作品タイトル不明
第七話「勧誘」
五月十二日の夕方。
傭兵ギルドの訓練場で出会った“ 剣聖(ソードマスター) ”ギデオン・ダイアーと彼の妻フランチェスカと懇親会を開くことになった。
俺たちが泊まっている宿の食堂を利用することになったのだが、そこに更に一人の大物が加わった。その人物は傭兵ギルドのギルド長、すなわち傭兵の国フォルティスの代表、クライド・ホルボーンだ。
三人は元々同じ傭兵団、ダイアー傭兵団で命を預けあった仲で、ギデオンがロックハート家と知り合ったと聞き、クライドも付いてきたということだった。
予想外の大物に困惑するが、ここまできているギルド長を追い返すわけにもいかず、仕方なく父に引き合わせることにした。
父は世界最強と言われているギデオンと酒を酌み交わすというだけでも驚いていたので、ギルド長まで付いてきたと伝えることを思うと気が重い。
ロックハート家の面々は既に食堂で待っており、そこに案内する。
父を含め、ロックハート家の服装は普段着で、正装に近い三人に父の顔が引きつっていた。
「ギデオン・ダイアーさんと奥さんのフランチェスカさんです。後ろの方はクライド・ホルボーンさんです」
父は「お初にお目に掛かります。帝国子爵マサイアス・ロックハートです」と言うが、クライドという名に聞き覚えがあったのか、「もしや、ギルド長のホルボーン閣下では」とやや呆けた感じで聞いた。
従士や自警団員たちもその言葉に思わず背筋を伸ばす。
「ギデオン・ダイアーだ。いや、ギデオン・ダイアーです。閣下」と緊張気味にギデオンが頭を下げ、フランチェスカも「フランチェスカです」と先ほどまでの肝っ玉母さん振りが影を潜めている。
「クライド・ホルボーンです。閣下はよしていただけまいか。こちらも子爵閣下と呼ばなくてはいけなくなるので」
その言葉で父も我に返り、「そうですな」と答えるが、俺に向けて“なぜ先に言わない”という非難の目を向けてくる。
非難されるいわれはないが、父の言いたいことも分からないでもない。
相手がギデオンだけなら、帝国の貴族として対応する必要はないが、フォルティスの代表者までいるとなると政治的な配慮が必要になる。もし、何かトラブルが起き、フォルティスとカエルム帝国の関係が悪くなったら、その責任をとらなくてはいけないためだ。
俺は面倒だと思いながらも、重い空気を払拭するため、間を取り持つことにした。
「今回は武術を修める者同士が親交を深めるということでどうでしょう? 父も堅苦しいことは苦手ですし、うちの連中は礼儀作法に詳しいわけでもありませんから。ギデオンさん、フランチェスカさん、クライドさん。そういうことで普通に話しましょう」
「そう言ってくれると助かる。どうも貴族って奴が苦手でな」とギデオンがいい、
「私もそれでお願いしたいね。でも、ロックハート子爵閣下のことはどう呼んだらいいんだい」
そこで父も俺の考えを察し、
「マサイアス、いや、マットと呼んでいただければ……いや、呼んでくれ。私はフランチェスカ殿と呼ばせてもらうから」
「では、マット殿と呼ばせてもらおう」とクライドが引き取り、ようやく場の雰囲気が緩んだ。
その後、すぐに酒が用意される。
ドワーフが相手ではないのでスコッチではなくフォルティスのビールだ。弟たちにはハーブティが用意される。
全員に飲み物が行き渡ったところで父が乾杯の音頭を取る。
「ギデオン殿、フランチェスカ殿、クライド殿との出会いに、乾杯!」
一斉にジョッキが掲げられ、乾杯と唱和する。
一口ビールを飲むと、父は座り、ギデオンたちと談笑を始めた。
「まさか息子たちがギデオン殿から指導を受けているとは思わなかった。こんなことなら私も行けばよかったと後悔したよ」
「俺もまさかロックハート家が見に来るとは思っていなかった。だが、今日は久しぶりに楽しませてもらった」
ギデオンがそう言うとフランチェスカが大きく頷く。
「そうだね。魔道剣術士っていうのを初めて見させてもらったよ」
「何で俺を呼ばなかったんだ。本当に酷い奴だと思ったぞ」とクライドが言うと、
「悪かったと思っているよ。だが、あの後、手加減なしの一発を 鳩尾(みぞおち) に入れることはないだろう」
そう言って腹の辺りをさする。
「当たり前だ。自分たちだけ楽しんだ罰だ」
俺たちはギデオンと話しているので、それほど違和感はなかったが、二人の会話に父たちが目を丸くしている。伝説の傭兵と五大ギルドの長の一人の会話とは思えないためだ。
そんなこともあり、和やかな雰囲気で宴は進んでいく。
宿の料理は思った以上によく、ギデオンたちも満足そうに料理と酒を楽しんでいた。
緊張も解れ、会話が進んでいく。特に弟たちはギデオンとフランチェスカにしきりと話しかけていた。
「どんな敵と戦ったんですか?」とか、「今までで一番強かった敵はどんな敵ですか」などと好奇心を抑えきれないようだ。
そんな弟たちに彼らは嫌な顔をすることなく話をしていく。遠慮気味に距離を取っていた従士や自警団員たちも彼らの話に耳を傾けていた。
「そうだな。いろんな敵と戦った。 邪竜(イービルドラゴン) とも戦ったし、 吸血鬼王(ヴァンパイアロード) とも戦った……若い頃は帝国の騎兵とも戦ったし、魔族とも戦っている……」
俺たちはその話に引き込まれていった。ある程度話し終えたのか、少し遠い目をして付け加えた。
「……いろんな敵と戦ったが、俺たちは普通の傭兵団とは少し違うからな……」
「そうなんですか?」とセラが首を傾げる。
「ああ、普通の傭兵は商隊の護衛なんかが主な仕事だ。だが、俺たちはというか、俺は護衛が苦手でな。どっちかというと戦争や大規模な魔物の討伐を請け負っていたから、大物と戦うことが多かったんだ……」
ギデオンが言う通り、この世界の傭兵の主な仕事は護衛だ。
よく勘違いされるのだが、魔物の討伐は傭兵の仕事ではなく、冒険者の仕事だ。これは魔物を狩ることに特化した冒険者の方が効率的だからだ。
ただ大規模な魔物の討伐作戦が必要な場合には傭兵が動員される。
特に帝国とラクス王国の国境であるサエウム山脈は大動脈アウレラ街道が通っており、商業ギルドが雇い主となって傭兵団に討伐を依頼することがある。但し、帝国から離れたアウレラ市周辺だけで北部域が接するロークリフ周辺では行われない。
他にも国に雇われて戦争に行くこともあるが、現在ではあまりない。
現在戦争をしているのはカエルム帝国とルークス聖王国で、そのいずれもが滅多に傭兵を雇わないためだ。
帝国は正規軍団が出征する場合は傭兵を雇う必要はないし、ルークスは雇いたくても金がない。スポンサーである商業ギルドが帝国との関係を慮って傭兵を雇う金を出さないためだ。
もっとも今は北部総督府軍がルークス戦線に傭兵部隊を引き連れていっているが、これは例外中の例外だ。
つまり傭兵が戦場で戦うのは、基本的には帝国とラクス王国の戦争だけということになる。それもラクス側が雇うという形で、帝国側は北部総督府軍が出征を命じられなければ、傭兵部隊ができることはない。
帝国とラクスとの戦争は十年ほど前から休戦状態で、傭兵の出番はない。また、小競り合いはあるが、ラクスは優秀な傭兵団を王都に確保しているので、フォルティスを本拠とする傭兵団の出番は少なかった。
「どうしてなんですか? ギデオンさんなら護衛も問題なくできると思うんですが」とセオが質問する。
その問いにギデオンは頬を掻き、
「俺は戦いが始まると熱くなっちまうんだ。今日みたいにな」
「そうなんだよ。この人は団長だっていうのに、指揮をクライドや私に押し付けて、魔物や盗賊に突っ込んでいっちまうんだ。護衛は顧客を守るのが仕事だっていうのに、何度言っても忘れちまうんだよ」
フランチェスカがそう零すと、クライドも大きく頷く。
二人の仲間から追及されると思ったのか、ギデオンは「ま、そういうことだ」と話題を打ち切ろうとした。
しかし、そんな空気を読めないソフィアが首を傾げながら、
「敵を全部倒してしまえばいいと思うんだけど……どうして姉様?」とセラに質問する。
セラは「ザック兄様から教えてもらったでしょ」と言った後、
「護衛の目的は守ること。敵を倒すのはその手段であって目的じゃないの。目的と手段は混同してはいけないってことよ」
胸を張って自信満々に答える。
これは常々俺が言っている言葉だ。しかし、まだ九歳のソフィアには難しいらしく、「もっと分かりやすく教えてよ」と口を尖らせている。
セラは「えっと……」と言って口篭ってしまった。彼女もまだ本質的なところは理解できていないようだ。まあ、まだ十一歳だから仕方がない。
そこで俺が助け舟を出す。
「ソフィアが剣術を習っているのはみんなを守るためだろう?」
「うん」
「でも剣術のスキルが上がると楽しいよな」
「うん! 今日も一つ上がってうれしかった!」と元気に答える。十歳にも満たない女の子がこれでいいのかと思わないでもないが、本筋とは違うので指摘しない。
「でも、剣術はみんなを守るためのものだろ。それなのに楽しくなって、そのことを忘れてしまったらどう思う? 誰かが襲われているのに、剣が上手く振れたからって他の魔物に向かっていって、その人が怪我をしたら、それはおかしくないかな」
ソフィアは「う~ん」と悩むが、
「おかしいと思う。その時は楽しくっても、あとで悲しくなると思う……私にも分かった。ありがとう、兄様」
俺とソフィアの会話を聞いていたフランチェスカが「アハハハ!」と爆笑する。
「あんたはこんな小さな嬢ちゃんより分かっちゃいないってことだよ」
そう言ってギデオンの背中をバシバシ叩く。
「耳が痛ぇ。それに返す言葉はねぇや」と言って苦笑し、
「そういうことだ。俺は戦いになると、周りが見えなくなるんだ。だから、団長もやりたくなかったんだが……」
やはりこの人は“ 戦闘狂(バトルジャンキー) ”だった。
「それにしてもロックハートは凄ぇな。セラやソフィアのような子供にまでそんな教育をしているとは……うちの連中も教育しないといけねぇんだが……」
クライドがそう言って何度も頷いている。
「そうなんですか? ホルト隊長はその辺りのことをしっかり理解されていると思いましたが?」
蒸留酒護衛隊(スコッチガーディアンズ) のラッセル・ホルトは陽気な人物だが、任務で何が一番重要かをよく理解している。彼はフォルティスを本拠にしていた傭兵であり、それがこの国の傭兵の標準的な考えだと思っていた。
「ラッセルもそうでもなかったぞ。恐らくだが、ラスモア村にいって考えを変えたんじゃないか? もしかしたら、鍛冶師ギルドから強い圧力、いや、要請があったのかもしれんが。ハハハ!」
クライドがそう言って大きく笑う。
確かにドワーフたちのスコッチに対する愛情というか執着を見て考えが変わった可能性はある。
ドワーフの話が出たので、なぜギデオンが鍛冶師たちの武具の作成対象に選ばれなかったのか聞いてみた。
「ああ、確かに鍛冶師たちから話はあったな。しかし、俺はすでに引退した身だ。今更、凄ぇ武器や防具を揃えても宝の持ち腐れになるだけだ。だったら、もうちょい若い連中に作ってやってくれと言ってやったんだよ」
確かに理に適っているが、まだ四十代半ばだというのに引退した理由が分からない。
「どうして引退されたんですか?」
ギデオンはちょっと顔をしかめ、どう言おうか悩んでいるように見える。どうやら聞かれたくない話だったようだ。
「すみません」と謝り、「今のは忘れてください」と言うと、フランチェスカが代わりに説明を始めた。
「別に秘密にしているってもんでもないのさ。二年くらい前に私が大きな病を患ってね、それで死にそうになったんだよ。そん時はたまたまアウレラにいて、運がいいことに腕のいいサルトゥースのエルフの治癒師が偶然いてね。それで命を拾ったんだけど、半年ほどは安静だったって言われて……それからすぐにこの人は引退するって話になって……まあ、そんな理由だよ」
ギデオンは思った以上に愛妻家だった。
愛する妻を看病するために引退した。彼女は全快したものの、その後も一緒にいる時間を増やすために現役に復帰せず、フォルティスでのんびり暮らすことにしたらしい。
その話にロックハート家の面々は感動していた。
愛する妻のために世界一という名声と仕事を忘れるほどのめりこむ“戦闘”という“趣味”を簡単に捨てたことに。
しかし、一つだけ疑問があった。ただ、その疑問は彼らの中に踏み込むようで聞くのにためらいがあった。
そんな感じでためらっていると、セオが質問していた。
「ギデオンさんとフランチェスカさんが引退したのは分かるんですけど、クライドさんまで引退したのはなぜなんですか? ダイアー傭兵団といえば、僕でも知っているフォルティスで一番有名な傭兵団ですよね。ギデオンさんが引退した後、クライドさんはなぜ引き継がなかったんですか?」
そのストレートな質問にクライドが困った顔をしながら答える。
「こいつとは腐れ縁でな。俺がいないと何をしだすか分からんのだ。突然、傭兵を辞めたようにな」
当時のダイアー傭兵団のトップはギデオンで、ナンバーツーがクライドとフランチェスカだった。そのトップスリーが一気に抜けたことで問題が起きなかったのか気になった。
「でも、それだと大変だったのでは?」と質問すると、
「まあ、傭兵団の方は多少揉めたな……だが、若い奴がやりたいようにやればいいのだ」
言葉とは裏腹に誤魔化すように遠くを見ている。揉めたというレベルではなさそうだが、これ以上突っ込んでも仕方がないのでこれでこの話題を切り上げる。
その後もロックハート家と楽しく酒を酌み交わした。
そして、驚くべきことにギデオンがセオとセラの二人を気に入ったらしい。
「お前さんたち、俺のところで修行しないか?」
その言葉に二人は目を丸くする。
「お前たちの根性と才能なら、俺を超えられるかもしれん。どうだ?」
確かにまだ十一歳なのにレベル二十を超える逸材だが、才能の点ではメルの方がある気がする。そのことを聞いてみると、
「メルは既に完成している。それに引き換え、この二人は基礎こそしっかりできているが、まだまだ未完成だ。今から俺の戦い方を仕込めば、一級傭兵になれる可能性がある」
確かにメルの戦闘スタイルは確立されている。これは俺たちザックセクステットという枠組みで長年戦っているためだ。特に魔法の攻撃力を前提としている点が普通の剣術士とは違う。彼女は激しい攻撃を行うこともあるが、大物に対しては“タンク”役として注意を引きつける戦い方をすることが多いし、今日のように俺とコンビで戦うこともある。
その点、セオたちは違う。
祖父の厳しい修行を受けているものの、自分たち以外は決まった誰かと組むということはなく、オーソドックスなスタイルだ。
そこでフランチェスカも話に加わってきた。
「私もそう思うね。傭兵になるかはともかく、この人の弟子になってくれたらうれしいね」
どうやら彼女も二人を気に入ったらしい。
セオたちはうれしいものの、勝手に決めるわけにもいかず、父と俺を交互に見る。
父はギデオンに頭を下げると、
「息子たちへの過分な申し出に感謝します。ですが、一度村に帰ってからきちんと話し合って決めたいと思います」
「そうだな。あまり遅くならない方がいいが、まあ、気が向いたらいつでもいい」
一旦、二人の修行の話は保留となった。