作品タイトル不明
第二十六話「探索」
キトリー・エルバイン教授の古代遺跡調査のため、アクィラ山脈のふもとの森に入った。遺跡自体は見つからなかったが、魔族もしくは彼らを追った帝国軍が使ったと思われる道を見つけることができた。
その時はルナと妹のソフィアの訓練を兼ねていたこと、予定の調査日程であった五日目になったことから、一旦、村に戻ってきた。
十月三日。
十月一日の収穫祭を終え、再び東の森に入ることになった。今回は俺たちザックセクステッドとキトリーさんだけで、最大十日間の調査期間を予定している。
おおまかな計画だが、まずシーリン湖の東側を拠点に前回見つけた痕跡を追っていく。恐らくアクィラ山脈の山の中に深く入っていくことになるから、最悪の場合、俺の土属性魔法でルートを作りながら行くことになる。
気候的には一年で最も安定した時期だが、アクィラの山中は奥に行けば二級や三級の魔物が出てきてもおかしくない場所だ。そのため、山の中での滞在期間を七日とし、複数回に分けて調査を行うことにした。
これは日数を決めておかないと、探究心に燃えるキトリーさんがいつまででも調査を継続しようとするためだ。
通常なら物資の関係で引き上げざるを得ないのだが、俺の 収納魔法(インベントリ) を使えば補給の問題は発生しない。
実際、安全な場所なら延長しても問題はないのだが、アクィラは舐めて掛かれるほど安全なところではない。また、予定を決めておかないと、父が捜索隊を出す可能性があり、その捜索隊が二次遭難する恐れもある。
キトリーさんはその慎重すぎる計画に最初は不満気だった。
「あなたたちなら 地竜(ランドドラゴン) や 一つ目巨人(サイクロプス) くらい簡単に倒せると思うのだけど」
彼女の言う通り、ダンの索敵能力、俺とリディ、シャロンの遠距離攻撃力、メルとベアトリスの近接戦闘力なら、地竜やサイクロプスでも何とかできる。しかし、それ以上の魔物や複数の魔物に襲われたら逃げ場の少ない山の斜面では全員が命を落とす恐れがあった。
「それ以上の魔物が出る可能性もあります。それにオーガクラスの魔物が群れで出てくることもあるんですよ。さすがに山の中でオーガが二十体も出てきたら、俺たちでも確実に勝てるとは言えません」
そう説明すると、
「そうね。この辺りのことに詳しいあなたがそういうのなら仕方がないわ」といって諦めてくれた。
出発後は順調にシーリン湖にたどり着き、翌日の十月四日に山に入った。
ほとんど垂直といえる崖にあった岩場を登っていく。途中でほとんどロッククライミングという感じになったが、シャロンを含め、問題なく登ることができた。
筋力に劣るシャロンが崖を登ることができたのは風属性魔法で自らの身体を支えたからだ。ラスペード教授をして魔力制御の天才と言わしめた彼女ならではで、もしかしたら送風の魔法で空を飛べるのではないかと思ったほどだ。
そのことを冗談交じりに聞いてみると、
「さすがに飛ぶのは無理ですよ」と笑うが、
「以前、ザック様が教えてくださった“ハンググライダー”のようなものを使えば別ですけど」と、道具を使えば空を飛ぶ自信があるらしい。
ハンググライダーだが、俺も空を飛びたいと考え、検討したことがあった。ハンググライダーは比較的簡単な構造だし、魔法の補助があれば空を飛ぶこと自体は難しくないという結論に達した。しかし、今はある理由で諦めている。
その理由だが、この辺りには 有翼獅子(グリフォン) や 翼竜(ワイバーン) がおり、空中で襲われる可能性があることだ。それだけではなく、ハーピーや 大黒鴉(ブラックレイブン) などの群れもおり、自在に動けるとは言い難いハンググライダーでは墜落の危険が大きいと判断した。
布以外のもっと頑丈な素材を見つけるか、機動性を上げる工夫ができればいいのだが、今のところ対応策は見つかっていない。
遺跡の調査だが、一回目に見つけた岩場から山の奥に向かっていくルートは簡単に見つかった。
それでもキトリーさんは慎重だった。
「文献によるとポルタ山地の最高峰に夕日が沈む様子が美しかったとあるわ。季節は今くらいだし、ここで野営して一度場所を確認したいのだけど」
文献に記載されていることがどの程度正確か分からないが、ここで夕日が落ちる位置を確認し、どちらに進むべきか判断したいらしい。
「ここで大丈夫なのかね」とベアトリスが懸念を示す。
彼女の言うとおり、この場所はアクィラ山脈の尾根に当たり、強力な魔物に襲われる懸念がある。実際、この場所に到達するまでにも四級相当の 骸骨騎士(スケルトンナイト) と戦っている。
スケルトンナイトは鎧と盾、剣を装備したスケルトンで、通常のものより動きが早く、剣術のスキルも有している。
そのスケルトンナイト五体に襲われたのだ。
アンデッドとは思えない連携攻撃と魔力で強化された防具を装備していることから、苦戦こそしなかったものの楽な戦いではなかった。
「この近くに簡単な拠点を作ったらどうでしょうか」とシャロンが提案してきた。
「そうだな。俺が魔法で作れば囲まれることはないか」
「できればお願いしたいわ。ここから安全な場所に戻るだけでも結構なロスになるから」
シャロンの提案通り、尾根の斜面に土属性魔法で簡単な洞窟を作り、そこを簡易拠点とすることにした。
夕食の準備をしながら日没を待っていた。徐々に沈む秋の夕日は美しく、遠くに見えるラスモア村の丘がオレンジ色に染まっていく。
「きれいですね。こんな場所から村を見るなんて思いませんでした」とメルが俺の横でつぶやいている。
俺がそれに答えようとした時、「この方向で間違いないわ!」というキトリーさんの声が響く。既に夕日はポルタ山地の頂に掛かっており、文献に記載された情報の通り、最高峰の頂にゆっくり沈んでいく太陽が確認できた。
ただ、太陽と山の頂点ということで結構な誤差はありそうだ。
俺の心配をよそに、「明日からはここから上を目指すわよ」と意気揚々としたキトリーさんに俺たちは苦笑するしかなかった。
翌日、ダンを先頭に山を登っていった。
既に道らしきものはなく、人跡未踏の完全な山肌だ。恐らくだが、長年風雨にさらされ、地形が変わり、道が見えなくなったのだろう。
何度か絶壁ともいえる岩肌に阻まれ、俺とダン、ベアトリスがロッククライミングの要領で先行し、ロープを設置することで踏破していく。
やっていることは遺跡調査というより未開地での冒険だった。
その日は標高で三百メートルほど、距離にして三、四キロメートルほど進んだが、遺跡はもちろん、手がかりも見つからなかった。
翌日も同じように調査していく。午後になり、手掛かりを発見した。それは山を登って行く途中で消えた、帝国軍か魔族が使った道だった。
「この道を基点に探していくわよ」とキトリーさんはそれまでの疲れを忘れ、張り切っている。
道を進んでいくと、三十分ほどで突然洞窟が現れた。
入り口の大きさだが、幅は両手を広げたくらい、高さは身長二メートルを超えるベアトリスでも屈まなくてすむくらいある。自然のものではなく、明らかに土属性魔法で作られたものだ。
一瞬、遺跡かと喜んだが、研究者であるキトリーさんは冷静だった。
「古代遺跡じゃなさそうね。帝国軍か魔族が避難用に作ったものじゃないかしら」
よく見ると俺が作った洞窟とよく似た感じだった。
「どうするの?」とリディが旧友キトリーさんに確認する。
「一応調査しましょう。もしかしたら、この先に何かあるかもしれないから」
全員で入ることはせず、俺とベアトリス、キトリーさんが洞窟に入っていく。この三人は夜目が利くので明かりの魔道具がなくても行動できるためだ。
リディたちは洞窟の入り口で警戒に当たってもらうとともに、何か起きた時の救援を頼んでいる。
奥に入っていくと、緊急用の避難場所ではなく、明らかに通路として作ったことが分かった。
「どのくらい奥まで続いているか分からないね。少なくとも風が流れているのは感じるよ。なあ、行くなら全員で行った方がよくないかい」
ベアトリスの言葉にキトリーさんが「そうね」と頷き、俺も同意する。
入り口に戻った後、全員で洞窟を進んでいく。小型の魔物やアンデッドが出てきそうだが、魔物は出てこない。
「気配もないですね」とダンがいい、「確かに匂いもないね」とベアトリスも危険がないと感じている。
「入口が狭かったからじゃないかしら。小型の魔物だと洞窟に入る前に襲われてしまうから」
この辺りには木が生えておらず、飛行型の魔物の狩り場になっている。俺たちも何度か襲われそうになったが、魔法で追い払っていた。
慎重に洞窟を進んでいくと、行き止まりにぶつかった。
地面が裂け、深い渓谷のような断崖に阻まれたのだ。三十メートルほど先に洞窟の痕跡はあるが、完全に土砂で埋まり、仮に裂け目を渡れたとしても。それ以上行けそうな感じはない。
裂け目を覗き込みながら、「どうしますか?」とキトリーさんに尋ねた。
キトリーさんも俺の横で覗き込んでおり、「そうね」という気のない返事が返ってくる。
更に話をしようとした時、「あれは何かしら」というリディの声が聞こえた。彼女の方を見ると、裂け目の下の方を指差していた。
「何があるんだ」といって視線をその方向に向けるが、暗闇でよく見えない。
「二十 m(メルト) くらい下に部屋っぽい感じの場所があるわ」
目が慣れてくると裂け目の底が見え、更にその下に人工的に作られた地下室らしきものが見えた。
「あれが遺跡かね。ただの地下室にしちゃ、床がきれいすぎる気がするよ」とベアトリスが呟く。
彼女の言う通り、地下室の床には裂け目から落ちた土砂があるものの、灯りの魔道具の光を反射し、黒御影石のような光沢を感じた。
「降りれるかしら」とキトリーさんが確認してきた。
「ロープがありますから問題ないですが、先に確認した方がいいでしょう」
そう言って洞窟の床にロープを繋ぐための岩の柱を二つ作る。それぞれにロープを固定した後、
「俺とリディ、ダンで偵察する。俺が先行するから、ダンは別のロープでゆっくり降りてきてくれ。リディは俺が降りた後に合図をしたら降りてきてほしい。ベアトリスとメルは俺が合図をしたらロープを引き上げてくれ。シャロンは洞窟の監視を頼む」
全員が俺の指示に頷くと、ロープを使って下に降りていく。地震か何かで裂けたのか、岩肌は粗い。
念のため灯りの魔道具を消し、地下室の天井付近で一旦止まる。
地下室は上から見るより広く、十メートル四方ほど。天井までの高さは三メートルほどで、中は完全な暗闇だ。
魔物の気配はなく、罠の 類(たぐい) は見られない。床には瓦礫で潰れた机や椅子が散乱していた。
ハンドサインで危険がないことを伝え、ゆっくりと地下室に下りていく。天井を越える時、素材を見たが、魔法で作られた痕跡があった。
ただ、先ほど通った洞窟は応急的に作った感じがあるが、こちらは作り方が丁寧で明らかに違う。
上を見上げるとダンとリディも降りてきており、中に入らずその場で待機するよう指示を出す。
地下室に下りると、天井が崩れた際に出た瓦礫と机や椅子が散乱しているが、床は黒御影石のような黒い石材でできており、教室か会議室のような印象を受ける。
足をつけるが、特に罠が作動することもなく、空気にも違和感を抱くことなかった。ハンドサインで二人に降りてくるように指示を出し、灯りの魔道具を点けて周囲を警戒しながら探っていく。
扉が三つあり、二つはスライド式の扉で、一つはドアノブの付いた扉だ。スライド式の扉は一面の左右の端についており、その間にはすりガラスの窓がある。ただ、窓の向こうも真っ暗なため、何があるかは分からない。
ドアノブのある扉はスライド式のドアの面の右側の面にあり、その反対の面はプロジェクタの映像を映すスクリーンのように真っ白だった。
「教室なのかしら?」と降りてきたリディが聞いてきた。
「どうだろうな。キトリーさんに見てもらった方がいいが、その前に部屋の中に危険がないか探ってみよう。俺は正面の扉と窓の向こうを探る。ダンは右の扉を頼む。リディはここで警戒してくれ」
「「了解」」
二人が了解したことを確認し、俺はスライド式の扉に向かった。
瓦礫で潰れた机以外にも長机がいくつか並んでいるが、机の上や下には何もなかった。
スライド式の扉に鍵らしきものはなく、すりガラスの向こうははっきりしないが、廊下になっているようだ。
「この扉には鍵が掛かっていないみたいです。どうしますか?」というダンの声が響く。
キトリーさんに降りてきてもらうことにし、声を掛ける。
「教室か会議室みたいな感じで、特に何もありません。今のところ危険は感じません」
すぐに「降りていくわ」という返事があるが、ベアトリスからも「あたしらはどうしたらいい」といってきた。
「もしかしたら全員で先に進むかもしれないが、今はそこで警戒してくれ!」
「分かったよ!」
その間にキトリーさんがスルスルと降りてきた。
「会議室って感じね。でも、この作りは古代遺跡によくあるものよ」と興奮気味に周囲を探っていた。
「奥に行きたいのだけど、あなたの意見は?」とキトリーさんが聞いてきた。
危険は感じないし、俺自身も興味がある。
「危険な感じはしませんし、魔物の気配もないようです。先に進むことには賛成しますが、全員でいった方がいいのでは」
キトリーさんは少し考えた後、
「そうね。遺跡にはアンデッドがいることが多いのよ。できれば戦力の分散は避けたいところだけど、退路を確保しておくことと、どちらを優先するかね」
そこでリディが口を挟んできた。
「ここはアクィラよ。他の土地より魔物は強力だと考えた方がいいわ。それに洞窟が安全とは言えないんだし、一緒にいた方が対処しやすいんじゃないかしら」
「そうだな」と彼女に答え、「全員で行きたいと思います」とキトリーさんに伝えた。
方針が決まったので、上で待つベアトリス、メル、シャロンを呼んだ。