作品タイトル不明
第四十話「獅子岩の調査」
七月三日。
アクィラの調査を行うため、東に進んでいた。調査以外にもサラマンダーの討伐も受けており、その依頼票にあった場所近くに到着した。
それまで深い森だったが、この場所は岩がゴロゴロと転がる荒地になっており、ところどころ焦げた跡がある。
「確かにいそうな感じだね」とベアトリスが呟く。
「これから夜になるわ。この場で野営は危険だと思うのだけど?」
リディの意見にベアトリスも賛同する。
「あたしもそう思うね。一旦、森に戻るかい?」
その言葉に答えようとした時、殺気のようなものを強く感じた。その直後、百メートルほど先に大型の真っ赤なトカゲの姿が現れる。
サラマンダーは体長五メートル、体高一メートルほどの大型のトカゲで、真っ赤な外皮と巨大な口が特徴だ。防御力と敏捷性が高く、ドラゴンのようなブレスほど勢いはないが、火炎放射器のように口から高温の炎を撒き散らす。鎧での防御は難しい割に接近される前に倒しにくい魔物で、一般的な編成のパーティでは対処が難しい。
「その前に向こうから出てきたようだ。基本的には魔法で対処するぞ。リディは 雪嵐(ブリザード) を、シャロンは風属性魔法で牽制してくれ。俺は 氷柱の槍(アイシクルランス) で攻撃する」
俺の指示にすぐに了解の声が返ってくる。
サラマンダーは 番(つが) いらしく二匹いた。二匹とも大きな口を開けて威嚇しながら突進してくる。
シャロンは得意の 疾強風の矢(ゲールアロー) を放った。
真空(・・) の矢がサラマンダーの顔を襲うが、貫通力が高いシャロンの魔法でもほとんどダメージが与えられず、速度を落とすことすらない。
その直後、リディが 雪嵐(ブリザード) の魔法を放つ。
真夏の荒地の乾いた空気が一気に冷える。オレンジ色の夕日を受けてキラキラと光る雪の欠片がサラマンダーを包み込んだ。
さすがに冷気は苦手なのか、サラマンダーの足が止まる。三十秒ほどでブリザードが止むと、しきりに頭を振るサラマンダーの姿があった。
その直後、 氷柱の槍(アイシクルランス) の魔法を発動する。
アイシクルランスは火属性の 獄炎の槍(ヘルフレイムランス) の水属性版で、直径二十センチ、長さ三メートルほどの氷の槍を高速で飛ばす魔法だ。
動きを止めたサラマンダーに冷気をまとった氷の槍が突き刺さる。
トカゲ(リザード) 系の魔物は表皮が堅く、槍系の魔法は弾かれることが多い。そのため、口の中を狙ったが、それが見事に成功した。
口を射抜かれたサラマンダーは氷の隙間から炎を吹き出すと、そのまま動かなくなった。しかし、まだもう一匹残っている。既に三十メートルくらいまで接近されており、呪文を唱える時間はない。
「メルは俺と一緒にリディとシャロンを守る! ベアトリスは奴の横から攻撃してくれ!」
大きな岩が邪魔になり、まっすぐには進んでこないが、巨大なトカゲが馬の突進ほどの速度で突き進んでくる姿に僅かだが恐怖を覚える。
メルはウルリッヒの魔法剣を構え、青い光を纏わせる。一撃で仕留めるつもりのようだ。
ベアトリスは俺の右側に静かに移動し、リディとシャロンは剣を構えながら、突進を避けるためにゆっくりと下がっていく。
俺も魔法剣に光を纏わせ、迎え撃つ準備を終える。
サラマンダーは中央に立つ俺に狙いを定めたようで、オレンジ色の瞳を大きく開いていた。
正面から迎え撃つように見せながら、右に小さく避ける。そして、流れるように剣を振り下ろす。
サラマンダーの硬い外皮をウルリッヒの剣は易々と斬り裂いていった。
メルも同じように剣を振り下ろしており、二人の斬撃にサラマンダーの胴は千切れる寸前となっていた。
大きく血を吐き、サラマンダーは絶命する。
「あたしの出番がなかったね」とベアトリスは笑うが、槍を構えたまま周囲の警戒を行っている。
魔晶石を回収し、牙や爪、外皮を剥ぎ取る。残念ながらサラマンダーの肉は食用に適さないので、そのまま放置する。
「これほど街に近い場所で三級のサラマンダーが出るとなると、やっぱり山の中で何かが起きているんだろうね」
ベアトリスの言葉にメルが「他の魔物もいつもより多いですよね」と頷いている。
他に魔物がいないか調べたが、大物がいたためか、他の魔物の姿はなかった。剥ぎ取りを終えたサラマンダーの死体を魔法で掘った穴に埋め、少し離れた場所で野営することにした。
その夜は何事もなく過ぎ、翌日から再び東に向かう。昨日同様、魔物の襲撃は続き、四級クラスの魔物まで現れるようになった。
俺とリディ、ベアトリスの三人で警戒に当たっているため、致命的な奇襲は受けていないが、先手を取られることが多かった。
「やっぱりダンがいないと厳しいな」と思わず口にする。
「そうだね。あんたやあたしにあれくらいの気配断ちができればいいんだがね」
ベアトリスも同じ意見だが、どちらかが先行するという考えはないようだ。
「それにしても俺たちじゃなきゃ、この依頼は無理だな。いや、まだ成功したわけじゃないから何ともいえないが……」
俺たちは全員が三級冒険者で武術か魔法のレベルは五十を超えている。戦闘力的に言えば、二級冒険者のパーティを凌駕しているし、俺の 収納魔法(インベントリ) に荷物を入れているので軽装だ。
その俺たちでも頻繁に襲ってくる魔物に手を焼いている。
これが一般の冒険者なら重い 背嚢(バックパック) を背負ったまま戦う必要があり、致命的な損害を受ける可能性が高い。
七月七日の昼過ぎ。目的地である“獅子岩”がはっきりと見えてきた。
遠目に見るほどライオンらしくはないが、何となく口を開き、大きなたてがみを持つ獅子に見えなくもない。
目的地といったが、あくまで目標にしてきただけで、この岩の調査ではない。ペリクリトルとその北東にあるリッカデールの町での目撃証言から、この辺りであると当たりが付けられたに過ぎない。つまり、数キロの誤差は当たり前にあるということだ。
「どうやって探すんですか?」とメルが聞いてきた。
「一旦見晴らしがいい場所まで上がって、そこから開けている場所を探す。光の柱が見えたってことは深い森の中ってわけじゃないだろうから」
「それでも結構大変だよ。獅子岩の更に上に行くってことは崖登りをしなきゃいけないんだから」
ベアトリスの意見はもっともだが、俺の案以外にいい考えは出なかった。
その日はベースキャンプでもないが、安全そうな場所を探し、翌日の朝から上を目指す。
ベースキャンプは獅子岩の真下辺りで、近くにはきれいな渓流があり、危険な森でなければ、バーベキューをしたくなるようなところだった。
土属性魔法で避難所を作り、そこで休むことにした。
七月八日。その日は朝から曇り空でアクィラの山が霞んで見える。
「昼過ぎには雨が来そうね。今日は上に行かない方がいいわ」
リディの意見に従い、ベースキャンプ周辺を中心に調査を開始する。
木が疎らな川沿いを歩き、上流を目指す。途中で小型の 蛇竜(サーペント) に遭遇したり、 骸骨騎士(スケルトンナイト) の集団に襲われたりと、相変わらず魔物の密度は異常だった。
五時間ほど歩き続け、滝にぶつかる。
落差は三十メートルほどあり、木々を伝えば登れないことはないが、朝より更に雲行きが怪しくなってきたことから、ここで昼食を摂ってからベースキャンプに戻ることにした。
昼食を摂り、少し休憩した後、今来たルートを引き返そうとした。
「これを見てください」というシャロンの声が響く。
彼女が指し示す先に視線を向けると、直径三メートルほどの大きな岩があるだけだった。シャロンが何を気にしているのか分からない。
「何を見つけたの?」とメルが聞く。
「岩の周りの土の色が他と違います。それに岩の下にカニがたくさん入っていきます。何かあるのではないでしょうか」
確かに沢ガニのような小さなカニがたくさん集まっていた。
「俺とベアトリスで調べる。リディとメルは周囲の警戒。シャロンはそこから気づいたことがあれば教えてくれ」
罠はないと思うが、念のための処置だ。
慎重に岩に近づくと、明らかに周囲と土の色が違う。周りの土は渓流に溜まった白っぽい砂利や砂だが、ここは焼け焦げたような黒っぽい砂利だった。
「焼け焦げた匂いがするね。それも生肉が焦げたような」と鼻にしわを寄せたベアトリスが指摘する。
岩の周囲を見ると明らかに動かした跡がある。これだけの岩をどうやって動かしたのかという疑問が湧くが、それ以上にこの下に隠しているものが気になった。
「 土の壁(アースウォール) で岩を転がす。ベアトリスはいつでも動けるよう警戒しておいてくれ」
「了解。だが、気をつけるんだよ。何が出てくるか分からないんだからね」
彼女の後ろではリディたちもこちらの様子を窺っていた。
岩の端を 土の壁(アースウォール) で持ち上げる。一気に転がすこともできたが、とりあえず三十センチほど持ち上げることにした。
「すべての大地を支えし 土の神(リームス) よ。御身の化身、大地の壁を我に与え給え。我は御身に我が命の力を捧げん。 土の壁(アースウォール) 」
いつもよりゆっくりと壁を作るイメージで魔法を発動する。
岩が斜めに浮き上がり、それに驚いたカニたちが一斉に渓流に向かって逃げていった。
「こいつは何なんだい……」というベアトリスの驚きの声が上がる。
俺たちの目に入ってきたのは焼け焦げた人型の死体だった。人型といったのは頭と胴体、四肢があるためだが、外は炭化しており、人族なのかオークなどの魔物なのかは判別できない。
「岩をどけてからアースウォールで掘り出してみる。少し下がっていてくれ」
そう言うと、地面に手を付き、呪文を唱えていく。
蓋になっていた岩を転がすと、穴の全容が明らかになる。直径は三メートル弱で中には人型の死体で埋めつくされていた。
掘りだすため、穴の底を探るが思った以上に深い。二十メートルくらいのところに底を発見し、アースウォールの魔法を掛けていく。
ゆっくりと底を持ち上げていくと、死体が周囲に溢れ出てきた。俺がいる場所まで死体が転がってきたため、一旦魔法を止める。
「深さは二十 m(メルト) くらいありそうだ。この直径で中がすべて死体だとすると相当な数が埋められていることになるな」
俺がそう言うと、ベアトリスが死体の一つを槍で指しながら、
「割とガタイがデカイね。人間なら男。体形的にはオークの線はなさそうだね」
正確には分からないが、身長は百八十センチを超えているものが多く、また、筋肉質な感じだが、腹が出ていないマッチョな体形で、確かにオークの可能性は低そうだ。
折り重なり具合にもよるが、少なくとも五十人分はありそうだ。炭化するほど焦げているため、いつ頃焼かれたのかは分からないが、匂いの感じからはそれほど昔でもなさそうだ。
「全部掘り出してみた方がよさそうだな」
魔法を使い、全部掘り出してみたら、死体の数は六十四体あった。その中に比較的焦げていないものがいくつかあり、それにカニが群がっていたようだ。
カニに食われ酷い状況になっており、結局種族は分からなかったが、少なくともオークではなかった。ただ気になったのは歯の長さだ。通常の人間より長い犬歯を持ち、 吸血鬼(バンパイア) の牙に見えたのだ。
「 吸血鬼(バンパイア) という気がしないか」とリディとベアトリスに聞くが、
「バンパイアにしちゃ、身体がデカイ気がするね。知らない種族っていう方がしっくりくるよ」
「私もそう思うわ。これだけ筋肉が発達したバンパイアなんて聞いたことがないから」
メルやシャロンにも意見を聞くが、やはり分からないという答えしか返ってこなかった。
オーブなどの遺留品は全くなく、魔晶石も抜き取られた後のようで残っていない。こうなるとお手上げだ。証拠として死体を一つ運ぶという手もないでもないが、 収納魔法(インベントリ) の存在を明らかにしない限り、不自然すぎる。
更に周囲や穴の底などを調べてみたが、手掛かりになる物は何も見つからなかった。
調査に時間が掛かり、雨が落ち始める。
光の柱と関係あるかは分からないが、ここで何かが行われたことは間違いない。
「これ以上、ここにいても仕方がない。どこかで雨宿りした方がいいな」
俺の意見に反対はなく、ベースキャンプに戻ることにした。
翌日も雨が降り、調査を断念する。
その次の日は夏らしい青空で、調査を再開したが、二日間粘ったものの、最初に見つけた死体以外に異常を示すものは見つからなかった。
七月十六日。ペリクリトルに無事帰還した。
冒険者ギルドの東支部に向かい、討伐と調査の結果を報告する。報告は受付の職員ではなく、本部の情報課の職員だった。
報告を終えると、その職員は何とも言い難い表情になる。
「……六十四体の死体が埋められていたか……成功報酬を出すが、この情報をどうしたらいいのか、俺には判断できん。追加調査を頼むかもしれんが、その時は指名依頼にするかもしれんのでよろしく頼む」
「別に構いませんが、誰かを連れていくなら、二級の依頼にしてください。今回の報酬では割に合いませんので」
「確かにそれだけの魔物に襲われるなら仕方ないだろう。その件は上に伝えておく」
これで指名依頼が入れば、二級の依頼となり、ベアトリスが昇級できる。俺たちも三級の依頼十回分となり、昇級まで残り半分ほどになる。
しかし、その後に追加調査の依頼はなかった。それは最前線の街、リッカデールで怪しい魔物の情報が相次いだためだ。