軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十七話「出港」

十月二日の朝。

今日ジルソールに向けて出港する。

昨日の秋祭りをリディたちと楽しんだ後、ドワーフたちと飲んでいたため若干寝不足気味だ。祭自体もさすがは世界一の商業都市と思わせる出し物が多数あり、昼間から飲んでいたのが少し響いている。

それでも体調自体はさほど悪くない。

心配していた天候も問題なく、秋の柔らかな日差しと爽やかな風が心地いい。

デオダード商会とは既に何度も調整を行い、俺たちが乗る船、ルアード・セルビー号の船長らと打ち合わせを終えている。

セルビー号の船長はアルダス・ダンカンという小柄な男で、燕尾服のような上品な服を常に着ており、最初は一緒に乗り込む商人だと思ったほど物静かな紳士だった。

荒くれ者が多い船乗りを掌握できるのかと不安に思ったが、船を訪れてみると筋骨隆々とした大男たちが彼を侮ることなく、敬っている感じだった。話を聞いてみると、サーベルを巧みに使う剣術士であり、並の船乗りなら簡単にあしらえるらしい。

「お恥ずかしい限りです。ザカライアス卿や奥方様たちに比べれば児戯に等しいですから」

そう言って謙遜するが、レベルも五十一とロックハート家の従士に匹敵する腕を持っている。傭兵上がりでもない船乗りにしては異常に高いレベルで、天才と言ってもいいだろう。

もう一人の重要人物は船長の右腕である一等航海士だ。名をバッド・ラムゼイといい、ダンカン船長とはまるで正反対の粗野な雰囲気の大男だった。

手入れされていない髭とぼさぼさの髪に三角帽、潮焼けした顔には深い傷があり、 両手用曲刀(ファルシオン) かと思うほど巨大な 片手用曲刀(カットラス) を腰に差している姿から、海賊船の船長だと一瞬思った。

「あっしらに任せてくれれば問題ねぇ」とぶっきら棒にいうものの、見た目や口調とは異なり、リディたちに対しても紳士的に対応していた。

俺たちの乗る船ルアード・セルビー号は全長四十メートル、幅十メートルほどの大型帆船だ。正確な数字は分からないが、排水量は七、八百トンといったところだろう。

帆柱(マスト) は三本あり、一番前のフォアマストと真ん中のメインマストが横帆、一番後ろのミズンマストが縦帆というタイプで、船の前後に大きな構造物である船首楼と船尾楼を備えている。

帆船については詳しくないので間違っているかもしれないが、元の世界でいえばコロンブスのサンタマリア号のようなキャラック船と呼ばれるタイプに見える。

船員はおよそ八十名。

船長と一等航海士の他に 甲板長(ボースン) と 操舵長(コーターマスター) 、 主計長(パーサー) が各班の長となっている。

このクラスの帆船に八十人しか乗組員がいない点が気になった。俺のあやふやな知識では十七、八世紀のこのサイズの帆船なら、二、三百人は必要だと思っていたからだ。

話を聞いてみると、純粋な商船はこのくらいで充分だそうだ。俺の記憶の帆船は大砲を積んだ戦闘艦であり、大砲の操作が不要なことから問題ないのだろう。

大型船と言っているが、数万トンクラスのフェリーなどを知っているので、随分と小さく見える。

日本で見た帆船に比べ、長さの割に幅があり、ずんぐりとした見た目だ。近くでは大きく見えるが、船内に入るとその狭さに驚く。

天井は低く、強度を上げるためか隔壁が多くあり、灯りの魔道具で照らされているものの薄暗く、狭さを更に強調する。

船尾にある 船室(キャビン) もカプセルホテルかと思うほど狭かった。

幸い、客は俺たちだけであり、四人部屋である一等船室を二つ使えるため、まだ余裕はある。今回はいないが二等船室は“ 船室(キャビン) ”とついているが、一等船室の下の 最下層甲板(オーロップ) にハンモックを吊るだけらしい。

元々この船は客船ではないため、こうなっていると教えてもらったが、運が悪ければ二等になる可能性があったそうだ。

船に向かうとザムエルらドワーフの鍛冶師たちが見送りに来てくれた。といってもあまり目立ちたくないと言ってあるので、五人しかいない。

「またここに戻ってくるんじゃな。その時は昨日のように飲み明かすぞ」

「半年は掛かると思うが、その時はよろしく頼む」

そう言って堅く握手を交わし、船に乗った。

船に乗ると静かな港内にあるにもかかわらず、ゆっくりとした周期で揺れていた。

「この揺れは気持ち悪いね」とベアトリスがいい、メルも大きく頷いている。

「船酔いはきついから覚悟しておくことね」と旅慣れているキトリーさんがニヤリと笑いながら注意する。

「船酔いって必ずなるものなの?」とリディが聞いている。

「武術の達人ほどなりやすいそうよ。本当かどうか分からないけどね」

バランス感覚に優れた武術者の方が三半規管が発達しているからかもしれないが、確か俗説だったはずだ。恐らく武術の達人が船酔いで苦しんでいる姿が印象的だから言われているのだろう。

「恐らく俗説ですよ。慣れるのは鍛えている人の方が早かったはずですから」

「あら、そんなことも知っているのね」とキトリーさんに驚かれる。

「でも不安です。病気で苦しむなんて想像もできないドワーフの皆さんが罹るんですから……どうしたらいいんでしょうか」

シャロンが涙目で訴えてくる。

昨日、ドワーフたちが「人間が言う二日酔いの苦しさっていうのを初めて知った」と船酔いで苦しんだことを笑いながら話していたことを思い出したようだ。

「こういう時は酔う前に酔うんだ。船乗りたちには悪いが、出港する前に一杯引っ掛けさせてもらおう」

この方法は俺が日本にいる時に編み出したものだ。

関西の港町に長く住んでいた関係でフェリーを利用する機会が多かった。瀬戸内海を航行するフェリーの場合、比較的揺れは少ないが、それでも油断すると船酔いになる。

酔い止めのクスリを飲むこともあったが、車の運転が必要ないなら乗船するとすぐに酒を飲むようにしていた。

これでほとんどの場合、船酔いで苦しむことはなかった。ただ他の客と盛り上がって二日酔いになったことは何度もあり、苦しまなかったわけではない。

帆船の場合、港を出るには手漕ぎボートで曳航する必要があり、外海に出るには時間が掛かる。そのため、キトリーさんを含め、六人で酒を飲み始めた。

といっても本格的に飲むわけではなく、ほろ酔い気分になる程度だ。

一時間ほどすると揺れが強くなってきた。 上甲板(アッパーデッキ) に出れば外を見ることができるのだが、出航時は帆を操る船乗りたちでごった返すため遠慮している。

更に三十分ほど経った頃、キャビンのドアがノックされる。

外には 主計長(パーサー) のジェームズ・サリバンがいた。彼は主計長というより、潮焼けした漁師のような見た目だが、客の扱いに慣れており、物腰は柔らかだ。

「 陸(おか) から離れるので風景を楽しまれてはと船長が申しております」

俺たちが遠慮していたことを知り、声を掛けてくれたようだ。

一等船室は船長室の下層に当たる。そのため、上甲板に出るには急峻な階段を上る必要があった。

「狭くて敵わないね」と大柄なベアトリスが愚痴を零す。槍も持たず、防具類も外した動きやすい格好をしているものの、ところどころ出ている梁や狭い階段の出口で何度も頭をぶつけそうになっていた。

一階層上がると上甲板に出る。それまでのかび臭いような饐えた感じの匂いから、強い潮の香りが鼻をくすぐる。

帆柱(マスト) や 帆桁(ヤード) が軋む音や 帆(セイル) が風をはらんでバタバタと大きな音で騒々しい。揺れも大きく、前後に揺れるピッチングと左右に揺れるヨーイングとローリングが組み合わさる複雑な揺れが身体を襲うが、潮風と風景に気を取られ、それほど気にならない。

青く美しい海に白い 曳き波(ウェーキ) が船尾から伸び、その先にはアウレラの城壁と海岸線の緑が見える。

港から出た後、北西に向けて進んでいるためか、左手に陸地を見ながら徐々に離れており、ゆっくりとだが景色が変わっていく。

「凄いですね」とメルが声を上げる。

彼女の赤毛が風を受けてたなびく。

「風がべたついている感じがするけど、気持ちいいわね」とリディが呟く。

酒で火照った頬を撫でる風は確かに気持ちいい。

「この揺れがずっと続くんでしょうか」とシャロンだけは不安そうな顔をしていた。

「気にしない方がいいぞ。こんなものだと思っている方が船酔いしにくいから」

「そうします」と答えるものの、既に船酔いになっている感じだ。

「船酔いに治癒魔法が効くかは知らないが、一応掛けておくよ」

そう言って頭部に治癒魔法を掛けておく。治療というより、闇属性魔法で精神を沈静化させるという方が近い。

魔法が効いたのか、気持ちの問題なのかは分からないが、「少し楽になった気がします」といって笑みが戻っていた。

「船旅の印象はいかがですかな」とダンカン船長が聞いてきた。それまでは帆の調整などを指示していたが、水夫たちも帆桁から下り始めているので、調整が終わったのだろう。

「快適ですよ。まあ、船酔いが怖かったので、船乗りの方たちには悪いですが、一杯飲ませてもらっていますが」

「お客様ですので、構いませんよ」と笑うが、「そのような方法で船酔いに対処される方は初めて見ました」と呆れていた。

「風の具合もよいので、このままヴェスト海に向けて進みます。この時期は風も安定しているので、予定通りに次の寄港地に到着できるでしょう」

次の寄港地はルークス聖王国領のポースメアだ。標準的な行程で二十日ほど掛かる。この間は無補給で行くが、これには理由があった。

まず、帝国の北部域内に大型船の寄港できる港が少ないことが挙げられる。これは北部総督に対する皇帝の警戒心が関係しており、交易による収入を制限すると共に海軍を持たせないという理由もあった。

そして、その陰にはアウレラの商業ギルドがいる。北部域に貿易港を作られると、アウレラの価値が低下するため、帝都の元老たちに工作を行っているのだ。

この他にも効率の点から寄港しないと教えてもらった。

トリア大陸の西にあるヴェスト海ではやや南寄りの西風を受けることになるため、陸に近づくと東に寄ることになり、離れる際に逆風に受ける形になる。その分、速度は落ちるので可能な限り、寄港しないほうがいいそうだ。

交易船は三十日程度の物資を持っていることが普通であり、二十日間なら無補給でも何とかなる。

ちなみに嵩張る上に劣化しやすい真水だが、船では造水の魔道具を使うため、大航海時代のように木の樽に真水を入れて運ぶ必要がない。

魔道具で出せる水の量は精々一リットル程度と大したことはないが、魔法の素養がなくても使えるため、自らの水は自らの魔力で確保できる。また、海上ということで水の精霊が多く、陸地で使うより魔道具の効率がいいということもある。

懸念材料であった船酔いだが、シャロンに症状らしきものが見えた程度で苦しむ者は出ていない。

「皆さん、初めての船旅にしては快適そうですね」とダンカン船長が褒めるほどだ。

「ヴェスト海に出ると更に波が高くなるので、今のうちに身体を慣らしておいてください。皆さんくらいの達人なら問題ないと思いますが」

その日は物珍しいこともあり、甲板で過ごすことが多かった。船乗りたちが近くを通るが、妙齢の女性ばかりなのにちょっかいを掛けてくることもなく、規律の行き届いた船であることが分かる。

そのことをラムゼイ航海士に話すと、

「うちの連中も命は惜しいんでね。船長ですら敵わない皆さんに手を出すアホはおりませんぜ……」

俺たちが二級冒険者であり、レベル六十を超えていることをすべての船員が知っている。二級冒険者はアクィラ山脈やサエウム山脈から離れた場所にはほとんどいないこともあり、船乗りたちが目にすることは滅多にないそうだ。そのため、畏敬の念を抱いていると教えてくれた。

昼食の時間になり、甲板に煮込み料理らしい匂いが漂ってきた。

船の最下層に 厨房(ギャレー) があり、そこから伸びる煙突から白い煙とともに漂っているのだ。

基本的には客用の料理は船長と同じもので、船員たちとは異なるが、専門の客船ではないため、客用の料理人はいない。 司厨(コック) 長と三人の助手が八十人の船員分と一緒に作ることになる。

「お食事はいかがなさいますか?」とサリバン主計長が聞いてきた。出航初日は船酔いで食事を摂れない客が多いため確認しにきたようだ。

食事を頼むと、「キャビンでなさいますか? 甲板で摂ることもできますが」と更に聞いてきた。

「折角だから、ここで食事をしたいわ」とリディが言ったので、その旨を伝える。

船は南西の風を受けながら北西に進んでいるため斜めに傾いており、大丈夫かと不安になるが、サリバンの部下たちが木製のテーブルと椅子を手早く用意していく。

テーブルも椅子も甲板に固定できるようになっており、思った以上に安定している。更にテーブルには周囲に縁が付いており、食器が滑り落ちない工夫がなされていた。

「私もご一緒させていただいてよろしいですかな」と船長が声を掛けてきた。

「もちろん問題ありませんが、船の指揮はよろしいのですか?」

「今日のようなよい天候であれば、沖で私がしなければならないことはほとんどないのですよ。もちろん、ラムゼイがあのように指揮を執っておりますのでご安心を」

そう言いながら 後部甲板(コーターデッキ) で操舵手に指示を出しているラムゼイを指差す。

「美食家であるザカライアス卿にお出しするには大変心苦しいものですが」と言いながら、サリバンが料理を並べていく。

出航直後の昼食ということで牛肉と根菜の煮込みと生野菜のサラダ、それに柔らかい白パンが置かれる。

「飲み物はいかがいたしましょうか」とサリバンが緊張気味に聞いてきた。

「普段出されるもので問題ないですよ」と言っておくが、酒で有名になっただけに気を使っているようだ。

すぐに木製のジョッキが並べられていく。

「今回の航海では鍛冶師ギルドに納入される酒を用意しております。温度の管理まではさすがに難しいので、ご満足いただけるかは……」

中にはダークブラウンのビールが入っていた。

乾杯をした後、口を付けると、アルトタイプのエールで、温度も程よく調整されており、少し甘い香りが潮風と相まって美味い。

リディも「美味しいわ」といってジョッキを傾け、ベアトリスは「こいつはいいね」といって一気に呷っている。

「とても美味しいですね。温度もちょうどいい。 船艙(ホールド) で冷やしてあったのですか?」とダンカン船長に聞く。

「さすがはザカライアス卿ですな。船の構造もご存知とは」と驚かれる。

船艙は船の最下層部分のことで、船のバランスをとる 重り(バラスト) などとともに樽などの重量物を保管する場所だ。常に喫水線の下にあることから涼しく、海洋冒険小説などではワインを冷やしていたという記述があったと記憶している。

「この辺りの海水温度は比較的低いと聞いていましたので」と誤魔化しておく。

そんな話をしながら船旅を楽しんでいた。