作品タイトル不明
第六十話「決戦準備」
三月二十六日の午後六時頃。
夕方、祖父たちが 大魔(グレーターデーモン) と戦った。ロックハート家の圧倒的な戦力の前に二級相当の魔物である大魔も手も足も出ずに敗れるかに思えた。
しかし、最後の瞬間、大魔は自爆攻撃を仕掛けてきた。その爆発力は巻き込まれたら命が危ういと思わせるほど強力なものだった。
幸いなことに祖父ゴーヴァンがいち早く異変に気づき、近くにいた者たちは避難することができたため大きな損害は出なかったが、自らの命を捨てて戦力を削ろうとする姿に戦慄を覚えた。
夕食を摂りながら敵への対応について話し合う。
「恐ろしい敵じゃ。あと二体、大魔がおると考えると、戦い方を考え直さねばならん」
今まで確認できている大魔の数は三体。ここ最近は二体しか見ていないため、他の魔物との戦いで倒された可能性はあるが、別働隊を率いていることも考えられるので油断はできない。
俺たちの採ろうとしている作戦は、今いる拠点に敵を誘い込んで各個撃破するというものだ。しかし、相手が自爆攻撃を掛けてくる可能性があるのであれば、考え直す必要がある。
この狭い地下室であれほどの爆発を起こされたら、遮蔽物があっても衝撃波でダメージを受けるためだ。
「そうですね。それに今回の件で敵はこの辺りに我々が潜んでいることに気づいたと思います。だとすると、おじい様のおっしゃる通り、戦い方を考え直したほうがいいかもしれません」
俺がそう言うとシャロンが手を上げる。祖父が小さく頷いて発言を許すと、小さな声で話し始めた。
「一旦、別の場所に移動してはどうでしょうか? 大魔を一体、妖魔を三体倒しています。敵の戦力を削るという作戦としてはまずまずの成果だと思います。ですが、このままここにいれば、敵の主力が攻めてきます。別の場所で奇襲を掛ける方が勝率は上がるのではないでしょうか」
「一理あるが」と祖父はいい、全員の顔を見てからその考えを否定する。
「移動しても無駄じゃろう。敵は我らのことに気づいておる。移動中に襲われれば今回以上に危険になることは間違いない」
祖父の意見にリディが反対する。
「私はシャロンの意見に賛成よ。この場所で迎え撃つにしても、あれだけの力を放出できる相手に地下で戦うというのは無謀だわ。それにここだと逃げることもできないのよ」
そこでバイロンが手を上げて発言を求めた。祖父が認めると、俺の方に視線を向ける。
「ザカライアス様にお尋ねしたいのですが、あの爆発を抑える方法はないのでしょうか」
俺もそのことを考えていた。
「爆発自体を抑えるのは難しいだろうな。あの時間じゃ、 岩の壁(ロックウォール) の魔法では間に合わない。それに奴を即死させても爆発を止められるか分からない」
「では手はないと」
「いや、対応策がないわけじゃない」
俺の言葉に全員が視線を向ける。
「倒す時に自爆させなければいい」
「それはそうなのですが……」と当たり前すぎる答えにバイロンが困惑する。
「奴が自爆したのはおじい様たちを道連れにするためだ。もし、奴の主人か上位者が近くにいれば、自爆という選択は採らない。近くにいなくても、俺たちを道連れにできないとなれば自爆することはないだろう」
「つまり、大魔と戦う場合は自爆するものと考え、我々を道連れにできないタイミングで倒すしかないということですか……あれだけの敵に難しい注文のような気はしますが……」
「確かに難しいが、自爆すると思っておけば何とかなると思う」
実際、もう一度相手にすれば自爆しないように倒すことは可能だ。
あくまで推論の域を出ないが、あの爆発は精霊の力の暴走を利用したものだろう。
魔法は精霊たちに目的を与えて必要な事象を起こさせるものだが、明確な目的を与えずに精霊の力だけを取り出そうとすると魔法が暴走する。その際に爆発という現象が起きることは魔術学院などの研究で明らかになっている。
だとすれば、精霊の力が見えるリディが警告すれば、暴走するほど魔力を与える前に止めを刺せる。
それでも爆発するなら別の要因だが、爆発までに十秒ほど時間があるから予め退避場所を作っておけば逃げられないことはない。
例えば、決戦用の場所に蓋ができる蛸壷のような穴を掘っておけば少なくとも爆風の影響を受けることは避けられる。
「では、大魔の自爆については対応できると考えてよいのじゃな」
「お任せください」と自信有り気に答えておく。
実際には確実に対応できるか微妙だが、皆を不安に陥らせる必要は無い。
「ならば、地下に誘い込む策は継続じゃ。ザック、あとどれほどで完成する?」
「明日の朝までに戦える程度には完成します。罠を設置するなら明日の夕方以降という感じですね」
俺としては可能な限り罠を設置したいと考えている。
魔族や妖魔系の魔物が地下 迷宮(ダンジョン) での戦闘にどれほど通じているかは分からないが、元の世界の知識を使った罠なら一度くらいは効くはずだ。
姑息な手段と言われようが、可能なことは何でもやるつもりでいる。そのためには資材と時間が必要だ。資材の方は 収納魔法(インベントリ) に魔道具の素材が放り込んであるので何とかなるが、問題は時間の方だ。
敵がどういう索敵方法を採っているかは分からないが、どこに誰を派遣したかは把握しているはずだ。そうなると、戻ってこなかった斥候が通ったルートを確認すれば、俺たちが手を加えたこの場所が見つかることは時間の問題だろう。
俺の勝手な予想だが、大魔という主力まで失ったとなれば、合理的な思考の持ち主なら最大の戦力で動く。そうなれば、遠距離から俺たちを発見した敵の親玉、漆黒の魔族らしき男が出てくることは間違いない。奴が出てくれば、隠れていても見つかってしまう。
「ならば、今以上に魔力の残量に注意しながら作業を頼む。お前の魔法が鍵になることは忘れんでくれ」
「了解です。七割くらいは常に残すようにします。それでも完成する時間はほとんど変わりませんので」
完成時間は変わらないが、俺の作業インターバルが更に短くなり、三十分作業し、三時間休むという形になる。疲れが完全に抜けるか微妙な時間だが、この程度の無理は酒関係の作業でやっているから慣れている。
こう考えると、酒造りも神々の敵との戦いの役に立っていると思えてきた。
「奴が出てくるのでしょうか?」とダンが発言した。
「常識的に考えれば出てくるじゃろう」と祖父が答える。
「そうすると、ヘクターさんたちの配置は今のままで大丈夫でしょうか? あの場所だと逃げ場がありませんが」
ヘクターら弓術士は渓谷の南側の斜面に潜み、奇襲を掛けていた。しかし、探知能力の高い親玉がいるなら奇襲は難しく、逆に各個撃破される恐れがある。ダンはそれを懸念したのだ。
そう言っている彼も危険だ。
斥候であるダンとガイは渓谷の崖の最上部から周囲を見張っている。そのため、彼らも見つかったら逃げ道がない。
「確かにその懸念はあるな。それを言ったら、お前とガイも危険なんだが。おじい様、どうされますか?」
祖父もダンの懸念に気づき思案するが、ヘクターが先に意見を言った。
「我々はあの場所にいようと思います。ただし、リディアさんとシャロンには地上に移ってもらいますが」
ヘクターは清々しい表情でそう言い切る。
主戦力である魔術師を無為に失わないように提案したのだ。
同じ弓術士であるマーク、フレディ、ジェイクの三人も尊敬するヘクターの意見に笑顔で頷いている。
彼の考えは分からないでもない。
弓での攻撃は打ち上げると一気に威力が弱くなる。そのため、少しでも高い位置から攻撃した方がよい。
しかし、魔法は打ち上げが不利になるものもあるが、必ずしも下からの攻撃が不利になるわけではない。特にシャロンの魔法は重力を無視するようなものが多く、生存確率が高い地上に配置した方がよいと考えたのだろう。
ヘクターの提案に祖父は一瞬表情を曇らせるが、「よろしく頼む」といって承認した。祖父としても勝率を少しでも上げるために苦しい選択をしたのだ。
今の作戦では俺が作った地下室で雌雄を決する予定だ。地下室自体は狭く、十人以上の剣術士、槍術士がいる状況では、弓術士の出番はない。逆に狭すぎて行動の妨げになる恐れすらある。だから、ヘクターたちの提案を認めたのだろう。
しかし、俺がそれに反対する。
「弓術士も地下での戦闘で役に立ちます」
「どういうことじゃ?」
「決戦場となる地下室の天井は高さを上げていますから、少し細工するだけで後方からも攻撃が可能です」
「しかし、屋外でこそ弓の特性を生かすことができるのではありませんか?」
そう言ってヘクターが反対してきた。彼は長弓の利点である遠距離攻撃を捨てることに疑問を呈したのだ。
「いや、今回はヘクターの腕をもってしても敵に先制攻撃の機会を与えることになる。何といっても相手は五百 m(メルト) も先から俺たちの気配を察知したんだ。真上から炎系の魔法を使われて全滅するのがおちだろう」
そう言った後、祖父に向かって更に提案をする。
「我々は魔法による攻撃を恐れながらも、森の中で追撃されることを恐れて動けなかったという風に見せた方がよいでしょう。地上で戦ったものの勝ち目がなく、止むなく地下に逃げ込むという感じがです。いきなり逃げ込めば罠があると言っているようなものですから」
「うむ……」と祖父が唸る。
「私もザック様に賛成です」とシャロンが発言する。
「狭い場所に全員が入って一網打尽になる恐れもありますが、広い場所でもあの敵に狙われたら助からないと思います。敵もあれだけの力を持っていれば私たちを恐れることはないでしょう。ですから、地下に誘い込む策は続けるべきです」
シャロンの言葉に祖父は「うむ」と言って頷くが、決断は下さない。シャロンは更に説明を続けていく。
「地下に入ってしまえば敵が一度に戦えるのは多くて二体です。逆にこちらは場所さえ上手く選べば前衛で四人、更に槍術士が後ろから攻撃できればそれだけ手数を増やせます。それに高さが確保できるなら、弓術士による攻撃も可能かもしれません」
シャロンの説得が功を奏したのか、「よかろう。ザックの案でいく」と祖父は決断した。
ダンたちについても地上で迎え撃つ部隊に入ることになった。これはいくらダンたちの索敵能力が高くても敵の方が先にこちらを発見できるためだ。仮にあの漆黒の妖魔が来なくとも地上に誘い込むことに変わりないから、崖の上から見張りをする必要性は低い。
その夜は地下室の仕上げを行った。
まず、今まで拠点として使っていた部屋と奥に繋がる通路に密閉性の良い扉を取り付ける。更にL字に曲がった先の決戦の場にも扉を付けている。
この扉は毒の霧や煙などの絡め手を使われることを想定しているだけでなく、罠の一部にもなっていた。
また、決戦場の中央辺りの場所に高さ三メートル、幅二メートル、厚さ二十センチほどの岩の壁を二枚作っておく。更にその二メートルほど奥に岩の壁をもう二枚作る。
一列目は遠距離攻撃用の射撃台で、二メートルほどの高さに幅一メートルほどの棚を作ってあり、ここが射撃台だ。上半身を晒すことになるが、しゃがめば敵の魔法を防ぐことができる。昇降用の階段も横に作ってあり、上り下りがスムーズにできるようにしてある。
二列目は大魔の自爆対策用だ。自爆の兆候が見えたら二列目まで撤退し、壁の内側に逃げ込む。
この岩の壁は天井まで続いているが、通路用の開口部があるため、回り込む衝撃波は防げない。しかし、直撃は防げるし、一応仕掛けも作ってある。
三月二十七日の夜が明けた。
朝食を終えた祖父たちが出来栄えを確認しにきた。
「この高さなら 長弓(ロングボウ) で大丈夫ですね」と遮蔽用の壁を叩きながら使い勝手を確かめたヘクターが満足そうに言っている。
「地下室というより、城のようじゃな」と祖父が満足げに頷く。
祖父が言うように城の防御施設をイメージして作っている。といっても俺自身、城に詳しいわけではないのであくまでイメージだが。
「あとは魔力を見ながら罠を仕掛けます。私が休んでいる間に中での配置や移動の順序などを考えておいてください。できれば何度か練習した方がいいと思います」
「そうじゃな。考えておく」
その後、俺は昼過ぎまで休息を摂る。今日はまだ敵の姿がなく、祖父たちも敵を想定した訓練に励んでいた。
そんな様子を見ながら食事を摂り、再び作業を行う。
(ここ数日、土属性魔法ばかり使っているな。村で地下の貯蔵庫を作った時もそうだったが、冒険者というより土木屋だな……)
そんなことを考えながら、罠作りに励む。
いくつかの案が思いつくが、妖魔系の魔物にどれが有効か分からないため、落とし穴以外の罠を設置していった。
結局、敵の偵察も襲撃もなかった。
夕方になり、一応の完成を見たため、祖父たちに説明がてら披露していく。
まず、最初からあった休憩用の場所で奥の扉を手で示す。
「ここの扉は内開きです。最後の人が完全に閉めると、岩と見分けが付かなくなります……」
岩の扉といってもすべてが岩ではない。木の扉の外側に薄い岩の板を貼り付けてあるのだ。よく見れば四角い枠がうっすらと見えるが、周囲の壁にも同じような筋を入れているため、パッと見では分からない。
この木の扉だが、 収納魔法(インベントリ) に保管してあった物だ。野営の時にあると便利なため、常に三枚ほど持ち歩いている。
「相変わらず見事なものですね」とニコラスが感心している。他の連中は呆れているようにも見えるが気にしない。
通路に入ると、壁に設置してある明かりの魔道具をつける。
「通路は少し下がっています。足には充分に注意してください」
「なぜ下がっておるんじゃ?」と祖父が聞く。
「罠に使うためですが、私とシャロンだけが知っているだけの方がいいので、今は黙っておきます」
「誰かが捕らえられた時の備えじゃな」
そして、その先の決戦場になる部屋に入る。
「既にご存知だと思いますが、この部屋は入口が狭く、奥が広くなる作りになっています」
そして扉を軽く叩きながら、
「扉は部屋側に開きますが、この扉は基本的には開けておきます。閉める場合はそこの紐を引いてストッパーを外してもらえれば自然と閉まります。非常に重い扉ですので、一度閉めると開けるのに苦労しますから注意してください」
この扉は幅一・五メートル、高さ二・五メートル、厚さ三十センチほどあり、重さは三トンほどあるはずだ。さすがに金属製の 蝶番(ヒンジ) は作れなかったので、岩を加工して作っている。磨き上げているので開閉は可能だが、摩擦係数の関係で非常に重い。
「これも罠と関係があるんじゃな」
「その通りです」
そして、防御用の遮蔽板との間のスペースを確認していく。ここは奥行き十五メートルほどで一番幅が広い場所は五メートル。前衛に剣術士三人、中衛に槍術士二人程度なら充分に動ける。
また、後方にスペースがあるため、交代しやすい。
「並んで戦うにはちょうどよいか。ウォルトとバイロンでも動くスペースは充分にあるの」
「そうですな。この高さであれば思いっきり振りかぶれます」と祖父の言葉にバイロンが応える。
「では、大魔の自爆対策です。自爆させないことが一番ですが、万が一の場合は後ろ側の遮蔽板の裏に逃げ込んでください」
幅二メートル、奥行き四メートルほどのスペースが二箇所あるため、二十人でも何とか入れる。
「入ったらこの魔道具を起動させてください」といって大型の魔晶石の付いた木の板を指差す。それは二つあり、左右のどちらからでも操作できる。
「魔力を込めればよいのじゃな。で、どうなるんじゃ?」
「透明な壁が現れます。馬車に使っている窓と同じ原理です」
この魔道具は馬車の窓に使っている風属性の魔道具だ。以前、防音の魔道具を作る時に考えた透明な盾を改造したもので、矢程度なら防ぐことができる。
「二級の魔晶石を使っていますが、稼働時間は三十秒ほどです。二重にし、更に強度も上げていますが、確実に防げるとは限りません。頭を低くして耳を塞ぎ、口を開けて耐えてください」
元々は大型のタワーシールドくらいの大きさだった物を高さ二メートル幅一メートルに広げてある。稼働時間を三分の一以下にしてその分強度を上げているが、爆発の衝撃に耐えられるか不安は残る。
「あとは撤退用の通路ですが、四十メルトほどの長さがあります。出口は入口から東に六十メルトほどの岩陰です。上り坂になっているので注意してください」
撤退用の通路は三十メートルほどまっすぐに進んだ後、L字型に曲がっている。また、脱出口に地竜たちが待ち伏せしにくいよう七メートルほど上がっている。
通路の説明をした後、最後の仕上げの話をする。
「脱出する際に最後の人はこのレバーを引いてください」
「引くとどうなるんじゃ?」
「扉のストッパーが外れて自動的に閉まります。他にも仕掛けはありますが、これも今は明かしません」
脱出するということは危機的な状況ということだ。恐らく半数以上はやられているだろう。その状況で逆転するためには大胆な策を仕込むしかない。
「いずれも狭い場所での行動になります。全員が機敏に動く必要がありますから、動けない者は見捨てる覚悟が必要です。そのことはご理解ください」
「無論じゃ。あの敵なら刺し違える覚悟がなければ戦うことすらできん。まして倒そうというのであれば……」
祖父の言葉に全員が決意を新たにしていた。