作品タイトル不明
第二十話「匠合長の深刻な悩み」
十月二十二日。
今日はアンデッドに勝利した記念日だ。戦死者を悼むためと勝利を祝うため、戦勝記念祭が行われる。
ラスモア村の村人に加え、新たにロックハート家の領地になったキルナレックと近隣の三つの村からも多くの人が訪れており、参加者は千五百人を超えている。
この記念祭だが、ある意味一番楽しみにしているドワーフたちだ。
昨年は千人を超えるドワーフがいたが、さすがにそれだけの規模のドワーフを受け入れることはできない。
そのため、今回は 熟練者(エキスパート) コースを受講しているエザリントン支部とフォルティス支部のベテラン鍛冶師たち、 蒸留器(ポットスチル) コースを受講している若手五十人に加え、総本部と事前に調整してあった近隣の支部から来た者が参加する。
この調整により、ドワーフの総数は二百人程度で済んでいる。
それでもドワーフが二百人ということで大量に酒は準備してある。もちろん、夏になる前に地下室に保管したもので、俺とシャロンが作った氷で冷やしているため劣化はない。
祭は戦死者への追悼から始まったが、すぐにラスモア村らしい陽気なものに変わっていった。
昨年と同様に館ヶ丘の南側の平原で行われているが、ドワーフたちの乾杯の歌と「ジーク・スコッチ!」の声が響き、悲壮感など全く感じさせない。
ギデオンたちも祭に参加しており、美味い酒と料理に舌鼓を打っている。
「これが噂のドワーフフェスティバルか。凄いもんだな」
「今回は違いますよ。ドワーフフェスティバルは元々鍛冶の腕を競うイベントと各支部が酒と料理を持ち寄って組み合わせを競うイベントですから」
「そ、そうなのか。これだけドワーフがいるから、てっきりそうだと思っちまった」
そんな会話をしながらビールとつまみに舌鼓を打つ。
日が傾いてきたが、カトリーナ王妃もさすがに今回は自重したのか、今のところ現れていない。ただ、油断していると知らない間に紛れているので気は抜けない。まあ、気を抜かなくても来てしまったら大問題になることに代わりはないので意味はないが。
ただ今回は本当に来るつもりはなかったようで、カウム王国から使者が来ており、父に祝辞を述べた後、すぐに王国領であるボグウッドの町に戻っていった。
しかし、その使者はある物を大量に運んできた。
それはアルスで発売された例の本、“獅子たちの凱歌”だ。
千冊を超える本は村の人々に無償で配られた。それだけでなく、記念祭に来ている者にも配られている。特に遠方から来たドワーフには優先的に配られ、エザリントン支部やフォルティス支部のドワーフは全員が受け取っていた。
それに気づいたのは夕方になってからだった。
(こう来たか……これで一気に全世界に広まるな……さすがはカティさんだ。こういう機会を無駄にしない……)
既に諦めているので感嘆の念しか湧かない。
日が落ち、村人たちが家に帰り、キルナレックから来た人々が簡易宿泊所である学校に向かうと、ドワーフたちの時間になる。
草原にはいくつもの焚き火が用意され、夜通しで飲み続けるのだ。
俺もリディたちと一緒に焚き火を囲んでいる。
いつも通り、ウルリッヒたちと飲んでいたが、彼から意外な相談を受けることになった。
「来年の年明けなんじゃが、ギルドの総会がある。そこでお前に相談があるんじゃ」
「相談? どんなことだ?」
「総会では運営委員会のメンバーの入れ替えがあるんじゃ。つまり、三百人の親方の入れ替えが行われる……ここまで言えば分かるじゃろう?」
彼の言いたいことはすぐに分かった。
運営委員は親方とそれに準ずるベテラン鍛冶師で構成される。そして重要なことはこのメンバーがスコッチを飲む権利を持っているということだ。
十年前までは運営委員になることは面倒なことで、立候補する者などおらず、親方たちが嫌々やっていた。そのため、会議がある時に宴会をセットして親方たちを集めていたくらいだ。
しかし、スコッチを飲めるとなれば、状況は全く異なる。
総会は五年に一回で、五年前の前回は多少もめたものの、ザックコレクションが世に出ていなかったため、混乱は少なかった。
しかし、今回は三百人の中に入ろうと五年間努力した六十代から七十代の比較的若い世代が立候補する。また、今までなら引退していた百二十歳以上の親方たちも残ろうとする。つまり、世代間の抗争が勃発するということだ。
先日、アルス近郊でも蒸留所は作られ始めたが、“スコッチ”として世に出るのは二年半も先になる。
発売されてもすぐに全ドワーフに行き渡るはずもなく、更に十年以上は時間が必要だろう。それだけではなく、ザックコレクションのこともある。
ザックコレクションは流通量が極端に少なく、ここラスモア村以外ではなかなか手に入らない。それが運営委員会に入ることで一定量割り当てられる。ドワーフなら何としてでも入ろうとするはずだ。
「状況は理解した。だが、俺にできることは何もないぞ。これはギルドの問題なんだからな」
俺が口を挟めば鍛冶師ギルドに対する絶大な影響力を持っていることを世に知らしめてしまう。今でもギルドを陰で操っていると言われているのに、運営委員の選定にまで影響力を持ったら宰相辺りから警戒されることは間違いない。
「それは分かっておる。しかしじゃ、このままでは血の雨ではすまん。下手をすればアルスの街が火の海になどということも……何とか知恵を貸してくれんか」
大げさなと思わないでもないが、酒が絡むとドワーフの行動は全く読めないから絶対にないとは言い切れない。それに普段は豪放なウルリッヒが心底困った顔をしていることもあり、相談に乗るしかなかった。
しかし、すぐにいいアイデアが浮かぶはずもなく、「知恵といってもな……」と困惑するしかない。
鍛冶師ギルドの運営委員だが、基本的には無投票で決まっている。今までは引退する委員が自分の後継者を指名し、それを運営委員会が承認するだけだった。
五年前の総会では若干の欠員があったことと、若手の準備ができていなかったことから話し合いで何とかなった。
しかし、スコッチが世に出てから十年近く経ち、若手が目の色を変えて研鑚したことによって、比較的若い親方たちとの力量の差が縮まった。
そのため、五十人以上の立候補者が出る予定らしく、話し合いで何となる状況ではないとのことだ。
また、ウルリッヒらベテランも槍玉に上がる可能性があった。
今までは自らの力量が頭打ちになったら、後進の指導に専念するという暗黙のルールがあった。
しかし、ウルリッヒやゲールノートといったベテランたちは俺の 熟練者(エキスパート) コースを受講したことにより、今まで不完全だった三属性の組み合わせを実用レベルにまで引き上げただけでなく、研修所の最新の設備を使ったことで更なる腕の向上が見られるようになった。
そのため、今回の総会では誰も引退を口にせず、組織の新陳代謝という面で問題視されるかもしれないと言うのだ。
「ウルリッヒたちの引退は早すぎるだろう。それに未だに腕が上がっているんだ。文句を言わせなければいい。しかし、入れ替えの方は問題だな。腕比べっていうわけにもいかないし、話し合いで決まるはずもないしな……」
「そうなんじゃ。それで頭を抱えておる」
シャロンにも意見を聞いてみるが、「難しいですね」といって考え込んでしまった。
リディやベアトリスは最初から考える気がないのか、「話し合って決めるしかないんじゃないの。それよりワインを出してよ」と完全に他人事だ。
そんな時、ルナが小さく手を上げた。
「いい意見でもあるのか?」
ルナは小さく頷くが、ウルリッヒの視線を感じたのか、
「意見というほどではないんですが」と自信無さ気に俯く。
「ヒントになるかもしれないから、何でもいいから言ってくれると助かる」
「定員を決めなくてもいいんじゃないかって思ったんです。三百人が三百五十人になってもいいんじゃないかって……」
「うむ。じゃが、それでは集会室に入りきらんの。第一、儂らの飲む量が減ってしまう」
ウルリッヒの言葉に「やっぱり駄目ですか」とルナの顔がかげる。
ルナの言葉であるアイデアが閃いた。
「いや、意外にいけるかもしれない」
「何じゃと! 早く教えてくれ」とウルリッヒが立ち上がる。
「まあ待て」と座らせた後、俺の考えを説明していく。
「腕がよければ飲む量が多くてもいいということだな」とまず確認する。
ウルリッヒは「そうじゃな」と頷くが、「それがどう関係するんじゃ」と聞く。
「魔法の付与の腕は属性の数で判断できる。ウルリッヒやゲールノートのように三属性の付与ができる者は極端に少ない。二属性の付与ができる者がどのくらいかは知らないが、二属性と一属性で線引きができるんじゃないか」
「確かに理屈はそうじゃが、今の委員は誰でも二属性の付与ができるぞ」
「そうか……なら、アダマンタイトやミスリルの加工技術はどうだ? どちらも魔法の付与が難しいし、アダマンタイトは熱の調整が繊細だ。いかにうまく扱えるかを見ればある程度の序列は決められるんじゃないか」
ウルリッヒは少し考えた後、
「アダマンタイトを扱える者は三十人ほどじゃ。それ以外でミスリルに魔法を付与できる者は二百人ほどになるの。しかし、それでは三百人にならんが?」
「そうだな。なら、こうしてはどうだろう。扱える属性数は最低二属性であることが委員の条件でそれをBクラスとする。三属性ならAクラスだ。そして、アダマンタイトを扱える者は一級、ミスリルに魔法を付与できる者は二級、ミスリルに魔法を付与できない者は三級とする」
「うむ。等級を付けるわけじゃな」
「そうだ。仮にだが、Aクラス一級は専務理事、Aクラス二級とBクラス一級を理事、Bクラス二級を常任委員、Bクラス三級を非常任委員と名を付けるとしよう。専務理事、理事、常任委員は常に総会に参加するが、非常任委員は輪番制で総会に出席する。例えば、常任委員以上が二百五十人、非常任委員が百人だとした場合、非常任委員は二回に一回出席できる。これなら人数でもめることはなくなると思うんだが」
「なるほど。だが、もし、常任委員が三百人を超えたらどうするんじゃ?」
「その時は常任委員を非常任委員に格下げしたらいい。つまり、腕を上げ続けなければ格下げになるということだ」
「うかうかしておられんということか……うむ。役職名はともかく、これで提案してみるか」
本来なら鍛冶の腕は魔法付与や金属の取扱いだけで決まるものではない。刃物なら鋭利さだけでなく頑丈さやバランス、防具でも頑丈さだけでなく軽さや稼働域の大きさなどが判断材料になる。しかし、それらは好みの問題も絡み、どちらがいいかという絶対的な判断基準になりえない。
また、鍛冶師ギルドのトップ三百に入るようなドワーフの場合、通常の鋼の加工では優劣を付けにくい。その点、扱いが難しい魔法金属や独特の工夫がいる魔法陣の描画は、ドワーフたちなら一目で分かる基準となりえる。
ウルリッヒは「これで来た甲斐があったわい」と満面の笑みを浮かべてスコッチの入ったジョッキを傾けていた。
翌朝、大きなトラブルが発生することなく、戦勝記念祭の後の宴会は無事終わった。フォルティス支部以外のドワーフや近隣の村人たちは皆満足そうに帰路につく。
特にウルリッヒら総本部の鍛冶師たちは難題が片付いたと満面の笑みを浮かべていた。
十月三十日。
本日、ウェルバーン支部から来ていたジョナサン・ウォーターが村を出発する。職人たちに先駆けてウェルバーンに戻り、予定地の選定や資材の調達などの蒸留所の建設準備を行うためだ。
その帰還ルートだが、当初はアルス街道を南下し、フォルティス街道を通って帝国中部域に入り、ウェルバーンに戻る予定としていた。しかし、先日アウレラ街道において大規模な盗賊討伐が行われ、街道が正常化されたという噂が流れてきたため、アウレラ街道経由で帰ることになった。
そのため移動距離が短くなったのだが、安全面では不安が残る。そこで父が護衛を付けるといったのだが、ジョニーはそれを断った。
「大変ありがたいのですが、今回はウェルバーンにザックコレクションを運びます。フォルティスから来た護衛と共に帰るので我々だけでも問題ございません」
ウェルバーン支部はドワーフフェスティバルでザックコレクションの割り当てを獲得している。鍛冶師ギルドに売られる一割、ホグスヘッド樽一つ分が割り当てになっていた。
樽で運ぶと破損の可能性があるので俺が作ったステンレスタンクに入れることになったが、その二百リットルほどの酒に二十人からなる護衛が付く。
それも四級傭兵が隊長で、ギデオンも太鼓判を押していた傭兵団だ。
一ヶ月以上に渡り、その傭兵団を雇い続けるため、二万クローナ、日本円で二千万円の費用が掛かるらしい。
つまり一リットル当たり十万円の安全保障費が掛かっていることになるのだ。
それだけの金を掛けるのかと思わないでもないが、ドワーフたちの想いを考えればそれを指摘する気にはなれない。
ジョニーに別れの挨拶を行った。
「いろいろ世話になった。特にドワーフフェスティバルや祝勝会では本当に助かった。君のお陰で成功したといっても過言じゃないくらいだ」
「いいえ! そんなことはありません」と慌てて否定するが、横にいた父も「ザックの言う通りだ」と言ったため、更に恐縮する。
「私の方こそ貴重な経験をさせていただきました。特にザカライアス様やスコット様、更には多くの鍛冶師方からお話を伺えたことは私の財産です。ロックハート家の皆様のお陰で私は大きく成長できたと思っています。本当にありがとうございました」
最後に大きく頭を下げてから、旅立っていった。
「これからジョニーさんも大変ですね」とシャロンが話しかけてきた。
彼女の言う通り、ウェルバーンという遠い土地で一から蒸留所を建設しなければならない。アルスのように定期的に助言が受けられればいいが、片道一ヶ月以上掛かる場所ではそれもできない。
それにも増してウェルバーンのドワーフたちの期待を一身に背負うという重圧は半端なものではないだろう。
「そうだな。まあ、彼ならやり遂げるさ。何といってもドワーフの心を知っているんだから」
「そうですね。でも、ジョニーさんがいなくなるとここも大変になりますね。特に来年のドワーフフェスティバルは二年振りですから」
「確かにそれは大問題だな。何か考えておかないと大変なことになりそうだ」
そんな話をしながら、丘を下る馬車を見ていた。