軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十一話「命名」

トリア歴三〇二〇年二月二十日。

ロックハート家の子爵陞爵に始まった三〇一九年が去り、新たな年が明けて二ヶ月が経とうとしていた。冬の寒さは厳しいものの、平和な日々が続いている。

ただロックハート屋敷は少し寂しくなった。弟のセオフィラス、妹のセラフィーヌがフォルティスに向けて旅立ったからだ。

弟たちが旅立ったのは三ヶ月ほど前の十一月二十二日。フォルティスの元傭兵ギデオン・ダイアーの下で修行するためだ。

二人と共に同じ年に生まれた三人、ダンとシャロンの妹ユニス、シムとメルの弟ライル、イーノス・ヴァッセルの娘ロビーナも同行している。

ユニス・ジェークスは薄い色の金髪とスカイブルーの瞳の美少女だが、よく日に焼け、真面目な兄のダンや少し内向的な姉のシャロンとは違い、元気いっぱいという印象を受ける。ダンのことを尊敬しているようで、彼を目標に剣術と弓術と学び、十歳くらいから森に入って、斥候としての技量も磨いている。メルの情報では密かにセオが気にしているそうだ。

ライル・マーロンは茶色い髪に鳶色の瞳で、五人の中では一番背が高い。父ヘクターとは異なり、剣術士となるべく修業している。ロックハート家で一番好まれているバスタードソードを使っている。

ロビーナ・ヴァッセルは濃い金色の髪にグレー掛かった青い瞳で大人しい感じの少女だ。引っ込み思案なところはあるが、祖父ウォルトの気質を引き継いでいるのか芯はしっかりしている。ウォルト、イーノスと同じく槍術士として腕を磨いている。

この三人とセオとセラは、十二歳とは思えないほどの腕を持っている。但し、ロックハート家では兄や俺の例があるため、誰も驚いていはいないが。

セオたちの師匠となるギデオンだが、村にいる間に俺たちも稽古をつけてもらった。そのお陰で祖父を含め、全員がレベルアップを果たしており、祖父などは本気で村に残ってほしいと頼んでいたくらいだ。

それに対し、ギデオンも満更ではないようだったが、

「ここはいいところだから移住したいのは山々なのだが、フォルティスにはクライドがおりますからな。奴には世話になりっぱなしだから」

クライド・ホルボーンはギデオンの傭兵仲間だったが、今では傭兵ギルドのギルド長だ。フォルティスは傭兵の国であり、ギルド長は国の代表ということでいろいろと忙しい。

ギデオンは傭兵時代からクライドに世話になっており、少しでも彼のサポートをしたいと思っている。

「まあ、クライドの奴がギルド長を辞めたら、ここに来させてもらうかもしれませんが」

ギルド長の任期は五年なので、あと三年は辞められない。また、政治が分かる傭兵は少なく、他の傭兵に聞いた話ではクライドに代わる人材はいないそうで、ギルド長を十年以上続けないといけないだろうとのことだった。つまり、彼らが移住してくるのはあまり現実的な話ではなさそうだ。

祖父だが、ギデオンがいる一ヶ月間で、“闘気”を一部使えるようになった。

本人は斬撃の威力が増した程度だと言っているが、訓練で受けた印象では今までより防具の効きが悪いと感じている。他にもウォルト・ヴァッセルも開眼しており、ギデオンに指導を受けた効果は成果となって表れている。

セオたち五人と共にイーノス・ヴァッセルが保護者として同行した。彼の部下として従士のディック・コールとレス・リンゼイも一緒だ。

ディックとレスは昨年の十二月に従士になった若者で、共に二十二歳。いずれも剣術士だが、ディックは大型の両手剣、レスは片手剣と盾を使い、スタイルは異なる。

若い従士に経験を積ませるという父の方針で同行することが決まった。

イーノスだが、セオたちを送り届けるだけが目的ではなかった。彼はウォルトから家督を継ぐことになったため、北部総督府があるウェルバーンに報告にいったのだ。

ウェルバーンならアウレラ街道を使った北回りの方が近いのだが、セオたちのために遠回りしてくれたのだ。

遠回りしたものの、今は無事に戻り、父の副官として、そしてロックハート家の家宰として精力的に働いている。

隠居となったウォルトだが、楽隠居というわけではない。それまでやっていた細々としたことをイーノスに引き継いだことから、今まで以上に自警団の訓練に力を入れている。

そのイーノスからいろいろな情報が伝えられた。

まず帝国北部域の状況だが、完全に回復したようだ。昨年の十月頃に出征していた北部総督府軍が戻り、治安維持に全力を尽くした。アウレラ街道にはびこっていた盗賊たちは駆逐され、街道が正常化され、それにより商業活動が元の状態に戻り、不景気に喘いでいた北部域も息を吹き返している。

その他の情報の中に悪いニュースではないが、気になるものがあった。

それはラズウェル辺境伯の結婚の噂だ。

辺境伯は現在五十歳になるが、五年前に正妻を亡くしている。また、側室や愛人もおらず、完全な独身状態であり、再婚してもおかしくはない。特に直系の男子が孫のフランシスと弟のコンスタンス・タイスバーン元子爵しかおらず、上級貴族としての義務として再婚すべきという声が上がっていたほどだ。

コンスタンスは俺たちを排除しようとしたことと、ルークス聖王国の謀略に手を貸したことから隠居の身となっており、辺境伯家を継ぐ資格を失っており、実質的にはフランシスだけが直系の男子だ。

ただ、その相手の名を聞き、驚いている。

相手は侍女長であるバーバラ・ハーディング男爵令嬢だったのだ。最も近い場所にいる女性という点でおかしくはないのだが、侯爵と同等の爵位を持つ辺境伯の正妻が男爵家の出身というのはバランスが悪く、聡明な侍女長がそれを受けるとは思えなかったのだ。

実際、イーノスが聞いた噂でもラズウェル家の縁戚から問題視する声が上がっていたそうだ。ただ有力な縁戚はおらず、家宰であるフェルディナンド・オールダム男爵が睨みを利かせたことから、大きな声にはなっていないらしい。

このことをリディに言うと、「そう……思い切ったわね」と言うだけで特にそれ以上何も言わなかった。

バーバラはベアトリスと同じ歳であるため、三十八歳になる。年齢的には辺境伯と釣り合うが、出産を考えるとあまり期待できない。二十一世紀の日本なら四十代の出産は珍しくもないが、この世界では三十五歳以上で初産という例はほとんどない。

そう考えると辺境伯の縁者たちが口を挟みたくなるのは分からないでもない。俺としては陰から辺境伯を支えるバーバラが妻になってもいいとは思うが、揉め事になる可能性は否定できないだろう。

といっても俺にできることは何もない。

ルナのことだが、魔法以外は順調だ。身体的な能力については村の十二歳の少女と遜色ないレベルまで上がっている。また、知識の方もこの世界の基本的なところは理解し、今は戦略とか政略について少しずつ教えている。これについては彼女が不審がらないように歴史や地理の勉強の中に盛り込んでいる程度だ。

魔法に関しては全く進んでいない。いろいろ試してみたが、魔力の放出の際に心理的なブロックが掛けられているようだ。リディとシャロンとも話し合ったが、これを解除しないと魔法は使えないという結論に達している。

そのため、そのブロックが解除された時を見越して、呪文の重要性や精霊たちへのイメージの伝え方、魔法の理論などを教える方針に切り替えた。

未だにそれでいいのか自信はないが、やれることをやるしかないと割り切っている。

十月の戦勝記念祭で相談を受けた鍛冶師ギルドの運営委員会についてだが、無事に委員が決まったらしい。

基本的には俺が提案した方法、付与できる属性の数と扱える魔法金属の種類で決め、常任委員が二百四十名、非常任委員が百二十名となり、非常任委員は二回に一回しか総会に出ることができないが、腕の優劣で揉めることはなかったそうだ。

ただ、今まで委員だった若手の親方六十人が毎回飲めないことに慟哭し、その声がアルス中に響いたという話を聞いている。

また、総会では匠合長の選挙が行われたが、これは無投票でウルリッヒ・ドレクスラーの再選が決まった。

そのウルリッヒの甥であるベルトラムに待望の第一子が生まれる。

彼の妻ミーナが産気づいたのは昨夜で、治癒師であり助産婦でもあるカミラと彼女の息子ジェフリーの妻マリーが呼び出された。ジェフリーとマリーも治癒師で、いずれも自警団の訓練でレベルが上がっており、辺境の村の治癒師としては信じられないほど腕がいい。

カミラの夫で同じく治癒師のエルマーから、リディにも来てほしいという連絡が入った。

カミラは既に百人以上赤子を取り上げている経験豊富な助産婦だが、ドワーフという異種族の出産は初めてということで不安を抱き、リディを呼んだとのことだ。

リディもドワーフの出産に立ち会ったことはないが、治癒師としての腕なら俺に匹敵するので不測の事態が起きたときにすぐに対応できる。

もちろん、俺も友人として彼の家にいたが、俺の出番はリディが対応できない状況だけと考えていた。

日付が変わった頃から陣痛が始まり、男たちは部屋から追い出される。ここにはベルトラムの他に 蒸留器(ポットスチル) コースの講師であるローデリヒとフォルカーがいた。彼らの妻、マルガとノーラはミーナに付き添っており、ドワーフの男三人と俺、更には様子を見に来た祖父、父、兄が部屋の外に残された。

微妙な空気が流れる。

「そう言えばセオとセラが生まれた時もこんな感じでしたね」

その空気を変えるべく、父たちに話題を振った。

「そうだな。あの時も外で待たされたな」と父がいい、兄はあまり記憶にないのか、「そんな気もしますね」と答えている。

そんな話をしてもジョッキを出したり引っ込めたりとベルトラムにいつもの剛毅さが消えていた。そんな落ち着きがない姿に祖父が苦笑気味に注意する。

「少し落ち着かぬか。こんな時、儂らにできることはないんじゃ。カミラは優秀な産婆じゃ。それにリディアもおる」

「分かっておるんだが……」

「ドワーフは頑健な種族なんだ。ミーナも子供もそのドワーフだ。心配はいらないよ。まあ、これでも飲んで落ち着いたらどうだ」

そう言って 収納魔法(インベントリ) から三年物のスコッチのボトルを取り出す。不謹慎だが、ドワーフなので許されると考えたのだ。

ちなみに十年物も入っているが、今のベルトラムにはどれを飲んでも一緒だろうと考えて三年物にした。

ベルトラムはジョッキに注がれたスコッチを一気に呷り、「すまんな。ようやく落ち着いた」と笑った。

その直後に赤子の鳴き声が聞こえてきた。

十分ほど経ったところでリディが出てきて、「元気な男の子よ」と笑い、ベルトラムに「早く行ってあげなさい」と背中を押す。

俺たちはとりあえず外で待ち、五分ほどしてから中を覗いた。そこにはおっかなびっくりという感じで小さな赤ん坊を抱くベルトラムの姿があった。

ミーナも元気そうで「早く一杯飲みたいわ」と言っているほどだ。ちなみにドワーフは妊娠中でも授乳期でも酒をやめることはない。子供への悪影響が不安といえば不安だが、禁酒する方が母親の身体と精神に圧倒的に悪影響が出ることは間違いない。

それ以前に禁酒が必要などと言ったら、子供を生む女性がいなくなることは容易に想像できる。

ミーナだけでなく、マルガやノーラに聞いても赤ん坊に影響があったという話はないとのことで、ドワーフという種族は人間とは違うのだと思うことにした。

ベルトラムも落ち着いたので屋敷に帰ろうとしたら、呼び止められた。

ベルトラムは真剣な表情で「すまんが子供の名付け親になってくれんか」といって頭を下げる。

「俺が付けてもいいのか? 初めての子供なんだぞ」

「ミーナも賛成してくれている。頼む」

結局拝み倒されて名付け親になることになった。

(こういうことは早く言ってほしいんだが……)

そんなことを思ったが、名前はすぐに思いついた。

「デュオニスでどうだ?」

「デュオニス? いい響きの名だが、どんな意味があるんだ?」

「俺がいた世界では“酒と宴の神様”の名だ。まあ、俺の秘密を知らない人に話す時には俺が直感で思いついたとでも言っておいてくれたらいい」

「酒の神か! それはいい! デュオニス……ああ、いい名だ! ありがとう!」

そう言って俺の手を握って何度も上下に振る。

「そんなことより早くミーナのところに行ってやれよ。待っているんだろ」

「ああ」といって走って部屋に戻っていった。

ベルトラムの第一子デュオニス誕生の話はその日のうちに村中に広まった。彼の家には祝いの品――もちろん酒――を持ってくる人々で行列ができ、いつの間にかその酒が近くにある研修所に運び込まれて大宴会になっていた。

その場にはデュオニスを抱いたミーナもおり、片手で子を抱きながらジョッキを傾けていた。

(本当に大丈夫なのか。子供を生んでまだ十時間も経っていないんだが……)

結局、俺たちも宴会に参加することになった。

メルとシャロン、そしてルナは赤ん坊がかわいいのか、ミーナの横でずっとデュオニスを見ていた。

「本当にいい名前。デュオニス……デュオ、あなたは酒神の申し子に名前をいただいたのよ。これから先、絶対にお酒に困ることはないわ。フフフ……」

それを聞いたマルガとノーラが「私の子供にも名前をお願いしますね」と言ってきた。更にはネザートンから来ているドワーフの鍛冶師たちも「俺たちのところも頼む」と言って頭を下げられる。

ドワーフの出生率は低いから年に一人か二人なので問題はないが、これからいろんなドワーフに頼まれそうだと考えていた。