作品タイトル不明
第六十一話「死闘の幕開け」
三月二十八日の夜明け頃。
久しぶりにぐっすりと眠ることができ、溜まっていた疲れが取れた。
魔力(MP) も完全に回復しており、魔術師としての準備は万全だ。しかし、ここ三日ほど剣を振っておらず、体の方は鈍っている。
少しでも慣らしておこうと、素振りをするため外に出る。空は白み始めているが、まだ夜明け前を示す群青色が強い。
「おはようございます。早いですね」と不寝番をしていたガイが声を掛けてきた。
「おはよう。今日は晴れそうだな」といい、大きく伸びをする。
「不寝番を続けているガイには悪いが、久しぶりにゆっくり寝られたよ」
そう言いながら素振りを始める。
美しい空の下で剣を振っていると、一瞬村に帰ったような錯覚に陥る。
昨日は一度も襲撃はなく、恐ろしい敵が近くにいるとは思えないほど、平和な感じがするためだ。
「あとで先代様に相談しようと思っていたのですが、今日は斥候を出してはどうかと考えています。ザック様のご意見を先に伺っておきたいのですが」
素振りを続けながらガイの提案について考える。
既に一日半ほど敵はこの辺りに来ていない。最も可能性があるのは 地竜(ランドドラゴン) を含めた地上戦力を移動させていることだ。
敵がいる洞窟のある渓谷は断崖絶壁であり、また渓流沿いにも大きな滝があるため、 一つ目巨人(サイクロプス) はともかく、地竜や 多頭蛇竜(ヒドラ) 、 四手熊(フォーアームズベア) は大きく迂回しなければ、この場所に辿り着けない。
渓谷の北側の状況は分からないが、東側は上流側に当たり、更に条件は悪くなるはずだ。
しかし、敵が動いていない可能性は否定できない。敵の目的が不明でどう動くか分からないためだ。
敵の目的がルナであるなら、ここにいる俺たちを無理に倒す必要はない。
別のルートでペリクリトルに向かうか、時間に余裕があるなら俺たちを誘い込んで殲滅すればいいのだから。
「そうだな。敵の動向は探っておいた方がいい。ガイとダンの二チームで敵のいる場所と、渓谷の北側を探ってもらう方が安全かもしれないな」
「分かりました。先代様に提案してみます」
素振りを終えると渓流に流れ込む雪解け水で顔を洗う。手が切れるかと思うほど冷たい水を掬い、顔に付けると体が活性化するような気がした。
朝食後、祖父から斥候を出すことが発表される。
「敵の状況が分からん。そのため、ガイとダンに偵察に出てもらうことにした。ガイはベアトリスと共に敵の本拠を確認してくれ。ダンは渓谷の北側をフレディとジェイクと共に偵察を頼む」
ガイは敵の本拠を見ていないため、ベアトリスが同行して地竜たちがいるかを確認する。ダンは若手の斥候であるフレディとジェイクを率いて渓谷の北側に抜け道がないか探ることになった。
本当は俺が行った方がいいのだが、魔術師は決戦の場に必要ということで祖父に却下されている。
ダンたちが出発した後、地下室での戦い方について、斥候と見張りを除いた全員に再確認を行う。
祖父が話を切り出す。
「今一度確認するぞ。儂とロッドが剣術士を、ウォルトとベアトリスが槍術士の指揮を執る。儂の班はバイロン、シム、ブレット、シド。ロッドの班はニコラス、メル、ルーク、バディじゃ。ウォルトの班はウィルとリッキー、ベアトリスの班はイーノスとエディ。ヘクターは弓術士の指揮じゃ。ザックはリディアとシャロンを率い、後方から全体の指揮を頼む。指揮官が倒れたら次席が指揮を確実に引き継げ。今回に限っては仲間を助けるより敵を倒すことに注力せよ!」
「「ハッ!」」
祖父の言葉に全員が力強く応える。
本来のロックハート家なら、損害を極力少なくする戦い方をする。特に負傷した仲間を後方に送り出し、治癒師による治療を早期に受けさせることが徹底されている。これは戦力の消耗を抑えるという理由の他に、同じ村の仲間の命を可能な限り守りたいという思いが強いためだ。
しかし今回に限っては仲間が負傷したらその場を埋めることに専念し、少しでも敵にダメージを与えることになっている。これは敵が強力であるため、負傷者の救出による戦力の低下が即、部隊全体の崩壊に繋がると予想されるためだ。
「詳細の作戦はザックから説明する。ザック、頼んだぞ」
その言葉に頷いた後、祖父に代わり説明する。
「今回は地下室に誘いこんで戦うことが大前提だ。敵に地竜やサイクロプスがいようがいまいが、それに変わりはない。ただし、俺たちがそれを狙っていると気づかれることは避けたい。外で戦って不利を悟り、地下室から攻撃を仕掛けるという感じで誘い込むんだ。俺が指示を出したら、ウォルトの班が最初に入り、次にベアトリス、兄上、おじい様の班と続く。ヘクターたちは最後まで俺に従って敵に射撃を続け、撤退を支援するように見せる……」
今回の作戦の最大の鍵は敵をいかに地下に引き込むかだ。敵にしたら、わざわざ不利な場所に入る必要はないし、誘っていると分かれば外で待ち受けるか、地下室に魔法を撃ち込む作戦を採るだろう。
そうならないようにするには、俺たちが仕方なく逃げ込んだという風に見せる必要がある。
「……敵には自分たちが勝っていると思わせなければならない。俺が演技するが、みんなも整然とではなく、慌てて逃げ込むイメージを与えるようにしてくれ……」
その言葉に「難しそうですね」とニコラスが微笑みながら呟く。
「無理に演技をする必要はないよ。俺がそれらしく指示を出すから。まあ敵の攻撃は激しいだろうから演技しなくても必死になるかもしれないがな」
俺がそう答えるとニコラスは「ザック様の名演技に期待していますよ」といってもう一度微笑む。若い従士たちの緊張をほぐそうとしたのだろう。
「次に地下室に入ってからの行動だ。先に入ったものから奥に向かえ。奥の通路は狭いから順序良く頼む。最後に俺が入るから奥の部屋の扉は確実に開けておいてほしい……」
「灯りの魔道具はどうしたらいい?」と兄が聞いてきた。
「点けておいてください。最後に私が消しますので」と答え、
「決戦用の部屋に入ったら、ヘクターたちとリディ、シャロンは射撃場所へ。剣術士部隊の先鋒は白の一番、待機組は黄の二番に、槍術士部隊の先鋒は白の二番、待機組は黄の一番に待機。二つの班のうち、どちらが先に出るかは状況により、おじい様か兄上が決めてください」
指示したように決戦用の部屋の床には何本かの線と数字が書いてある。白は扉から五メートルくらいの位置で数字が小さい方が前になる。黄色は待機場所にしているところで、扉から十メートルくらいの場所で、右が一番、左が二番という具合に左右に分けてある。これは遮蔽壁の後ろに退避する場合に、同じ場所に入ろうとするなどの混乱を避けるためだ。
一番なら右側、二番なら左側に入ると決めているので、突然の命令にも場所の番号さえ覚えておけば、均等に割り振ることができる。
「剣術士部隊が攻撃の主体だ。槍術士部隊は剣術士部隊の支援。弓術士部隊は敵が魔法を使うのを妨害する。もちろん隙があれば直接倒しにいってもいい。だが、敵の攻撃の主体は魔法だ。大魔はもちろん、妖魔も四級相当の魔物だということを忘れるな。宮廷魔術師並の魔法が使えると思っておくんだ……」
敵が戦力を補充していないと仮定すると、地下に入れるのは妖魔系の魔物だけだ。妖魔系の魔物は近接戦闘も可能だが、魔法攻撃が主となる。更に消耗品のように使い潰す可能性があり、味方ごと魔法を撃ち込むことも充分に考えられる。
「撤退の時も番号通りに順序良く通路に入ってくれ。ここでも 殿(しんがり) は俺だ。もし、俺が動けなければリディが、リディも駄目ならシャロンが殿を務める。最後に大きな魔法を撃って敵を足止めするためだ」
最後に撤退用の通路の説明をして、一連の説明を終えた。
各々が疑問点を解消した後、班ごとに連携の確認をしていく。ベアトリスの班だけは班長がいないため、彼女が戻ってから確認することにしていた。
午前中は特に何も起きず、正午前にベアトリスとガイが戻ってきた。
「敵の姿はありません。敵の首魁の気配も感じませんでした」
ガイの報告に祖父の目が鋭くなり、全員に緊張が走る。
「敵が動いておるということじゃな。尾根を越える動きはないな」
「はい、ございません。望遠鏡で見た限りですが、登ろうとした痕跡も見つかりませんでした」
「お前はどう考える?」と祖父が俺に話を振ってきた。
「北側から回り込もうとしているのかも知れません。だとすると、ダンのチームが何か見つけるのではないかと」
「そうじゃな。ダンが戻るまで待機するしかあるまい。ガイ、ベアトリス、ご苦労じゃった」
その後は体力を温存させながら渓谷の広場で待機する。
午後三時頃、事態は急変した。
ダンたち斥候隊が滑り降りるように北側の斜面を降り、俺たちのところに走りこんできた。
「敵がこちらに向かってきます! 指揮は翼魔族の男。大魔が一体、妖魔が五体、地竜、サイクロプス、四手熊が尾根を登っていました。ヒドラは少し離れた場所を追っている感じです!」
「あの化け物はおらぬか……で、どの程度でここに着くと思うか?」
「恐らくあと三十分ほどかと。妖魔たちならすぐにでも」
ダンの報告に祖父が命令を発した。
「各班は作戦通りこの場にて展開! ザック、この後の指揮は任せる!」
それだけ言うとアダマンタイトの剣を引き抜き、高く掲げる。
「これからが正念場じゃ! 儂らがこの世界に住む者の希望となる! じゃが、無駄死にはするな! まだ本当の敵が残っておる。ザックの立てた策に従い、最善を尽くせ!」
「「オオ!」」という雄叫びが応える。
まだ息が荒いダンに「お疲れさま。こいつを飲んで少し休め」といって水筒を渡す。
「ありがとうございます」といって飲み始める。
「美味しいですね」と言いながら、一緒に偵察に行ったフレディたちに水筒を回していく。
入っているのはもちろん酒ではなく、砂糖で甘味を付けたハーブティだ。
「敵の親玉がいないが、気配もなかったんだな」
「はい。僕も不思議に思って少し様子を見たんですが、全然気配は感じませんでした」
あれほどの化け物の気配なら、ダンが見逃すはずはない。
「いないならその方がいい。これで勝率が大分上がるからな」
周りに聞こえるように少し大きな声で呟く。
しかし、本心では漆黒の魔族がいないことに不安を感じていた。
(確認できる戦力をほぼすべてを投入してきた。にも関わらず、最大の戦力であるあの魔族がいない……俺たちを侮ってくれているならいいが、何か思惑があるのか? 全く思いつかないのだが……)
二十分後、偵察のためか、妖魔が一体飛んできた。俺たちの魔法を警戒しているのか、百メートル以上上空を変則的な動きを加えながら飛んでいる。
「魔法は撃つな。囮にして俺たちの力を見ようとしているのかもしれないからな」
今まで俺たちの魔法を見た敵はすべて倒している。 念話(テレパシー) のような魔法が使えるなら別だが、どのように倒されたか敵は知らないはずだ。
誘導型の魔法の希少性を考えれば、これは結構なアドバンテージだ。
妖魔は俺たちの上空を二度往復した後、再び北に戻っていった。
「本隊が来るぞ! 全員武器を取れ! 前に出てもよいが遮蔽物の位置は確保しておくんじゃ!」
祖父の声が響く。
その数分後、北側の斜面の木がバキバキと音を立てて折れていく。
そして、体長十メートルほどの地竜と身長七メートルほどのサイクロプスの姿が現れた。更にその後ろには体長五メートルほどの四手熊の姿もある。
距離は百メートルほど。武器を持つ手に力が入る。
三体の魔物の姿が完全に露わになった。そして、妖魔系の魔物たちも上空からゆっくりと降りてくる。
「光属性の魔法を使う! ヘクターたちは俺の援護を! ベアトリスたちは俺の周囲で盾を頼む! リディとシャロンは適宜牽制してくれ!」
敵の指揮官である翼魔族らしき男を倒すため、最初から全力をぶつける。以前見た感じでは上下関係ははっきりしており、あの男を倒せば戦いを有利に進められるはずだ。
全力でいくため、新たに開発した光属性魔法“ 光の神の雷霆(ライトニング・オブ・ルキドゥス) ”を使う。
「世のすべての光を司りし 光の神(ルキドゥス) よ。御身の槍、雷の力を我に。我、御身に命の力を捧げん。 光神の雷霆(ライトニング・オブ・ルキドゥス) !」
呪文と共に右腕を上げ、手の平を上に向けて精霊の力を集めていく。
周囲から俺の手の平に向かって光の精霊が流れるように集まってくる。徐々に光が増していき、地上に太陽が生まれたかのような明るさになる。
精霊の力に危険なものを感じたのか、妖魔たちが猛スピードで接近してきた。そして、右手に漆黒の槍を召喚し、俺に向かって投げ付ける。
妖魔五体が放った 漆黒の槍(ダークランス) はまっすぐに俺に向かって飛んでくる。俺は魔法を発動中のため動くことができない。
しかし、危険は感じていなかった。
既にベアトリスら槍術士がミスリルコーティングの盾を持って周囲を固めていたからだ。
五本の闇の槍が盾にぶつかる。音こそしないものの、純粋な力の塊にベアトリスですら僅かにのけぞっている。
それでもミスリルコーティングの盾は耐え切り、俺を含め誰一人ダメージを受けた者はいない。
その間に 光神の雷霆(ライトニング・オブ・ルキドゥス) の魔法が完成した。
腕をまっすぐに敵に向け、レーザー光のように一本の光の筋が空を貫く。
翼魔族らしき男の表情は見えないが、漫然と空に浮かんでいるだけで油断しているように見えた。
そこに眩い光の槍が突き刺さる。
心の中で“やった”と喝采を上げる。しかし、すぐにその喝采は消えた。
男は光を平然と受け止めると、レーザー光はそのまま天に向けて弾かれた。あまりの出来事に集中力を切らしそうになるが、魔法はまだ続いており、咄嗟に目標を変える。
右手を少し下げ、ゆっくりと近づいてくるサイクロプスの頭に向けた。
この魔法のいいところは光跡が見えていることで、腕の角度を変えることで簡単に目標を変えられる。
サイクロプスの頭に光が吸い込まれる。
巨人は両手でその巨大な目を押さえ、咆哮を上げて蹲った。そこで魔法の効果が切れる。
サイクロプスは目を押さえたまま、暴れまわる。その動きに地竜と四手熊が巻き込まれた。
地竜はその巨体でサイクロプスを弾き返したが、四手熊はただではすまなかった。体重差が倍近い相手の身体が圧し掛かってきたのだ。四手熊は逃げようとしたが、間に合わず押し潰され、うつぶせの状態で痙攣している。
それでも暴れ続けるサイクロプスだったが、突然動きを止めた。それは上空から巨大な闇の球体が落ちてきたためだ。
死んだのかは分からないが、大きな力を感じる魔法だった。
魔法を放ったのは翼魔族らしき男。
役立たずは不要とでもいうようにあっさりと処分したように見えた。
サイクロプスと四手熊を無力化することに成功したが、最も警戒すべき敵に全く通じなかった。その事実が重く圧し掛かってくる。
(あいつと親玉に対する切り札のつもりだったんだが全く効かないとは……)
俺の落胆に気付いたわけではないが、祖父が大声で叱咤する。
「敵はあのヴラドに匹敵すると分かっておったはずじゃ! ならば今更驚くべきことはない! よく見よ! ザックはサイクロプスを倒したのだ! 我らは何一つ傷つくことなくな!」
祖父の言葉に重くなった心が少しだけ軽くなる。
しかし、戦いは始まったばかりで油断はできない。