軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話「夏のドワーフ・フェスティバル:前篇」

六月三十日の夜。

今日は夏至祭の前日、大きな町なら夏至祭の前夜祭として夜通し祭が行われる日だ。場所によっては暑い昼間を避ける意味で前夜祭の方が盛大なところもあるほどだ。

ここラスモア村でも前夜祭が盛大に行われている。しかし、それは夏至祭の前夜祭ではない。ドワーフの祭典、ドワーフ・フェスティバルの前夜祭だ。

会場だが、いつも使う館ヶ丘の南の草原は明日の祭典のセッティングが終わっているため使えない。そのため、館ヶ丘をぐるりと取り囲む堀の周囲に簡単な屋台を出している。

明かりはアンデッドとの戦闘でも使われた投光器を使っており、十分な光量がある。更に堀を流れる水が涼しさを届けてくれるため、思った以上に心地いい。

「いつもながらザックさんの演出は素晴らしいですわね」

公式に訪問しているカウム王国のカトリーナ王妃がそう言って微笑む。微笑みと言葉遣いは貴婦人なのだが、その手に一リットルは入るであろう大型のジョッキを持っていることから台無しだ。

「戦いができるくらいの明るさがありますし、ここは他に比べて涼しいですから」

「ええ、それもありますけど、それ以上にお城と貯蔵庫が幻想的で素敵ですわ」

王妃が言っているのはロックハート城とスコッチの貯蔵庫のライトアップのことだ。

館ヶ丘には夜間の対空戦を想定し、大型のスポットライトが多く設置されている。それらの配置を変えて、純白の城とレンガ色の貯蔵庫に当てているのだ。

真珠の城と称されるロックハート城には様々な色の光が当てられている。

オレンジやブルー、ピンク色など、この世界ではあまり見ない色を使っての演出だが、これは投光器の前面のガラスを色ガラスにすることにより実現した。

貯蔵庫の方はオレンジ色に近い暖色系の光で統一し、六棟ある貯蔵庫が浮き上がっているように見せている。

「でも助かりましたわ。ザックさんに参加を断られたらどうしようかとドキドキしておりましたから。もし駄目だったら、私も血の涙を流したことでしょう」

そんなことを言っているが、この人が酒を前にして血の涙を流すはずがない。どのような手を使っても参加したはずだ。

そう思うものの、「ええ、妃殿下に血の涙を流させるわけにはいきませんから」と軽く返しておく。

「少しは落ち着かれたようですわね」

その言葉に驚く。彼女にはルナのことを含め、何も話していないからだ。

「鍛冶師方が心配していたのですよ。ザックさんの様子が少しおかしかったとおっしゃっていましたわ……」

この村を訪問するドワーフたちは多い。その中には総本部に行く者も多く、村に戻った直後の俺の様子が少しおかしいと思ったようだ。

「お酒の話をしていた時も上の空ということがあったと聞いています。皆さん、それで心配していたのですよ。でも、今は大丈夫そうですわね」

王妃の言葉に苦笑いが浮かぶ。

王妃から離れ、リディ、ベアトリス、メル、シャロンの四人と掘沿いに歩いていく。

「カティさんの言葉じゃないけどきれいね。最初に聞いた時はあの戦いを思い出すから嫌だったんだけど」

「あたしもそう思ったね。だが、これはいいよ。まるで天空にある 天の神(カエルム) の城のようだ」

リディとベアトリスが感想を言い、

「お堀の周りに屋台もいいですね。防壁の上からの光で水がキラキラと光ってきれいです」

メルの感想にシャロンも頷いている。

「でも、ここくらいでしかできそうにないですね。他だと街の中にこんなきれいな川は流れていませんから」

シャロンの言う通りで、帝国の標準的な城塞都市では内部に川はなく、あったとしても排水用の水路にすぎない。ここのように山からの流れるきれいな水が流れるところは田舎の村にしかないだろう。

実際、この光景を見たシーウェル侯が「我がシーウェルでも観光の目玉にと思ったが難しそうだ」と残念がっている。

シーウェル河が近くにあり、水が豊富なシーウェル市でも難しいなら、他の都市では不可能だということだ。

カトリーナ王妃も「アルスの坂ならできそうですけど、これほど美しくは難しそうです」と言っている。

いつもは一緒にいるダンだが、今日は俺たちとは別行動だ。エレナと二人っきりで幻想的な風景を楽しむらしい。

ただダンたちを見た人たちからしきりに祝福の言葉が掛けられ、ロマンチックな雰囲気にはなっていない。

ドワーフたちはスコッチの貯蔵庫が見える位置に陣取り、よく冷えたビールを呷っていた。

俺の剣を打っていたウルリッヒはともかく、他の鍛冶師たちは今日の昼まで最後の仕上げをしており、ここ数日徹夜続きだったはずだが、いつも通り元気だ。その顔には、やりきったという満足感が漂っており、明日の技能評定会が楽しみだと言っていた。

前夜祭は夜通し行われるが、俺たちは比較的早い時間に家に戻った。明日は目が回るほど忙しくなることと、明日から明後日にかけて夜通しの宴会になることが分かっているためだ。

ウルリッヒたちもそのことが分かっており、無理に誘うことはなかった。

翌日の七月一日。

早朝の鍛錬を終え、朝食を摂った後、会場に向かう。

まだ午前八時過ぎだが、多くの人たちが準備に奔走していた。

テントを設置する鍛冶師ギルド職員たち、食材を運び込み、自分のブースに並べる商人たち、それを大急ぎで料理していく調理人たち……。

そんな中、悠然とビールを飲み続けているのはドワーフたちだった。珍しいことに昨夜は蒸留酒を飲むことなく、ビールとワインを飲み続けていたらしい。

そのことをウルリッヒに聞いてみると、

「今回は自慢のスコッチを飲まねばならん。酒断ちをして舌を研ぎ澄まさねばと思ったんじゃ」

ドワーフにとって酒とはスコッチ、すなわち蒸留酒だけで、ビールやワインを飲んでも立派な酒断ちなのだ。

彼らと別れ、俺も準備に向かう。

俺はイベントの“総合プロデューサー”と“総合司会”であるだけでなく、会場に酒を手配する“支配人”でもあり、やることは山積みだ。

まず、最も重要な酒の手配に向かう。

既に昨夜のうちにどの樽をどこに配置するかの詳細な指示を出しており、その最終確認を行うだけだ。

ただ面倒なのは初夏ということで酒がなくなりそうになったら、その都度貯蔵庫から出さなければならない点だ。涼しい季節なら出しっぱなしにできるのだが、品質が落ちるようなことはしたくない。

樽は日光に当たらないようにテントの下に置くことにしているが、空調もなく、保冷用の樽でもないため、一時間もしないうちに温度は上がる。俺とシャロンで温度を下げることも可能だが、さすがに千人単位のイベントであり、樽の数が多すぎる。

樽の手配を行った後、各部署を回り問題がないことを確認していく。さすがに手馴れたもので、以前のようなバタバタ感はなかった。

午前中に技能評定会が行われた。

今回は主要な支部が参加しているが、武具は一つに限定されているため、披露自体は比較的短時間で終わっている。

どの支部も三属性以上の付与を行い、ミスリルやアダマンタイトといった魔法金属を使用していた。そのため、優劣が付けがたく、唯一反属性の組み合わせで四つの属性を付与した総本部のウルリッヒだけが頭一つ抜けている感じだった。

ザックコレクションの分配にも関わる評定が開始されたが、総本部の五割という数字以外、中々決まらない。

困り果てたドワーフたちが俺に助言を求めてくるが、魔法陣はともかく鍛冶の腕を評価できるほどの目利きでもないため断っている。

そこで念のため用意していた紙を配ることにした。

リディたちが配っていく間に説明を行う。

「そこに書いてあるのは縦軸に各支部の名前、横軸に評価する項目だ。評価項目は金属加工の精密さ、魔法陣の精巧さ、属性の選択と効果、最後に画期的なアイデアかどうか。この項目で自分の支部以外の順位を付けていってほしい。その順位を加算することで順位を決める。これなら誰がどう点を付けたか分からないから、公平な評価になる……」

この評価方法で納得し、順位を付け始めた。さすがに微妙な優劣はあるようで、比較的短時間で三百人の鍛冶師たちの評価が集まった。

問題は三百枚の表を集計しないといけないという点だ。念のため、ロックハート家の文官たちに待機するように頼んであり、すぐに集計させる。

表計算ソフトがあればすぐに計算できるのだが、すべて手計算であり、また万が一間違った順位を出すと血の雨では済まなくなる。そのため、集計後も何度も確認するよう頼んであり、五時間ほど掛かってしまった。

文官たちには申し訳ないことをしたが、そのお陰で次のステージに移ることができる。

既に午前十一時を過ぎているが、こうなることは想定内であり、すぐに式典の準備を始める。ここからはダンの結婚式だ。

ロックハート家の家臣やギルド職員たちが、これから式典が始まると会場内で告げて回る。既に何があるのか知っているため、館ヶ丘の正門前に人々が集まってきた。

近隣の町や村からも人が集まり、正確な数字は分からないが馬車の数を見る限り、千五百人近い人数になっているはずだ。

それだけの人数が一箇所に集まってくる。

最前列に配置した五十人近い楽士たちに音楽を流すよう指示を出す。

この世界には結婚式の定番曲はなく、誰でも知っている曲の中でアップテンポなものを選び、それを流すように予め依頼してあった。

俺の合図で始まった曲はこの地方の祭でよく聞かれるもので、見ている人たちは身体を揺らしてリズムを取っている。

一旦音を小さくするように合図を出す。これも事前に打合せ済みで、楽士たちは笑顔で頷きながら音を小さくしていった。

「それではロックハート家家臣ダン・ジェークスと帝国騎士ヒースコート・メイスフィールド卿の長女エレアノールの結婚の儀を始めます! では二人の入場を拍手でお迎えください!」

俺の言葉で盛大な拍手がおき、楽士たちの音楽のボリュームもそれに従って上がる。更に今までのアップテンポな曲から宮廷で流れるような優雅な曲調に変わった。

拍手と音楽を背景にダンとエレナが正門の上に登場する。

ダンはブルーを基調としたカエルム帝国の騎士の正装に儀礼用の豪奢な剣を吊るしている。麦わら色の短髪に生真面目そうな表情で、騎士団の俊英という言葉が浮かぶほどだ。

エレナは純白のロングドレスに銀色のティアラのような髪飾りを付けている。前の世界で言えば北欧系に似た大柄な美女であり、スラリと背が高いダンと並んでもアンバランスさがなく絵になる。

二人の姿に会場から溜め息に似た声が上がる。確かに似合いのカップルであり、若い女性たちは自分の結婚と重ねているのか、うっとりした表情の者が多い。

二人に続いてガイとクレア、メイスフィールド卿夫妻が現れる。このような晴れ舞台は経験がなく、全員が緊張していることが離れていてもよく分かる。

更に立会人として父と母が現れ、最後に神官が登場する。今回はボグウッドの神官ではなく、ペリクリトルから呼んだ 人の神(ウィータ) の神官だ。

結婚はウィータの前で宣誓するというのが本来の姿であるためで、最も近い大都市であるペリクリトルからわざわざ呼んだのだ。

神官の祈りが終わり、来賓の祝辞が始まる。

騎士の嫡男の結婚とは思えないほどの大物ぞろいで、カトリーナ王妃、ドレクスラー匠合長、シーウェル侯と祝辞が続いていく。

いずれも短いながらも心の篭った祝辞であり、メイスフィールド卿は感動のあまり涙を流していた。

最後に指輪の交換が行われる。

元々、この世界にこういった風習はなかったが、俺たちの結婚式からロックハート領ではよく見られるようになったらしい。

ダンが用意したものはダイヤモンドの指輪だった。

以前、ドクトゥスに住んでいる時にマクラウド商会という不動産屋からプレゼントされたダイヤを、俺がプラチナの指輪にはめ込んだものだ。

エレナが渡す物はベルトラムが作ったミスリルの指輪だ。特に魔法は付与されていないが、ひねりを加えた細工が施されている。

指輪の交換を終え、俺たちの時と同じく馬車によるパレードが始まる。村の人々がカラフルな花びらをこれでもかと撒きながら、祝福の声を掛けている。

二人ははにかみながらも手を振ってそれに応えていた。

その初々しい姿にリディが「ダンも幸せそうでよかったわ」と呟く。

「そうだな」と答えるが、俺にはまだ仕事があり、二人の幸せな姿を見ていることができない。

すぐに始まる“蒸留酒”品評会の準備があるからだ。

以前の酒類品評会とは異なり、料理と酒の組み合わせではなく、純粋に蒸留酒の味で勝負する。そして、審査員はドワーフたちと蒸留職人、つまりプロによる審査を予定していた。

もっともビールやワインの部門もあり、こちらは以前と同じく一般の人たちに投票してもらうスタイルだ。ただ、今回はドワーフたちが蒸留酒に意識が向いているため、商人たちが主体となるはずだ。

この二つの品評会を一人で仕切らなければならない。もちろんギルド職員も手伝ってくれるが、ジョニー・ウォーターやジャック・ハーパーのような完全に任せられる人材がいなかったのだ。

初夏の太陽の下、俺は汗を掻きながら職員たちに指示を出していった。