作品タイトル不明
第四十四話「帰還」
九月四日の夕方。
アクィラの調査の依頼を受けた冒険者たちと共に、中間地点にある簡易拠点にいる。
強力な魔物に襲われて多くの冒険者が負傷していた。骨折など今後の行動に支障が出るような怪我はすべて治療を終えたが、それだけで俺とリディの魔力はほとんどなくなった。
俺が作った簡易拠点は地下にあり、頑丈な石の扉があることからある程度安全だ。中も奥行き二十メートル、幅五メートルと広く、五十人近い人数でも何とか入れる。
後続部隊が連れてきた 荷物運び(ポーター) によって食料や毛布などの寝具もあり、比較的元気な者が食事の準備をしているが、疲労が激しい者は壁を背にぐったりとしている。
俺を含め、八組のリーダーが集まり、明日以降の行動について話し合う。
リーダーの一人であるグラディスが発言の口火を切る。
「撤退することは決まりだが、どういう形でいくかだ。来る時はほとんど襲撃を受けなかったが、今日の様子じゃそれもあてにならん。俺としては全員で固まって行動する方が生き残る確率が高いと見ている」
俺を含め全員同じ認識であり、無言で頷く。
「うちもそうだが、前衛をやられているところが多い。できるだけ戦闘は避けたいんだが」
頭に包帯を巻いている剣術士が発言する。
多少魔力が回復したところで治療を申し出たが、「大した怪我じゃねぇ。それより魔力を温存しておいてくれ」といって断られている。他にも何人かの軽傷者に治療を申し出たが、全員が断ってきた。
ここにいるようなベテランたちは町から遠い場所での治癒師の重要性を知っており、ここぞという時に取っておくべきだと思っている。
他のリーダーも同じ考えなのか、その考えに賛同する。
議論の流れは戦闘を避けるということになったが、俺は少しだけ修正を加えるべく、手を挙げて発言を求めた。
全員の視線が俺に向く。
「戦闘を回避することには賛成ですが、魔物がいるところを迂回してばかりではリッカデールに戻るのが遅くなります」
「確かにそうだな」とベテランの一人が同意する。
「ですので、俺たちが先行して魔物を排除します。その代わり、奇襲を受けないよう斥候を出してもらいたいんです」
俺の案にリーダーたちは協議を始めた。
俺の案に賛成する者と俺たちを本隊から離さない方がいいという者に分かれる。最終的には最短距離で帰ることができる俺の意見が採用された。
打ち合わせが終わった後、グラディスが話しかけてきた。
「昼は本当に助かった。改めて礼を言わせてもらう。それと俺たちのせいで捨てた装備についてはリッカデールに戻ってから補償させてもらう」
最初話が見えず、首を傾げたが、俺たちが 背嚢(バックパック) を装備していなかったため、急行するために捨てたと思われたようだ。
「大した物は入っていませんでしたが、補償していただけるならありがたいです」とだけ答え、リディたちのところに戻った。
夜になり不寝番が行われるが、俺たちは外されている。魔術師である俺とリディ、シャロンは魔力の回復を優先するように言われ、ベアトリスとメルは明日の戦いに備えるという理由で免除された。俺とリディが負傷者たちの治療を無料で行ったことで、恩を感じているためだ。
「あんたたちは知らないだろうけどね、合同チームってのには治癒師の治療も細かな決まりがあるんだよ。魔力切れで自分のところのメンバーの治療ができなくなったら困るからね……」
ベアトリスが言うには予め決められた合同チームでも、他のパーティの治癒師が治療を行うことは稀だそうだ。今回のような緊急時であればそうでもないらしいが、それでも無料というのはありえないということだった。
「それじゃ、明日困るだけだろう」というと、
「そうなんだがね。冒険者って奴はそういうことを考えるのが苦手なんだ。だから、今回も合同チームにしなかったのさ」
「そうね。私はゴーヴィに言われて他のパーティの治療もやったけど、珍しがられた気がするわ」
リディは祖父と一緒に冒険者をやっている頃のことを思い出したようだ。
そんなこともあり不寝番から免除されたが、何度か魔物の夜襲を受け、ゆっくり休むというところまではいかない。それでも魔力と体力は充分に回復している。
そんな俺たちの姿にグラディスが「元気だな」と声を掛けてきた。
「アンデッドの大軍との戦闘に比べたら大したことないですよ」
「そういや凄ぇ戦いをしたんだな、お前たちは」と感心する。
簡単な朝食を摂ると、グラディスが出発の合図を出した。ベテランが多い中で彼が一番の腕利きというわけではないが、俺たちと彼のパーティ以外は何らかの損害を受けているので、自然と全体の指揮を任されたらしい。
「本当はお前に任せたかったんだが、お前らは先行するからな」
損害を受けていないわけではなく、大怪我を負った剣術士のロニーは出血の影響から回復しきっていないし、弓術士のピーターはメインの武器である弓を失っている。
俺たちはそのピーターと他の三人の斥候と共に二百メートルほど先行することになった。もう少し距離が開いている方が安全な気はするが、横や後ろから襲われた時に俺たちが駆けつけられる方がいいという判断だ。
幸い、この先の行程はほとんどが森の中であり、昨日苦戦した飛行型に襲われる可能性は低い。そのため、この程度の距離でも充分ということになったらしい。
出発後、すぐに斥候が魔物を見つけた。
魔物はオーガの群れだった。数は十体。直径二十センチはありそうな丸太の棍棒を持ち、俺たちの方に向かってくる。
「血の匂いに誘われてきたみたいだな。恐らく野営地に向かう途中で俺たちの匂いに気付いたというところだろう」
ピーターの言葉に頷くが、すぐに殲滅すると伝える。
「放置するには危険すぎますね。俺たちで倒してしまいますから、本隊に停止を伝えてきてください」
「応援はいらないのか?」と驚かれたので、
「ええ、魔法も使いませんし、問題ありません。皆さんも下がっていてください」と笑顔で答えておく。
斥候たちが下がったところで笑みを消す。ピーターに言ったほど余裕はないが、ここで俺たちの強さを見せておいた方が安心できるだろうと考えたのだ。
それに加え、オーガが魔族に操られている可能性も考慮した。大鬼族という魔族はオーガを使役するので、魔族の関与が疑われる状況で放置することは危険だ。
「リディは弓で援護。シャロンはやばくなったら魔法で支援を。ベアトリス、メル、行くぞ」
「「了解」」という声が返ってくるだけで誰も反対しない。実際、十体程度のオーガなら油断さえしなければ三人で倒せる。
俺たちが近づいていくと、オーガは女性の匂いに気づいたのか、大きな雄叫びを上げて走り出した。その行動に嫌悪感を抱くものの、無秩序に攻撃してくれる方が都合はいい。
潅木を踏み倒しながらオーガが走ってくる。その大きな足音に一般人なら恐怖で動けなくなるほど迫力があった。しかし、大木を避けながら走ってくるため、オーガたちは徐々に一列になっていく。
ここまでは思惑通りで、ベアトリスとメルにハンドサインで左右に散るように合図する。
作戦は単純だ。魔闘術を掛けた俺が正面から突っ込んでいって敵を混乱させる。
オーガは単純だから向かってきた俺をターゲットにするが、回避特化の俺に技量の低いオーガの攻撃は当たらない。苛立つオーガにベアトリスとメルが襲い掛かり、一気に片をつけるというものだ。
魔闘術で底上げした筋力を使い、オーガを斬り裂きながら突っ込んでいく。
オーガが振り回す棍棒が強く風を生む。その風圧を頬に感じるが、力任せに振るだけの攻撃は全く脅威に感じない。それどころか味方同士で殴り合う形になり、更に混乱が大きくなった。
リディの放った矢が目の前のオーガの首を貫く。耐久力が高いオーガといえども喉を貫かれればひとたまりもない。
その後、ベアトリスとメルが参戦し、僅か五分ほどで十体のオーガを殲滅する。
魔晶石を抜き取りながら、オーガの死体を確認するが、特に操られているような痕跡はなく、野生のオーガだと判断した。
「確かに応援はいらないと聞いたが……本当にお前らは規格外だな」と援護に来たグラディスが呆れている。
「野生のオーガのようですので、先に進みましょう」
その後は四級相当の魔物が単体で襲ってくるだけで大きな障害はなく、午後五時過ぎ、誰一人欠けることなく、無事リッカデールに到着した。
リッカデールの冒険者ギルドの支部に向かい、報告を行った。
ここには討伐と調査の指揮を執るため、総本部からペリクリトル市の防衛責任者ランダル・オグバーンが来ているためだ。
報告に向かうと、すぐにランダルの下に通される。
ボロボロの装備で疲れ切った表情の冒険者たちを見て驚くと思ったが、既に報告を受けているらしく、ランダルは冷静だった。
「調査は難しそうか」という言葉にグラディスが「ありゃ、無理だ」と即座に答える。
「今まで リッカデール(ここ) から何度も山に入ったが、今回ほど頻繁に襲撃を受けたのは初めてだ。山全体が殺気立っているというか、侵入者を阻もうとしている感じがある。ザックたちがいなきゃ、俺たちの半分は戻れなかっただろうよ」
その言葉にランダルの表情が初めて曇る。
「それほどか……とりあえず、調査は一旦中止とする。とりあえず今日はゆっくり休んでくれ」
「依頼の扱いだが、どうなるんだ? これはギルドのチョンボでもあると思うが」
仲間を失ったリーダーが声を低くして凄みを利かせる。
「依頼の扱いについては総本部と話をせねばならんが、失敗扱いにはならんようにしよう。だが、今はゆっくり休む方が先だ。明日、もう一度来てくれれば話を聞く」
俺たちはそれで引き上げた。
グラディスが打ち上げをやらないかと誘ってきたので、それを受ける。ただ、他のパーティは死亡者が出ていることから誘っていない。
打ち上げは俺たちが泊まっている宿で行われた。
「まずは生き残れたことを神々に感謝だ。乾杯!」といってグラディスがビールの入ったジョッキを掲げる。
俺たちもジョッキを掲げて乾杯する。もちろん、俺のジョッキはベルトラムの作ったミスリルコーティングのものだ。
「さすがはロックハートだな。凄ぇジョッキだ」と笑われるが、すぐに調査の話になる。
「お前さんはどう考えるんだ、今回の調査のことを」とグラディスのパーティの弓術士ピーターが聞いてきた。
「アクィラの山で何かが起きていることは間違いないですね。うちの村が襲われた時も山の上の方で 飛竜(ワイバーン) や 有翼獅子(グリフォン) が活発に飛び回っていましたから」
「そうなるとやはり魔族か」とグラディスが聞いてくる。
ここで冒険者をやっているから魔族の話は気になるところだろう。
魔族が襲うのは主にカウム王国のトーア砦付近だ。他にもラクス王国の北東部にも現れている。
だからといって、この辺りに魔族が現れないというわけではない。
ルナの生まれ故郷であるティセク村が襲われた件もそうだが、それ以前にも翼魔の目撃情報は何度もあり、アクィラ山脈に抜け道があるのではないかという疑いは払拭されていない。
実際、キトリー・エルバイン教授の調査の手伝いをした時には、ラスモア村の東にそれらしい通路の跡を見つけている。その通路は途中で途切れていたが、他に使える抜け道がないといえないのだ。
「魔族が絡んでいるかはともかく、強力な魔物が現れる可能性は高いと思います」
「そうか……」とグラディスは沈んだ表情になる。
「暗い話はなしだよ」というベアトリスの明るい声に「そうだな」と答え、打ち上げはいつも通りの陽気な雰囲気に変わった。
翌日、ギルドに向かった。俺たちのパーティは別の話があるらしく、全員呼ばれている。
グラディスらパーティのリーダーたちと一緒にランダルに面会する。
全員が厳しい表情ですぐに本題に入った。
「昨日の話だが、依頼の達成について俺の方から提案がある。依頼は成功としてカウントせんが、報酬は支払うというものでどうだ?」
ランダルの提案は現実的なものだった。今回はギルドの指名依頼であり、半強制的に受けることになったものだ。更に情報不足が原因で失敗している。これを完全な失敗とするのは酷だが、成功したわけでもないので昇級の判断には使わないということだ。
「報酬は発見できなかった時の金額だ。俺の権限で決められるのはここまでだから、気に入らん奴は総本部に行って直接 ギルド長(レジナルド) と交渉してくれ」
グラディスたちは顔を見合わせるが、ギルド長と交渉するよりこの条件を飲んだ方がマシだと考えているようだ。
「分かった。その条件を飲もう」とグラディスが代表していうが、そこで声音を低くする。
「だが、今回はギルドの失態だ。少なくとも俺たちは今後一切、指名依頼を受けん。強制的に受けさせるというなら、ギルドから脱退して傭兵になる」
「俺もだ」という声が上がる。
確かにギルドの失態だ。特に仲間を失ったパーティはギルド総本部に対し、強い不信感を抱いている。
今後の運営に支障が出なければいいがと考えないでもないが、今回のギルドの対応には俺自身思うところはある。
知性を持つ 大魔(グレーターデーモン) が暗躍し、犠牲者が増えていたこと、アクィラの山で怪しげな現象が見られたことから早急に対応しようとしたことは分からないでもないが、拙速のそしりは受けざるを得ないだろう。
そんなことを考えていると、グラディスたちが立ち上がった。俺も立ち上がり、リディたちのいる待合室に向かった。
しばらく待っていると、職員が現れ、会議室に案内される。
そこには先ほどとは違い、表情を緩ませたランダルがいた。
「さすがはロックハート家の猛者だな。あの短時間であれだけの魔物を倒すとは思わなかったぞ」
既に魔晶石は提出しており、二級相当が八個、三級相当が二十二個、四級相当が三十三個、五級相当が二十二個と、五人のパーティが僅か五日で倒した数としては異常だ。
「今回の討伐の報酬だが、約束どおり五割り増しにしておく。それに加えて討伐依頼を達成したことにしてもいい。但し、条件がある」
「条件ですか?」
「ギルドの専属として、ここリッカデールで魔物の間引きをやってほしい。報酬は今回と同じ条件。つまり五割り増しだ。必要経費はすべてギルドが持つ。それに討伐した分だけ依頼達成にしてやる。これでどうだ?」
俺は即座に「お断りします」と断った。
ランダルは即答が意外だったのか怪訝な表情を浮かべる。
「なぜだ? この条件ならすぐに二級に上がれるぞ。お前たちの実力なら五年もしたら一級だ……報酬が不満か? なら二倍にするが」
「金の話じゃありません。ギルドの専属になれば、今回のような危険な依頼を受けざるを得なくなります」
「今回もお前たちだけに限定して、討伐に特化した依頼だったら問題なかったんじゃないか?」
確かにその通りだが、自由に動けなくなるリスクは何としても避けたい。
「今のアクィラは危険すぎます。専属になって使い潰される気はありません」
「そうか。ゆくゆくはギルドの役職についてほしかったんだが……」
目的の一つはスカウトだったようだ。確かにロックハート家とのコネクションもできるし、それに伴い鍛冶師ギルドとも良好な関係を築けるから分からないでもない。
いずれにせよ、今は紐付きになるわけにはいかないし、それは将来も同じだ。できれば個人として自由に生きていきたいから、ややこしい話はすべて断るつもりだ。
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ザカライアスたちが出ていった後、ランダルは大きく溜め息を吐く。
(この先、この辺りで大きなことが起きる気がする。単なる勘だが、冒険者時代、傭兵時代を通じて、こいつに従った方がいい結果になった。奴がいれば、俺が冒険者たちを指揮するなんて事態は避けられる。そう考えたんだが、さすがに天才は俺の考えなんかお見通しということか……)
ランダルは職員を呼び、「ザックたちの討伐した二級の魔物は総本部が出した依頼に基づいたものとして扱ってくれ」と命じた。
「依頼書はどうしましょうか?」
「この契約書にあるから、それに従ったということにしてくれ」
そう言って一通の契約書を差し出した。
「でも、これは前提条件が大魔の討伐ですが?」
「よく読んでみろ。大魔の存在が確認できなかった時は、大魔と同等か、それ以上の魔物の場合、依頼達成として扱うと書かれている。今回は大魔を見つけちゃいない。つまり、二級相当の魔晶石を持ってきたということは依頼達成にできるってことだ」
職員はもう一度読み直し、
「読みにくいですけど、確かにそうですね。最初から狙っていたんですか?」
その問いにランダルは答えず、
「午後になったらザックたちを呼んできてくれ。それまでに必要な手続きの準備を頼む」
職員は了解した後、「史上最年少の二級冒険者誕生か」と呟いた。