作品タイトル不明
第二十話「アベルゲレ港」
十一月十日。
俺たちが乗るデオダード商会の商船、ルアード・セルビー号は、二日前のペリプルスの 私掠船(プライベータ) との戦闘で船首を大きく損傷した。
応急処置は施したものの、当初の目的地フィニス島のガートブレックではなく、ルークス聖王国のアベルゲレ港に向かわざるを得なくなった。
俺たちを襲った二隻の私掠船とは遭遇せず、無事に港に到着する。
ここアベルゲレは聖王国第二の都市だ。帝国時代の名残である城塞都市は港の北側にあるが、それ以上に街は広がっており、遠目に見た感じでは雑然とした印象を受ける。
「城塞都市は聖王国の役所と光神教の施設になっています。帝国軍が攻めてきたら市民を見捨てて自分たちだけで立て篭もるというつもりなのでしょう。彼らの考えそうなことです……」
セルビー号の船長アルダス・ダンカンが珍しく辛辣な言い方で説明してくれた。元々、デオダード商会の関係者は光神教嫌いなので当然といえば当然なのだが、紳士という印象が強いダンカンが強い口調で言ったことに、光神教を心から嫌っていると再認識する。
「港にも聖王府の出先機関が多数あります。獣人奴隷を見たという情報もありますので、窮屈ではございますが船室から出ないことをお勧めします」
獣人奴隷は祖父が騎士に叙任された時に戦った聖王国の精鋭部隊だ。情報収集や後方撹乱だけでなく、暗殺なども行うとされ、俺たちでも梃子摺る相手だ。
船に残ることは決定だが、それでも懸念はある。
「治安当局による臨検があると聞いたのですが、その時の対応はどうしますか」
「エルバイン教授の助手と護衛という話で押し通しましょう。ザカライアス様、リディアーヌ様、シャロン様は魔術師ギルドのオーブをお持ちですし、ベアトリス様、メリッサ様は二級冒険者のオーブがございます。少々強引ですが、それと賄賂で切り抜けましょう」
元々、キトリー・エルバイン教授の助手として同行しているので嘘ではない。また、実際に護衛兼助手としての契約をしている。といっても偽装用のものであり、金銭的なものではない。
初日は船内に篭り続け、何事もなく過ぎた。
その間にも船員たちによって修理が行われたが、大規模な損傷ということで、港にいる船大工を雇っても丸三日掛かることが判明している。
夜になり、物資の補給に合わせて情報収集を行ってきた 主計長(パーサー) のジェームズ・サリバンが報告に訪れた。
「当商会の支店で情報を集めてきたのですが、ポースメアで得た情報は正しいようです。聖王国が戦争の準備に奔走していることは間違いありません……」
デオダード商会は聖都パクスルーメンだけでなく、商都であるアベルゲレにも支店を持っている。
「食料だけでなく、鉄などの素材や矢なども集められているようです。他にも最近になって税の引き上げがあったそうで、商業ギルド所属の商会の多くが聖王国から撤退を考えていると聞きました。他にも聖職者たちが村々を回って打倒帝国の説法を行っているとも……」
戦略物資の備蓄に資金の調達、更には兵士となる農民の士気向上まで図っている。戦争の準備と言われれば頷かざるを得ない。
「……獣人奴隷部隊のことですが、噂通りでした。聖王府の役人が間諜狩りを行っているそうで、多くの商船の乗組員が尋問のために連れていかれたと聞きました。そして、その多くが戻っていないそうです」
「臨検はありそうですか?」
「商会長からの指示ということで、支店長には聖王府の役人を懐柔するように依頼済みです。上手くいけば臨検を回避できるのではないかと」
しかし、その期待は裏切られることになった。
翌日、聖王府の役人を名乗る人物が、複数の兵士と共に船に乗り込んできたのだ。
「治安局のパオロ・クエスティだ。この船に間諜が潜んでいる疑いがある……」
開けてある窓から声が聞こえてきた。
「面倒そうね。どうするの?」とリディが聞いてくるが、打ち合わせ通りにするしかない。
「打ち合わせ通りでいく。俺とキトリーさんが交渉するから相手が絡んできても切れるなよ」
そう伝えて息を殺して臨検隊がいなくなるのを待つ。しかし、その願いは叶わなかった。
ドアをノックする音が聞こえ、サリバンが顔を出し、
「お客様たちの尋問をするとのことです。船長室にお越しください」
どんな状況か知りたかったが、彼の後ろには聖王国軍の兵士が二人おり、話は聞けなかった。
船長室ではダンカン船長が四十前くらいの神経質そうな男に書類を見せて説明していた。
「……当船はジルソールでガラス製品を購入する計画です。荷を見ていただいたら分かりますが、ジルソールで売る穀物類とこの辺りでは珍しい北方の品々がある程度です」
「ジルソールでサルトゥースの贅沢品が売れるとは思えん。本当にジルソールに向かうのか?」
「もちろんです。ただ、ジルソールで売れなければ帝国に行くことも考えております。商売は常にリスクを考えておくべきものですから」
その説明に納得した様子は見せないが、俺たちが入ってきたことに気づき、視線を向けた。
「ドクトゥスの研究者とその助手、それに護衛と聞いているが、どういうことだ? 若造と女ばかりではないか!」
既に書類で知っているはずなので露骨な恫喝だ。俺たちを脅して怯えさせ、情報を得ようとしているのだろう。
キトリーさんを含め、この程度の脅しに怯える者はいない。
「私はキトリー・エルバイン。ティリア魔術学院の教授です。この三人は魔術師ギルドに所属する高位の魔術師で、私の助手兼護衛です。奥の二人は冒険者ギルドに所属しています」
キトリーさんが打ち合わせ通りに説明するが、クエスティという役人は胡散臭そうに俺たちを眺めている。
「オーブの確認をしろ」と兵士に命じた。
兵士はオーブを確認していく。キトリーさん、俺、リディ、シャロンと確認していくが、「問題ありません」とだけ報告する。
犯罪歴もないし、俺のオーブはロックハートの名があるが、リディたちは旧姓のままにしてあるため、一介の兵士では気づかなかったようだ。
しかし、ベアトリスのオーブを確認したところで「二級冒険者!」と驚きの声を上げる。聖王国にも冒険者はいるが、超一流である二級冒険者はいないためだ。
更にメルのところでも「こいつも二級です! 信じられん!」と声を上げた。
「あたしらはペリクリトルとドクトゥスでは有名なんだよ」とベアトリスがニヤリと笑う。
クエスティは驚きながらも「二級冒険者がなぜ研究者の護衛をしておるのだ」と聞く。
「教授とは付き合いが長いんだ。ドクトゥスだけじゃなく、アクィラの山でも何度も護衛をしているからね。今回は旅行みたいなもんだが、いつも依頼料を弾んでもらっているから付き合っているのさ」
ベアトリスの説明にも胡散臭そうな表情を変えない。
「高位の冒険者であることは分かったが、帝国の密偵でないという証拠にはならん。詰所で詳しく話を聞かせてもらおう」
このままでは不味いと思い、話に割って入る。
「容疑を聞かせてほしい。こちらは正規のオーブを持った旅行者だ。ことと次第によっては魔術師ギルドを通じて聖王国に抗議を行うことになる」
それまでの敬語を止め、強気で抗議する。態度を変えた理由だが、この人物は聖王国の役人にしては珍しく賄賂を受け取らなかったと考えた。
もし、賄賂を受け取り、更に増額するために嫌がらせをしているなら、言葉の端々に金のことを臭わせるはずだ。しかし、このクエスティなる役人はそのことを一切仄めかさなかった。
「魔術師ギルドが抗議しようと関係ない。祖国の安全のために必要な処置を取るだけだ」
そう言うものの、僅かに怯みが見える。俺たちが反抗するとは思っていなかったようだ。
「それは聖王国の国益に沿った行動なのか? 先日もラクス王国に向かう聖騎士隊に出会ったが、彼らは金をせびりに来るだけで聖王国の国益など全く考えていなかった。あなたがその 類(たぐい) の者なら構わないが、今、魔術師ギルド、すなわちドクトゥス市と揉めることはアウレラ街道が使えなくなるということだ。知っていると思うが、魔術師ギルドは既に光神教団に対して不法な行いを止めるよう勧告している。十年前の話だが、未だに当時の評議会議長は力を持っている。そのことを考えた上での行動ということだな」
まくし立てるように一気に話す。
クエスティは俺の勢いに押されるが、プライドが邪魔をするのか一度口にしたことを引っ込められないようだ。
「アウレラ街道が使えなくなる問題など大したことではない。それよりも喫緊の問題である帝国の間諜をどうにかする方が重要なのだ」
「では、そのことをあなたの上役に伝えて、もう一度こちらに来てほしい。聖王国の治安局全体がそう考えるのであれば、不当な要求であっても受け入れよう」
「私の権限で行っていることだ。上司など関係ない。そこまで嫌がるのは後ろ暗いことがあるからではないのか」
脅してくるが明らかに動揺していた。恐らく賄賂を受け取った上司の反対を無視してここに来たのだろう。
そこでダンカン船長が間に入ってきた。
「まあまあ、そこまで熱くならずともよいのではありませんかな。我がデオダード商会は教団に対して常に協力的な姿勢を貫いてきました。そのことはお認めいただけますかな」
「う、うむ。その点は認めざるを得ん」と言うが、「しかし、だからと言って、間諜の疑いがある者を放置するわけにはいかん」と喚く。
「困りましたな。そう言えば我が商会の者がアベルゲレ支店の閉鎖が必要だと言っておりましたな。確かに我々のお客様を不当に扱うようなところに、店を構える必要性は感じません。このことはアウレラに戻ったら商会長に報告せねばなりませんな」
その言葉にクエスティは青くなる。
外貨獲得手段であるアウレラの有力商会が、自分のせいで支店を閉鎖したとなれば責任問題になるからだろう。
そこで船長はポンと手を打つ。
「では、こう致しましょう。エルバイン教授と護衛の方たちの荷物を調べて、不審な物が出てきたら詰所で事情を聞くというのではいかがですかな」
さすがに海千山千の船長だ。落としどころをしっかりと抑えている。
「よかろう。では船室に案内せよ」
その後、船室内を調べるが、当然のことながら不審な物は出てこない。
「ご納得いただけましたかな」と船長が言うと、クエスティは渋々ながら頷き、船を降りていった。
「運が悪かったですな」と船長が苦笑いを浮かべる。
「あの方はこの街で唯一不正を働かない役人なのです。まあ、能力があるとは言えませんが、賄賂を一切受けず、不正を働く上司や同僚を告発したことすらあるそうです。今回のことも賄賂のことを聞きつけてやってきたのでしょうが、上司への当て付けで始めた手前、もし何もなければ自分が処分されると考えたのでしょうな」
どこまでも腐った組織だが、正義感だけで動くクエスティを評価する気にはならない。
現状を変えるつもりなら、当て付けのような手段に出ることなく、実直に仕事をこなしながら、味方を地道に増やして改革を進めるべきだろう。仕事ができない者が正義感を振り回しても誰も付いてこないし、上層部の比較的まともな連中も相手にしないだろう。
その後、クエスティの上司から詫びが入ったらしい。どうやら支店長が強い調子で抗議を行い、その際に支店の閉鎖を仄めかしたようだ。
「お陰でいろいろ情報は手に入りましたよ。我が商会の支店がなくなるのは相当堪えるようです」
ダンカンはそう言って笑うが、聞かされた情報は笑い事ではなかった。
「聖王国は本気で戦争を起こすつもりのようです。それも来年の比較的早い時期に。聖王府の官僚たちは勝利の可能性が皆無であるため、必死に止めようとしているそうですが、総大司教も聖王も神のお告げだということで聞く耳を持たないそうです」
「神のお告げですか?」
「ええ、 光の神(ルキドゥス) が総大司教の夢枕に立ち、“我が現し身が必ずや勝利に導くだろう”と言ったそうです。この話は聖職者たちがしきりに広めているようで、官僚たちも戦争の準備を遅らせることで引き伸ばすことしかできないということでした」
「“我が現し身”ですか……」と呟くことしかできなかった。
(俺が神から聞いた話でも“ルキドゥスの御子”という言葉が出てきた。その人物と神のお告げの“現し身”はどういう関係なんだろう。同一人物なのか、それとも全く別の人物なのか……神が絡んでいることは間違いない以上、これ以上首を突っ込むことはできない……)
話は気になるが、これ以上の直接的な干渉は神々から禁じられている。
「いずれにせよ、これでこの船にいれば安全です。治安局の上役も彼を謹慎処分にしたそうですから、少なくとも出港するまでに現れることはないでしょう」
船長の言った通り、その後は役人からも光神教団からも接触はなかった。これ以上、デオダード商会を刺激しないことで話がついたらしい。
聖王国の干渉はなくなったが、俺の心は晴れなかった。
(ルナと対になる人物とはどんな奴なんだろうな……すぐにでも召喚されると言っていたから、もうこの世界にいるんだろうが、どこにいるんだろうな……ルナは無事に会えたんだろうか……)
そんなことが頭の中をグルグルと回っていた。
十一月十五日。
予定通りに修理は完了した。
修理の間に俺たちを襲った 私掠船(プライベータ) についての情報を手に入れている。
「予想通りペリプルスの私掠船でした。昨日、入港してきた商船に聞いたのですが、ペリプルスに戻るつもりか、西に向かってヨロヨロと進んでいたそうです……修理すらまともに行えていなかったそうですから、船長以下の士官が全滅して指揮官がいない状況なのでしょうね」
ちなみに衝突した私掠船から奪ったものは価値のある物ばかりだったらしい。現金だけでも十万クローナ、一億円以上あった。それだけではなく、海図や航海日誌も押収しており、船長はホクホク顔だ。
「私掠船の海図や航海日誌が手に入るなんて機会は滅多にありませんから。これをアウレラに持ち帰れば、ギルドが高く買ってくれるでしょう。今回の報酬だけで完全な黒字ですよ」
船乗りたちも分け前がもらえることから、俺たちに何度も感謝の言葉を掛けてきた。
ルアード・セルビー号は滑るように外海に走り出し、ジルソール島に針路を向けた。