作品タイトル不明
第三話「傭兵ギルド」
五月十二日。
昨日フォルティス市に到着した。旅慣れない職人やその家族がいるため、今日は休養日に当てられている。
昨夜の鍛冶師ギルドでの宴会の余韻が残るものの、俺も久しぶりにのんびり過ごすつもりでいた。
朝食を終え、宿の食堂でまったりとしていると、弟たちがやってきた。
「今日はどうするんですか?」とセオが聞いてきた。後ろには妹のセラとソフィア、そしてルナの姿もある。
「街を散策しようかと思っているんだが……何か考えがあるのか?」
四人が事前に相談している感じがしたのでそう聞いてみた。
セラが他の三人の顔を見てから、「はい」と元気に答え、話し始める。
「折角傭兵の街に来たので、傭兵ギルドの総本部を見にいきたいんです。あとは訓練場とかも……」
ここには傭兵ギルドの総本部があり、多くの傭兵がいる。恐らく、その傭兵たちの訓練を見てみたいのだろう。
ただ一つだけ疑問があった。
弟たちなら分かるが、ルナが一緒にいることだ。
彼女は剣術に興味を示していない。そんな彼女が積極的に訓練場にいきたいということに違和感があった。
「ルナもそれでいいのか? メルやシャロンと別のところに行ってもいいんだぞ」
「ありがとうございます」と言って頭を下げるが、
「私も見てみたいと思っています。それにザックさんと一緒なら、美味しいものがあるところにも行けそうですから。ウフフ……」
はにかむような笑みを浮かべる。
「じゃあ、メルたちにも声を掛けておいてくれ。リディとベアトリスには俺が話しておくから」
そう伝えると四人は元気に部屋を出ていった。
「ふわぁ……」と言ってリディが現れる。まだ少し眠そうで、今起きたところのようだ。
「それにしても、あの子も随分明るくなったわね」
起き抜けのようだが話し声はしっかり聞こえていたようだ。
「そうだな。この調子で訓練を始められればいいんだが」
「大丈夫でしょ。それより今日はどうするの? セオたちと一緒に傭兵ギルドの総本部に行くつもり?」
「ああ、午前中は総本部と訓練場を見て、午後から街を散策しようと思っている。ここにしかない食材もありそうだしな。リディはどうする?」
「私も行くわ」と即座に答えるが、「でも大丈夫なの?」と付け加える。
「何がだ?」と聞くと、
「この街でも蒸留所の建設予定地を見にいかなくていいのかなって。ルディガーたちが何か言ってきそうな気がしているんだけど」
「それなら大丈夫だ。この街の周囲ならどこでも蒸留所はできると伝えてあるからな」
ここフォルティスは水源に近く、森にも囲まれている。また、ここでも燃料となる石炭は豊富にあり、搾りかすを食べる牛や豚も豊富にいるから、条件としては申し分ない。
「ここでは新しいお酒は考えないの? 確かジャガイモの……」
「それ以上は言わないでくれ」と言ってリディの口を塞ぐ。
そして、周囲を見回し、ドワーフたちの影がないことを確認する。
「ドワーフたちに聞かれると二日や三日じゃすまなくなる。それに一応当たりは付けてあるんだ。村に帰って職人たちにそれとなく伝えれば問題はない」
フォルティスの名物にジャガイモがある。そのジャガイモを使った酒を造れば、ウォッカができる。まあ、ウォッカはジャガイモが原料だけではないが、それでも新しい酒ができることは間違いない。
ウォッカの場合、スコッチやバーボンと違い、熟成は必要ないから条件としてはニューポット、つまり作りたてのウイスキーと同じ条件で造れる。
しかし、そのことがドワーフに漏れると、どんな酒になるのかとか、どう飲んだらいいのかという話になり、収拾がつかなくなる可能性が高い。そのことを懸念し、彼女の言葉を遮ったのだ。
午前九時頃、宿を出発する。
いつも通り、ザックセクステットの六人に加え、セオ、セラ、ソフィア、ルナの四人が加わる。更にエレナも一緒に行きたいということで、十一人という大所帯になった。
ちなみにエレナだが、本来なら侍女ということで母と一緒にいるべきだ。しかし、母から、自分たちはゆっくりしたいから俺たちと一緒に散策にいくようにと言って、送り出されたらしい。
何となくだが、母が彼女とダンが一緒にいるように画策している気がした。
街の中心部を散策するだけなら安全らしいので本来なら防具は不要だ。しかし、今回は訓練場に行くため、念のためフル装備でいく。
悪目立ちするので絡まれる可能性があるが、もしかしたら優秀な傭兵に訓練を付けてもらえるかもしれないと考えたためだ。
宿を出ると、まず傭兵ギルドの総本部に向かう。
総本部はフォルティス市の中心部にあり、宿からすぐ近くだ。
総本部は四階建ての石造りの立派な建物で、高さ三メートルほどの門には傭兵ギルドの紋章である“盾とクロスした剣と槍”が描かれていた。
総本部に入るため、門にいる門衛に話を聞くと、身元が確かなら一階のフロアには入れるとのことで、オーブを見せて中に入っていく。ここは役所にもなっているため、移住の受付などの手続きもあり、警備はそれほど厳しくないそうだ。
中はペリクリトルで行った冒険者ギルドの総本部と同じ雰囲気だった。荒くれ者の傭兵の総元締めというより、役所という印象だ。
「ここも役所って感じだな」と俺が言うと、リディも「そうみたいね」と言って頷いている。
ただ、セオたちは初めて見る総本部に興奮気味だった。
「ここにはおじい様より強い人がいるんですよね」とセオが聞いてきた。
「ああ、確かレベル百を超える元傭兵がいるはずだ。ギデオン・ダイアーという名だったと思うんだが」
「ああ、“ 剣聖(ソードマスター) ”のギデオンで間違いないよ。もっともあたしも会ったことはないがね」
ベアトリスが補足してくれた。
ギデオンはレベル百を超える猛者で、世界最強の傭兵と言われていた男だ。詳細は知らないが、二年ほど前に引退したらしく、遠く離れたドクトゥスにもその話が伝わってきたほどだ。
「会ってみたいわ」とセラがいい、ソフィアも「私も」と頷いている。
二人にとって腕の立つ戦士は人気スポーツ選手か、アイドルのような感じなのかもしれない。
総本部を見学するが、役所の受付があるくらいで面白いものはほとんどなかった。ただ、掲示板には傭兵団向けの案内が多く貼られており、その中には武術指導の貼り紙があった。
「会えるかもしれないな」と俺が言うと、セラが「本当! ザック兄様」と近づいてきた。
俺が見ている貼り紙には“ギデオン・ダイアー指導員による指導日程”と書いてあり、今日はその指導日に当たっていたのだ。
「本当だ! 兄様、早く訓練場に行こうよ」とソフィアが腕を引っ張る。
俺自身も見てみたいので異論はないのだが、目をキラキラさせる九歳の少女の将来に不安を抱かずにはいられなかった。
(大丈夫なのか……自分より強い人じゃないと結婚しないとか言ったら、物凄い歳の差の相手しかいなくなる気がするんだが……)
今はいいのだが、今のペースでレベルアップしていくと、十年後にはベテラン傭兵並のレベルになっていそうだ。そのことを考えると少し頭が痛くなる。
訓練場は総本部の裏にあると書かれていた。さすがに傭兵の街ということで五ヶ所もある。
総本部で確認したところ、傭兵ギルドに入っていなくても見学自体は自由にできるらしく、そのまま裏に向かう。
訓練場は他の街にあるものとほとんど同じだった。大きさは三十メートル×二十メートルくらいで、十人ほどの傭兵が訓練を行っていた。
ただ、若手が多いためか、大した腕の者はおらず、セラが不機嫌な顔になる。
「もっと強い人がいると思ったのに……これじゃ、うちの村の人の方が絶対に強いわ」
確かにその通りで、傭兵たちの腕は精々レベル二十台後半といったところ。年齢的に見てもうちの自警団員の方が若く、レベルも高い。
そんな中、異彩を放つ人物がいた。
四十代半ばから後半といった感じで、身長は俺とほぼ同じだが、がっしりとした体つきとしている。手にはクレイモアのような、百二十から百三十センチほどの幅広の剣身を持つ両手剣型の木剣を持ち、鋭い目つきで若い傭兵たちを見つめている。どこがと言われると困るが、雰囲気というか存在感に圧倒される。
(別に怒鳴っているわけでもないんだが、威圧感が凄いな。あの人がギデオン・ダイアーなんだろう……)
ベアトリスやメルも同じ思いなのか、その人物から目が離せないという感じで一挙手一投足を追っている。
「さすがは総本部のお膝元だね。あの御仁とやりあっても勝てる気が一切しないよ」
ベアトリスがそう呟くと、メルも「本当にどこにも隙がありませんね」と感心していた。
傭兵たちも俺たちの存在に気づき、ちらちらと見始めるようになる。
十一人の集団だが、そのうち八人が女性だ。また、ベアトリスとリディ以外は二十歳未満で異常に若い点も気になるようだ。
ただ、俺たちを気にしていると、指導員から「どこを見ている!」という叱責が飛び、慌てて訓練に集中するということを繰り返していた。
二十分ほど見ていると、休憩時間になったのか、傭兵たちが訓練場の端に歩いていく。そのうちの一人が俺たちの方に近づいてきた。
その男は二十代前半くらいの男で、俺より背が低く、傭兵にしては貧弱な体つきで、体格的にはあまり恵まれていない。
「見世物じゃねぇんだ。気が散るからどこかに行きな」
「それはすまないね。だが、見学は自由と聞いてきたんだ。この子たちにもう少し見させてやってもいいだろ」
ベアトリスがそう言ってセオたちを指差す。
そこでその男はロックハート家の紋章に気づいたのか、「立ち上がった獅子……」と呟いた。
「おやおや、今をときめく帝国の貴族様、ロックハートの若様たちが何を見たいんだ? 哀れな傭兵の訓練を笑いにでも来たのか?」
嫌味な言い方に僅かに苛立ちを覚えるが、トラブルを起こす気はない。別の訓練場に向かおうと言おうとしたところで、先にセラが暴発してしまう。
「笑いに来たわけじゃないわ! でも、もう少しマシな訓練が見られると思ったことは間違いないけど!」
その言葉に若い傭兵がいきり立つ。
「ガキが偉そうな口を叩くな!」
更に何か言おうとしたが、ギデオンらしき人物が割って入る。
「やめろ、ジェイ。ここでトラブルを起こすんじゃねぇ」
怒鳴っているわけではないが、自然と彼に視線が向く。
「すまねぇな。こいつには後でよく言い聞かせておく」
そう言って軽く頭を下げる。
「何謝ってるんですか、ギデオンさん! こいつらは俺たちを馬鹿にしたんですよ!」
「うるせぇ。俺は一部始終を見ていたんだ。お前が絡んでいったのをな」
その言葉にジェイと呼ばれた男はビクッと肩を縮めて一瞬口篭るが、
「こいつらは帝国の貴族なんですよ。それも噂のロックハート家の連中なんだ。俺たちを見下しに来たに違いないんです!」
ギデオンは「黙っていろ」と一喝するが、
「ロックハート家の者か……すると、お前さんが“ 真闇の(ダークネス) 魔剣士(ソードウィザード) のザカライアスか」
俺の名を知っていることに驚くが、
「ええ、ザカライアス・ロックハートです。妹が無礼な口を利いたことを謝罪させていただきます」
そう言って頭を下げる。俺が頭を下げたことにセラが抗議の声を上げようとしたが、リディに「黙っていなさい」と言って頭をコツンと小突かれる。
「でも、リディア姉様……」と言うと、ベアトリスからも「あれは言い過ぎだよ。ちゃんと謝りな」と言われ、セラは「すみませんでした」と言って渋々頭を下げた。
「ジェイ、こんな小さな嬢ちゃんが頭を下げたのだ。お前はどうするつもりだ?」
鋭い視線を向けられたジェイはビクッと肩を動かすが、言葉が出てこない。
「お前はダイアー傭兵団の名に泥を塗る気か。子供に頭を下げさせて、自分は非を認めんというなら……」
そこでジェイは言葉を遮り、「分かりましたよ! 謝りゃいいんでしょ!」といい、俺たちに向かって大きく頭を下げた。
「さっきは突っかかってすまなかった」
こんなところでトラブルになるのはごめんだと思い、即座に謝罪を受け入れる。
「いいえ、こちらが悪かったのですから、頭を上げてください」
「これで問題ないな。だが、気を悪くさせたままってのはよくねぇ。どうだ、少し手合わせでもしていくか」
ギデオンからの思いもよらぬ申し出に驚き、一瞬言葉が出なかった。
「どうだ?」ともう一度聞いてきたので、
「よろしいのですか? 私としてはぜひともお願いしたいのですが……」
「構わんよ。こいつじゃねぇが、俺もロックハート家に興味がある。特にそこの虎の姉さんとお前さんとは手合わせをしたいと思っていたんだ」
ベアトリスはともかく、俺と手合わせしたいという言葉に驚く。
「私とですか? “ 剣聖(ソードマスター) ”のギデオン・ダイアー殿がなぜ?」
そこでギデオンはニヤリと笑った。
「俺は魔導剣術士って奴と戦ったことがねぇ。どんな手を使ってくるのか分からん相手とやり合うのは久しぶりなんだよ。どうだ、これで納得したか」
最初の印象とは異なり、思いの外、陽気な人物のようだ。
「そういうことでしたら喜んでお相手させて頂きます。私も“剣聖”に直接指導してもらえる機会を逃したくないので」
そこで右手を差し出した。ギデオンは俺の右手をしっかりと取った。
更に後ろで休憩している傭兵たちに向かって、
「模擬戦をやりたい奴は申し出ろ! ロックハート家とやれる機会なんざ滅多にないことだからな!」
その言葉にメルが「私もギデオンさんとやりたいです」と立候補し、セオたちもいつの間にかマントを外して準備運動を始めていた。
(いつの間にこんな流れになったんだ? まあ、いい機会なんだが……)
釈然としないものの、俺自身もやる気になっていた。