作品タイトル不明
第四十三話「山中での撤退戦」
九月三日の夕方。
調査のためアクィラ山脈に入ったが、強力な魔物に絶えず襲われ続けた。その中には俺たちの手に余る一級相当の魔物を二度見ており、二級相当の魔物とも何度も戦っている。
普段なら魔物と戦うことなく避けるのだが、斥候役のダンがいないため先手を取られ続けている。一度俺が先行しようと提案したが、全員から戦力の分散はよくないと反対され断念した。
また、普段ならある程度のダメージを与えれば逃げ出すような魔物まで異常に殺気立っており、倒すまで戦闘を強要された。そのため、休憩することすらままならない。
これ以上ここにいることは危険だと判断し、調査を断念した。
何とか前日に野営した場所まで戻ったが、昨日以上に疲弊していた。特に俺とリディ、シャロンの三人は魔力をほとんど使い切り、立っているのも辛い状況だ。
ベアトリスとメルは比較的元気だが、それでも険しい山を歩き続け、更に大物の魔物と接近戦をしていることから疲労がないわけではない。
インベントリから出来合いの食事を出す。宿で作ってもらった煮込みを鍋ごと持ってきており、時間経過を千分の一にしているので、まだ充分に温かい。
温かい食事を食べ、折りたたみ式の簡易寝台を出して横になる。さすがに装備は外せないが、これだけでも冷たい携帯食糧を噛み、固い地面に寝転がるよりはるかに回復は早い。
シャロンが思った以上に疲労していたので、四人で交替して不寝番を行う。それでも充分な睡眠時間は確保できる。
幸い野営中に魔物の襲撃を受けず、無事に朝を迎えた。そのお陰で、朝にはすっかり体力は回復していた。
一人だけ不寝番を免除されたシャロンはしきりに恐縮していたが、
「今日も厳しいんだ。ここで完全に回復してもらわないと、俺たち全員の安全に関わる。だから気にせずに休め」
というと素直に頷いていた。
九月四日。
朝食を摂った後、簡易拠点に向けて出発する。
出発後、再び魔物に襲われるが、それ以上に気になることがあった。
俺たちの後に続くパーティが一日遅れで出発しており、同じようなペースなら近くにいるはずだが、その気配がないのだ。
簡易拠点からこの場所までは八キロメートルほどで、打ち合わせではこの辺りまでは同じルートを通ることになっていた。
二級冒険者のパーティであり、俺たちを襲った魔物に苦戦はするだろうが、全滅することは考えがたい。そう考えると、慎重に進んでいる可能性はあるが、すれ違うと俺たちが撤退したことが伝わらず、彼らが全滅するかもしれない。
そこで何箇所かに目印を置き、俺たちが撤退したことを地面に書いておいた。大魔に見られたら悪用される可能性はあるが、今まで一度も見ていないことから、そのリスクよりも撤退したという事実を伝える方を優先したのだ。
三時間ほど歩き、休憩を取ろうとした時、リディが前方を指差した。
「少し先に 飛竜(ワイバーン) が二頭いるわ。何かを襲っているみたいよ」
彼女が指差した方を目を凝らして見ると、五百メートルほど先でワイバーンがしきりに急降下している姿を見つけた。
「後続のパーティが襲われているのかもしれない。みんな、行けるか」
俺たちも四級から五級相当の魔物とこの短時間で五回も戦っており、疲労が溜まっている。後続のパーティの可能性もあるが、単に別の魔物と戦っている可能性も否定できない。こんな状況で無理をして進み、魔物同士の戦いだったでは目も当てられないからだ。
「行けます」というシャロンの声に全員が頷く。
俺たちはそのまま速足で尾根を下っていった。
歩きにくい岩場ということで、五百メートルの距離が遠く感じる。十分ほど掛けて三百メートルほど下ると、六人組の冒険者がワイバーンに襲われていた。
既に二人が倒れ、剣術士と槍術士が牽制し、魔術師が魔法を放っている。もう一人は治癒師らしく、倒れた者の救護を行っているように見えた。
「急ぐぞ。だが、慎重にだ」
俺が先頭に立ち、メル、リディ、シャロン、ベアトリスと続く。
他の魔物にも注意を払いながら進み、あと百メートルというところでワイバーンに気づかれた。
「こっちに来るよ」というベアトリスの警告の声が響く。
一頭のワイバーンが邪魔をするなとでも言うように俺たちの方に向かってきた。
「シャロンは 強疾風の矢(ゲールアロー) で攻撃。リディは弓を使ってくれ」
ベアトリスとメルは何も言わなくてもリディとシャロンを守るように前に出る。
ワイバーンは体長十メートル、翼長十メートルの翼竜だ。 竜(ドラゴン) のようにブレスこそ吐かないが、鋭い牙と爪で金属鎧を紙のように切り裂く危険な魔物だ。
太陽を背に襲い掛かってくる。
黒い巨大な影が俺たちを包み、その巨大さに僅かに怯む。
勇気を奮い立たせると、全身に魔闘術を掛けた。ウルリッヒの魔法剣にオレンジ色の光を纏わせ、正眼の構えで迎え撃つ。
シャロンのゲールアローがワイバーンの顔に直撃する。頑丈な鱗に弾かれたものの、ワイバーンは攻撃を受けたことに驚き、攻撃を断念して翼を翻す。
上昇していくワイバーンにリディが矢を射るが、打ち上げの矢ではダメージは与えられない。
ワイバーンは百メートルほど上昇し、こちらを窺っている。
魔闘術と魔法剣を一旦解除し、リディとシャロンに向けて「 空気の槌(エアハンマー) でいく!」と指示を飛ばす。
二人の返事を待たず、呪文を唱えていく。
「数多の風を司りし 風の神(ウェントゥス) よ。風を固めし大いなる槌を与えたまえ。我は命の力を御身に捧げん……」
その間にワイバーンは再び俺たちに向かって降下する。
ワイバーンとの距離が三十メートルで魔力を解放する。
「……我が敵を打ち砕け! 空気の槌(エアハンマー) !」
俺に合わせるようにリディたちの魔法も発動し、巨大な一つの空気の塊がワイバーンに直撃した。
三つのエアハンマーを同時に食らったワイバーンは大きくバランスを崩し、俺たちの前に墜落する。
すぐにベアトリスとメルが駆け寄り、魔法を纏わせた槍と剣で攻撃を加えていく。
俺も剣を構えてその攻撃に加わった。
地上に堕ちたワイバーンは墜落の衝撃で上手く動けず、ベアトリスとメルの猛攻に忌々しいとでもいうように咆哮を上げる。しかし、地上での動きは鈍く、更に俺も加わったことから、見る見る血塗れになっていった。
「もう一頭来るわ! 気をつけて!」
リディの警告が聞こえ、ちらりと前を見ると、怒りの表情を浮かべたもう一頭が猛然と降下していた。
「こいつは任せる」とメルにいい、魔闘術を全身に掛ける。
怒りに我を忘れているのか、降下してくるワイバーンは減速することなく、俺に爪を向けて突っ込んできた。
強い風圧が襲い、ヘルメットが浮き上がる感じになるが、それを無視して俺は飛び上がった。高さは五メートルほど。ちょうどワイバーンの正面に来る形だ。
この行動を予想していなかったのか、ワイバーンはそのままの体勢で突っ込んできた。但し、俺を噛み砕こうとでもいうように大きく口を開けている。
俺は無詠唱で送風の魔法を使って軌道を変え、猛然と突っ込んでくるワイバーンの首を避ける。
それだけではなく、すれ違いざまにオレンジ色の魔法剣をその首に叩き込む。
分厚い鱗に覆われた直径五十センチメートルを超える太い首に剣が吸い込まれていく。そして、その半ばまで断ち切り、ワイバーンは上昇することなく地面に激突した。
ベアトリスがそのワイバーンに向かい、心臓辺りに魔法を纏わせた槍を突き入れる。何度か痙攣した後、ワイバーンは絶命した。
その間にメルの方も決着が付いていた。血塗れになったワイバーンがぐったりと横たわっていたのだ。
「全員怪我はないな!」と聞くと、問題ないという答えが返ってくる。
「ベアトリスとメルは魔晶石の回収を頼む。リディは俺と一緒にあのパーティに向かう。シャロンは周囲の警戒を頼む」
それだけ言うと、そのまま襲われていた冒険者たちに向かって駆け出した。倒れている冒険者の容態が気になったためだ。
下っていくと予想通りグラディスたちであることが分かった。
「大丈夫ですか!」と聞くと、グラディスは「助かった」というが、すぐに悲しげな表情になった。
「ピーターとロニーがやられた。まだ息はあるが、手の施しようがない」
横たわる二人を見ると確かに酷い状況だった。
剣術士は革鎧ごと爪で切り裂かれ、血塗れになっている。治癒師が止血しようとしたらしいが、止血することすらできなかったようだ。
もう一人は弓術士で右腕が半ば千切れかけ、左脚は変な方向に曲がっている。こちらは止血こそできているが、この状況では連れ帰ることはできないと判断したのだろう。
俺はすぐに剣術士の傍らにいき、治癒魔法を掛けていく。傷口の縫合と筋肉の再生、更に血管や神経の再接続などをイメージしていく。
一分ほどで傷口はきれいに繋がり、荒かった息も少し落ち着いた。
グラディスが何か言おうとしたが、それに構うことなく、弓術士に向かう。既にリディが見ており、右腕の治療を終えていた。
「右腕の傷は何とかなったわ。多分血管と神経も上手く繋がっていると思う。でも左脚は私には無理。膝の関節が完全におかしくなっているもの」
確かに膝がおかしな方向に曲がっている。
「痛むけど我慢してください。グラディスさん、暴れないようにこの人を押さえてください」
弓術士とグラディスにそう言うと、すぐに膝の治療に掛かる。
まず曲がった膝を強引に戻す。その瞬間、弓術士は大きな悲鳴を上げてもがくが、それを無視して治癒魔法を掛けていく。
イメージは砕けた膝の骨を元の形に戻すというものだが、それほど詳しいわけではないので、この辺りは木の精霊に元に戻すよう頼むだけだ。
三十秒ほどでうっ血し腫れ上がっていた膝が元の形に戻った。
「治ったのか……いや、感謝する。こいつとは十五年の付き合いなんだ……」
リーダーのグラディスが俺の手を取り、感謝を伝えてきた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
治療を終えたが、その弓術士は信じられないとでも言うように、きょとんとしたまま俺を見上げていた。
「多分大丈夫だと思いますが、歩きづらいとかがあったら言ってください」
そう言うと慌てて立ち上がる。
「歩ける……あれほど酷かったのに……」と呟いた後、
「ありがとう! ここで死ぬしかないと思っていたんだ。本当にありがとう……」
三十代半ばの男性だが、感極まったのか涙を流して礼を言ってきた。
確かにあの状況なら安楽死しか手はなかっただろう。それにパーティが全滅するリスクを犯して町に戻ったとしても、一生まともに歩けなかった。そう考えれば感極まるというのは分からないでもない。
「すぐにここから撤退した方がいいです。この先はもっと危険でしたから」
俺の言葉にリーダーのグラディスが驚きを隠せない。
「お前たちでも危険だと判断したのか……」
「ええ、 竜(ドラゴン) や 一つ目巨人(サイクロプス) まで見ているんです。すぐにでも俺が作った拠点辺りまで撤退すべきです。というより、俺たちは皆さんに関係なく撤退するつもりです」
俺の切羽詰った言い方に「もちろん俺たちも引き上げる」と即座に頷いた。
大怪我をしていた剣術士はロニーといい、グラディスのパーティメンバーの肩を借りて歩いている。さすがに出血が多すぎ、完全に回復はしなかったためだ。
もう一人の怪我人である弓術士はピーターといい、彼は自力で歩いている。斥候でもあるため、先行して安全を確認してくれている。
無理をしない方がいいと言ったのだが、
「どうせ一度死んだ身なんだ。それに弓も壊れているから、これくらいしか役に立てない」
そう笑顔で言ってきた。
その後、一度だけ三級相当の 死の騎士(デスナイト) の攻撃を受けた。
デスナイトは身長二メートルを超える大型の人型アンデッドモンスターで、巨大な剣に金属製の鎧と盾を装備している。動きこそ鈍いものの防御力が高く、アンデッドであることから魔法か魔法金属の武器しか効かないという厄介な魔物だ。
ベアトリスとメルは武器に魔法を纏わせ、あっさりと倒している。その様子を見たグラディスが「こいつらが三級というのが信じられん」と首を振っていた。
無事に簡易拠点までたどり着いたが、そこにはグラディスたちと同じようにボロボロになった二級冒険者パーティの姿があった。彼らは一様に沈んでおり、人数を数えるまでもなく、パーティメンバーが欠けていることが分かる。
「お前らは無事だったか」と話しかけてきた者がいた。ペリクリトルから一緒にやってきたベテランパーティのリーダーだった。
「ええ、何とか逃げてこられました」
「ロックハートの連中が撤退するほどだ。俺たちは明日リッカデールに戻るぞ」
そう言うと、他の冒険者も賛同する。
「俺も同じ考えです。明日は一緒に戻った方がいいでしょう。その前に怪我人がいれば治療しますので申し出てください」
すると半数ほどが手を上げる。
大きな裂傷を負っている者や腕を骨折している者など、激戦であったことが窺えた。
「それにしてもお前たちは凄いな。誰も怪我をしていないのか」
「運がよかったんですよ」と答えるが、グラディスが「ワイバーンを瞬殺した奴が何を言っているんだ」と呆れる。
「ちなみにどれくらい倒した」と聞かれたので、
「魔晶石を回収できたのは二級相当が八、三級が十二、四級が二十くらいと五級が少しですね。回収できなかったのもありますから、もう少し多いですが、六級以下はほとんど見ていません」
「さすがだな」という賞賛の声の他に「それだけ倒して無傷かよ」と呆れる声が混じっていた。