作品タイトル不明
第六話「傭兵ギルド長」
五月十二日の午後三時頃。
引退した一級傭兵のギデオン・ダイアーと彼の妻フランチェスカの指導を受けた。
リディとルナ以外の全員がレベルを上げ、意気揚々と帰る準備をしている。
この後は宿に戻る前に食料品店に寄り、買出しをするだけだ。
訓練場を出ようとした時、「どうだ、今夜一緒に酒を飲まないか」とギデオンが誘ってきた。
「あんたにしちゃ、気が利くじゃないか」とフランチェスカも乗り気になっている。
周りにいる若い傭兵たちが、「ギデオンさんが誘ったぞ」と言っているのが印象的だ。恐らく自分からはあまり誘わないのだろう。
この二人とは気が合うし、光栄なことなので異論はないのだが、父たちが宿に残っており、勝手に決められない。
そのことを告げると、
「その宿なら私らもいったことがあるから、一緒にどうだい? まあ、貴族様が認めてくれればって条件なんだけどね」
「貴族といっても元は平民ですから大丈夫だと思います。ですが、一応先に確認しておきます」
そう言って一人で宿に戻る。宿は同じ中心部にあり、五分も掛からない。
宿に戻ると、父と母がのんびりと寛いでいた。
「意外に早かったな」と父が言ってきたので、
「まだ買出しにいっていないんですが、ちょっとした出会いがありまして……」
今日あった出来事を掻い摘んで話し、一緒に食事をしたいという申し出があったことを告げる。
「“ 剣聖(ソードマスター) ”のギデオン・ダイアー殿と酒を酌み交わせるなら否はない。こちらからお願いしたいくらいだ」
父は即座に了承し、母も「話を聞く限り、荒くれ者って感じじゃないみたいだから問題ないわ」と賛同した。
俺はすぐに訓練場に取って返し、ギデオンに伝えると、「そいつはよかった」とうれしそうな表情を見せた。
商業地区は街の中心部から少し離れた場所にある。
戦場に行くようなフル装備だが、傭兵の街ということでそれほど違和感はない。ただ、女性が多いことと年齢が若いこと、更に遠目に見ても俺たちの装備が超一流の鍛冶師のものであることは丸分かりであることから、道行く人たちから注目を浴びていた。
視線は気になるが、帝都でもよくあったことなので気にしないようにし、今回の目的であるフォルティス名物のチーズがある店に向かう。
チーズはワインにもビールにもよく合うつまみだし、何と言ってもリディの大好物だ。
「昨日の宴会で出たチーズがあるかしら。本当に楽しみ……」
ベアトリスと並び“食いしん坊キャラ”になりつつある、いや、なっているリディがそう呟いている。
目的地はすでに決まっていた。昨夜のうちに鍛冶師ギルドの支部長であるルディガー・ナイチェルにお勧めの店を教えてもらってあるのだ。
総本部から五分と掛からず目的地に到着する。
表通りにある立派な建物で、思った以上に歴史がありそうだ。他の客に不快な思いをさせるのは本意ではないので、埃塗れの装備で入るのがためらわれるほどだ。
「出直してきた方がいいかもしれないな」
「そうね。少なくとも装備は外してきた方がよさそう」とリディも頷く。
ベアトリスたちも同意したので、宿に戻ろうとしたら、店から店員らしき人物が出てきた。
「ロックハート家の方々ではございませんか?」
四十歳くらいのやや肥満気味の男性で、もみ手をするようにして声を掛けてきた。この店の店主らしい。
「確かにそうだが」と答えると、
「お待ちしておりました。どうぞ、お入りください」と言って頭を下げる。
「こんな格好で大丈夫なのだろうか?」と聞くと、「全く問題ございません」と笑みを絶やさずに答える。
「ナイチェル支部長様の工房の方より、本日お越しいただけると伺っておりました。ぜひとも弊社の商品をご覧ください」
ルディガーが手を回しておいてくれたようだ。
店の中に入ると、チーズが発するミルクが混じった甘いような、それでいて香ばしいような香りと、刺激的なスパイスと芳しい燻製香が鼻をくすぐる。
棚には直径三十センチから五十センチくらいのハードタイプのチーズが並んでいた。その多くが薄いベージュ色のものだが、中にはオレンジ色のものもあり、豊富な種類が揃っていた。
チーズの横にはハムなどの加工肉製品も多く、ベーコンやソーセージなどがところ狭しと並んでいる。
「おいしそうなチーズがいっぱいあるわ」とリディが声を上げると、ベアトリスも「このベーコンは美味そうだ」と飴色に燻された塊肉に頬を緩ませている。
「干し肉もあるわ。それに知らないハーブも。これで料理の幅が広がるね」とメルがシャロンとルナに話しかけ、
「ほんとですね。帝都でもエザリントンでも見たことがないものがありますね」とルナが答えている。
心配していた他の客だが、時間的に遅かったためか、ほとんどおらず、ごく少数いた客も俺たちの勢いにそそくさと帰っていった。
「お気に入りのものはございましたか?」と先ほどの男性が近寄ってきた。
「ソルビー食料品店の店主、アンガス・ソルビーと申します」
予想通り店主だった。
あいさつを交わした後、食材の説明を聞いていく。
アンガスは予め準備していたのか、試食用のチーズやハムなどを並べていく。
「こちらがハードタイプのチーズで……ハムはフォルティスの最高の豚をじっくりと熟成させており……ベーコンは当店で一番のお勧めでございます。桜のチップを使い、低温で燻すことで最高の香りを……」
立て板に水という感じで説明をしていく。
その都度、リディとベアトリスが試食していくが、なぜか手にはビールとワインがあった。アンガスの指示を受けた従業員がトレイに載せて待っていたようだ。
俺もそれを受け取り、試食をしていく。
「これは美味いな」という言葉が思わず出るほどビールやワインによく合う。
「昨年のドワーフ・フェスティバルで入賞を逃したことが悔しかったものでして、日々研究を重ねております……」
彼自身は行けなかったが、フォルティス支部と共に彼の店は参加しており、チーズやハムを提供したそうだ。
「フォルティスにお越しと伺い、当店に足を運んでいただけるのではないかと思っておりました。我々も次回のドワーフ・フェスティバルでは優勝を目標にしておりますので、ザカライアス卿のご意見をいただければと……」
ルティガーに言われて用意しただけにしては周到だと思ったら、最初から俺が狙いだったようだ。
別に俺の意見でどうなるものでもないと思い、感じたことを口にしていく。
「このホワイトロースのハムはもう少し塩を強めた方が俺の好みかな……このベーコンは燻製香が少し強すぎる気がする。そのまま焼いて出すにしても燻製香が強すぎて、相当強い香りのビールじゃなければ負けてしまいそうだ……」
アンガスの後ろにいる従業員たちが必死にメモを取っている。最近は慣れてきたので気にしないようにしているが、俺一人だけよりいろいろな人の意見を聞いた方がいいと思う。
「ルナはどう思う? このホワイトロースのハムの味付け?」とルナに話を振ってみた。
彼女は一口食べると、うーんと言って悩んでしまう。
「これでも美味しいと思うんですけど……マスタードがあった方が私は好きかも……」
「確かにそうだな」といい、アンガスに「 粒からしの酢漬け(マスタード) があれば少しほしいのだが」と言ってみる。
すると、従業員の一人に「すぐにお持ちしろ」と命じた。
従業員が走っていくと、「ウェルバーンのものですが、最高のものが置いてあります」と説明する。詳しく聞くとこの辺りではよいマスタードが作れないが、ドワーフたちから注文が入るため、帝国北部のウェルバーンから輸入しているとのことだった。
マスタードが届き、それを付けて食べてみる。ホワイトロースの瑞々しさに塩気と酸味、鼻に抜ける辛味が加わり、絶妙の味わいになる。
「こいつはいいな。これなら塩分を増やす必要はないな。さすがはルナだな」
ルナは「ありがとうございます。でも、たまたまです」と言って顔を赤らめていた。
アンガスも同じようにマスタードを付けて食べ、その味の変化に目を見開いていた。
「ソーセージにはよく合わせるのですが、このハムは焼かずにワインのつまみとして出しておりますので、マスタードを合わせるという発想がありませんでした。これならビールにもよく合います」
俺としてはホワイトロースの厚切りをしっかり焼けば、ビールのよいつまみとなると思うのだが、ソーセージに比べ脂が少し弱いことから、ガッツリとしたつまみを好むドワーフにはあまり人気がないそうだ。
そのため、薄切りにして軽めの赤ワインか、少し重めの白ワインに合わせる提案をしていたらしい。
そんな話をしながら試食していく。
最終的にチーズを十種類、ハムやソーセージを二、三十種類という大買い物になった。決めたのは俺ではなく、我が妻たちだ。
あまりの多さにアンガスの笑いが固まってしまったが、
「今回はよいご意見をいただきましたので、御代は不要でございます」
大したアドバイスをしたわけではないし、高級な食材をただでもらうのは気が引ける。それに大量と言っても、俺の資産から言えば大したことがないので断ることにした。
「大したアドバイスをしたわけではないし、これだけの品をただでもらうわけにはいかない」
その答えを予想していたのか、即座に別の提案をしてきた。
「それでしたら、お名前を使わせていただくというのはいかがでしょうか?」
「名前を使う? どのように?」
「“帝国一の美食家、ザカライアス・ロックハート卿ご推薦”と言う感じで……いかがでしょうか?」
どうやらドワーフ相手に売り込みを掛けようという腹積もりのようだ。
俺の名を出せばドワーフたちなら多少高くとも必ず手を出す。俺たちに渡す分の損失などあっという間に回収できるはずだ。
なかなか抜け目がないと思うが、さすがに名前を使わせる気はない。
「そういうつもりなら、今回購入しようとしたものは諦めるよ」
俺がそう言って立ち去ろうとすると、アンガスは慌てて「申し訳ございませんでした」と深々と頭を下げる。
「適正価格で売ってくれればいい。それに味さえよければ、俺はそのことをきちんと話す。今回もアルスの総本部で話をするつもりだしな」
そう言うとアンガスは心底安堵したという顔をする。食材関係で俺と揉めたという噂が広がることを想像したのだろう。
小さなトラブルはあったが、無事に買い物を済ませることができた。さすがに持って帰るには量が多かったので、宿まで運んでもらうことにし、店を出る。
ただ、試食に思った以上に時間が掛かり、ギデオンたちとの約束の時間が近づいていた。まだ、一時間ほどあるが、装備の手入れとシャワーを浴びる時間を考えるとギリギリだ。急ぎ足で帰り、何とか時間に間に合わせることができた。
ギデオンとフランチェスカが到着したと宿の支配人が伝えてきたので、俺が出迎えに向かう。
二人はロックハート家に敬意を表してか、ほぼ正装と言える晩餐にふさわしい服装だった。
ギデオンは黒いコートに金色の装飾が入ったベストと白いシャツ、下はぴったりとした細めのズボンによく磨かれた革の長靴だ。
フランチェスカは萌黄色のワンピースに白いレースの短めのケープをはおり、髪を結いあげていた。
俺の方はいつも通りの黒一色の普段着だったので、恐縮してしまう。
「ようこそ。でも、もう少し砕けた感じで来てもらえると思っていましたよ」
俺の言葉にギデオンがやや困った顔で答える。
「いや、帝国の貴族と食事など初めてのことだからな。どうしたものかと……」
フランチェスカがギデオンの肩をバシンと叩き、
「ほら、言っただろ。ロックハート家はそんなこと気にしないって」
「まあ、いいんじゃないですか。気どらず飲めば、格好なんて」とフォローを入れておく。
彼らの後ろにもう一人、壮年の男性がいた。その男性もギデオンと同じような服装だが、うちの巨漢の家臣バイロン・シードルフと同じくらいの体格で、似合っているとは言い難い。
俺の視線を感じたのか、ギデオンが紹介する。
「こいつはクライド、クライド・ホルボーンだ。俺の傭兵仲間ってところだな」
クライドが一歩前に出て、右手を差し出してきた。
「クライド・ホルボーンだ。クライドと呼んでくれ」
戦場で喉を傷めたのか、掠れた感じの声だが、思った以上に明るい印象を受ける。
ただ、その名に聞き覚えがあり、即座にあいさつが返せない。
気を取り直して、「ザカライアス・ロックハートです」と答え、
「傭兵ギルドのギルド長のホルボーン様ですか?」と聞く。
フォルティスに来ることが分かっていたため、事前に傭兵ギルドについても調べてあった。当然、現在のギルド長のことも調べており、その名を知っていたのだ。
「確かにギルド長だが、様付けはやめてくれ」と強面の顔を少し歪めて大きく笑う。
「しかし……」
「鍛冶師ギルドのドレクスラー殿は呼び捨てにしているそうじゃないか。ならば、俺もそれでいい」
傭兵ギルドは五十万人の人口を誇るフォルティスの代表者でもある。つまり、一国の支配者であり、鍛冶師たちの互助組織である鍛冶師ギルドと同列に扱うことはできない。
「フォルティスの五十万の市民の代表者にそんな口は利けません。ご容赦を」と言って頭を下げる。
「おいおい、鍛冶師ギルドの匠合長の方がよっぽど傭兵ギルドより力を持っているんだぞ。そんなことは分かっているんだろ?」
彼の言う通り、国家に対する純粋な影響力で言えば鍛冶師ギルドの方が上だろう。しかし、それとこれとは話が違う。
更に反論しようと思ったが、フランチェスカが割り込んできた。
「今でこそ、ギルド長なんて言っているけど、三年前までただの傭兵だったんだよ。それも酔っ払うと大声で歌う迷惑なね。だから、気にする必要はないんだよ。もちろん、うちのもおんなじさ。“剣聖”なんて偉そうな二つ名が付いちゃいるが、ただの傭兵なんだから」
そこまで言われて更に反論するのもためらわれる。
「では、クライドさんと呼ばせていただきます。さすがにギデオンさんやクライドさんとタメ口は無理ですけど」
「お前の実力ならタメでも気にせんが、まあいいだろう」
ギデオンがそれで収めてくれたので、父たちに引き合わせるため、食堂に向かった。