作品タイトル不明
第三十八話「ルナの移籍」
四月十七日の夕方。
ルナがベアトリスたちと共に冒険者の街ペリクリトルにやってきた。俺が迎えにいくまで来ないと思っていたので意外だった。
ルナはリディの顔を見るとすぐに謝罪した。
「ごめんなさい。謝って済む問題ではないかもしれませんが、酷いことを言いました。本当にごめんなさい」
そう言って大きく頭を下げる。
「私は別の宿に泊まります」と俺の目を見ずにいい、離れていった。
「多少は心の整理ができたんだけどね……だけど、あんたには……」とベアトリスがいい、メルが「私が一緒にいます」といってルナを追いかける。
五日程度で心の整理ができるとも思えないので、仕方がないと見送るしかなかった。
そんな俺に気遣ってか、シャロンが「ルナさんの入るパーティについてはどうですか?」と話題を変えた。
「食事の時にでも話すよ。とりあえず、礼を言っておくよ。ありがとう」といい、装備を外してくるよう促した。
夕食前にメルから近くの宿にチェックインしたことを伝えられる。
「今は落ち着いているので大丈夫だと思います。でも、ザック様はあまり顔を合わせないほうがいいと思います」
「そうか……分かった。すまないが、彼女を頼む」
俺の頼みに「任せてください」と笑顔で応え、俺たちが泊まる“荒鷲の巣”亭を出ていった。
メルとルナがいないため、夕食はリディ、ベアトリス、シャロンとテーブルを囲む。
ベアトリスからカルドベックでのことを聞かされ、少し落ち着いたことに安堵する。
「……といってもあんたの顔を見たら自分でも自信がないと言っていたからね。これからはどうやって見守るかを考えないといけないよ」
「ああ、そうだな」
「で、こっちの状況はどうなんだい」
ベアトリスの問いにここでの情報収集などの結果を伝える。
「弓師はリディの伝手で何とかなった。パーティについても候補は見つけてある」
「もう見つけたのかい」とベアトリスが驚く。普通はパーティに欠員はほとんどなく、追加の要員を探していないか聞いて回ることになるからだ。
「ああ、運がよかった。ヨアンが近くの宿の主人から情報を仕入れてくれたんだ」
そう言ってヘーゼルのパーティについて説明する。
「それでどうするのですか? すぐにそのパーティに声を掛けるのでしょうか?」
シャロンの問いに「少し迷っている」と答えると、リディが口を挟んできた。
「話をしてみたらいいんじゃないの? 確かに頼りないけど、それは仕方がないことよ」
「その子たちを見ていないが、あたしもそう思うね。駄目で元々なんだ。まあ誰が声を掛けるかは考えた方がいいが」
二人の意見で心を決める。
「俺が声を掛けるよ。これは俺の責任でもあるからな」
「それで上手くいったらどうするの? ここだと顔を合わせる機会が多いわよ」とリディが聞く。
「一、二ヶ月はこの街にいるつもりだから、別の宿にした方がいいな」
「それならドクトゥスの時みたいに家を借りてもいいのではないでしょうか?」とシャロンが提案する。
「金に困っているわけじゃないし、宿でもいいと思うんだが?」
「宿だとすぐに噂になります。リディアさんやベアトリスさんはとても目立ちますから。そうなったらザック様がこの町にいるという噂が一気に広がってしまうと思うんです」
シャロンの言う通り、俺たちは目立つ。ここ“荒鷲の巣”は主人のヨアンが気を利かせてくれるからまだいいが、知らないところだとすぐに噂になるだろう。
「東地区で家を探すか。ルナのことはそれとなく見にくればいいしな」
その夜、ヨアンに仲介を頼み、翌日の夜、ヘーゼルと会う約束を取り付けることができた。
翌日、ルナが生活しやすいように、リディとベアトリスにこの街を案内させる。メルとシャロン、そして俺はフリーになったので、東地区に家を探しにいくことにした。
ペリクリトルは大きく分けて、北が商業地区、南が冒険者街、西が歓楽街、東が住宅地となっている。五万人が住む大都市であり、東地区にも商店はあるし、東地区以外にも住宅地はある。
東地区には家族持ちの冒険者が多く住んでいるため、装備を付けたまま歩いている者を多く見かける。
この街にも不動産関係の商会はあり、短期の契約でも問題ない物件を探してもらうことにした。不動産屋の従業員に話を聞くと、パーティで家を借りることは珍しくなく、俺たちの要望に合う物件はすぐに見つかった。
とりあえず一ヶ月間の契約を済ませ、冒険者ギルドの東支部に向かう。
この街には冒険者ギルドの建物が三つある。総本部と街の東西にある支部で、東支部はアクィラ方面の依頼が専門だ。
ここで異変がないか話を聞いたが、いつも通りということで目新しい情報はなかった。
その日の夜、ヘーゼルが泊まる宿に向かった。リディたちがついてきたそうだったが、俺一人だ。
宿は俺たちが泊まる“荒鷲の巣”に比べるとかなり小さく、食堂ですれ違う宿泊客も十代半ばから二十代前半の若手が多い。
食堂の片隅で待っていると、警戒するように表情を険しくしたヘーゼルがやってきた。
「あなたが私に会いたいという人かしら」
訓練場で見た感じより声が固い。突然現れた男に警戒しているのだろう。
「ザカライアス・ロックハートと言います。あなたがヘーゼルさんでよかったですか?」
「ええ、ヘーゼルよ……ロックハート? あのロックハート家のザカライアス卿なの!」
握手しようと伸ばした手が驚きのあまり止まっていた。
「そのザカライアスです。今日はお願いがあってお時間を頂きました」
ヘーゼルは「お願い?」と首を傾げるが、俺が「まずは座りましょうか」と促すと、俺の顔を凝視したまま椅子に座る。
「私みたいな田舎者でも知っている有名人が、私のような者に何の用でしょうか?」
「ここではただの冒険者ですから、ザックでいいです。もちろん敬語もいりません」
「そうは言っても……分かったわ。じゃあ、単刀直入に聞かせてもらうけど、どんな用事なのかしら?」
あっさりと切り替える様子に、意外に豪胆だと内心で感心する。
「私の縁者で十六歳の弓術士がいます。ヘーゼルさんのパーティでは弓術士を探していると聞きました。ですので、あなたのパーティに加えていただけないかと思い、不躾ながらお願いに来ました」
「縁者? ロックハート家の人が私のパーティに? 話が見えないのだけど」
「順を追って話します。私の縁者はルナ・ロックハート。義理の妹に当たります。以前私が助けた娘を両親が養女にしたのです……」
ティセク村で助けた話から始めると、「そう言えばそんなことがあったわね」と呟いている。六年前、ここペリクリトルでも大きな騒動になったから覚えていたのだろう。
「彼女は今悩んでいます。ロックハート家の名が重荷になっているのです。他にも理由はありますが、それは個人的なことですので、本人から聞いてもらった方がいいでしょう……」
俺との関係についてはぼかしながら、ルナの能力について話していく。
「先ほども言いましたが、歳は十六。半年前に冒険者として登録を済ませ、現在は七級です。森の中での行動は一通りできます……少し変わった弓を使いますが、弓術士としての能力は低くはありません。もちろん、ロックハート家の基準ではなく、一般的なものですが。今のレベルは二十三で……」
五分ほどで話を終える。
「いくつか聞かせてほしいのだけど、一番気になるのはどうして私のところを選んだかということ。ロックハート家の関係者なら鍛冶師ギルドとの繋がりができるからどこでも歓迎されるはずだけど」
この質問は想定内だ。
「最初の質問ですが、全くの偶然です。たまたまここに弓術士を探しているパーティがいると知ったのです」
「偶然……」と呟いているが、納得している様子はない。
「私はそんなに有名人じゃないけど? 偶然と言ったけど、どうやって知ったのかしら?」
「あなたを知ったのは本当に偶然なのです。荒鷲の巣という宿を知っていますか?」
「ええ、知っているわ……なるほど、あの宿はロックハート家と 縁(ゆかり) があったわね。確かお酒絡みで」
七年以上住んでいるらしく、この辺りの情報にも詳しいようだ。
「宿の主人のヨアンとは十年来の付き合いです。その関係もあって妹のことを相談したら、あなたのパーティで弓術士を探していると教えてくれたのです。話を聞くと、リーダーが女性で治癒師、獣人の斥候がいて比較的若いという理想的な組み合わせだったので声を掛けさせてもらいました」
「分かったわ」といい、先を続けるよう小さく頷く。その仕草に思った以上に肝が据わっていると感じた。
「二つ目の質問というか確認事項ですが、先ほども言ったように彼女はロックハートの名を重荷に感じています。ですので、ただのルナという立場で生活したいと望んでいますから、ロックハートの名を出すことは全く意味がないのです」
「そうね」と頷き、ルナの境遇に共感を示した。
「生まれた時からロックハートならいいけど、噂に聞く話が半分でも本当なら、普通の子だと重荷に思うわね。私でも逃げ出したくなると思うわ」
その言葉に大きく頷く。
「ええ、そう思います。あなたのパーティを選んだのは、彼女のためによいと思ったからです」
一旦は共感を示したものの、一番の問題を指摘してきた。
「養女とはいえ、有名なロックハート家の令嬢に何かあれば大きな問題になるわ。私は他の人に比べて慎重な方だと思っているけど、森の中では絶対はない。こんなことは一流の冒険者でもあるあなたには分かっているのでしょうけど。だから、責任を取れないような人を入れるわけにはいかないわ」
これも想定していたため、すぐに答えていく。
「その点は心配ありません。私も、そして父マサイアスも冒険者という仕事を熟知しております。その上で、彼女一人を送り出すことにしたのですから、命を落とすことになっても咎めることはありません」
「そう……」と言いながら俺の目を見つめる。視線を受け止めながら、この人物は当たりだと確信する。
「私の方にメリットがないのだけど?」
「優秀な若手の弓術士が加わるだけでは満足できませんか? もちろん妹の性格を知ってから決めてもらえればいいですが」
メリットの話は必ずされると思っていた。しかし、ロックハート家や鍛冶師ギルドとの関係で見返りを与える気はない。もし、そのことを口にするようならこちらから断るつもりだった。
「そうね。腕と人物を確かめないといけないけど、あなたが身内の贔屓目なしに推薦するというのなら私たちには願ってもないことだわ。私も新しい仲間は女性の方がいいと思っていたし」
彼女の答えに内心で安堵するが、表情には出さない。
「では、一度妹に会ってもらえますか? その場に私は立ち会いませんが、私の妻が代わりに立ち会います」
「奥さん?……そう言えば 全方位の(オールレンジ) ……なんでもないわ」と笑みを零す。
「会ってもパーティに入れるとは約束できない。メンバーが認めた上で何日か一緒に行動を共にしないと。それでもよいということね」
「もちろんです。その方が安心できます」
翌日、メルが俺に代わってルナを連れていく。
後でメルから聞いた話ではヘーゼルが話をした後にメンバーを呼んで顔合わせし、更に訓練場で腕の確認を行ったそうだ。
「私もあの人ならルナさんを預けても大丈夫だと思います。とても明るい人ですが、一つ一つのことをきちんと確認していましたから」
弓の腕だけでなく、自分の指示に従えるか、他のメンバーの動きをきちんと追えるかなど、冒険者パーティとして必要な技量をていねいに確認していったらしい。
俺が安堵の息を吐きだそうとした時、メルが爆弾を落とした。
「ただ気になることが一つだけあります」と真剣な表情で言ってきたのだ。
俺が調べた限りでは大きな問題はなかったはずだ。もしかしたらメルが重要なことに気づいたのかもしれない。
「気になることとは?」
俺の表情に不安を見たのか、メルは「全然大したことでじゃないんですよ」と笑い、
「一番若いハルバード使いのライアンという男の子がルナさんに一目惚れしたみたいなんです。フフフ……本当に分かりやすくて、ルナさん本人も気づいていたくらいなんですよ」
その言葉に安堵する。どうやら気を張り続けている俺の肩の力を抜こうとしてくれたようだ。
メルの言葉に楽観的だが希望が見えた。ルナ自身、自分が想われる立場になれば、彼女の気持ちも変わるかもしれないとも思ったのだ。
「そうか……それで少しは変わるといいな」
その二日後の四月二十日にルナは正式にヘーゼルのパーティに加わることになった。