作品タイトル不明
第七十一話「神々との邂逅」
三月三十日、午前八時頃。
今俺はガイ・ジェークスと共に神々の敵、漆黒の魔族が潜んでいた洞窟に来ている。
魔将(アークデーモン) アシュタルを倒したものの、敵が 行動(アクション) を起こさないため偵察に来たのだが、敵の気配は全く感じない。
しかし、圧倒的な力を持っている相手だ。気配はないし、いないのではないかと予想しているが、万が一遭遇したら間違いなく命はない。
その緊張感から嫌な汗が止まらない。
「私が先行します。ザック様は 入口(ここ) でお待ちください」
ガイがそう言って、いつも通りの慎重な足取りで中に入っていく。彼自身も俺と同じように緊張しているようだが、さすがはベテラン、そうした素振りすら見せない。
本来なら魔法的な罠を考慮し、俺も同行すべきだが、リスクを分散する意味で、斥候の専門家である彼に任せている。
敵を見つけたらガイを見捨ててでも俺が情報を持ち帰る必要があるためだが、あの敵に意味があるのかと思わないでもない。
洞窟を覗き込みながら待っていると、一分ほどでガイが戻ってきた。
「敵の姿はありません。奥は軽く覗いただけですが、危険な気配は感じませんでした」
「そうか……なら、今度は俺が偵察に行く。お前は離れたところで待機してくれ」
「了解しました。ですが、危険を感じたら即座に撤退するか、合図をください。お一人で行動を起こすことがないようにお願いします」
「分かった」と言って頷くと、ガイは渓谷の反対側の斜面に向かって走っていった。そして、百メートルほど離れたところで手頃な岩陰に入ると静かに気配を消す。
それを確認した後、ゆっくりと洞窟に視線を向けた。
洞窟は直径三メートルほどの半円型で、自然にできたものにしては形が整っている。自然にできた洞窟を魔法によって拡張したものだろう。
見える範囲の奥行きは十メートルほど。その先が右に曲がっており、ここからは見えない。
偵察に行ったガイの話では緩やかにカーブしながら延びており、見える範囲では十メートルほど先まで続いているということだった。
但し、奥まで行っていないので、更なる通路や扉があるかは不明だ。
腰に吊るしていた愛剣を引き抜く。
アダマンタイトの剣だが、アシュタルの爆発に巻き込まれ、一時は完全に失われたと思っていた。しかし、爆発の跡を確認した従士たちの手で俺の手元に戻っている。
聞いた話では入口側の地下室の岩壁に突き刺さっていたそうだ。
あれほどの爆発の衝撃を受け、更に頑丈な岩に突き刺さったにもかかわらず、名工ウルリッヒ・ドレクスラーのアダマンタイトの剣は曲がることも欠けることもなかった。
ただ、グリップの滑り止めの革は完全に剥がれており、持っていた布を巻いて応急の滑り止めにしている。
剣を右手に持ち、慎重に洞窟に入っていく。
足音を立てないように注意しながら進み、更に時々止まって周囲を確認するが、敵どころか、ネズミやコウモリなどの小動物の気配すらしない。
水が流れている感じもなく、村で作った地下保管庫のような印象を受ける。
曲がり角まで二十秒ほどかけて移動し、そこから奥を覗き込む。ガイが言う通り通路が続いているが、それも緩やかにカーブしているため行き止まりが見えない。
気合を入れて先に進む。
ひんやりとした空気が奥から流れてきた。思ったより広く、更にどこかに空気穴のような吹き抜けがあるらしい。
十メートルほど進むと、洞窟の先が見えてきた。
更に五メートルほど先が部屋になっているようだが、視力強化のスキルを持つ俺でも奥まで見通せない。
壁に背を付けるような感じでゆっくりと奥に進む。ここまで来ても敵の気配はない。予想通り漆黒の魔族はいないようだ。
先の部屋の様子が徐々に明らかになる。
奥行きは二十メートルほどで更にその奥には扉があった。以前、アクィラの山を調査した時に見た古代遺跡の作りに似ている。
その扉は開け放たれており、大理石のような石材でできた通路が見える。
部屋の右奥を覗き込むと、そこには祭壇があった。
その祭壇は十二柱の神々の物とは異なるもので、唐草模様のような曲線を多用した文様が複雑に絡み合い、見ていると魂が吸い込まれそうな気分になる。
ここまで来て敵の気配がないことから当初の目的は達した。
本来ならここで撤退すべきだが、祭壇が気になる。
漆黒の魔族が何をしていたのか、どこにいったのかの手掛かりが見つかるかもしれない。ガイには単独行動を戒められていたが、確認だけだと自分に言い聞かせて、足を踏み入れた。
次の瞬間、俺の視界が暗転した。
視界が暗転したのは一瞬のことで、すぐに元の明るさになる。
(罠だったのか!)
後悔するものの、剣を握り締めて周囲の変化に注意を向ける。
見た目は先ほどの部屋と全く同じ造りだった。しかし、決定的に違うことがある。
それは空気というか雰囲気だ。
先ほどまでは生き物の気配もなく、墓地か古い遺跡のような雰囲気だった。しかし、今は精霊たちの息吹を感じるほど生命力に満ちている。
神聖さというか、荘厳さというか、古くからある神社や寺院のような凛とした空気を感じたのだ。
『ここは安全だ……』
突然頭に声が響く。
慌てて周囲を見回すと、祭壇の前に十一人分の人影があった。
いつの間にと思ったが、すぐにその存在が神々であると分かった。
「私をこの世界に呼んだ神々でしょうか」
確認というより、話のきっかけを作る意味で聞いただけだ。
『然り』
中心に立つ鷲の翼を持った美丈夫が小さく頷く。
神々がこのタイミングで出てきたことに疑問を持つ。
「なぜこの場に姿を現したのでしょうか? 私が失敗したからでしょうか?」
『我らは失敗したとは思っておらぬ。 闇の神(ノクティス) の御子はまだ覚醒しておらぬが、そなたが教え導いたことは必ず実を結ぶ』
「しかし、私はあなた方が遣わした者、ルナを導くことに失敗しました。そして、今回もあの漆黒の魔族、いえ、あなた方の敵から逃げようとしています。あの存在がこの世界に放たれることを防がねばならなかったのではないのでしょうか」
『気にする必要はない。既にあの者は別の場所に移っている……』
「別の場所に移っている……」と思わず呟くが、神はそのまま話を続けていた。
『……あの存在はそなたの、否、人の子に倒せる存在ではない。我らが総力を挙げても倒し得ぬ存在なのだ』
神々にも倒せない存在と聞き、耳を疑う。そんな存在を俺たちにどうこうできるわけがない。もちろん、ルナにもだ。
俺の心の声が聞こえたのか、
『ノクティスの御子、そして、すぐにでも召喚される 光の神(ルキドゥス) の御子が力を合わせれば、ごく短期間ではあるが封印できる……』
「短期間……」と思わず言葉が漏れる。
鷲の翼を持った神に代わり、後光を背負った美丈夫が話を引き継ぐ。
『そなたに認識できる時間の概念で言えば数千年に相当する。これを短いと見るか長いと見るかは別の次元の話であろう』
「数千年ですか……」と安堵する。
俺が今までやってきた結果が数千年単位の平和に繋がるなら、苦労した甲斐がある。もっともそれを成し遂げるのは俺ではなく、ルナともう一人の存在なのだが。
再び鷲の翼の神が話し始めた。
『そなたの役目は終わった。これより先はそなたの好きなように生きるがよい』
「役目が終わった、ですか? まだ、ルナは半人前のままですが?」
『これ以上の干渉は不要。否、害となる。既にそなたは干渉しすぎている。あの存在に戦いを挑む必要はなかったのだ。その行為により敵に付け入る機会を与えることになった』
あの戦いが無駄どころか害があると言われ、無意識に神々を睨みつけていた。
祖父を始め、ロックハート家の者たちは俺の使命のために命を賭けて敵と戦った。そして、ブレットとリッキーは命を落としている。それが邪魔な行為だったと言われたことに腹が立ったのだ。
俺の怒りが伝わったのか、俺たちの行動を肯定するようなことを言ってきた。
『だが結果として、ノクティスの御子を守ることになったことは事実。もし、そなたらが動かねば、御子があの者の手に渡った可能性は否定できない』
「それなら私たちの行動は正しかったのではないのですか」
俺たちの努力を認めてほしかった。何も分からない状況で死を覚悟したことを無駄な努力と言われたくなかったのだ。
『そうとも言えぬ。そなたらの干渉が敵に行動の自由を与えたことも、また事実。仮にノクティスの御子があの者の手に渡ったとしても、ルキドゥスの御子が取り戻しただろう。その未来をそなたらは変えたのだ……』
頭がついていけず、「未来を変えた……」と呟くことしかできない。
『……今ならまだこの世界の未来は見えている。だが、今以上に敵が自由に動けば、その未来はただの可能性の一つに過ぎなかったことになるのだ』
「未来が見えなくなるということですか? それはこの世界が終わると……」
『然り。今ならまだ御子たちによって世界は救われる。だが、あの者にこれ以上の行動の自由を与えることは我らの制御の範囲を超える。すなわち、世界の終焉を迎えるということなのだ』
徐々に怒りが湧いてくる。
「これ以上、私が手を出せば世界が終わると……つまり、あとはルナともう一人の人物にすべてを委ね、引っ込んでいろということですか?」
『然り。この先、あの者との決着がつくまで御子に直接関わることを禁ずる。そなたが会えば、御子の行動に 偏向(バイアス) が加わる。それにより敵に行動の自由を与えることになるだけでなく、御子自身の力を削ぐことになりかねぬ』
「……ルナを村に連れ帰るどころか、会うことすらできないと?……」
『然り』
そこで俺の怒りが爆発した。
「ふざけるな……」
その時、俺の脳裏には死んでいったブレットとリッキー、そして命を賭けて戦い傷付いたメルとダンの顔が浮かんでいた。
「勝手なことばかり言うな! お前らは俺にルナを守れと言ったはずだ! それが今になって用済みだから手を出すなだと!」
『干渉を防ぎ、庇護してほしいと依頼したことは事実。また、道を拓くために教え導いてほしいと頼んだことも事実。だが、そなたの役目は既に終えたのだ』
鷲の翼の神は俺の剣幕に特に何も感じないのか淡々と反論する。それが更に俺の怒りに油を注ぐ。
「あんたらは守れといった! その結果が二人の仲間の死だ! あいつらは大切な家族を残して死んだ!……」
感情が制御できない。ここで神々に文句を言っても仕方がないと頭では分かっていても言わずにはいられなかった。
「……その死が無駄だったとは言わせない! お前らには人の心が分からない。そんな奴らの言いなりにはならない! それが嫌ならお前ら自身の手で強制的に排除すればいい!」
完全に切れた。
神だろうがあまりに理不尽な言葉に怒りを抑えられなかったのだ。
別の神が一歩前に出る。漆黒の髪と白皙の肌、柔らかな笑みを浮かべた美女だった。
『私の御子をこれまで守ってくれたことに感謝します。そして、今もなお気にかけてくれることも……』
どうやらノクティスらしい。
『……しかし 天の神(カエルム) が言ったこともまた事実なのです。我が御子を守りたいと思うのであれば、直接的な干渉は逆効果なのです。あなたなら理解してくださると信じています』
安寧を司るノクティスの言葉の影響なのか、僅かだが怒りが収まる。
「直接的な干渉は逆効果というなら、間接的な干渉なら問題ないということか?」
ノクティスは僅かに眉を顰める。
『必ずしもそうとは言えません。世界への干渉は我々では判断がつかない部分が多いのです。ですので、敵に付け入る隙を与えないように慎重に当たらねばなりません』
「ルールが明確じゃないから、やばそうなことはするなと……」
『その通りです。ここまで尽くしてくれたあなたに酷なことを言っている自覚はあります』
ノクティスは済まなさそうな表情を浮かべ、小さく頭を下げた。それで少しだけ冷静になれたが、未だに納得はしていない。
頭が冷えたことで神々の言っていることを考え直す。
(この世界のルールって奴が何を指すのかは分からないが、神の意思に従う者は神と同義となるってことなんだろうな。だから、神々の意向を受けた俺が動くことはNGということか……ルナには俺以外のサポートが入る。それもルキドゥスの御子と呼ばれる存在が。恐らく、そいつは神々の声を聞いていないんだろう……)
そこまで考えたところで神々に向き直る。
「言いたいことは理解したと思う。俺を含め、あなたたちの存在を知っている者が彼女に関わることは敵に力を与えてしまう。だから、彼女自身のために手を引かなければならない。そういう理解でいいんだな」
そこでカエルムが『然り』と言って大きく頷く。
『そなたの気持ちをもう少し考えるべきであった』と反省の言葉を口にする。
謝罪の言葉を聞き、怒りが収まっていく。
『あなたには感謝しています。私たちが想定していた以上に御子に力を与えてくれたのですから』
「想定していた以上に?」
『ええ、あなたが築き上げた人脈は必ず我が御子の力になります。守ってくれたこともそうですが、あの子に力を与えてくれたあなたに感謝しかありません』
人脈とは鍛冶師ギルドのことを指すようだ。確かにルナはドワーフたちに気に入られたが、それは彼女自身の努力の結果でもある。
「納得はできないが、ルナのためというなら今後接触しないようにする。もちろん、向こうから会いに来たら快く迎え入れるが」
『それで構いません。それでは』といってノクティスが消える。
更に他の神々も消えていくが、まだ聞きたいことがあった。
「待ってくれ! まだ聞きたいことが……」と言おうとすると、
最後まで残っていたカエルムが『いずれまた 相見(あいまみ) えよう……』と告げ、消えていった。
その身勝手さに残された俺は途方に暮れる。
(それにしても言いたいことだけ言って消えやがった。勝手な連中だ……あの敵が何者なのか確認したかったんだが……恐らく 虚無神(ヴァニタス) だと思うんだが確証がない……それにどこに行ったのかも聞いておきたかった……)
更に聞きたいことがあった。それはこの世界で目覚めた直後に夢の中で聞いた謎の言葉についてだ。
(あの時は認識できないと言っていたが、今なら認識できるかもしれなかった。昔から気になっていたんだが……まあ、いずれ会えるからその時に聞けばいいんだが……)
釈然としないが、少なくとも危険が去ったことは間違いない。
祭壇と奥の通路を簡単に調べるが、祭壇には紋様が描かれているだけで何もなく、通路も土砂に埋もれて手掛かりらしいものは何一つなかった。
(みんなのところに戻るか……)
そう考え、洞窟を後にした。