作品タイトル不明
第五話「最強の傭兵」
五月十二日の午前中。
傭兵ギルドの訓練場で、“ 剣聖(ソードマスター) ”、“最強の傭兵”と呼ばれている、元一級傭兵のギデオン・ダイアーと出会った。
ベアトリスが手合わせをしていたが、一矢報いるどころか、ほとんど成す術もなく敗れた。
その後、彼の妻フランチェスカが現れ、セオフィラスとセラフィーヌの二人が指導を受けた。
フランチェスカは四十代前半の明るい女性で、装備をつけていなければ威勢のいい女将さんという雰囲気だが、その実力は一級傭兵の妻に恥じぬレベル六十八。一流の傭兵と呼ばれる三級傭兵だった。
生来の優しさからか、セオたちの見た目が影響したのかは分からないが、手加減しつつも欠点を丁寧に教え、僅かな時間の指導にも関わらず、二人の動きは見違えるほど良くなっている。
「さて、“ 真闇の(ダークネス) 魔剣士(ソードウィザード) ”様の実力を見せてもらおうか」
ギデオンがそう言ってニヤリと笑う。しかし、その直後に、フランチェスカに後頭部を 叩(はた) かれ、つんのめる。
「何言っているんだい、あんたは! いくらなんでも一対一じゃ話にならないよ。そこの赤毛の嬢ちゃんと二対一でやりな」
彼女の言うことはもっともだ。
俺の剣術士レベルは四十八に過ぎない。魔闘術で底上げしたとしても、レベル六十四のベアトリスが手も足も出なかったギデオンを相手にすれば、瞬殺されるのがおちだ。
だからといって二対一になったら何とかなるかと言われたら、ノーと答えるしかない。レベル八十二の祖父を相手に二対一で戦っても勝てた例はないのだから。
それでも瞬殺されることなら、防ぐことができる。
「ああ、それで構わないぜ。いや、その方が面白いかもしれん。どんな手を使ってくれてもいいからな」
ギデオンの顔に浮かんだニヤニヤ笑いが消えない。相当な 戦闘狂(バトルジャンキー) だ。
メルに目で合図を送ると、小さく頷く。十年以上一緒にいるから言葉はいらない。
二人で訓練場の真ん中に向かう。その際、「思いっきりいくぞ」と声を掛ける。
「はい! では、いつもの通りですね!」と元気な声が返ってきた。
ギデオンもゆっくりと訓練場の中央に歩いてくる。睨みつけてくるということもないのだが、近づいてくるだけで強い 圧力(プレッシャー) を感じる。
俺は村を襲った“ 死せる者たち(アンデッド) の王”、ヴラド・ヴァロノスを思い出していた。
(あの時のプレッシャーに近いな。いや、あの時は恐怖を強く感じていたから微妙に違うか。今回は純粋に力を感じているって感じだな。メルがいてくれてよかった。一人じゃ、戦う前から動けなくなっていたかもしれない……)
祖父やウォルト・ヴァッセルが相手でも感じたことがないプレッシャーを感じ、足が竦みそうになる。
「いつでもいいぜ。何なら魔法を先に撃たせてやってもいい」と言ったところで、何かを感じたのか、ちらりと後ろを見る。そして、すぐに発言を訂正する。
「あ、いや、なんだ。訓練場を壊されると俺が弁償しなくちゃならんから、壊さん程度の威力で頼む」
後ろで睨むフランチェスカを見て発言を訂正したようだ。その姿に僅かに緊張が緩んだ。
「では、面白い魔法をいくつかお見せしましょう」と余裕があるかのように、無理やり笑みを浮かべる。
そして、ゆっくりとした口調で呪文を唱えていく。
「数多の風を司りし 風の神(ウェントゥス) よ。爆発せし気塊を我に与えたまえ。我が命の力を御身に捧げん。我が敵を打ち倒せ! 爆風の気塊(イクスプローシブバルーン) !」
俺の右手から十個の透明な風船がポンポンという感じで飛び出していき、ゆっくりと漂いながらギデオンに近づいていく。
「何だ、こりゃ?」とギデオンが素っ頓狂な声を上げる。
それを無視して更に呪文を唱えていく。今度は先ほどとは打って変わって高速で詠唱する。
「すべての大地を支えし 土の神(リームス) よ。御身の眷属、大地の精霊の力を固めし、天をも貫く槍を、我に与えたまえ。我は御身に我が命の力を捧げん。我が敵を貫け! 大地の槍(ロックスピア) !」
呪文を唱え終える瞬間、右手を地面に付ける。
その直後、ギデオンの周囲の地面から十二本の岩の槍が上に延びていく。それは直径十センチ、長さ二メートルほどで、先端は平らに整形してある。
「メル、いくぞ!」と言って、右に駆け出す。メルは逆の左に走り、挟み撃ちの形を作る。
岩の槍は勢いよく伸びていくが、それは彼にダメージを与えるものではなく、動きを阻害する簡易な檻のような形だ。
直接狙わなければ、避けることはないだろうと予想したが、その予想通り、ギデオンは様子を見るだけでその場から動かなかった。
直径一メートルほどの円を描くように岩の槍を出したため、間隔は十五センチ強。これで相手の動きを多少は制限できるはずだ。いくら凄腕の傭兵でも木剣で岩の柱を砕けるはずはない。
ギデオンは魔法と俺たちの両方を警戒するものの、驚嘆の声を上げる。
「魔法の複数同時発動か! さすがは千年に一人の天才だな! それにこれだけの数のロックスピアはなかなか出せん」
そう言いながらも警戒は続けており、メルと俺の双方の動きを追っていた。
俺はハンドサインで跳ぶことを伝え、その直後に魔闘術を使ってジャンプする。狙いはギデオンの頭上の二メートルの位置。
メルは俺の合図を受けると、すぐに猛然と突っ込んでいく。その姿勢は低く、剣は腰だめに引きながらも、切っ先はまっすぐ相手に向かっていた。
狙いは左右と上下の挟み撃ちだ。更に岩の槍というか柱を建てることで相手の動きを阻害してある。
飛び上がった俺だが、そのまま上から剣を振り下ろすだけではない。
クナイ型の投擲剣を投げつけて牽制し、メルの攻撃から意識を逸らさせる。
「面倒な攻撃だな」と言いながらも、岩の槍の隙間から飛んできたクナイを僅かに身体をずらすことで避け、同時に足元に突き出されたメルの鋭い攻撃を、狭い空間であることを感じさせない滑らかな動きで木剣を使って弾く。
岩の柱で動きが阻害されているはずなのに、全く影響は見られない。
メルの攻撃を弾いた直後、俺の攻撃が彼の頭を襲う。
この攻撃は最初から読まれていたのか、下段の構えのような形から木剣を振り上げ、俺を迎え撃とうとした。
しかし俺も素直に向かっていったわけではない。まっすぐ落ちていけば狙い打たれることは分かっているから、送風の魔法で微妙に軌道をずらしている。この動きにより、彼の攻撃は岩の柱によって阻害され、僅かに逸れた。それでも俺の剣を弾き、更に肩を掠めていく。
俺は岩の柱を蹴ってバク宙の要領で着地する。
一連の攻撃は軽くいなされてしまった。
しかし、これは想定内だ。実際、この作戦を祖父に使ったが、全く効かなかった。だから、今回も成功するとは思っていなかった。ただ、どの程度の動きを見せるか試したかったのだ。
一応、想定の範囲内だが、まだ実力のすべてを出させていない。
再び先手を打とうと接近しようとした時、「今度はこっちからいかせてもらうぜ」と言って、木剣を振って岩の柱を砕く。
「何で岩の柱が……」と絶句する。
ロックハート家一の剛剣使い、バイロン・シードルフがアダマンタイトの剣で岩を砕いたことがあるが、ギデオンが持っているのは訓練用のただの木の剣だ。俺のロックスピアは建材にできるほど強靭で、木剣で簡単に壊されるようなやわなものではない。
岩の檻から出てきたギデオンは神速の動きでメルに向かう。その動きを見て、何とか我に返ることができた。
俺は一瞬茫然自失になったが、メルは終始冷静だった。彼の動きについていけないと判断し、迷わず横に跳んでいたのだ。
「いい判断だ」と満足そうに言い、標的を俺に変える。
その時、最初に放った 爆風の気塊(イクスプローシブバルーン) が俺の周囲に漂っていた。
「そいつは何なんだ?」と言いながら、 胡乱気(うろんげ) な視線を向けるが、
「まあいい。ぶった切ればいいだけだ」と言って突っ込んでくる。
その速度は俺が魔闘術を掛けている状態より速い。それでも瞬時にバックステップで後退し、距離を取る。
彼は更に俺を追い、風船の真下に入った。
その直後、すべての風船が一斉に爆発する。その衝撃は大きく、訓練場の壁や屋根をビリビリと揺らすほどだ。
俺とメルは“ドワーフの歓喜の声対策の耳栓”を装着しており、影響はほとんどないが、若い傭兵たちは耳を押さえて蹲っている。
一番被害を受けたはずのギデオンだが、爆風と爆音に驚いて足を止めたものの、集中力を切らすことなく、俺の姿を窺っていた。
「やってくれる」と言って俺に向かって再び突っ込もうとした。
俺はそこでもう一つの切り札を使うことにした。
ギデオンが突っ込んでくる一瞬の間を利用し、魔力を左肩に注入する。
その直後、黒龍の鎧の左肩の留め金に仕込まれた魔晶石がフラッシュのような強い光を放つ。
この仕掛けにはさすがのギデオンも驚いたようで、「おぉ!」という声を上げ、足を止める。
これはアルスの防具職人ゲオルグ・シュトックに頼んで付けてもらったもので、俺が灯りの魔道具を改造したものだ。消費する魔力も少なく、初見の相手には非常に有効な奇襲手段だが、味方が多いと使えないため、俺の鎧にしか装備されていない。
ギデオンが怯んだ直後、メルが背後から斬り掛かった。
これで勝てたと確信する。
次の瞬間、その確信は脆くも崩れ去った。
ギデオンは気配を感じたのか、メルの攻撃を背中を向けたまま避け、更に前に出てきた彼女の背中を打ち据える。メルは地面に叩きつけられ、動かなくなった。
その間、彼は一度も目を開けることはなかった。
その事実に驚くが、チャンスは今しかないと俺も攻撃に向かう。魔闘術で速度を底上げし、更に気配を悟られないよう最小限の動きで迫る。
剣を下げ、頭を振っている無防備な彼に一太刀だけでも当てたいと勝負に出た。
バスタード型の木剣を鋭くまっすぐ伸ばす。切っ先が当たると思った瞬間、ギデオンの姿がぶれ、視界から消える。
どこにいったと思った直後、俺は背中に強い衝撃を受け、気を失った。
どのくらい時間が経ったのか分からないが、リディの治癒魔法の柔らかな魔力で目を覚ます。
「どのくらい気を失っていた?」と聞くと、
「一分くらいかしら。骨は大丈夫だと思うけど、あとは自分で何とかしなさい。それとメルも内臓に衝撃を受けているから、ちゃんと治してあげて」
それだけ言うと、ゆっくりと離れていった。
俺の横には同じように寝かされたメルがおり、清々しい笑顔で俺を見ていた。
「全然歯が立ちませんでしたね」
「そうだな。一太刀くらい入れられると思ったんだが……ベアトリスじゃないが、世の中は広いな。あれだけ突拍子もない攻撃をしたのに全く効かなかったとは……」
正直言って悔しいことは悔しい。しかし、やれることをやった上で負けたのなら仕方がない。もちろん、これは模擬戦だから言えることだが。
身体を起こすと僅かに背中に痛みが残っていた。リディの治癒魔法でほぼ治っているようだが、内臓か神経にダメージが残っているのかもしれない。
内臓と神経を癒すイメージで治癒魔法を掛けると、痛みは消えた。
メルも同じような一撃を食らっているとのことなので、同じように治癒魔法を掛けておく。
治療が終わったところでギデオンが話しかけてきた。
「それにしても面白ぇな」
「全く手も足も出ませんでした」と自然と苦笑いが浮かぶ。
「いや、俺は楽しませてもらったぜ。まさかこんな若造に苦戦するとは思わなかったからな。よければ何をしたのか、教えてくれないか」
「ええ、構いませんが、その前に後始末をしないと」
そう言って訓練場の真ん中に向かう。若い傭兵たちが岩の柱をペタペタと触っていた。
「魔術師って奴はこんなものを簡単に作れるんだな」と最初に絡んできたジェイという若者が話しかけてきた。
「ええ、レベル五十を超えている魔術師ならそれほど難しいわけじゃないですね」
「レベル五十の魔術師? お、お前はいくつなんだ?」
「土属性は一番得意なんで六十一です」と言いながら岩の柱を砂に変えていく。
俺の言葉とその光景に傭兵たちがあんぐりと口を開けていた。
「なるほどな。それだけのレベルがありゃ、あれだけの魔法が出せるはずだ。まあ、同時に二つの魔法を使った奴は初めて見たがな」
驚いているジェイたちにギデオンが納得したという顔で説明する。
「ちなみに剣術はいくつなんだ? 俺より上だっていうのは分かるんだが……」
「四十八です……四十九になっている! 今の模擬戦で上がったみたいです。半年振りだ……」
念のため、オーブを確認したら、レベルが上がっていたのだ。
この旅に出てから訓練時間が短く、レベルが上がっていなかったが、レベル百を超える相手に模擬戦を行ったため、ここに来てようやく上がったようだ。
「レベル四十九……四級の一歩手前かよ……」
俺がオーブで確認したことから、メルたちも同じように確認する。
「上がっています! レベル五十三になりました!」とメルがいい、
「僕もだ!」とセオが喜びの声を上げる。更にセラも飛び上がるようにして喜びを表現する。
「私も! やっとレベル二十一になった!」
しかし、その直後に、「でも、ザック兄様やメル姉様と比べると全然。早く強くなりたいわ」と言って周囲を唖然とさせた。
「こんな子がレベル二十一……俺、傭兵を辞めようかな……」
若い傭兵たちからそんな声が上がる。
「何を言っているんだい! あんたたちは!」とフランチェスカが一喝する。
「レベルだけが傭兵の価値じゃないんだよ! どうやって依頼をきちんと達成するか、それが大事なんだ。そうだろ、あんた!」
突然話を振られたギデオンは「そ、そうだぞ」と相槌を打つ。
「それにしても無茶苦茶なレベルだね。ロックハートの訓練が厳しいっていう話は聞いているけど、ここまでとはね……」
フランチェスカは呆れた顔でそういうが、セオとセラが気に入ったのか、「でも、その歳でそのレベルなら将来が楽しみだよ」と言って頭を撫でていた。
その後、魔法や攻撃方法について解説をしていく。
「なるほどな……」とギデオンは感心しているが、そのすべてを楽々と回避されているため、感心されている気にならない。
少し休憩を挟み、本格的にギデオンとフランチェスカから指導を受けた。
祖父たちの訓練とは違い、実戦形式ばかりではないが、微妙な癖を修正してもらったり、新たな技を教えてもらったりと有意義な時間だった。
あの岩を砕いた技についても聞いている。
「私の岩の柱は城壁と同じ強度を持っているはずなんですけど、どうやって砕いたんですか?」
「ああ、あれか……他の奴が何と呼んでいるのかは知らんが、俺は“闘気”と呼んでいる。その闘気を剣にまとわせると、 鈍(なまくら) の剣でも鉄や岩を斬ることができるようになる……」
ベアトリスとリディに視線を送るが、二人とも知らないようで首を横に振っている。
「闘気ですか……魔法みたいなものなんでしょうか?」
「さあな。俺の他にフォンスにいるハミッシュも使えるが、奴も魔法を使えるっていうわけじゃねぇからな。俺のような傭兵にはよく分からん……」
ハミッシュとはラクス王国のフォンスに本拠を持つ マーカット傭兵団(レッドアームズ) の団長、ハミッシュ・マーカットのことで、ラクス王国一の傭兵だ。弟たちも知っている超有名人だ。
更に詳しく聞き、目の前で実演してもらうと何となく正体が分かってきた。
精霊の力が見えるリディに確認してもらったが、精霊の力は作用していない。だとすると、体内にある魔力を攻撃力に直接変換している可能性が高い。
「体内の魔力か……よく分からんが、意識して使えるようになったのはレベル八十を超えてからだ。 獅子心(ライオンハート) ゴーヴァン殿も使えるのではないのか?」
そう言われると、祖父も信じられないほど強力な斬撃を放つことがあった。
(魔闘術の一種のようなものかな?……村に帰ってから研究が必要だな……)
そんなことがあったが、俺だけでなく、他のメンバーにも有意義な時間だったようだ。
剣が主ではないダンやシャロンの剣術レベルも上がり、更には直接槍の指導を受けたわけではないベアトリスも最後にはレベルアップを果たしている。
また、エレナとソフィアもレベルを上げ、リディと訓練に参加しなかったルナ以外の全員がレベルを上げていた。
「偶然なんだろうが、凄いな」と言うと、訓練を受けたのにただ一人レベルが上がらなかったリディが「どうせ、私だけ……」と言って“の”の字を書くようにいじけていた。
「仕方ないだろ、普段の訓練をサボっているんだから」
「そうだけど……」と自覚はあるのか、それ以上何も言わなくなった。