作品タイトル不明
第二十三話「クレアトール神殿」
十二月九日。
クレアトール神殿のあるナタリス村に到着した翌日、朝から神殿に向かうことになっている。
村長のコナリーから聞いた話では、村から五百メートルほど北に行ったところに神殿はあり、彼の案内で出発すると、すぐに森に入っていった。
村に入る道と同じような土属性魔法で作った道が森の中を蛇行しながら延びている。
昨日も感じた神聖な雰囲気が更に強くなっていく。ここの森の方が周辺のより大木が多く、苔むした木の根が日本の森を思い出す。
(神気みたいなものを感じるな。鎮守の森って感じが近い……それにあの時に感じた雰囲気にも似ている……)
魔将(アークデーモン) のアシュタルを倒した後、敵の本拠地だった洞窟で神々にあった時に感じた雰囲気に似ていると思った。
十分ほど歩くと、突然森が切れた。その先には石造りの建物があったが、想像とは違った姿に思わず目を見開いてしまった。
「あれが神殿なの?」とリディが俺たちを代表して疑問を口にする。
俺たちの前にある建物は幅十メートル、奥行き二十メートルほどの二階建てで、装飾などは一切なく、灰色の石で覆われた地味なものだった。
一応石造りではあるが、創造神クレアトールを祀る神殿の総本山とは思えないほど質素な外観だ。
「ここが神殿です。アトロ様に声を掛けてまいりますので、少しお待ちください」
そういってコナリーは神殿の中に入っていった。
「思ったより小さいですね」とメルが口にし、「本当にここなのか」とベアトリスも驚いている。
そんなことを話していると、コナリーが神官であるアトロ・カヤンとともに戻ってきた。
「中にお入りください」とアトロが先導する。
神殿に入ったが、中も外と同じく質素なものだった。
入口を入ってすぐの場所に祭壇があったものの、五メートル四方くらいしかない。
祭壇のあった部屋の右側にある扉を通り、奥に向かうが、廊下はいくつかの扉が並んでいるだけの狭いものだった。
「狭いところで申し訳ありません」といいながら、扉の一つを開ける。
その先にはテーブルと椅子があるだけの会議室のような部屋だった。
「あまりの小ささに驚かれたのではありませんか?」と笑いながら言ってきた。
どう答えていいのか迷っていると、アトロが話を続ける。
「神殿は地下にあるのです。地上部分は私たち神官の生活の場でしかありません。ですので、この大きさでも充分なのですよ」
「地下に神殿ですか」とキトリーさんが驚いている。
この世界の土木技術は魔法のおかげで思った以上に進んでいる。特に帝国では土属性魔法で作られたインフラが多く、地下に神殿があってもおかしくはない。
しかし、十一柱の神の神殿に地下神殿はなく、特異な作りであると言える。
「神殿に入るためには神官長の許しが必要ですので、今すぐお見せするわけにはいきませんが、特に秘密にしているものでもございませんので許可は下りると思います」
その後、アトロと三十分ほど話をした。
得られた情報の中で驚いたことは魔法に頼らない生活を送っているということだ。
「……ここでは魔法による治療すら行われておりません。精霊の力に頼ることなく、あるがままに生きることが 創造神(クレアトール) の教えですので」
「治癒魔法もですか」と思わず声を上げてしまった。
「ええ、 光の神(ルキドゥス) や 木の神(アルボル) 、 水の神(フォンス) の力を否定するつもりはありませんが、神の奇跡である魔法は本来の自然の摂理に反すると考えています。ですが、そのことを皆さんに強要するつもりはありません」
科学を否定する宗教に近い感じだが、神が存在するこの世界では異質な気がした。
「三主神、八属性神は自然の一部ではないのですか? 私はそう理解していましたが?」
「自然を形作るという点では十一柱の神も自然の一部と言えるでしょう。ですが、その力を人の望みに従って使うことは、自然に反するというのが我々の考えです」
「その理屈ですと、農作物を作ることも自然に反することのように思えますが?」
「農業に魔法を利用するなら、おっしゃる通りでしょう。ですが、神々の力を利用しなければ、問題はありません。人の努力は自然そのものですから」
「つまり、神々の力である魔法が関与するか否かということですか。そうなると、私はクレアトールの教えに反する者ということになりそうですね」
「他の神を信じている方に強制するつもりはありません。あなたがここで神官になりたいというのであれば別ですが」
そういって柔らかい笑みを浮かべる。最後の言葉は彼なりの冗談のようだ。
俺とアトロの会話中、キトリーさんは一言も話さず、メモを取っていた。彼女の方が興味はあると思うのだが、一言も聞き漏らしたくないのだろう。
神殿での務めがあるといって今日の会談は終了した。
アトロと別れ、神殿を出る。
その時、僅かに視線を感じた。
「今視線を感じたが、気づいたか」と小声でベアトリスに確認する。
「ああ、今も弱いが感じるよ。まあ、殺気はないし、ただ見ているだけって感じだね」
ナタリス村に戻る道を歩きながら気配を探るが、見られていることは感じるものの、どの方向からすら分からない。
(ベアトリスの言う通り悪意は感じない。精霊たちが見ているという感じでもなさそうだ……用心するに越したことはないが、過剰な反応は逆効果な気がする……)
リディもなんとなく感じているようだが、メルとシャロン、キトリーさんは何も感じていないようだ。
村に入った頃には視線は感じなくなり、肩の力を抜く。
「何かあったんですか?」とメルが聞いてきた。俺たちが緊張しているのが分かっていたのだろう。
「今は消えているが、神殿を出た辺りから視線を感じた。敵意のようなものは感じなかったが、どこから見られているのか、方向すら分からなかった」
「そうだね。あたしにもどの方向から見られているかすら分からなかったよ」
ベアトリスも緊張していたのか、額の汗を拭っている。
「最初は精霊かと思ったんだけど、少し違ったわ。精霊より知性のようなものを感じたから。でも、誰だったのかしら」
「注意した方がよさそうです。先ほどの話を聞く限り、ザック様のような全属性が使える魔術師とは相容れないようですから」
シャロンの言葉に頷くもののそこまで気にしてはいない。
「注意はするが過剰に反応しない方がいい。今はカヤン神官との信頼関係を築くことが最優先だからな」
キトリーさんは俺たちの話を聞いていなかったのか、「魔法を否定する神殿……」と呟いている。
その後、キトリーさんは家に篭って今日の話をまとめることになり、俺たちはすることがなくなった。遊んでいても仕方ないので、村の中を見て回りながら村人から話を聞くことにした。
村人たちは農作業に従事しており、休憩時間を狙って話を聞く。五人ほどから話を聞いたが、純朴な人が多く、俺の質問に警戒することなく答えてくれた。
その結果分かったことは、この村は話に聞いていた以上に豊かだということと、村人たちは敬虔な信者ばかりだということだった。
ジルソールの街で情報収集をした際、この島は火山灰で覆われているため、土地が痩せており、麦などの穀物の育ちが悪いと教えられた。また、馬がほとんどいなかったように、家畜の数も少ない。牛はほとんどおらず、羊や山羊を少数飼っているだけだと聞いている。
しかし、この村の地質は他とは違い、麦畑が広がっている。
他にも葉野菜や根菜類も育てており、柑橘類の畑もあった。また、家畜も羊や山羊だけでなく、牛も飼われている。
それだけではなく、村の中を流れる小川には魚が多くいるらしく、庭先では出汁にするのか、小魚が干してあった。村の南側には池があり、そこには大型のマスがいるとも教えてもらった。
陶器を作る窯があり、簡単な鍛冶仕事ができる鍛冶場もある。つまり、この村で自給自足が可能なのだ。
そんなことも関係しているのか、ここの人たちは皆穏やかだ。また、創造神の神殿があることを誇りに思っており、神官たちに食料などの生活物資を献上することが生きがいだとも語っている。
午後になると、村長のコナリーが大きな篭に麦や新鮮な野菜、取れたての岩魚などを入れて持ってきた。
「若い方ばかりだから、このくらいはいるかと思いましてね。足りなければおっしゃってください。魚は難しいが、野菜ならまだまだありますから」
更に近所の主婦たちが「慣れない竈で料理は難しいでしょう」と言って鍋に入れた料理を持ってきてくれた。
今日一日で何人かとは話しているが、ここまで親切にされると逆に何かあるのではと疑ってしまうほどだ。
その夜、夕食の時間にキトリーさんから話があると言われる。
「魔法を否定するという考えなのだけど、あなたの考えを聞かせてほしいわ」
「私の考えですか」と言うものの、あの話を聞いてからいろいろ考えていたため、一応考えはまとまっている。
しかし、推論の域を出ないことと、神官長から話を聞くまで結論を出したくないことから答える気はなかった。
「正直、よく分からないですね」
「古代文明との関係はどう? あなたが古代の研究者の魂から聞いた話だと、精霊の力を利用して文明を崩壊させたという話だったわ。そのことと関係がある気がするのだけど」
「あるかもしれませんが、神官長の話を聞いてから判断した方がいいと思います」
「そうね。思いもよらない話を聞いたからちょっと舞い上がっていたわ。聞きたいことを整理してみるわね」
古代文明の話は俺も考えていたことだ。
サエウム山脈の麓の遺跡で出会った研究者の魂は、“マナ”、すなわち精霊の力を介在した情報汚染によって古代文明が滅んだと言っていた。つまり、魔法を使うことが滅んだ原因だったのだ。それを考えると、古代から続くと思われるクレアトール神殿で魔法が忌避されるのは分からないでもない。
翌日の十二月十日。
今日も朝から神殿に向かう。昨日は村長に案内してもらったが、今日は俺たちだけで行くことになっていた。
神聖な雰囲気は相変わらずだが、昨日感じた視線はなかった。
「今日は感じないな。ベアトリスはどうだ?」
「ああ、あたしも同じだね。何も感じないよ」
そんな話をしながら神殿に向かって歩いていく。
アトロは既に入口で待っていた。
「お待ちしておりました」と会釈をした後、
「神官長が瞑想より戻りました。皆様とお話をしたいそうです」
一ヶ月近く掛かると言われていたのだが、僅か一日で終わったことが気になる。しかし、宗教的な行いに理由はない可能性があるので聞く気はなかった。
神殿の中に入ると、三十代後半くらいの美しい女性が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
白皙の肌に碧眼で銀色の髪を後ろでまとめており、見る者に安心感を与えるような雰囲気を持っている。
「お待ちしておりました。レーア・ガイネスと申します」とメゾソプラノの落ち着いた美しい声が響く。
そのまま、昨日と同じ会議室のような部屋に向かう。全員が席に着き、自己紹介をしたところで、神官長は話し始めた。
「アトロよりご用件は伺っております」
その言葉にキトリーさんが「では、神殿の見学をさせていただけると言うことでしょうか」と前のめりになる。
「申し訳ございませんが、神官以外の方が神殿の奥に入ることは禁じられております」
キトリーさんは落胆の表情を浮かべるが、諦めきれないようだ。
「どのような条件なら中に入れていただけるのでしょうか? クレアトールの信者となればよいのでしょうか」
神官長は小さく首を横に振り、「条件はただ一つ。神の許しが必要というだけです」とだけ答えた。
「神の許しですか……それはどのような方法で得られるものなのでしょうか」
「私にもよく分かっておりません。ですが、神官として長く修行をした者にのみ奥に入ることが許されるのです。申し訳ございません」
キトリーさんは落胆の表情を隠せず、肩を落とす。気落ちしているキトリーさんに代わり、俺が質問する。
「神官長からお話を聞かせていただくことはできるのでしょうか」
俺の問いにニコリと笑い、「もちろんですわ」と答える。
キトリーさんはそこで僅かに立ち直ったのか、顔を上げる。
「では、私にお時間をいただけないでしょうか。もちろん、日々の務めに差し障りのない範囲で結構です」
神官長は「喜んで」と言って微笑み、
「今日も午前中はすべて空いておりますので、お話をさせていただくことは問題ございません」
キトリーさんはかばんに入れてあったメモ用紙を取り出し、話し始めた。
まず、クレアトール神殿の教義などの一般的な事柄から質問し、徐々に自分の仮説である、ジルソール島とクレアトール神殿が古代文明時代から存在していたのではないかと話していく。
「……私が調べた範囲では古代文明の書籍にジルソール島とクレアトール神殿の存在が記載されています。というより、ここだけが文明の崩壊前後で影響を受けていないように見えるのです……」
神官長はキトリーさんの話を静かに聞いている。
そして、今回の調査で一番気になっている部分に差し掛かる。
「……ルークス聖王国の光神教についてですが、創始者のルチオ・ブリッラーレなる人物をご存知でしょうか?」
「記憶にはございませんが、その方が何か?」
表情は全く変わらず、嘘を吐いているようには見えない。
「そのブリッラーレですが、ジルソール島を訪れているという記録があるのですが、当の光神教ではその事実がなかったことにされているのです。更にジルソール訪問後に教義が変わっております。それまで 闇の神(ノクティス) は敵対する神ではなかったのですが、その時を境に邪神として認識されるようになったのです」
神官長は「そうですか……」と答えるが、それ以上何も言わない。
「それだけではありません。ジルソールを訪れる前までは、終焉をもたらす神として 虚無神(ヴァニタス) に言及していました。しかし、ノクティスを邪神としてからヴァニタスに関する記載が一切なくなるのです。何らかの理由が存在するはずです」
その言葉に対しても神官長は何も言わなかった。
「もし記録が残っているようでしたら、この神殿を訪れたか調べていただけないでしょうか」
「それは構いません。いつ頃の話かだけ教えていただければ調べることは簡単ですから」
業務日誌のようなものがあるらしく、それを調べれば分かるらしい。
「最後に最も確認したいことです」とキトリーさんは真剣な表情で切り出す。
神官長は笑みを絶やさずに小さく頷く。
「 虚無神(ヴァニタス) とは一体何者なのでしょうか? 創造神(クレアトール) と対を成す神であり、世界に終焉をもたらすということは分かっています。古代文明はヴァニタスによって滅ぼされたのではないか。これはあくまで仮説に過ぎませんが……この神殿は古代文明の時代から存続しています。ここにその答えがあるのではないかと思っています。これは研究者の勘で根拠はありませんが」
神官長はしばらく口を開かなかった。それでも浮かべている笑みは変わらず、困惑している感じはない。
三十秒ほどの沈黙の後、徐に口を開いた。
「難しい質問ですね。確かにこの神殿は紀元前から続いています……」
その事実にキトリーさんが目を見開く。
「……ヴァニタスについてのエルバイン教授の仮説は私どもの認識と大きく変わるものではありません。確かにクレアトールと対を成す神と言われていますが、我々にもよく分からないのです」
「文献などは残っていないのでしょうか? 古代文明が滅びた頃の資料があれば、見せていただきたいのですが」
キトリーさんは縋りつくような視線で頼み込む。しかし、神官長は小さく首を横に振った。
「四千年以上前の話ですので、資料や文献はございません。ここにある最も古い資料は二千年ほど前のものです。それ以前のものは劣化に耐えられず、廃棄されたようなのです」
この世界の紙は木属性魔法によって作られており、高品質の物は和紙に近い品質がある。また、古代文明の紙は更に品質が高く、施設ごと埋まっているような場合にはほとんど劣化することなく発掘される。
だから、四千年以上前だから劣化が激しくて廃棄したという説明に違和感を持った。
しかし、そのことは口にしなかった。何となく、神官長が何か隠しているような気がしたためだ。それが何か分かるまでは騙された振りをしている方がいいと判断した。