作品タイトル不明
第六話「闇と光の剣」
六月二十七日。
四日後にドワーフ・フェスティバルを控え、ラスモア村は異様な熱気に包まれていた。
既に多くの街からドワーフの鍛冶師たちが村に入っており、ギルドの研修所は鍛冶師たちの声で活気に満ちている。
鍛冶師ギルドの匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーのアダマンタイトの剣作りだが、こちらは順調に進み、世界初の四属性の剣が完成した。
四属性といっても金属性の“硬化”と木属性の“自己修復”は常時作動ではなく、切り替え方式であるため、厳密には四属性と言い難い。
しかし、光と闇は同時に使えるように魔法陣を組み合わせることに成功した。これにより、八つの属性すべてを付与することも原理的には可能となったのだ。
魔法陣を付与した後にウルリッヒが「自分で言うのも何だが、これは革命的なことじゃ」と呟き、ベルトラムら他の鍛冶師たちも言葉を失うほど衝撃的な事実だったようだ。
光属性と闇属性を同時に作動させる方法だが、これも厳密に言うと全く同じ場所というわけではない。
光属性は以前にも説明した通り、 刃(エッジ) 部分に沿うように纏わせる方が効率的だ。
一方、闇属性は相手に刃が触れなくても魔法部分が敵に触れれば充分だ。
つまり、剣の刃部分に光を薄く纏わせ、更にその外側を闇で覆う形にする。
その見た目だが、光の剣を闇の 靄(もや) が包むような感じで、漆黒の剣といってもいい禍々しさだ。
光の皮膜と闇の靄が接触すると相殺し合って効果が消えるため、一ミリ程度の隙間が空けてある。
物を切ると、闇の靄が一瞬消え、刃が当たった部分から光るというSFXの 映像効果(エフェクト) 染みた副作用があり、闇の剣が光るという異様な姿になってしまった。
「凄いですね。私のもこんな感じにしてほしいです」とメルは無邪気に言っているが、提案した俺はそこまで無邪気になれない。
(闇の剣が当たったらオレンジ色に光る……特撮ものの悪役じゃないんだから……)
見た目はこんな感じだが、戦闘力は非常に高い。
試し斬りでもないが、森に入って試してみた時、そのことを強く感じた。
その時の相手は大型の灰色熊だったが、今まで通り光部分が当たると丈夫な毛皮を簡単に切り裂くことができ、更に闇の靄が掠めた効果で麻痺状態に陥ったのだ。
攻撃力プラス 異常状態付与(デバフ) という当初の狙い通りだったが、これが一般化すると危険だと感じるほど効果的だった。
この麻痺の効果だが、相手の身体に直接触れなくても武器や防具を掠めるだけでも充分に作用した。
そう考えると、麻痺の効果だけでもいい気もするが、闇属性の中から光属性が出てくるとは思わないだろうから、奇襲効果が見込める。
竜などの大物にどの程度効くかは分からないが、この奇襲効果を考えれば 魔将(アークデーモン) クラスにも通用するのではないかと思っている。
更に同時に使用しなくても別々に起動することも可能なので、攻撃力の光と無力化の闇という使い分けもできる。
「これで総本部のザックコレクションは守り切ったわい」とウルリッヒは満足そうに髭を扱いていた。
この四属性の剣を見て他の鍛冶師たちの目の色が変わった。
六月十八日にダンと共にやってきたウェルバーン支部のデーゲンハルトは三属性に更に一属性を加え四属性に挑戦しているし、他の鍛冶師たちも三属性の付与が当たり前になっている。
僅か数年で鍛冶師たちのレベルが大きく上がったことに驚くしかない。
「この研修所を作った甲斐があったというものじゃ」とウルリッヒは言っているが、ザックコレクションという“特大のニンジン”が目の前にぶら下がっていた結果ではないかと俺は思っている。
鍛冶師たちの作業は順調だったが、俺は他のことで大忙しだった。
まず、鍛冶師たちが三百人以上来るため、大量の酒が村にやってくることが分かっており、その保管場所の指示に大わらわだったのだ。
この村には館ヶ丘を含め五つの丘のすべてに、以前作った地下保管庫がある。結構な広さがあり、今回もそこに保管するつもりだった。
しかし、そこに誤算があった。
俺が不在だった一年半のうちに消費する酒が増えたのか、思った以上に樽が保管されており、スペースに余裕がなかったのだ。
そのため、新たな保管場所を確保しようとしたが、各管理者が深く考えずに放り込んでいたため、どこに何があるかも分からない無秩序な状況だった。
まずその整理から始めなければならなかった。
その整理だが、場所を空けるように指示を出すだけでよかったのだが、新たに仕入れたビールやワインなどつい中身を確認してしまい、それで時間が掛かっている。
近隣の村の醸造所のレベルが上がっていることが確認できたので有意義だったが、リディたちに「ザックだから仕方ないわね」と呆れられている。
他にも様々な都市の商人たちから面会の要望があった。久しぶりに俺が参加すると言うことで商会長クラスがアポイントメントを取りにきており、その対応も煩わしかった。
途中からシャロンが対応してくれたため、楽になった。
それはいいのだが、商人たちの顔が引きつっていたのでどんな話をしたのか気になるところだ。といっても聞くのが恐ろしいので聞いていない。
少し前から鍛冶師ギルド総本部から応援の職員が送り込まれたため、ようやく落ち着いた。既にテントなどの機材が持ち込まれ、館ヶ丘の南の草原は祭モードに入っている。
そんな中、大物の来客が到着する。
帝国の上級貴族であるにも関わらず、ドワーフ・フェスティバルの常連となりつつあるクレメント・シーウェル侯爵だ。
父たちにあいさつをした後、「久しいな」といって右手を差し出す。
「ご無沙汰しております」といって右手を取り、
「今回はシーウェルブランデーをお持ちと聞いておりますので楽しみです」
俺の言葉にシーウェル侯は「この村のブランデーにはまだまだ敵わんよ」というが、「だが、いずれは世界一にしてみせる」といってニヤリと笑う。
その後ろから腹心のイグネイシャス・ラドフォード子爵が話に加わる。
「まだ我々のブランデーは四年しか経っておりません。それにこの村の職人たちの腕は我が領内の職人以上です。追いつくには最低十年。追い抜くのは更に十年は必要でしょう。それにザカライアス殿が村に戻ったとなれば、更に品質は向上するでしょうし」
「そうだな。ワインなら負けぬが、ブランデーはまだまだだ。しかし……」
そこでラドフォード子爵と目を合わせ、小さく頷く。
「どうだ、近々我がシーウェルを訪れてはくれぬか。ワインの状況も知りたかろう」
俺を釣りに掛かってきた。確かにシーウェルワインの状況は気になる。特にベアトリスが見つけたムーラン村のブドウの状況を見てみたいと思っていた。
「気になりますが、しばらくは帝都に近づく気はありませんので」
「それはなぜかね」と侯爵が聞いてくる。
分かって聞いているのだが、はっきり言っておいた方がいいと思い、理由を告げる。
「政争に巻き込まれるのは本意ではありませんから。今は微妙な時期ですので」
「そうだな。卿が帝都に入ればアレクシス殿なら必ず招聘する。今の皇室の状況を憂いておられるからな」
現在の皇帝ジークフリート二十一世は五十代前半だが、長年の不摂生が祟り、健康に不安がある。特に近年は体調を崩して床に就くことが多く、いつ崩御してもおかしくないとすら言われている。
そんな状況だが、未だに皇太子ジギスムントとライバルであるレオポルド皇子の後継者争いが続いており、宰相アレクシス・エザリントン公爵が対応に苦慮しているという噂を聞いていた。
それだけではなく、新たな後継者候補として二人の皇子の名が上がっており、皇太子とレオポルド皇子を推す勢力が焦り始めているという噂もあった。
その渦中に俺とも縁があるプリムローズ・エザリントン公爵令嬢の名があった。第三の候補であるジュリアス皇子の妃になるのではという話で、エザリントン公が反対していると聞いている。
さすがに辺境であるラスモア村にいる限りはわざわざ呼び出すこともないだろうが、この状況で帝都に近づけば、シーウェル侯の言う通り、エザリントン公は必ず俺を呼び出す。
「そういう事情ですので、皇宮が落ち着くまで帝都の近くに行くつもりはありません。ですので、シーウェルに行くにしても数年先でしょう」
「そうだな。卿がアレクシス殿に取り込まれたら大変だ。アレクシス殿が酒造りに専念させてくれることはないだろうから、鍛冶師ギルドが黙っておらぬ。それに我がシーウェルにとっても大きな損失だ」
そう言った後、「これはアレクシス殿には内密にしてくれ」と言って笑う。
冗談めかしているが、半分は本気だろう。
「ブランデーはともかく、五年物のワインを用意しておる。今宵の晩餐で披露するが、卿の秘儀に匹敵する品質になっておるはずだ」
地下貯蔵庫で熟成させたシーウェルワインを持ってきたようだ。
「それは楽しみですね。ですが、長旅で澱が舞っている可能性があります。数日待つか、私が落ち着かせるかした方がよいでしょう」
「そうだな。では、任せるとしよう。早く卿の感想が聞きたいのでな」
シーウェル家の馬車から十個近い木箱が運び出されていた。一ダース入っているとして百本以上持ち込んでいるところを見ると、ドワーフ・フェスティバルで披露するつもりのようだ。
シーウェル侯との話を終えた後、ラドフォード子爵がやってきた。
何の話だろうと思ったら、
「カトリーナ王妃のことで相談があるのだが」
「王妃殿下が参加したいとおっしゃられたのですか?」
「その通りだ。それで私に君を説得してほしいと頼まれたのだよ。聞いてはおらぬが、既に隣町まで来られているはずだ。私としてもどうしたものかと思ってな」
来るのではないかと思っていたので全く意外ではない。今回はどんな手で来るのだろうと思っていたが、まさか子爵に仲介を頼むのは予想外だった。
「今回はどんな理由をつけて来られるのかと思っていたところです。何か聞いておられますか?」
子爵は首を横に振り、
「詳しくは聞いておらんのだが、平民に化けて来られるつもりらしい。参加したいという思いは分からんでもないが、黙っているわけにもいかん。だが、下手に騒げば問題が大きくなる。どうしたものか……」
今回はお忍びで来るつもりだが、理由が思いつかなかったらしい。
そのため、参加できなかったことを血の涙を流して悔しがったラドフォード子爵の同情を買うことで、なし崩し的に参加するつもりのようだ。
「全く困った方ですね。恐らくですが、鍛冶師ギルドの総本部の一行に紛れてくるつもりでしょう」
ウルリッヒは先行してラスモア入りしているが、他の総本部メンバーは明日頃到着すると聞いている。タイミング的に同行していると考えるのが自然だろう。
「マサイアス殿にもまだ話しておらん。それどころか御館様にも……」
シーウェル侯に話せば、反対することは目に見えている。子爵としても自分と同じ思いをすると分かっているから切り出せなかったようだ。
「公式訪問にしてもらいましょう。アルスのスコッチの評価を直々に確認しに来たということにすれば、名目は立つでしょう。その上で秘密裏に魔族の情報を伝える場にしたとします。侯爵閣下には私から説明しましょう」
今回初めてアルスのスコッチが大々的に披露される。蒸留酒の特産品化に並々ならぬ意欲を見せている王妃が直々に見にくることはありえない話ではない。
更にシーウェル侯を通じて、帝国の上層部に俺たちがアクィラの山中で得た魔族の情報を伝えるという話を流せば、大きな問題にはならないはずだ。
「助かる」といって頭を下げ、
「私と同じ思いをさせたくはなかったのでな。まあ、あの方が血の涙を流すとは思わぬが」
そういって笑顔を見せる。
その後、父とシーウェル侯に事情を話した。
父も侯爵も王妃が来ることは予想しており、二人とも呆れ顔だ。
「だんだん開き直ってきた気がするのだが」と父が呟くと、侯爵もそれに大きく頷き、
「私に言わずにイグネイシャスに言うところがあの方らしい。あの方が参加することが当たり前と認知されるように動いておられるとしか思えん」
父は侯爵に「全くですな」というと、「ボグウッドに伝令を送れ」と従士に指示を出した。