作品タイトル不明
第四十一話「指名依頼」
八月十五日。
ペリクリトルに来てから四ヶ月が過ぎようとしていた。
謎の光の柱と俺たちが調査で見つけた六十四体の死体については、結局何も分からず、街の人々も、そして冒険者たちもそのことを忘れつつあった。
しかし、不安を掻きたてる情報は相変わらず入ってくる。
今この街の冒険者の中で一番の話題は北東にあるリッカデールの状況だ。ベテラン冒険者の未帰還が続き、遂には超一流の二級冒険者のパーティまで予定を大きく越えても戻ってこない。
更には見たこともないような飛行型の魔物に遭遇したという噂や、上位の死霊である 死霊魔道師(リッチ) が怪しげな儀式をしていたという噂が飛び交っていた。
「なにやら、きな臭いね」とベアトリスがいい、リディも「気をつけた方がよさそう」と頷いている。
そんな噂話が飛び交う中、俺たちに指名依頼が来た。
それもアクィラ方面を担当する東支部ではなく、総本部直々の依頼だ。
真夏の太陽が照りつける中、街の中心部にある総本部の建物に向かう。
総本部は行政庁も兼ねており役所のような感じところで、本来なら出入りする冒険者はほとんどいない。しかし、今日は冒険者風の男女がたくさん入っていく。
「俺たちだけじゃないのか?」
「そうみたいです。でもこれだけの数の冒険者を集めるということはギルドも本気なんですね」
シャロンが俺の問いに答える。
いつもは静かなホールがざわついている。一階にある総合受付に行くと多くの冒険者が並んでいた。
「指名依頼の方は二階の大会議室に向かってください! そこでギルド長から説明があります!」
その言葉でゾロゾロと階段を上がっていくが、「何をさせる気なんだ」という疑問の声が多く聞かれた。
会議室に入ると、百近い数の椅子があり、既に多くの冒険者が座っている。
級ごとに座る場所が決まっているらしく、俺たちは三級の席に向かった。座っている冒険者たちを見ると、三十代半ばのベテランクラスがほとんどだ。中には知り合いもおり、軽く会釈をして席に着く。
そこかしこで情報交換をしているようで、会議室にザワザワとした声が響いていた。
十分ほどで全員が集まったのか、四十代半ばのギルド職員が「皆さん、席についてください! 間もなくギルド長が参ります」と私語に負けないように声を張り上げる。
情報交換を行っていた冒険者たちも空いている席に座り、会議室は静かになった。
五十代半ばのやや肥満気味の男が四十代半ばの鋭い目付きの男を従えて入ってきた。すぐに演壇に上がり、話し始める。
「冒険者ギルド長のレジナルド・ウォーベックだ。今回は集まってくれて感謝する……」
ギルド長のあいさつの後、すぐに先ほどの職員が演壇に上がり、説明を始めた。
「今回は四級以上の方に集まっていただきました。依頼内容はリッカデール周辺での魔物の討伐とアクィラでの調査です。皆さんもご存知だと思いますが、現在リッカデール周辺は魔物の数が増えております。また、魔族の関与が疑われる話もあり、この調査も必要となります……」
職員の説明では魔物の討伐と調査の依頼があり、それぞれのパーティの特性に従って指名依頼が行われるとのことだった。
「……報酬はパーティごとに異なりますが、最低でも通常の依頼の五割増しとなっております。また、依頼を断る場合はペナルティとして級の降格もあり得ますのでご注意ください……」
そこでブーイングが起きる。通常の指名依頼にペナルティはなく、断ることも可能だからだ。
「鎮まれ!」とギルド長が一喝する。会場のざわめきが一瞬で消えた。
「今回の件は総本部からの 命令(・・) だ! 魔物の異常発生だけならこんなことはせん。だが、魔族の関与が疑われておるのだ。ギルドとしても早急に対応し、最悪の場合は各国に支援要請を行わねばならんと考えておる。つまり、こいつは戦争だ。いつもの依頼とは全く違うと考えてくれ!」
そこで再びざわめきが大きくなる。
一人の冒険者が立ち上がった。
「俺たちはギルドに所属しているが、自由な冒険者だ! いくらギルドでもそんな横暴は許さねぇ!」
その言葉に多くの冒険者が「そうだ!」と賛同する。
その男が言った通り、冒険者は自由な気風を好む。ロックハート家のように厳しい規律の中で生きてきた俺から見たら大したことはないと思うのだが、彼らにとっては横暴に見えるのだろう。
「ギルドの決定が気に入らんなら辞めてもらっても構わん」
レジナルドがそう言うと更に怒号は大きくなる。
そこでギルド長の後ろいる目付きの鋭い男が前に出る。
「ランダル・オグバーンだ! まあ、とりあえず落ち着け」
ランダルはこの街の防衛責任者で元三級冒険者だ。噂で聞いただけだが剣術レベルも八十を超えている猛者らしい。
そんな彼がそれまでの険しい表情を緩め、冒険者たちをなだめに掛かった。
「レジナルド。もう少し言いようがあるだろう」と苦笑気味に言った後、冒険者に語りかける。
「だが、街がヤバイのはこいつが言っている通りなんだ。それにここに呼んだのはこの街でも腕がいい冒険者だけだ。つまり世界で最も優秀な連中に頼みたいということだ。すまんが、もう少し話を聞いてくれないか」
話している内容は大したことはないのだが、何となく好感が持てる話し方で、冒険者たちも「ランダルさんがそう言うなら」という感じで落ち着きを取り戻していく。
そこでランダルは職員に話を続けるように目で合図を送る。
職員は中断した説明を再開していくが、その後は大きな混乱はなかった。
肝心の依頼内容だが、これは討伐組と調査組に分かれて行われる。俺たちは調査組ということで別の会議室に向かった。
調査組は俺たちの他に二つのパーティだけだった。いずれも二級冒険者のパーティでこの街のトップと言える存在だ。
移動を終えるとすぐに説明が始まった。
説明者はギルド長自らで、書記らしい職員が一人いるだけだ。
「わざわざ移動してもらってすまん。だが、奴らの前では話しにくい内容なのだ」
そう言った後、テーブルに大きな地図を広げてから話し始めた。
「調査は君たち以外にリッカデールのベテランパーティも五組参加する。場所はアクィラの山の中、地図で言うとこの辺りまでだ……」
リッカデールから東に三十キロメートルほどだが、そこまで行くと標高差は五百メートル近くになるはずだ。
「……今回の調査の目的だが、あるものを探し出すことだ」
そこで一人の冒険者が「あるものだと」と口にする。
「そうだ」と答えるものの、話題を変える。
「先ほどは魔族の関与が疑われると言ったが、翼魔が目撃されておるのだ」
「翼魔ですか?」と思わず質問してしまった。
レジナルドは気にした様子もなく、俺に頷くと、
「正確にいうと翼魔より大きい 大魔(グレーターデーモン) クラスが三体だ」
「その情報は確かなのか?」と別の冒険者が質問する。
「ああ、リッカデールで一番の斥候が確認している。偶然だが、二十 m(メルト) も離れていない場所まで近づいてきたそうだ。咄嗟に身を隠して見つけられなかったが、間近から見ているから間違いない」
「どんな感じなのだ?」
「身長は二メルトを超え、禍々しい雰囲気に震えが止まらなかったそうだ。二級のベテランがだ」
「何をしていたんだい?」とベアトリスが聞く。
「ここから先は依頼を受けると決まった奴にしか話せん」
「では、期限と達成条件、報酬について説明してください」と俺は先を促した。
「出発は九月一日、討伐組が近くの魔物を減らしたら出発する。期限は九月一杯だ。達成の条件は目的のものを見つけるか、現地で十五日以上の調査を行うこと。報酬は発見できれば一人七千五百、見つけなくとも一人四千五百だ。二級の依頼として出す」
成功報酬で七千五百クローナ、日本円で七百五十万円にもなる。二級の依頼にしては破格の依頼だが、誰もすぐに受けるとは言わなかった。もちろん俺たちもだ。
「 荷物運び(ポーター) の分は出ないのか?」と別のパーティの冒険者が聞く。
「パーティ当たり二千までなら出してもいい。もちろん実費だけだがな」
この条件も破格だ。リッカデールのポーターはベテランの一歩手前、五級冒険者が一般的だ。五級の日当は一日五十クローナ、五万円が相場だ。往復を含め二十日間として、一日辺り百クローナまで使える。つまり二人のポーターを雇うことができるということだ。
「そりゃないぜ。ひと月近く山に篭るんだ。少なくとも五人は必要だろう。赤字とは言わんが、割がいいとは言えんな」
普通の冒険者の場合、食料や予備の武器などを 背嚢(バックパック) に入れて運ぶことになる。戦闘を考えなければ三十キログラムでも運べないことはないが、革鎧を着た冒険者が運ぶ量としては二十キログラムが限界だろう。斥候や前衛はできるだけ身軽な方がいいし、そう考えると、一ヶ月分の物資を運ぶとなると、パーティと同数のポーターが必要となる。
俺たちの場合、俺の 収納魔法(インベントリ) があるから、いくらでも運べるが、二の足を踏むのは分からないでもない。
「現地での調査を十日にしてくれれば乗ってもいい」とリーダーらしい冒険者が交渉を始める。
レジナルドは「うむ」と唸った後、「よかろう」と答えた。
「報酬は同じ。だが、現地での調査期間は十日間以上とする。これでどうだ?」
二組のパーティはそれぞれ同意するが、俺はもうひとつ条件を付けることにした。
「倒した魔物の魔晶石の買い取りも五割増しにしてほしいですね。この辺りでも魔物の数が増えているんです。アクィラの山に入れば更に強力な魔物が出てくるのは目に見えていますから」
「よかろう。お前たちなら無駄に戦うことはないだろう」
「あとは依頼の失敗の時のペナルティですね。これだけ不確かな情報しかない依頼で失敗のペナルティを取られたらやっていられません。それに準備に掛かった費用の請求も認めてください」
レジナルドは「うむ」と言って暫し考える。そして、 徐(おもむろ) に話し始めた。
「……仕方あるまい。だが、止むを得ぬ理由がある場合だけだ。多少の危険は許容してもらわねばならん事態なのだからな」
「止むを得ない理由の定義がいい加減だと揉めることになります。どのような事態が止むを得ないといえるのでしょうか」
「さすがは学院出だな……」と苦笑した後、
「想定以上に魔物の襲撃を受けた場合だな。あとは他の依頼でも適用される天災くらいか」
「分かりました。失敗した場合は総本部と協議ということでいいですね」と念を押す。
「それでいい」
俺はリディたちに目で確認する。全員から同意が取れたので、「俺たちも受けます」と答えた。
「では、詳しい情報を話そう。先に言っておくが、これは他の奴に話すな」
そう言って念を押す。俺たちが頷くと、
「大魔は冒険者らしい男を運んでいた。どうやらリッカデールで行方不明が頻発しているのは奴らのせいらしいのだ。大魔は生きたままの男を連れていく途中だったようだ。その時、あと十人で揃うという話をしていた。ギルドでは大魔たちが何らかの儀式を行おうとしているのではないかと考えている。つまり、捕まった連中は儀式が終わるまでは生かされている可能性が高いということだ」
「それなら早く探しにいった方がいいんじゃないか」
「そうしたいのは山々だが、下手に動けば犠牲者が増える。つまり、その儀式という奴に必要な人数が揃ってしまうことになる。だから、可能な限り安全を確保した上で、お前たちのような探索に慣れた優秀なパーティを少数ずつ派遣するのだ」
儀式に必要な者がどういう条件かは分からないが、二級相当の魔物である大魔を相手に三級のパーティでは厳しい。超一流といわれる二級冒険者であっても上空から魔法で攻撃されれば全滅の可能性すらある。
「しかし、それだとポーターは連れていけないですね」
「そうなるな。そこでお前たちのパーティが必要になる」
一瞬、収納魔法のことを知られたのかとドキッとするが、別の目的だった。
「お前たちは飛行型の魔物に滅法強い。先行して大魔を倒してくれれば、それでも依頼達成としようと思っている。どうだ?」
「依頼内容とは違う話ですね。二級相当の依頼を二つ受けることになると思うんですが?」
「それでも構わん。大魔一体につき一万クローナの二級の依頼としよう」
三体倒せば、三つの依頼を達成したことにしてくれるということだ。俺たちには願ったり叶ったりだが、戦ったことがない魔物であることを考えると、リスクは大きい。
「依頼として受けて討伐できなければ失敗扱いになります。出てくるかも分からない魔物の討伐はリスクが高すぎますね」
「歳に似合わず慎重だな」とレジナルドは笑うが、
「ならば、討伐に成功した分だけ依頼を受けたことにしよう。これならばどうだ?」
俺たちにどうしても大魔と戦ってほしいようだ。
俺たち以外の冒険者はその待遇のよさに驚きを隠せない。しかし、すぐに高位の魔術師が三人いるパーティであると思い出し、自分たちの安全にも繋がると考え直したようで、何も言ってこなかった。
「分かりました。可能な限り倒すようにします」とだけ答えた。
その後、手続きなどを行い、九月一日までにリッカデールに行くことが決まった。