作品タイトル不明
第三十九話「魔物の蠢動」
トリア歴三〇二四年七月一日。
ルナが俺の下を去ってから二ヶ月半が過ぎた。
直接は見ていないが、噂を聞く限りでは上手くいっているようだ。彼女を託したパーティリーダーのヘーゼルは俺たちの見立て通り堅実で、比較的近い場所で若手が受ける八級から七級の依頼をこなしていた。
ハルバード使いのライアンという若者は不満そうにしているそうだが、彼らの実力からいっても妥当なところだろう。
ライアンが不満な理由はルナに良いところを見せられないというだけだ。もっとも、彼の実力が一番足りておらず、不満を抱くのはお門違いだ。
七級程度の依頼を受けているため、収入的には厳しいらしい。
七級の魔晶石は十 C(クローナ) 、日本円で一万円程度にしかならず、依頼の達成料もほぼ同額だ。つまり四人で割れば五千円にしかならないのだ。
そんなこともあり、彼女たちが泊まる宿は若手を相手にする安宿で、ヘーゼルとルナは二人部屋に泊まっているものの、剣術士のファンとライアンは大部屋に泊まっているらしい。
俺にはその辺りの苦労はよく分からない。
俺が冒険者になった時は学院生活の合間に依頼を受けていたので、金銭的な余裕はあった。また、魔術師三人という反則的な火力を持っていたため、最初から六級程度の依頼を受けていたし、ベアトリスが加入してからは更に楽になり、収入面の厳しさを感じたことは一度もなかった。
それでも話を聞く限りでは楽しそうにやっている。
俺自身が会いにいくわけにはいかないため、メルかシャロンに様子を見にいってもらっている。いささか過保護な気もしないでもないが、ここで気を抜いて何か起きては目も当てられないからだ。
ただ、そろそろ様子を見ることもやめようと思っている。俺がこの街にいることが噂になりつつあるためだ。
そうは言っても完全にここから立ち去るつもりはなく、冒険者として依頼を受けるつもりでいる。
誰かに聞かれたら、「史上最年少の二級冒険者、史上初の一級冒険者を目指している」と答えるつもりだ。
俺の場合、二十歳で三級になっており、三級冒険者の最年少記録を更新しているし、このまま冒険者を続ければ、今まで誰も成し得なかった“一級冒険者”の称号を手に入れることも可能なためだ。
冒険者を目指す者の究極の目標であり、俺がここにいる充分な理由になる。
話は変わるが、今日七月一日は夏至の日だ。つまり、夏祭りの日に当たる。
ここペリクリトルでも祭が開催され、街のあちこちで屋台が出され、若い男女が踊りに興じていた。
「久しぶりね」とワインの入ったゴブレットを持ったリディが微笑んでいる。
「そうだね。やっぱり祭はいいよ」とベアトリスがビールの入ったジョッキを掲げる。
「私も大好きですよ」とメルもジョッキを掲げ、シャロンも「私もです!」といつもより明るい声で白ワインの入ったグラスを口に運ぶ。
昨年十月の収穫祭からルナのことで手一杯で祭を楽しむ余裕がなかった。もちろん、村にも戻っていないし、カルドベックの町でも年明けの新年を祝う祭と春分の日の春祭に少し顔を出した程度だ。
今日もルナと顔を合わせないように鍛冶師街に来ている。
ギーゼルヘールらペリクリトルの鍛冶師たちと楽しく飲んでおり、久しぶりの休日を満喫していた。
鍛冶師たちと飲んでいると自然と蒸留酒の話になる。ここペリクリトルでも近郊で蒸留酒の製造は始まっており、来年辺りから三年物が供給されるようになるはずだ。
ただ問題点はこの辺りは魔物が多く、森の中に蒸留所を建設できないことだ。正確にいうとドワーフの冒険者が警備すると言ってきたらしいので、建設と操業は可能だったが、コストに見合わないことから、ファータス河沿いの草原になった。
そのため、気温や湿度が樽の保管にどう影響するかが心配だ。
そんな話をしていたが、不穏な噂を聞いた。
話してくれたのはギーゼルヘールで、アクィラの山の中で異変が起きているのではないかという話が冒険者ギルドの総本部で出ているということだった。
「山が突然光ったという話があったそうじゃ。他にも地鳴りが聞こえたり、普段は滅多に姿を見せん 不死鳥(フェニックス) が現れたりしておるそうじゃ」
他にも魔物の動きがいつもより活発であるとか、中堅どころの冒険者たちの未帰還が続いているとかという話もあった。
「ランダルから聞いたんじゃが、二級冒険者のパーティをアクィラに派遣するらしい。儂のところに武具の手入れに来たベテランも同じことを言っておった」
ランダルとは元二級傭兵でペリクリトルの防衛責任者であるランダル・オグバーン氏のことで、冒険者としても三級という 強者(つわもの) だ。豪放磊落な性格だが、細かなところまで気が回るらしく、噂に踊らされるような人物ではないという評判だ。
「ギルドが動くのか……村にも警戒するよう言っておいた方がいいな」とリディに話しかける。
「そうね。いっそのこと村に戻ってもいいんじゃないの」
「それもいいが、とりあえず情報収集が先だな。前のアンデッドの時のように大ごとになるなら、予め手を打っておいた方がいいからな」
アンデッドの王ヴラド・ヴァロノスが大軍を率いて襲来した時も、アクィラの山中深くで異変が確認されている。あの時は 飛竜(ワイバーン) や 有翼獅子(グリフォン) が飛び回り、比較的弱い魔物が麓に向かって逃げてきている。
今回も同じような兆候が見られるなら、ルナを狙う神々の敵という可能性があるためだ。
「偵察に志願するかい? あたしらならギルドも歓迎してくれるだろうし、情報も優先的に回してくれるだろうから」
ベアトリスの提案にシャロンが賛成する。
「私もそれがいいと思います。ザック様が動かれれば、ロックハート家と協調しているように見えますから」
「そうだな」と答える。
シャロンが言いたいことは、辺境の猛者であるロックハート家が冒険者ギルドと歩調を合わせていると見せることができれば、街に住む者に安心感を与えられる。また、鍛冶師ギルドの協力も得やすいということもある。
「でも、山の奥に行くということはここを長く離れることになりますけど、大丈夫なのでしょうか? その隙にルナさんを狙ってきたら……」
メルが懸念を示すが、その点については問題ないと考えている。
「そこは割り切りだろう。ずっと守り続けられるならいいが、異変があるならそっちを調査した方がトータルで考えたら安全になる気がするからな」
俺の言葉にメルは素直に頷いた。彼女も同じ考えだが、一応警告してくれたのだ。
「明日にでも東支部に行ってみよう。依頼が出ているならそれを受ければいい。村へはノートン商会に情報を持って行ってもらえば大丈夫だろう」
結論が出たところでギーゼルヘールが話に入ってきた。
「明日から山に入るのか?」
「いや、明日は情報収集だ。山に入るなら明後日以降のつもりだが」
「ならば今日は英気を養わねばな! 飲め飲め!」
結局、朝まで付き合うことになった。それでも久しぶりに気兼ねなく飲めたことはギーゼルヘールの言葉ではないが、英気を養えたと思う。ただ、肉体的には飲み疲れしていたが。
七月二日。冒険者ギルドの東支部にやってきた。
東支部はアクィラ方面の依頼を担当する支部で祭の翌日だというのに、多くの冒険者で賑わっている。
依頼票が貼ってある掲示板に向かい、山中の調査の依頼を探す。三級の依頼が貼ってある場所に“アクィラ山脈の調査”という依頼票が貼ってあった。
その依頼票を剥がし、更に三級の依頼である 火竜(サラマンダー) の討伐の依頼票と共に受付に向かう。
受付の職員とも顔見知りになっており、「この依頼を受けてくださるんですね、助かります」と言われた。
難易度の高い調査の依頼は討伐に比べ、引き受け手が少ない。行って帰ってくるだけとはいえ、人跡未踏の険しい山奥であることが多く、討伐より日数が掛かるためだ。
また、ロープなどの登攀用の機材が必要であり、食料と合わせて大量の荷物を運ばなければならない。そのため、一般的なパーティでは専門の 荷物運び(ポーター) を雇うこともあるほどだ。
当然、その分報酬は減るし、思いも寄らぬ大物の魔物に襲われることもあり、割に合わないと考える者が多い。
「ええ、サラマンダーの討伐で山の中に入ってみようと思っていましたから、ちょうどいいと思って」
サラマンダーの討伐は調査場所のかなり手前で、ついでというには少し遠い。しかし、このような方法で依頼を受けるパーティは多い。
「調査場所はここから五十 km(キメル) 東の“獅子岩”です。その辺りで怪しい光が天に向かって延びたという情報がありましたので、その痕跡がないか調べてください。依頼料は二千クローナ。痕跡が見つかり、証拠を持ち帰った場合はボーナスとして更に三千クローナが支払われます……」
“獅子岩”はアクィラの麓近くにある切り立った岩場にある大きな岩で、ライオンの頭に似た形から名付けられた。冒険者たちにとって覚えやすい形と森の中からでも見えることから目印として使われている。
標高はそれほどでもないが、深い森と何本もある谷に阻まれ、移動が困難な場所だが、行って帰ってくるだけで二千クローナ、日本円で二百万円になる。五人のパーティで受ければ一人四十万円と一般的な市民の月収に匹敵する。成功報酬を含めれば、百万円となり、三級の依頼にしては破格な部類だ。
しかし、移動だけで片道三日は掛かり、調査を含めれば十日弱となるため、必ずしも割のいい依頼ではない。
一方のサラマンダーの討伐だが、場所は街から東に十キロメートル、一匹当たり五百クローナだ。魔物の討伐は素材を売ることもでき、三級相当の魔物の場合、魔晶石だけでも三百クローナ程度であるため、上手く行けば千クローナ近い収入になる。
もちろん、魔物と戦うことが前提であるため、怪我や装備の破損のリスクはあるが、運よくすぐに見つけることができれば、三日程度で稼ぐことができる。
「今回は魔族の関与が疑われていますので、ザックさんたちに受けていただいてよかったです」
魔法陣の専門家という認識を持たれているので、魔族関係の依頼は優先的に回すと言われていた。今回の依頼は魔族関係というわけでもないが、総本部では魔族の関与を疑っており、俺たちに受けてほしかったようだ。
「 荷物持ち(ポーター) の斡旋は必要ありませんか? アクィラ専門の方たちを紹介することができますが?」
ポーターは五級程度の中堅どころの冒険者が請け負うことが多い。中にはそれを専門としている者もおり、ペリクリトルや最前線のリッカデールでは重宝されている。
「ロックハート領でもやっていましたから大丈夫です」と答え、依頼を受ける手続きに入る。
ちなみに行ったことにして何もなかったと報告することはできない。
ギルドの職員などが同行するわけではないが、オーブを確認すれば依頼を達成したかすぐに分かるため、虚偽の報告は行えないのだ。もし、虚偽の報告を行えば罰金を払った上、ギルドから追放されることになる。
その日は食料などを調達し、翌日の七月三日の早朝に東に向けて出発した。
装備はドワーフ製のものに替え、準備は万全だ。
早朝の草原はまだ涼しかったが、日が高くなるにつれ、深い森の中でも夏のムッとする熱気が時折襲ってくる。
更にこの時期は昆虫系の魔物が活発に行動するため、 巨大クモ(ジャイアントスパイダー) や 殺人蜂(キラーホーネット) といった馴染みの魔物の他に、巨大な斧のような鎌を持つカマキリ、 斧蟷螂(アックスマンティス) や、槍のような角を持つ中型犬くらいのカブトムシ、 槍甲虫(ランスビートル) などが襲ってきた。
魔法を使うまでもなく、無難に倒していくが、いつもより魔物の密度が濃い気がしていた。
「魔物が活発に動いているな」と俺がいうと、ベアトリスも「そうだね。この時期だからというには多すぎる気がするね」と賛同する。
「このくらいの魔物ならまだいいけど、これからもっと強くなるから厄介ね」
リディもうんざりという感じでメルに話しかける。
「そうですね。でも、誰かが先行するのも危険ですし、仕方がないですね」
今までならダンが先行して危険を察知し迂回することがあった。今回のメンバーで言えば俺かベアトリスがその役をやってもいいのだが、そうなると本隊の前衛が減ってしまう。
リディも索敵能力は高いので、彼女に斥候を任せるという考えもあるが、素早い動きの魔物に接近戦を挑まれると捌ききれない恐れがあった。そのため、今のパーティでは斥候を出さずに進んでいる。