作品タイトル不明
第二話「フォルティス市」
五月十一日。
俺たちは傭兵の国フォルティスの首都、フォルティス市に到着した。
オークホープ峠で魔物の襲撃にあったものの、その後は大きなトラブルはなかった。
荒事に慣れていない醸造職人やその家族も魔物の襲撃の時こそ怯えたが、その後はロックハート家を信頼し必要以上に恐怖を感じることはなくなった。
標高が上がったことから気温が下がり、朝晩は息が白くなるほど冷え込んでいるが、子供たちを含め、誰一人も体調を崩すことなく、フォルティス国内を進むことができた。
国家としてのフォルティスは総人口五十万人。そのうち五万人が傭兵で、そのほとんどが出稼ぎにいっている特殊な国だ。
地理的にはポルタ山地、テスタ山地という険しい山々に囲まれた盆地と言われているが、感覚的には二つの山地の間にできたごく狭い土地という印象だ。
また、山地に広がる深い森には多くの魔物が棲み、拡張期の帝国でさえ、街道の整備に掛かるコストと魔物のリスクを考え、手を出さなかったほど厳しい環境だ。
産業らしい産業はなく、傭兵の出稼ぎだけが外貨獲得の手段となっている。
この国の成り立ちだが、四百年ほど前のトリア歴二六〇〇年代の前半に、本拠地を持たなかった傭兵たちがこの地に目を付け、傭兵ギルドの総本部を置いた。
傭兵ギルドのギルド長が帝国と交渉し、トリア歴二六三五年に念願の国としての独立を果たした。
当時、帝国は西のソーレ半島において百年以上に渡って繰り広げられていた光神教の独立戦争に手を焼いていた。
光神教は独立戦争の初期こそ数の暴力で勢力を広げたが、地力に勝る帝国軍を押し切れず、一進一退の状況となり、戦いを知る傭兵を雇い始めた。その効果が現れ、徐々に勢いを回復し、勢力範囲を広げていった。
傭兵が加わることで戦い方が変わったと知った帝国は傭兵たちに光神教に手を貸さないよう命じた。しかし、商業ギルドの支援を受けた光神教は多くの資金を持っており、帝国が禁じても傭兵が減ることはなかった。
そこで帝国は傭兵ギルドに対し圧力を掛けても効果がないと考え、懐柔する方向に舵を切った。つまり、フォルティスの独立を認める代わりに光神教と手を切るように動いたのだ。
当時、光神教は獣人を迫害し始めており、獣人が多い傭兵ギルドでは光神教と手を切るべきという声が上がっていたこともあり、傭兵ギルドも念願の独立が果たせるなら、仲間を白眼視する光神教の依頼を断る決定をした。
その結果、光神教、後のルークス聖王国はソーレ半島を奪ったものの、そこで限界を迎え、現在に至っている。
これが歴史の本に載っているフォルティス独立の話だ。
もっとも俺の見解は少し異なる。この独立は商業ギルドが暗躍した結果だと見ているのだ。
当時、商業ギルドは帝国が大陸を統一しないよう、様々な手を打っていた。光神教を焚き付けたこともそうだし、帝国の標的であったラクス王国を支援する体制、すなわち傭兵ギルドの独立とラクスへの派遣などもその一環だ。
そのために帝国の上級貴族たちに金をばらまき、帝国政府が軟化するよう動いた。
マッチポンプのような話だが、フォルティスが成立することで一番利益を得た者は商業ギルドであり、彼らならやりかねないと俺は考えている。
現在のフォルティス市はギルド総本部を中心に開発が進み、周辺の人口を含めると三十万の大都市に成長している。
これには傭兵たちの血の滲むような努力があった。
先にも言ったように平原がほとんどなく、元々は険しい山か深い森に囲まれている土地だった。また、寒冷な気候は穀物の栽培に適さず、より広い農地を必要とした。そのため、開墾が国としての最優先事項となり、引退した傭兵が慣れない斧や鍬を使って森を切り開いていった。
しかし、森には多くの魔物が棲んでいた。中には一級相当の竜や巨人もおり、超一流の傭兵が何人も命を落としたと伝えられている。
今では切り開かれた森は田園地帯になり様々な作物を栽培し、丘陵地は牧場となり、多くの牛や羊が飼われている。
山々に囲まれた田園風景は深い森と相まって美しい風景を作り出していた。
フォルティス市は大都市だが、周囲に城壁どころか柵すらない。
これは、フォルティス国民は傭兵や元傭兵であるため、ほぼ全員が戦えることを誇りに思っており、帝国の城塞都市のような城壁は不要と豪語し防壁を作っていないと言われている。
但し、これは誇張されて伝えられた話らしい。建国当時ならいざ知らず、現在のフォルティス市の住民のうち、現役、引退を問わず傭兵は人口の二割、約十万人に過ぎない。残りの八割は訓練を受けたことすらない一般市民なのだ。
更に現役の傭兵の約八割は常時国外に出ており、フォルティス市にいるのは一万人程度と言われている。そのため、大規模な魔物の侵入があった場合は大きな被害を受けることがあった。
そんなフォルティス市に入ったのだが、最初はそのことに気づかなかった。なぜなら、何の標識もなく農地が広がっているだけで、ただの農村としか思えなかったためだ。
街道を進んでいる時、農作業に従事している農夫がいたため、「あとどれくらいでフォルティス市に入るのか」と尋ねたら、したり顔で教えてくれた。
「ここもフォルティス市だよ。まあ、初めての者は必ず勘違いするがね」
「そうなのか。では、我々はどこに向かったらよいのだろうか」と父が尋ねた。フォルティス街道は細い道であり、農村と農村を繋ぐ道と見分けがつかないためだ。
「市の中心部、総本部近くの商業地区に向かったらいいね。あの辺りはいい宿が多いらしいから……ここを真っ直ぐ東に進んで、リンゴの木が植えてある道に入れば総本部があるよ……」
手振りを交えて道を教えてくれた。
詳しく聞くとフォルティス市は行政庁や商業地区がある中心部と、農地が広がる周辺地区に分かれているとのことだった。
それならば、中心部をフォルティス市に、周辺地区を別の名の村にしたらいいと思うのだが、元々農地に適した土地が少なく、少しずつ広がっているため、区分けができないのだそうだ。
農夫の言葉を信じて更に馬を進めていくと、石造りの立派な建物が増えていく。
雪が多いためか、急傾斜の屋根と灰色の石積みの土台、白い漆喰の壁が特徴的だ。
帝国の町と異なり、道は踏み固めた土で馬車によってできた 轍(わだち) でデコボコとした感じになっている。
目印にしたリンゴの木以外にも、街にある街路樹の多くが実のなる果樹だった。食糧不足に備え、植えてあるようだ。
街を歩く人々は貴族の馬車と鍛冶師ギルドの紋章を付けた馬車を物珍しそうに眺めていた。さすがにフォルティスにはロックハート家の噂が流れていないのか、今までの街と比べて非常に静かだ。
これが普通なのだが、どうしても違和感を抱いてしまう。
ここでの予定だが、鍛冶師ギルドのフォルティス支部へあいさつにいく以外に用事はない。しかし、ネザートンから移動が続いていたため、二泊する予定だ。
ちなみに久しぶりのドワーフとの宴会で二日酔いになることを想定しているわけではない。
宿に入った後、鍛冶師ギルドのフォルティス支部に向かった。蒸留器の製造を学ぶドワーフ五人とネザートン支部の職員バートラムは同行しているが、酒造職人たちは家族と共に宿に残している。俺たちとしては一緒でもよかったのだが、職人たちが遠慮したためだ。
「我々は宿でゆっくりさせていただきます。ドワーフの鍛冶師方の宴に参加するのはおそれ多いので……」
父が気にしなくてもと言いそうだったので、俺が先んじて、
「確かにそうだな。鍛冶師方もみんながいなくても気にしないだろうし、今日と明日はゆっくりした方がいい」
と言っておいた。
職人たちが立ち去った後、父が疑問を口にした。
「別によかったのではないか? お前とリディアがいれば潰れることはないだろう」
「それは我々のように慣れた者だからです。 普通(・・) の人間にとってドワーフの鍛冶師は気難しくて近寄りがたいという印象なのです。まあ、うちの村にいれば慣れると思いますが、今は旅の疲れもありますから、気を使わせない方がいいでしょう」
父は納得しがたいという顔をするが、「そんなものか」と言って認めた。父もドワーフとの付き合いが長くなり、一般人の感覚を失っているようだ。
午後四時頃には宿に入り、装備を外した後に鍛冶師ギルドに向かう。ネザートン支部の職員バートラムが先にいっているが、恐らくドワーフたちは気づいているはずだ。ロックハート家の馬車にはフォルティス支部用の“ザックコレクション”があるからだ。
ギルドに着くと、ドワーフたちが出迎えてくれる。
「よく来てくれた! 歓迎するぞ!」
そう言って支部長のルディガー・ナイチェルが父の右手を取る。
「歓迎に感謝する」と言って父が彼の肩を叩く。
ルディガーは昨年行われたドワーフ・フェスティバルにも参加しており、既に顔見知りだ。他にも十人ほど知っている顔がある。
一通りのあいさつを終え、ギルドの建物に入っていく。作りは他の支部とほぼ同じだ。既に宴会の準備は終わっているが、料理はまだ出されていない。
ザックコレクションの試飲の方法について、ここでも当然情報共有がなされているためだ。
いつも通りの試飲会となるが、俺たちも慣れてきているので特に思うことはない。
ザックコレクションの試飲が終わると、興奮気味のドワーフたちとの宴会が始まった。
フォルティスは昔こそ貧しい国だったが、今では優秀な傭兵を多数抱えた豊かな国になっている。そのため、食材も豊富でバラエティ豊かな料理が並ぶ。
更に酒も寒冷な土地ということで様々なビールがあり、そのどれもが絶品といえる味だった。また、白ワインもリースリングのような甘く優しい香りのもので、今までにない味に声を上げてしまったほどだ。
寒い土地と聞いていたので赤ワインはないのかと思っていたが、意外にも美味いワインがあった。
「この赤は少し軽めだがいい味だ」と言うと、ルディガーが自慢の髭を扱きながら、「そうじゃろう」と言い、
「この辺りは冬こそ寒いが、夏は意外に暑いし、雨も少ないんじゃ。それでよい赤ワインができるんだそうじゃ」
標高は高いが、盆地になっていることから夏は暑く、更に冬の降雪は多いものの春から秋に掛けての降水量も少ないとのことだった。
「それでもここまでのものを作るのはたいへんだったろうな」と呟くと、
「その通りじゃ。農家の連中はいろいろと大変らしいが、常に工夫をしておる……」
フォルティスは仕事を終えた傭兵が休暇を過ごすところであり、娯楽や美食には金を惜しまないことが多い。そのため、農家も醸造家も少しでも美味い酒を造ろうと努力を惜しまないそうだ。
料理も同じで、特にチーズは種類が豊富なだけでなく、料理も工夫されている。
そのまま食べても美味いが、オーブン焼きにしたり、チーズフォンデュのように溶かして食べたりと、バラエティ豊かだ。素材も牛、羊、山羊と多く、その独特の風味がありながらも、ワインやビールによく合う。
「意外だったよ。傭兵の街だからもう少し無骨な感じがするかと思ったんだが、ここも美食の街と名乗ってもいいくらいだな」
「そうじゃろう! だから、儂もここから離れられんのじゃ!」
そう言った後、「まあ、ラスモア村は別じゃがな」と続ける。
村の名が出たので気になっていたことを聞いてみた。
「そう言えば、 熟練者(エキスパート) コースにはいつくらいに来るつもりなんだ? エザリントン支部も近々来ることになっているし、早めに調整しないと俺の身体が空かないぞ」
気になっていたのは魔法陣の改良を行う熟練者コースに来ていないことだ。エザリントン支部のように仕事の都合で来られないというなら分からないでもないが、フォルティスはそれほど逼迫していないはずだ。事実、 蒸留器(ポットスチル) コースには若手の鍛冶師たちが修行に来ている。
俺の疑問にルディガーとベテランの鍛冶師たちが渋い表情になる。
「儂らとしても早く行きたいんじゃが、武具を作る相手がおらんのじゃ」
「傭兵の街で見つからないのか? 凄腕の傭兵がゴロゴロいるイメージなんだが」
「もちろんおる。だが、仕事が詰まっておって二ヶ月も身体を空けられんというんじゃ……」
詳しく聞くと傭兵の需要が異常に高まり、特に優秀な傭兵は仕事が切れることはない。これも北部総督府が大量に傭兵を雇った影響だった。
俺が提案した策の影響と聞いて口篭ってしまう。
(こんなところにまで影響が出ているとはな……国家レベルの話に口を挟む時は気をつけないといけないということか……)
そんな俺の様子に気づくことなく、ルディガーは俺に相談を始めた。
「お前の知恵で何とかならんか。傭兵たちも仕事が切れればぜひともと言っておるんじゃ」
「そうだな……ここからはみんなの胸の内に留めておいてもらいたいんだが……」と小声で言ってドワーフたちの顔を見回す。彼らも自分たちに関わること、特に酒に関わることであり、真剣な表情で頷く。
「あと二ヶ月ほどで北部総督府に雇われている傭兵の多くが帰ってくる。これはほぼ決定だ」
そこで彼らの目が大きく見開かれる。
「つまりじゃ。三千人の傭兵が戻ってくるということじゃな! そうなれば腕の立つ奴の仕事も少しは減る。そういうことでよいんじゃな!」
鬼気迫るという感じではないが、妙に迫力がある顔で迫ってくる。
「そういうことだ。だが、これは傭兵たちが戻ってくるまで内密にしてほしい……」
北部総督府が行う魔物と盗賊の掃討作戦の概要と狙いについて簡単に説明する。本来なら関係者以外に漏らすことは盗賊たちの耳に入る恐れがあるため、すべきではないのだが、ドワーフたちは信用できるし、何よりラスモア村行きに関わってくるからどんな拷問を受けても口を割ることはないだろう。
「もちろんじゃ。秋頃には儂らもラスモア村に行ける。その方向で総本部と調整を始めるが、それはよいな」
先ほどより強い目力で念を押してくる。
「もちろんだ。理由さえ話さなければ問題ない」
次の瞬間、熟練者コースに行く予定のベテランたちが歓喜の雄叫びを上げる。
「「オオ!!」」
少し早まった気がするが、ザックコレクションの配分にも関わることであり、村にいけない鍛冶師たちにとっても恩恵があるので問題ないだろう。