作品タイトル不明
第七十二話「帰還と報告」
三月三十日の正午頃。
神々の敵がいた洞窟の偵察を終えた後、先行している祖父たちに追いついた。
追い付いた瞬間、リディに抱きつかれたが、相当心配していたようで涙交じりに抱き締められ宥めるのに苦労した。
すぐに休憩時間になり、そこで洞窟であったことを祖父たちに説明する。
神々から危機が去ったこと、今後は手出し無用と言われたことを掻い摘んで話していく。
「つまりじゃ。あの漆黒の魔族、神々の敵は既にこの辺りにはおらぬということじゃな」
「はい。既に別の場所に移ったと 天の神(カエルム) が断言しました」
「ならば、最大の危機は去ったと考えてよいのじゃな」と祖父にしては珍しく安堵の息を吐く。
「そうなります。ですが、この辺りは元々危険な土地です。油断なさらないように」
祖父が油断するとは思わないが、他の者たちが聞いているので一応釘を刺しておく。
「分かっておる。それで今後のことじゃが、リッカデールに戻った後、お前はどうするつもりじゃ」
「正直何も考えていません。とりあえず、村に戻ろうとは思っていますが……」
「そうね。それがいいわ。ここにいる理由がなくなったんだから」とリディが笑顔で頷いている。
「ルナのことはどうするんだい? 神様たちの言う通り、放っておくのかい?」
ベアトリスの問いに俺が答えようとしたが、その前にリディが口を挟む。
「そうするしかないんじゃない? この人が関わればもっと危険になるのよ。だったら、その 光の神(ルキドゥス) の御子っていう人に任せた方がいいわ」
「それが一番なのは分かっているんだが、あんたのことがね……」
ベアトリスにしては歯切れが悪い。
「俺が引きずっていないかっていうんだろ」と俺が言うと、「ああ」とだけ答える。
「引きずっていないかと言われれば、そう簡単に割り切れないとしか言いようがない。だが、俺が近づけばルナが危険になるなら仕方がないじゃないか。まあ、村に帰ってからやりたいことは一杯あるし、そのうち割り切れるだろう」
「それならいいんだがね」
ベアトリスの後にメルが明るい声で聞いてきた。
「村に帰ったら何をするんですか?」
「そうだな。今年のドワーフ・フェスティバルがまだみたいだし、みんなと祭を盛り上げるのもいいと思っている」
「それがいいですね! 私もがんばります!」とメルが明るくいうと、シャロンが笑いながら、
「メルちゃんはまず身体を治すことからよ」と釘を刺した。
「村に戻ってからゆっくりやるさ。今はリッカデールに戻ることが一番だ」
その日は魔物に襲われることもなく、順調に森を進んでいった。
心配していたダンとメルの体調だが、二人とも疲れは見せているものの、体調を崩すことはなかった。
左腕を失ったニコラスは体調こそ悪くないものの、まだ慣れないのか何度もバランスを崩していた。それでも二日目には左腕に 丸盾(ラウンドシールド) を括りつけることでバランスを取り、それほど遅れることはなくなった。
二日後の四月二日の夕方に先行していた兄ロッドたちと合流し、ロックハート家二十四人が再び揃った。出発時に比べブレットとリッキーがいないものの、大所帯であることに代わりはなく、安心感が更に増す。
翌日の四月三日。
リッカデールに近づくと何度か魔物に襲われるようになる。但し、三級や四級相当の魔物ばかりであり、俺が魔法を使うまでもなく瞬殺されていった。
その日の夕方、あと二キロメートルほどというところで祖父に停止の具申をする。
「 地竜(ランドドラゴン) や他の魔物の素材を出します。手分けして持っていきましょう」
地竜たちの素材は 収納魔法(インベントリ) に入れてあった。これは荷物を極力減らすためだ。
「まだ一時間以上掛かるんじゃないか?」と兄が聞いてきたので、
「普段はもう少し近づかないと他の冒険者と出会うことはないのですが、リッカデールの状況が分かりません。ですから念のための処置です」
俺の説明で全員が納得する。ニコラスたちのことを考え、行きよりもゆっくりとした速度で進んでいたため、体力的には余裕がある者が多い。
インベントリから地竜や 多頭蛇竜(ヒドラ) 、途中で狩った 剣牙虎(サーベルタイガー) や 合成獣(キメラ) などの素材も分配していく。
負傷者と祖父、兄以外の全員が荷物を持つ。革でできた大きな袋をサンタクロースのように担いでおり、討伐隊というより仕事を終えた盗賊団のように見えなくもない。
出発後、祖父が俺に話しかけてきた。
「素材を見て思い出したのじゃが、これをどうするつもりじゃ?」
竜退治にいくという設定にしたものの、その先は考えていなかったらしい。
「討伐依頼は出ていませんから、ギルド支部には持ち込みません。リッカデールの職人たちに処理をしてもらってから村に持って帰るつもりです。その方が噂が広がりやすいですから」
今回、ロックハート家が総力を挙げてリッカデールに出向いたことは放っておいても噂になる。皆が納得する理由がないと探りに来る者がいないとも限らず、そうなった場合、ルナの存在に行き着くかもしれない。
そのリスクを減らすために、ロックハート家は俺の要請を受けて、魔族らしい者を倒しにいき、その過程で地竜と 一つ目巨人(サイクロプス) を倒したという話にしようと思っている。リッカデールに来た時に竜退治と言っていたのは魔族を警戒したからだとでも言っておけば大抵の者は信じるだろう。
「地竜とサイクロプスの他に 大魔(グレーターデーモン) の魔晶石があります。それを使って、アクィラの奥地であった魔物の不可解な動きは大魔を操る魔族らしい存在の仕業という話を広めます。実際、漆黒の魔族の姿を見ているので嘘ではありませんし」
「確かにそれがいいね。ロックハート家が竜退治の名声欲しさに動いたと思われるのはいい気分じゃない」
兄がそういうと、ダンも「僕が先行したこともその方が説明しやすいですね」と頷いている。
「それでは皆も忘れんでくれ。今回、我らはザックの要請を受けて魔族らしい者を倒すためにアクィラの奥地にいった。リッカデールに来た時は魔族に知られると厄介だから竜退治の話をした。魔族には逃げられたが、大魔と妖魔を倒し、近くにいた地竜やサイクロプスも倒した。じゃが、あの 魔将(アークデーモン) のことは口にするな……」
全員の認識合わせが終わり、再び出発する。
その後、四級や五級の魔物が出てきたが、俺たちの姿を見て逃げていった。人数だけでなく、地竜やヒドラの素材の匂いを感じたのかもしれない。
午後五時頃、リッカデールに到着した。
ロックハート家の面々は大物の素材を担ぎ、意気揚々と歩いている。
片腕を失ったニコラスや鎧に多くの傷をつけている者が多く、激戦であったことは容易に想像が付く。そのため、リッカデールの人々は「本当に竜を倒してきたようだぞ」と囁くように言い合っていた。ただ祖父たちに馴染みがなく、どう対応していいのか困っている感じだ。
二級冒険者のグラディスが俺の姿を見つけ、
「さすがはロックハートだな。どれだけ倒したんだ」と言いながら近づいてきた。
その顔は笑っているものの、目は笑っていない。そして、「例の敵はどうなった?」と小声で聞いてきた。
「手下は全部倒しましたが、大物には逃げられました。ただ、拠点も引き払ったみたいですから、この辺りにはいないでしょう。後でギルドにはそのことを報告する予定です」
グラディスには俺たちでも敵わない敵がいると話していたので、そのことを気にして聞いてきたようだ。
俺の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべる。
「さすがは 獅子心(ライオンハート) ゴーヴァンということか。お前さんでも絶望するような相手を追い払ったんだからな」
グラディスは俺の思惑通り勘違いしてくれた。
実際には俺たちの方が逃げ帰ってきたのだが、いなくなった相手に無駄に怯え続ける必要はない。舞い戻ってくる可能性はあるが、今でも条件は同じだから問題はない。
宿に入るが、ゆっくりする間もなく、リディとシャロンと一緒に冒険者ギルドの支部に向かう。メルとダンは身体を休めるため宿に残し、ベアトリスは素材の処理を依頼するため別行動だ。
夕方の最も込んでいる時間だったが、依頼達成の報告ではなく、アクィラ山脈奥地の情報提供ということで、すぐに受付され、奥の部屋に通された。
建物に入って数分しか経っていないのに既に支部長が待っていたことに驚く。
「戻ってきたということはある程度解決したと思っていいんだな」
支部長は緊張気味にそう聞いてきた。
「その認識で問題ありません。大魔と妖魔は殲滅していますし、自称ですが 魔将(アークデーモン) も倒しています。それに加え、最も危険だと思っていた魔族らしき人物も逃げ去ったことは確認できています」
「そうか……魔将まで……」といって安堵の息を吐き出すと、
「今回のことは事後だが、重要な情報として一級相当の依頼として処理させてもらう」
事後で一級の依頼になるという話に驚く。
「一級の依頼ですか? 前例がないと思うのですが?」
「私の独断ではなく、総本部からの通達だ。ロックハート家が総力を挙げるほどの事態が起きているなら一級が妥当だと判断したようだ。無論、報酬も用意してある」
祖父たちがペリクリトルを通過した際に総本部で激論が交わされたらしい。その際、俺たちと縁があったランダル・オグバーンがギルド長を説得したと教えてくれた。
ちなみに報酬は一人当たり千クローナ、日本円で約百万円だ。これはロックハート家全員ではなく、冒険者として登録している俺たちザックセクステットとガイだけに支払われる。
「正確な場所や敵の戦力など詳細な情報を教えてほしい。もちろん、今日は疲れているだろうから、明日以降で構わない。何日か滞在するんだろう?」
「怪我人もいますし、素材の処理も頼みたいので二、三日はいるつもりです。報告は早い方がいいでしょうから、明日の午前中にきます」
それで話は終わったと思い、立ち上がろうとした。しかし、支部長から更に言葉を掛けられる。
「君たちはどうするんだ? ゴーヴァン卿たちと故郷に帰るのかね」
「そのつもりですが」と答えるが、その質問の意味を掴みかねていた。
「できれば君たちには リッカデール(ここ) で冒険者を続けてもらいたいのだが」
人手不足は続いており、支部長としても二級冒険者である俺たちに残っていてほしいということだった。
「ご要望には添えません。私たちも村に帰るつもりですから」
「そうか……冒険者を辞めるつもりはないと思っていてもいいのかな……」
探るような感じで聞いてくる。俺たちが冒険者ギルドに不信感を持っていると思っているらしい。
実際、俺の言葉を聞かずに神々の敵を放置する判断をしているから、思うところがないわけではない。ただ、ギルドが対処すると考えてもロックハート家の精鋭でもあれだけ苦戦している。優秀な冒険者を投入しても犬死しただけだろう。
そう考えれば総本部の判断は強ち間違っていなかった。
「今のところ辞めるつもりはありません。ただ、山に篭り続けていましたから、少し休みたいというのが正直なところです」
「そうか。疲れているところ済まなかった。話は以上だ」
ギルドを出た後、リディが「ギルドも必死ね」とボソリと呟いた。
「そうだな。まあ、俺たちがいなくなったら普通の依頼でも滞りそうだし仕方ない」
俺がそう言うと、シャロンが「そうですね」と相槌を打つ。
「でも、私たちがそれに付き合う必要はありません。自由が信条の冒険者なのですから」
俺の考えもシャロンと同じだ。
前例のない扱いをしてまで俺たちを引き止めたいのだろうが、ルナに関わることができない状況でここにいることはリスクが大きい。
彼女の力量では最前線であるリッカデールに来ることはないだろうが、依頼の関係で俺がペリクリトルに行くことは充分に考えられる。
第一、俺自身の心の整理ができていない。
神々が言うようにルナのことを放り出して自分のやりたいことをやっていいのか、それは彼女に対して不誠実なことではないのかと考えてしまうのだ。
いずれにせよ、一度村に帰って気持ちをリセットすることに代わりはない。
宿に戻り装備を外して食堂に行くと、既に宴会モードに突入していた。多くの冒険者がロックハート家の面々に話しかけている。
さすがに祖父やウォルトらベテランに馴れ馴れしい態度の者はいないが、三十歳前後の従士たちには二級や三級のベテラン冒険者たちが話しかけていた。彼らはアクィラの奥地の情報が気になっており、話しやすそうな同世代の従士たちに酒を勧めていたようだ。
「遅かったじゃねぇか」とグラディスが声を掛けてきた。
「支部長に情報提供をしてきましたからね」
「そんな話はいいだろ! ザックたちもさっさと席に着けよ」と他の冒険者が声を上げる。
その声に片手を上げて応え、祖父たちのいるテーブルに向かう。
祖父は兄とウォルトとテーブルを囲み、話しかけてくる冒険者に笑顔で応えていた。
「ご苦労じゃったな」
「いえ、ギルドは今回のことを割りと真面目に捉えていたようです。これもおじい様のお陰ですよ」
「どういうことじゃ?」と首を傾げたので、ギルドでのことを掻い摘んで話した。
「そうか。これでギルドが危機感を持ってくれればよいのじゃが……」
祖父も安堵しつつも未だに不安が残っているようだ。
それでもすぐにロックハート家らしい陽気さを見せ、冒険者たちと酒を酌み交わしていった。
俺はリディやベアトリスたちのテーブルに向かう。そこには病み上がりのダンもいた。
「ダンも二級に上がるぞ」というと、
「二級にですか? ついこの間に三級に上がったところですが」
「今回の情報が一級の依頼扱いになった。三級なら一発昇級だ」
その言葉に驚きを隠せないのか、目を丸くしている。
通常、三級から二級に上がるには五年近い年月が掛かる。
ここリッカデールならともかく、他の土地では二級や三級の依頼自体が少なく、昇級の条件を満たすことが難しい。
まして一級の依頼はここリッカデールですら年に数件しかない。当然、二級のパーティが受けるため、三級冒険者が一級の依頼を受けることはほとんどないのだ。
「ガイも二級になるから、ジェークス家は二代に渡って二級冒険者を輩出することになるな」
「冒険者の名門ね」とリディが茶化す。
「シャロンもいるから、親子三人が二級ということだね。そんな話は聞いたことがないから、ギルドでも初めてのことかもしれないよ」
ベアトリスの言う通り、兄弟で二級冒険者という例はあるらしいが、親子二代に渡り、更に同時に三人が二級冒険者という例は聞いたことがない。
「僕も父も運がよかっただけですから。本当なら一級の依頼になんてならないはずなので」
ダンはそう言って謙遜するが、
「もっと自信を持ちなさい。ガイさんもあなたもロックハート家の斥候なのよ。二級でも全然おかしくないんだから」
メルがそう言って叱咤する。
その夜はいつもより早めにお開きになった。
俺たちはそれほど疲れていなかったが、グラディスたちが遠慮したためだ。
自分では疲れていないと思っていたが、十日ぶりに快適な寝台に身を横たえると、すぐに夢の世界に旅立った。