作品タイトル不明
第十八話「異国の港」
十月二十四日。
出航してから二十二日目、航海は順調だ。
デオダード商会所属の商船、ルアード・セルビー号は今、トリア大陸の西の海、ヴェスト海を南に向かって進んでいるところだ。
順調といってもこの世界の航海は常に危険が伴う。
今回の航海でもヴェスト海に入った直後に猛烈な時化に襲われ、丸二日間、嵐に弄ばれた。その時はこのまま船と一緒に沈んでしまうのではないかと恐怖を感じている。
嵐が通り過ぎた後、アルダス・ダンカン船長に聞いたが、それほど危機的な状況ではなかったらしい。しかし、帆船に初めて乗る俺たちだけでなく、旅慣れたキトリー・エルバイン教授ですら恐怖に青ざめていたほど強烈な経験だった。
実際、嵐の後に 上甲板(アッパーデッキ) に出てみたが、縮めておいた帆が何枚か破れ、更に船体にもいくつか亀裂が入っていた。
船乗りたちが応急処置を行い、その後の航海に支障はなかったが、次の寄港地であるポースメアで修理が必要になると船長から聞かされている。
「修理に三日ほど掛かると 船大工(カーペンター) が申しております。聖王国内ですので、ご不自由をお掛けすることになるかと……」
「旅にトラブルは付きものです。お気になさらずに」
港に五日間留まることになるが、船に残っていても修理の邪魔になるだけであり、町に入らざるを得ない。船長が言った通りルークス聖王国の領土に入ることになり、トラブルが心配だ。
「幸い港湾地区は船乗り相手に商売をしておりますので、近くにいる限りは安全です。ですが、港から出ると光神教の聖職者たちが幅を利かせていますから、充分に注意してください」
「私としても無駄にトラブルを招きたいとは思っておりませんので、港で大人しくしているつもりです。それに話を聞く限りでは見るべきものもなさそうですから」
ポースメアは大型船が入港できる港町だが、貧しいことで有名な聖王国では見るべきものはない。また、名物料理と言えるほどの物も海産物を使った単純なものしかなく、酒も聖職者向けのワイン以外、まともなものはないと聞いている。
昼過ぎに陸地が見え、午後三時頃に港に入っていった。大型船の 帆柱(マスト) が何十本も林立しており、枯れ木の林のような印象を受ける。
近づいていくと、セルビー号と同じくらいの大型船が十隻以上繋留されており、船の上では忙しそうに動き回る船乗りたちの姿があった。セルビー号と同じように嵐で損傷した箇所を修理しているらしい。
甲板から船を見ていると、ダンカン船長が深刻そうな表情を浮かべて近づいてきた。
「あの船団には聖騎士団の旗が掲げてあります。詳細は分かりませんが、全部で二十隻いることは確認しています。どこかに派遣される部隊を運ぶつもりなのでしょうが、上陸は見合わせた方がよいでしょう」
船長に言われて近くの船を見ると、 凧型盾(カイトシールド) に三本の剣がクロスした紋章の旗があった。光神教のシンボルは三本の棒がクロスしたもので、それを模しているらしい。
「聖騎士団の船ですか……何か心当たりはありますか?」
聖騎士団はその名の通り騎士たち、すなわち騎兵で構成される軍隊だ。地球の中世には騎士団が海上戦力を持っていたことがあるが、この世界では聞いたことがない。
「聖騎士団が船を使うのは北方の国に部隊を派遣する場合だけです。恐らくですが、ラクス王国の東部で魔族の襲撃があったという情報を聞いて、部隊を派遣しようとしているのではないかと思われます」
「ラクス王国の辺境であったオーガによる襲撃の話ですか? もう五ヶ月も前の話ですよ。それに解決したと聞いていますし、今更何をしに行くつもりなんでしょうか?」
俺の問いにダンカン船長は「聖王国や光神教の考えることは分かりかねます」と苦笑する。
「恩を着せにいこうとしているのではないでしょうか」とシャロンが話に加わってきた。
「これほどタイミングがずれていたら恩も何もないんじゃないの」とメルが言うと、
「ラクス王国で光神教の司教が暴走したって話を覚えているでしょ。だから、少しでも心証をよくしようと聖騎士を派遣するんだと思うわ。もちろん、ラクスの方はありがた迷惑なんでしょうけど」
シャロンの言っていることが事実だろう。
光神教は戦争状態のカエルム帝国はもとより、カウム王国でも排除されている。この状況で更にラクス王国でも不祥事を起こした。そのため、ラクス王国でも光神教を排斥すべきという話が出ていると聞いている。
ラクス王国はカエルム帝国と戦争状態にある。現在は休戦中だが、ルークス聖王国としてはラクス王国との関係を維持することは帝国への牽制と言う点で重要だ。そのため、ラクス王国に対し、心証をよくしておきたいと考えても不思議ではない。
ただし、特権意識の塊のような聖騎士を派遣することが最善の方法とは思わないが。
「船団が出て行くまで大人しくしています。できればで結構ですが、聖騎士たちについて情報収集をお願いできないでしょうか」
「喜んでお手伝いさせていただきます。というより、我々も聖騎士隊がどこに何をしに行くのかは興味がありますので」
思わぬアクシデントで異国の地に上陸することができなくなった。
次の日、ダンカン船長は主計長のジェームズ・サリバンを上陸させ、物資の補給と共に情報収集を行った。その結果を夕食前に聞くことになった。
「目的地は予想通りラクス王国でした。アウレラで上陸してから東に向かうようです……聖騎士が百名、歩兵が二百名の編成ですが、歩兵は正規の兵士ではなく、徴兵された農民でした……隊長はマクシミリアン・パレデス大隊長。布教活動でもするつもりなのか聖職者も同行しているようですね。パレデス隊長も聖職者たちも尊大で、やっていられないと宿の従業員がぼやいていました……」
サリバンは俺たち旅客の宿を探すという名目で、聖騎士たちが泊まる宿で直接情報を集めたらしい。
「……出発は明日の朝だそうですので、船団が出発すれば港湾地区に繰り出すことはできると思います……」
そんな話を聞いていたが、外が少し騒がしいことに気づく。
サリバンが「失礼します」と断って外の様子を見にいった。
五分ほどで戻ってきたが、その顔には何ともいえない表情が浮かんでいた。
「光神教の司教が表敬訪問と称して乗船してきました。どうやらデオダード商会の船と知って、無心に来たようです」
デオダード商会は表向き光神教と良好な関係にある。先代の商会長ロリス・デオダードは聖都パクスルーメンに行って多額の献金をしたことは有名な話だ。だから、金をせびりにきたらしい。
「船長が対応していますが、お客様たちにも興味を持っているようです」
一等船室の客だから金持ちだと考え、俺たちからも金を毟り取ろうと考えているのだろう。
「私が会うわけにはいきませんので、最悪の場合はキトリーさんに対応してもらうことになりますが」
そう言ってキトリーさんを見る。
「ザック君の言いたいことは分かるけど、できれば会いたくないわ。まあ、研究者とその助手の一行と知ったら興味を失うんでしょうけど」
結局、キトリーさんが対応することになったが、それ以上興味を持つことはなかったようで、俺たちが会う必要はなかった。
戻ってきたキトリーさんだが、不機嫌そうな表情を浮かべ、大きく溜め息を吐く。
「はぁぁ……あんな連中が一番嫌いなのよ。尊大だし、こちらの話なんて一つも聞かないんだから。そのくせ、嫌らしい視線で身体を見ているし……」
そう言いながらも情報収集だけはしっかりとしてくれたようだ。
「サリバンさんから聞いた通り、行き先はラクスだったわ。ただし、ラクスでの騒動が終わっていることは知っているから、とりあえず近くまで行ってみて魔族が現れたらそこに向かうというつもりみたいね。計画性も何もない行き当たりばったりの見本だったわ」
とりあえず俺たちに対する興味はなくなったようだ。彼らが明日の朝、出港すれば問題にはならない。
翌日の十月二十六日、聖騎士隊の乗る船が出ていった。
「これで船から降りられるね」と言いながら、ベアトリスは大きく伸びをする。
上陸の準備を整えると、舷門に掛けられたタラップを降りていく。硬い地面に久しぶりに立つため、体がふらふらする感じがしていた。
俺たちは荷物を持ち、教えてもらった宿に向かった。
ようやく厄介者が去り、異国の地に足を付けられたことから観光気分で港湾地区を見ていく。ここはアウレラほどではないが、活気がある港町だった。
俺たちのような旅行者を見つけると、「聖王国にしかない工芸品だ。土産にどうだい」とか、「ポースメア名物の魚のスープがあるよ」などと呼び込みの声が掛かる。
「思っていた以上に活気があるわね」とリディが言うと、旅慣れているはずのキトリーさんもそれに頷く。
「聖王国は初めてだけど、聞いていたより栄えている感じね。それに住んでいる人も暗い感じはしないし」
「あたしももっと変な目で見られると思っていたよ」とベアトリスも話に加わる。
光神教は人類至上主義と言える教義であり、特に獣人は劣等種族として差別の対象となっている。しかし、ベアトリスの姿を見ても露天商たちは特別な反応をすることはなく、俺たちに対するように普通に接していた。
宿は港湾地区でも一番高級なところを紹介してもらっている。一人一泊三十クローナ、日本円で三万円ほどになるが、資金的には余裕があるし、治安のことを考えれば安いものだ。
とりあえずチェックインした後、ここでの行動について相談する。
「これからのことなんだが、この先のことを考えると、情報収集はある程度やっておくべきだと思う。もちろん基本的には港湾地区から出ないが」
「そうね。今回みたいなことが何度もあるのは勘弁してほしいから」
リディは賛成するが、シャロンは「あまり目立たない方がよいのではないでしょうか」と反対する。
「あんたやリディアは目立つからね。それを言ったらあたしもなんだが」とベアトリスもあまり乗り気ではないようだ。
そこでキトリーさんが「私が行くわ」と言い、
「メルちゃんとシャロンちゃんの三人で情報を集めるわ。学院の若手の助手ということにしたら目立たないでしょうし。あなたたちはこの近くで観光を楽しみなさい」
「そうね。そうさせてもらいましょう」とリディがいい、「あたしもそれでいいよ」とベアトリスも賛成する。
トラブルが心配だが、基本的には治安がいい場所だし、メルはもちろん、キトリーさんもシャロンもその辺のチンピラくらいなら魔法を使わなくても対処できる。
結局、キトリーさんが研究のための情報集めという名目で港湾地区にある大手商会の支店を訪問することになった。
俺とリディ、ベアトリスの三人は基本的には宿に篭り、気晴らしを兼ねて宿の近くをぶらつくだけだ。
その日は一度だけ散歩に出たが見るべきものはなく、結局、宿の部屋でリディたちと酒を飲んで過ごした。
午後五時頃、情報収集を終えたメルたちが帰ってきた。夕食を摂りながら結果を聞く。
「聖王国は大規模な戦争を考えているようです」とシャロンが話し始めた。
「その根拠ですが、今まで以上に食料を聖都に運んでいるそうです。聖都周辺が不作というわけでもないらしく、商人たちも戦争の準備ではないかと噂しているそうです。ここではあまり聞かれないそうですが、いろいろなところで聖職者たちが“神の使いが現れて帝国を滅ぼしてくれる”と演説をしているらしいです……」
兵糧の確保と戦意高揚の演説から戦争が近いと判断したようだ。
「だとすると、聖都の近くに俺たちが行くのは危険だってことか」
「次の寄港地はアベルゲレですが、東行きの船は結構厳しく調べられるみたいです」
アベルゲレはソーレ半島の東側に位置し、大型船が入港できる数少ない港として、アウストレリア海の中継地点として栄えている。パクスルーメンに次ぐ大都市であり、光神教の施設も多数ある。
「ダンカン船長と相談しないといけないが、アベルゲレには入らず、フィニス島のガートブレックに向かった方がよさそうだな」
フィニス島はアウストレリア海の真ん中にある孤島だ。帝国領であり、港があるガートブレックは帝国に向かう重要な中継港であるため、皇帝直轄領となっている。
ここポースメアから千五百キロメートルほどで、標準的な航海では二十日強で着ける。帝都行きの船はトラブルを避けるためにアベルゲレではなく、ガートブレックを経由することが多いらしい。
「他の情報ですが、ペリプルスの 私掠船(プライベータ) がいつもより多いようです……」
私掠船は国王などから免状を得ている国家公認の海賊だ。ペリプルスとアウレラは海上覇権を巡って激しく争っており、双方の私掠船が相手方の商船を襲い合っている。
「私掠船か……これについては船長に任せるしかないな」
「そうですね。ただ気になるのは帝国行きの船を狙い撃ちにしているらしいという話があったことです」
「狙い撃ち? アベルゲレに向かわない船を狙っているってことか? だとすると、聖王国がペリプルスと密約を結んでいる可能性があるのかもな」
翌日、情報収集結果をダンカン船長、バッド・ラムゼイ一等航海士らに伝えると、彼らの方でも同じ情報を手に入れていた。
「こちらからも提案しようと思っていたのですが、次の補給地をガートブレックに変更したいと考えております」
俺に異存はないため、その方針を了承した。
翌日、特に大きなトラブルが起きることなく、ポースメア港を出港した。