軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十三話「帰還」

四月六日。

アクィラの奥地からリッカデールの町に戻り、三日が過ぎた。

休養も充分と判断され、今日ラスモア村に向けて出発する。

この間に地竜などの素材の処理が終わっている。リッカデールの職人は大物の処理に慣れているため、皮や鱗、牙などは見事な素材に変わっていた。

祖父の「騎乗!」という命令で二十四人全員が一斉に馬に跨る。

いつもの光景だが、左腕を失ったニコラスも全く遅れずに馬に跨っていた。

これには少しだけ秘密がある。

片腕ではバランスが取りにくいと零していたと聞いたので、義手を作ってみた。その義手を器用に使い、馬に跨ったのだ。

義手といってもアニメや映画に出てきそうな海賊が着ける鉤爪状の簡単なものにすぎない。金属性魔法で鋼を、木属性魔法で木を加工して義手を作り、防具職人に革で留めてもらえるようにしている。

試着してもらった際、海賊のイメージが強く、「悪人っぽくなってしまったな」と言ってしまったほどだ。

ニコラス本人は思いのほか気に入ったようで、

「これなら盾代わりに剣を受けることもできそうですね」と笑いながら言っていた。

もちろん冗談であり、そこまでの強度はない。

全員が騎乗したところで出発の合図が出る。

去年の夏頃にリッカデールに拠点を移してからほとんど馬に乗っておらず、最初はおぼつかなかった。それでも身体が覚えており、すぐに感覚を取り戻す。

ここリッカデールに戻ってからも何となく悶々としていたが、馬を操る爽快感で少しだけ気分が晴れる。

「旅もいいですね」と元気になったメルが馬を寄せて話しかけてきた。

「そうだな。こうやって馬に乗って旅をするのもいいな」

本心からそう思っている。今から故郷に戻るし、楽しいイベントややりたいことが待っているが、それでも風を受けながら馬に揺られるのも悪くはない。

リディも会話に加わってきた。

「村でやることが一段落したら、旅に出ましょう。帝国だと面倒なことがありそうだから、ドクトゥスやアウレラなんかに行きたいわね」

「それがいいですね。ドクトゥスも随分行っていませんし、昔住んでいたところや旧市街にも行きたいです」

珍しくシャロンが積極的に会話に加わる。

彼女も俺が塞ぎ気味だったことを気にしているようだ。

そんな感じでリッカデールから冒険者の街ペリクリトルに向かった。

途中で一泊した後、四月八日にペリクリトルに入った。

この街道は必ずしも安全ではないが、二十四人の猛者を警戒したのか、魔物は一度も姿を現さなかった。

ペリクリトルの北門から街に入ったが、相変わらず活気に満ちており、リッカデールの奥で神々の敵が暗躍していたことが何かの間違いではなかったのかと思うほどだ。

ルナが南地区にいるため、俺たちは商業地区である北地区に宿を取ることにした。

定宿にしていた“荒鷲の巣”にあいさつにいきたいところだが、ルナが泊まっている宿が近すぎるため断念している。

同じ理由でギルド総本部にも行かないつもりだ。

ロックハート家の御用商人であるノートン商会に顔を出し、そこで宿を紹介してもらう。

北地区には商隊の護衛を行う傭兵たちが泊まる宿があり、そこに宿泊するが、地竜などの素材を持った俺たちは異質のようで、傭兵たちから遠巻きに見られていた。

ペリクリトルを後にし、アルス街道を南下する。

四月十三日にアルス街道最大の難所カルシュ峠に入る。

前日、ソーンブローの街で数人の商人たちに峠を越えるまで同行してほしいと頼まれた。ロックハート家と一緒なら魔物も盗賊も出てこないためだ。

祖父も急ぐ旅ではないということと、自分たちが同行するだけで危険が回避できるならと、それを許可している。

峠の頂上付近でハーピーの群れが上空に現れたが、俺とシャロンが魔法を放つと、近寄ることなく、山に戻っていった。

無事に峠を越えると、祖父は父マサイアスに報告を行うため伝令を出すことにした。この先は安全なロックハート領に入るため、少数での行動も問題ない。

伝令はシム・マーロンに決まり、従士長のウィル・キーガンと従士のバディ・リードが護衛として同行する。

四月十四日にロックハート領キルナレック市に到着した。

キルナレックでは市民たちから熱烈な歓迎を受ける。シムたちから話を聞いたらしく、春になったばかりにも関わらず、多くの花びらが用意され、中央道路を進む俺たちに向かってばら撒かれ、花びらの絨毯ができるほどだ。

さながら凱旋パレードで祖父や兄だけでなく、従士たちもそれに手を振って応えている。

キルナレックで一泊した後、懐かしい故郷ラスモア村に向かう。

およそ一年半ぶりの帰郷だ。

アルス街道から村に向かう道に入る。西の森独特の長閑な雰囲気を楽しみながら、馬を進めていた。

いつもは泰然としている祖父が珍しく落ち着きがない。馬を寄せて声を掛ける。

「どうかなさいましたか」

「うむ。村を離れたのは久しぶりでの。何とも言えぬ気分になっておっただけじゃ」

父や兄は比較的頻繁に領地を離れているが、祖父は移住してからほとんど村を離れていない。村を離れる時は東の森やアクィラの山に入るだけで、西の森に入るのは久しぶりだと言っていた。

「おじい様もたまには旅に出てもいいかもしれませんね。村のよさが改めて分かりますから」

「そうじゃな」と言うものの、それ以上口を開かず、周囲の木々を見ながら馬を操っている。

正午頃、西の森が途切れた。

下水処理場の管理小屋が見え、更にその向こうには連なる丘が見えている。

春になったばかりということもあり、冬まきの麦は青々とした葉を見せ、麦以外の牧草地も芽吹いたばかりの若草色に染まっている。根菜類の畑はまだ茶色いままだが、そのコントラストが美しい。

そんなことを思いながら村に入っていく。

フィン川に架かる橋を渡ると、村人たちが道沿いに待ち構えていた。皆笑顔で帽子やスカーフを振り、「お帰りなさい!」と大声で叫んでいる。

「何度帰ってきても同じこと思うわ。ここが私の故郷だって」

リディがしみじみと言いながら手を振っている。その横ではベアトリスが槍を掲げながら笑顔で応えており、メルやシャロンも大きく手を振っていた。

村の中心部は更に多くの人で溢れていた。

東ヶ丘や西ヶ丘の住民たちも集まっているようで見知った顔がところどころに見える。

北ヶ丘を抜けると更に懐かしい館ヶ丘が正面に現れる。レンガ色の防壁と監視塔、そしてスコッチの貯蔵庫が並んでいる。

更に頂上付近には俺が作ったロックハート城が春の陽を受けて輝いていた。

真珠のような純白の壁と熱帯の美しい海のようなコバルトブルーの屋根。窓ガラスを多用しており、城全体がキラキラと輝いていた。

城の下には兄や騎士たちの住居が並んでいる。こちらも同じ色合いの建物で、リゾート地の美しいコテージのような佇まいだ。

「本当にきれいね。帝都の貴族が自分の領地にも作ってほしいっていうのがよく分かるわ」

リディが言う通り、三年半前にロックハート城を建設してから多くの引き合いが来ているそうだ。俺は一年半前に村を出ているので直接聞いていないが、対応した兄が苦笑交じりで教えてくれたのだ。

「他の貴族も大変だったけど、シーウェル侯が一番大変だったよ。これほど美しい城は見たことがないと言って予定を変更して一ヶ月近く滞在したんだから……あの時、ザックがいたら侯爵閣下に拉致されたと思うよ」

「拉致はないでしょう」と笑うと、兄は真面目な顔で首を小さく横に振った。

「いや、間違いなく拉致されたね。何度もザックに連絡を取るよう父上に言っていたくらいだから。イグネイシャス様が取り成してくださらなかったら、本気でペリクリトルに乗り込んだと思うよ……」

シーウェル家の家宰、イグネイシャス・ラドフォード子爵の取りなしで問題にならなかったらしい。

まあ、シーウェル侯にはいろいろと世話になっているので余裕ができたら建てに行ってもいいのだが、行ったら他のことでもいろいろとやらされそうで、半年程度の滞在ではすまないとためらっている。

館ヶ丘の城門をくぐるとスコットたち蒸留所の職人たちや学校に来ていた子供たちが出迎えてくれた。彼らにも手を振って応え、更に丘を登っていく。

城の前には父たちが待っていた。

祖父が父の前で馬を下りると、全員がそれに倣う。

「此度の出征、お疲れさまでした。概要はシムより聞いております」

父は祖父に労いの言葉を掛ける。更に俺たちに向かい、

「全員、ご苦労だった! 今日は家族の下でゆっくり休んでくれ!」

その言葉でその場は解散となる。ロックハート家らしい簡潔な出迎えだ。

俺たちは従士たちに馬を預け、父に続いて城に入る。

ダンは俺たちとは別行動だ。城の前に婚約者のエレナが待っており、涙混じりの笑顔で抱き締められていたからだ。

城に入ったところで母ターニャが「お帰りなさい」といって抱き締める。

「ただいま帰りました、母上」

そう言って母の抱擁を受け入れる。

母はリディ、ベアトリス、メル、シャロンと順に抱き締め、最後に兄を抱き締めたまま僅かに涙を浮かべていた。

「みんな無事でよかったわ……」

祖父が死を覚悟して出発しており、全員が生きて帰ってくるとは思っていなかったのだろう。

「私たちは無事でしたが、ブレットとリッキーが命を落としております。ニコラスも腕を……それでも幸運でした。最悪の場合、全滅していたかもしれませんので」

「そうね。あとでブレットたちの家族の様子を見てくるわ」

そういいながら涙を拭いていた。

その後、兄は妻ロザリーと抱擁し、子供たちを抱き上げて無事帰還できた喜びを感じているようだ。

装備を外した後、祖父、兄、シャロンと共に父の執務室に入る。

「シムから聞いているが、お前の役目が終わったと神から言われたというのは本当なのだな」

父は真剣な表情で、単刀直入に切り出した。

「はい……ルナに関わることも禁じられました」

「そうか……それで今後のことだが、お前たちが見た漆黒の魔族はどう動くと考える? この村に影響が出ると思っておいた方がよいのだろうか」

父の懸念は領主としてもっともなことだ。しかし、俺にもはっきりとしたことは分からない。

そのことを告げると、「そうか」と言って黙り込んでしまう。

「よろしいでしょうか」とシャロンが発言を求めた。

父がそれに頷くと、シャロンは自分の考えを披露していく。

「影響は少ないと思います。もちろん、世界全体に激震が走るようなことが起きるとは思いますが、少なくともこの村を狙ったことが起きるとは思いません」

「なぜそう思うのだ?」

「ザック様のお話では、この先はルナさんともう一人の神々の遣わした者が主役となります。ですが、今回の件で敵はロックハート家に対して強く警戒するでしょう。そして、当家に手を出すには自分が直接手を下さねばならないと考えるはずです。もしそうならば神々の言葉を考えると、あの敵が自ら動くことはないと思います」

「うむ。だが、 魔将(アークデーモン) クラスが指揮官となって攻めてくることは考えられるのではないか?」

「それはあるかもしれません。ですが、この村の防備は完璧です。ルナさんたちに対応しつつ、この村にまで攻撃を仕掛けるには多くの戦力を割かないといけませんから、戦力の分散を嫌うなら大規模な侵攻はないと考える方が自然だと思います」

「ルナを動揺させるために村に何か仕掛けてくる可能性はあると思うが」と俺がいうと、

「その可能性は残っていますが、それだけのためにザック様がいらっしゃるこの村に戦力を送り込むことはしないと思います。嫌がらせ程度のことならあり得るかもしれませんが、その程度のことをするために貴重な戦力を失うリスクを冒すとは思えません」

シャロンの考えは合理的だ。

ただそれは人間レベルでの考えであって、相手が 虚無神(ヴァニタス) であれば、神の視点でものを考える。俺たちには見えないものも見えているだろうから、安易に判断することは危険だ。

念のため、そのことを指摘しておく。

「シャロンの考えは合理的ですが、あくまで人間と同じ思考をするという前提です。過度の警戒は不要だと思いますが、敵は神と同じ程度の力と視野を持っています。油断はしない方がいいでしょう」

当面の間、警戒を続けることと情報収集は怠らないという方針が決まった。

まだ午後三時頃と夕方の訓練には時間があるため、リディたちとスコッチの貯蔵庫に向かうことにした。

蒸留職人のスコットたちに帰還のあいさつをするためだ。

スコットたちは貯蔵庫で樽のチェックをしていた。その中には俺の知らない職人たちも多く、どこかの街から修行に来ている者たちらしい。

「ご無事で何よりです」とスコットが大きく頭を下げる。それに続いてブランドンとカルバートが頭を下げ、若い職人たちもそれに釣られるようにして頭を下げていく。

貯蔵庫は更に増えて六棟になっており、スコットたちの笑顔を見て、「順調そうだな」といって彼の腕をポンポンと叩く。

「ええ、生産量自体は増やしていませんが、長期熟成用の割合を更に増やしました……」

スコットの話では各地での生産が軌道に乗り始め、特に最大の消費地であるアルスでは蒸留酒造りが始まって六年近くになり、生産量はラスモア村を遥かに凌駕しているという。

他にもウェルバーンやペリクリトル、更には帝都プリムスなどでも販売が開始され、以前ほど三年物の要望は多くはないらしい。

「……そうは言っても、うちの村のスコッチは人気がございまして……」

スコットは苦笑いを浮かべて語尾を濁す。

ラスモア村のスコッチはブランド化されており、三年物でも引く手 数多(あまた) だ。俺もそうだが、スコットも若い三年物より最低八年物、できれば十二年物を主力にしたいと思っている。そのため、三年物の生産を抑えているのだが、ドワーフたちの圧力が強いのだろう。

「いずれにせよ、ザック様が村にいてくださるなら、いろいろとやりたいことができそうです」

唯一、本物の味を知っている俺に相談できることがうれしいらしく、相好を崩している。

「明日にでも蒸留所を見にいくよ。一年半でだいぶ変わっただろうから」

それだけ言ってその場を離れようとしたら、ベルトラムらドワーフの鍛冶師たちが現れた。後ろには彼の妻ミーナや息子であるデュオニスもいる。

デュオニスは五歳になり、ドワーフらしいガッシリとした体つきの少年になっていた。

他にもフォルカーやローデリヒらもおり、全員がニコニコと笑っている。

「ようやく帰ってきたな!」といってベルトラムが俺の背中をバシンと叩く。

「ああ、ようやく落ち着くと思うよ」

「落ち着く間なぞないぞ! 今年のドワーフ・フェスティバルはゴーヴァンがおらんから延期しておるんじゃ。まあ、昨日のうちに各地の支部に日程を伝えておるがな」

「日程? いつやるつもりなんだ?」

「七月の夏至祭に合わせる。ふた月は見ておかねば、遠くの連中が来れぬからな」

「父上に話をしてあるのか? 俺はまだ聞いていないが」

「忘れておったわ。今から伝えてくる」と言ってドワーフたちを引き連れて城に向かった。

「大丈夫なの」とリディが不安そうに聞いてきたが、

「大丈夫だろう。祭の相談だけなんだから」

そこまで言ったところで、ふと思いついたことがあった。

(いつもなら最短の期間でやるのに、今回は二ヶ月半も先だ。ドワーフが酒の祭をするのに、どうしてこんなに時間が空くんだ? 嫌な予感がしてきた……)

そのことを口にすると、ベアトリスも「そうだね。何を考えているんだろうね」と首を傾げている。

メルとシャロンにも聞いてみるが、どちらも首を傾げていた。

(何も起きなければいいが……だが、こんなことを心配できるようになったんだな。少しずつ元の生活に戻していきたいものだ……)