ての建物は当たり前だが、ここでは二階建てが精々で、王宮ですら三階建ての質素なものだった。ラスモア村のロックハート城の方が王城に相応しいと思えるほどだ。

港近くで宿を見つけるが、二十人泊まれば一杯になるのではと思うほどだが、その規模の宿がもう一軒しかなく、外部から来る者がいかに少ないかが分かる。

客室に入って装備を外し、夕食を摂りに食堂に向かう。食事をしながら翌日以降の予定をキトリーさんが確認していく。

「この先の予定だけど、もう一度確認するわよ。まずはクレアトール神殿についての情報収集よ。船長や主計長の話だと、商業ギルドの支部でも神殿の情報は持っていないということだったから、ギルドで知っていそうな人の情報を聞く。ということでいいわね」

俺たちが頷くと、更に話を進めていく。

「次は移動手段よ。馬が借りられるか分からないから、まずは探すところから始めないといけないわ」

冒険者ギルドや傭兵ギルドがあれば、馬を借りることができる。しかし、この街にはどちらのギルドもないため、馬を探す必要があった。

「ということで、明日からは三つの班に分かれての行動よ。私とシャロンちゃんで神殿の情報収集。ベアトリスとメルちゃんが馬の手配と町の周囲の情報収集。ザック君とリディアはデオダード商会からの依頼の対応よ」

デオダード商会からの依頼とは今後の商売のネタになる特産品の開発のことだ。この依頼を受けるという条件で船を出してもらっている。

具体的には新たな蒸留酒の製造の可能性を探るというもので、一応ジンを候補に考えていた。

「情報収集は伝手を探すところからだから時間が掛かると思うわ。神殿の情報は見つからなくても場所は分かっているから、他の案件が片付けばすぐに出発したいんだけど、いいかしら」

「それで構いません。俺の方の調査ですが、それほど時間は掛かりませんから」

「そうなの?」とリディが意外そうな声を出す。

「本格的な可能性調査なら一ヶ月くらい掛かるが、今回はそこまでする気はない」

「どうして? いつもならこれでもかってくらい調べるじゃない」

「俺が本格的に調べると、他の商人が気づくかもしれないからな。デオダード商会が独占的に手掛けるためにはあまり動きすぎない方がいいんだ。どちらかというと、どう調べればいいかをレポートにする感じで考えている」

いくら商人が少ないとはいえ、商業ギルドの支部があるということはアウレラか帝国の商人がいるということだ。そんなところで俺が酒に関して派手に動けば気づかれないとも限らない。そうなるとヴェルノ・デオダードが望む独占的な商売という条件が崩れる可能性がある。

翌朝から三班に分かれて行動を開始した。

俺は酒が買える商店を中心に調べていくことにした。

商店街というほどのものはないが、小さな商店が立ち並ぶ一画があり、そこで何を売っているか見ていく。

商品のラインナップは少ないものの、新鮮な魚介類や果物などが多数並んでいた。

「意外に食料は豊かだな。それにワインも質自体は悪くない」

ワインは赤白両方あり、どちらも濃厚な感じだが、できたばかりの新酒ということでコクはない。昨年の物を飲んだが、保存状態が悪いのか酸化が進んでおり美味いとはいえなかった。

今回の狙いはワインではなく、“ジン”だ。

ジンは蒸留の際に“ 杜松の実(ジュニパーベリー) ”と“ボタニカル”と呼ばれる香り付けの香草などを使う。しかし、どちらも大した量は必要ないので輸入してもいい。そのため、今回は蒸留酒の元になるワインを調べに来たのだ。

ジルソールは葡萄の栽培に適しているらしく、ワインは驚くほど安く売られていた。逆に大麦を使うビールは造られていないのか、売っていなかった。

商店でワインの仕入れについて聞くと、近隣の村で自家用に作っているものの余りを安く分けてもらうらしい。

「……この辺りの村じゃ、金になるのはワインとオリーブくらいだからな。割とたくさん造っているんだ……」

ワインもオリーブオイルも長期保存を考えていないのか、大きな甕に入れられており、持ち込んだ壷に量り売るスタイルだ。一リットルくらいで今の時期なら十エーレ、百円くらいらしい。それを一抱えもある壷で買っていくと教えてくれた。

「安いですね」と俺が言うと、店主は笑いながら、

「食っていければそれでいいからな。まあここじゃ、あくせく働かなくても食うには困らんし……」

主食である小麦の生産量こそ少ないが、温暖な気候と豊かな漁場のお陰で飢える恐れはほとんどない。また、火山灰の土壌に即した主食用の作物もある。

それは“サツマイモ”だ。

「この芋はどこでもできるし保存も利くから、どの村でもたくさん作っているんだ。欠点はあまり美味くないってことだ。潰してオイルと酢を混ぜたり、スープの具材にするくらいだな……」

見た感じは白っぽい皮のサツマイモで、話を聞く限りでは甘みはあまりないらしい。

そのため、ジルソール以外ではほとんど見られないようだ。

他にも柑橘類の種類やハーブ類についても確認するが、ボタニカルを構成する材料としては充分な種類がある。後は一番重要な 杜松の実(ジュニパーベリー) だが、アウレラ街道に近いサエウム山脈でも普通に見られるため、ここになくても問題はない。また、島の中央部にある高山に生えている可能性もある。

帰り道、リディが話しかけてきた。

「あれだけでいいの? それに何か別のことも思いついたみたいだけど」

「ああ、あの芋が鍵になりそうだ。最初はジンを造るつもりだったんだが、芋焼酎の方が手っ取り早いかもしれない」

「イモジョウチュウ? スコッチとは違うの?」

「醸造酒の造り方が違うな……そうか、この世界には麹がないから焼酎にはならないかもしれないな……」

この世界には“麹菌”がない。俺が発見していないだけなのだろうが、今のところ麹を使った食品を見たことがないし、元の世界でも東アジア独特のものだったと記憶している。

「まあいいか。とにかくあの芋を使って蒸留酒を造れば、ここにしかない酒になる。あとは職人たちに任せるしかないが、独特の風味の酒になるはずだ」

麹菌がなくても酒は造れる。要はでんぷんを糖化し、アルコール発酵させればいいだけだ。

ただ焼酎独特の香りは付かなくなる。俺は焼酎が苦手だからどちらでもいいのだが、いずれにせよ、スコッチやブランデーとは全く違う蒸留酒になるはずだ。

デオダード商会には二つのプランを提案することにした。

一つはサツマイモを使った蒸留酒だ。ちなみにここでは単に“芋”と呼んでおり、特定の名前はないため、仮称として“ジルソール芋”という名を付けている。

懸念はサツマイモの蒸留酒、すなわち芋焼酎は飲んだことがあるが、麹を使わない物を飲んだことがなく、ジルソール芋の蒸留酒がどんな味になるか想像が付かないことだ。

二つ目は当初の計画であるジンだ。

原料はジルソール芋を使ってもいいし、余ったワインを蒸留してもいい。ボタニカルになるハーブや柑橘を上手く組み合わせれば上手いジンができる可能性は高い。

懸念があるとすれば、ジンの独特の風味が受け入れられるかだ。もう二十年近く前になるが、村で造った時にはドワーフのベルトラムにすら不評だった。あの時はジュニパーベリーと香草だけというきつい香りの物だったから失敗した可能性はあるが、そもそもジュニパーベリーが受け入れられるかという問題があるのだ。

その場合、フルーツブランデーのように受け入れられやすい香り付けをして普通のブランデーと差別化すればいいから、その路線も提案しておくつもりだ。

俺たちの調査は午前中に終わった。

昼食の時に状況報告を行うが、あまりの速さにキトリーさんが驚いていた。

「本当に“酒神の申し子”ね。一番時間が掛かると思ったのに後はまとめるだけって……」

若干呆れられているが、ベアトリスは「ザックだから当然だね」と笑いながら納得していた。

キトリーさんのクレアトール神殿に関する情報収集の結果が報告された。

「運よく情報を持っている人を見つけたわ。神殿はナタリス村というところにあるらしいわ。道は一応あるみたいだけど、ほとんど人が行き来しないから獣道みたいなものだと聞いたわ……」

商業ギルドで情報収集した後、ナタリス村に年に二度、行商に行く商人に話を聞いたらしい。ナタリス村はここジルソールから東に七十キロメートルほど行ったところにある。

「村の人たちは純朴な人たちばかりだそうよ。ただ、神官は見たことがないと言っていたわ。それに村の人たちも神殿のことを物凄く大事にしているから、研究のためとはいえ、部外者が近づくのを嫌がるかもしれないそうよ……」

ナタリス村は神官たちの生活を支えるために存在する人口二百人くらいの小さな村だ。

そのため、信仰心の篤い人たちばかりだそうだ。

「……いい情報としては村までの道はとても安全だということ。この島には元々魔物はいないし、盗賊も人が通らないようなところには出てこないから、野営をしても危険はないって話だったわ」

「魔物がいないんですか? 少ないのではなくて」と俺が聞くと、ベアトリスが代わって答える。

「そうみたいなんだ。あたしも本当なのかと思ったんだけど、いろんなところで聞いてみたが、武器を持っているのは衛兵くらいだそうだ。その衛兵も王宮と港くらいにしかいないって話だったよ」

ベアトリスの言葉に続き、メルも驚いたという表情で話し始める。

「ベアトリスさんの言う通りなんです。空を飛ぶ魔物がウェール半島から流されてくることがあるみたいなんですけど、それもすぐにいなくなるそうです。他には海にいる魔物は別なんですが、それでも陸に上がってくることはほとんどないと聞きました。危険な生き物はいないんですかと聞いたんですけど、毒を持つ蛇とかサソリとかしかいないそうです。盗賊もほとんどいないと聞きました……」

「魔物が入れない結界みたいなものがあるのかな?」と呟くと、キトリーさんが「そうかもしれないわね」と頷いた。

「だとしたら、ここは楽園ね。食べることに苦労はしないし、命の危険もほとんどないから」

リディの言葉にシャロンが「そうでもない気がします」と首を横に振る。

「どうしてかしら? 災害があるといっても嵐くらいなんでしょ」

「はい。それはそうなんですが……若い商人に話を聞くと、皆さん同じことをおっしゃるんです」

「どんなことを言っているの?」

「ここは“牢獄”だっておっしゃるんです。ここにいる限りは夢も希望もないって……だから帝国に渡る人が絶えないそうなんです」

生活するのに苦労することはないが、産業がないから将来を夢見る若者には苦痛なのだろう。若者の姿が少なかった気がするし、これだけ条件がいいのに人口が増えないのも若者が流出するためなのだろう。

「話は変わるが、馬のことなんだ。まだ半日しか調べていないが、手に入れるのは結構大変そうだ」

ベアトリスが苦虫を噛み潰したような表情で午前中の結果を報告する。

「確かに馬の需要は少なそうだが、荷馬車くらいはあるんだろ。なら馬がいると思うんだが」

「曳き馬はいるが、乗れる馬は少ないそうだ。第一、ここには乗馬ができる者がほとんどいないそうだ……」

ベアトリスの話では近隣の村から農産物を運ぶための荷馬車はあるが、騎乗で移動する旅行者はほとんどいないそうだ。馬に乗るのは王家の者とその護衛たちしかおらず、乗馬用の馬の需要がないらしい。

「あんたたちの手が空いているなら、こっちの手伝いを頼みたいね。手分けして探さないと六頭なんて数を揃えるのは大変そうなんだ」

こうして俺とリディも馬探しに加わることになった。