軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十八話「北部の状況」

四月十一日。

ウェルバーンに到着した翌日、朝食後に辺境伯の執務室に向かった。同行するのは父、兄、シャロンで、情報のすり合わせと北部域の今後の方針について相談したいためと言われているためだ。

執務室には辺境伯と腹心のフェルディナンド・オールダム男爵だけではなく、デズモンド・ゲートスケル准男爵とバーバラ・ハーディング侍女長が待っていた。

俺たちが座ると、「朝から済まぬな」と言って辺境伯は話し始める。

「帝都でのことを聞かせてほしいのだ。今後のことを考えねばならんのでな」

昨日は聞けなかったが、これほど急ぐ理由が気になる。

「急いでいる理由が気になりますか?」とゲートスケルが尋ねてきた。父と同時に頷くと、彼は辺境伯に目で確認してから話し始めた。

「ルークスとの戦争が思った以上に長引いています。北部域の治安はギリギリの状態で維持できていますが、このままでは経済が破綻することは火を見るより明らか。大胆な手を打たねば危険なところまで来ております。とはいえ、北部総督府軍が早期に帰還するのであれば、下手な策を弄することは逆効果になりかねません。その見極めを行いたく、無理にお集まりいただいたのです」

当初ルークスへの懲罰戦争は半年程度で終結すると見込まれていた。そのため、治安維持のために多くの傭兵を雇い入れ、その穴埋めをしている。

しかし、傭兵には金が掛かる。

仮に一日当たり十クローナ掛かるとすると、千人雇えば一万クローナ、日本円にすれば一千万円もの支出になる。北部総督府は傭兵を三千人以上雇っている。それも比較的優秀な七級以上の者を中心にしているため、一日当たり五万クローナを超えていた。更に食費や宿泊などの費用が加わるため、一日辺り十万クローナ近い金が必要になる。

それが一年以上続いている。既に三千万クローナ以上、三百億円にも上る支出に北部総督府は喘いでいた。

北部域の総人口は二百万人。これはカウム王国八十万、ラクス王国百五十万を凌駕する人口だ。当然、それらの国に匹敵する経済力を持っている。

とはいえ、帝国の一地方に過ぎず、集めた税のすべてを使うことはできない。その限られた予算の範囲でこれだけの金額をひねり出し続けることは不可能な話だ。

現状では総督府に 貯めて(プールして) あった非常時用の積み立てを取り崩して対応しているが、それでも足りず、公共事業を延期し、人件費の大胆な削減などで凌いできた。

しかし、それでも厳しくなり、どこかから借り入れをするか、治安悪化を覚悟で傭兵との契約を切るかの選択を迫られているらしい。

「……借り入れるといっても我々に貸してくれるところはアウレラの商人しかおりません。しかし、彼らに申し入れすれば、必ず足元を見てくるでしょう。高利を条件にすることはもちろん、アウレラ街道の治安回復を条件にすることすらありえます……」

ゲートスケルが言う通り、北部総督府に金を貸す能力と意思を持つ者はアウレラ以外にない。敵国であるラクス-サルトゥース連合王国はもちろん、永世中立を謳うフォルティスは政治的に無理だ。

カウム王国は帝国と友好関係にあるが、あの抜け目のないカトリーナ王妃が帝都に睨まれている北部総督府に金を貸すリスクを冒すことは考えられない。

同じ理由で帝都プリムスの商人たちも手を出さないだろう。

海洋国家ペリプルスが候補となりうるが、彼らから金を借りれば、領内の港を開放するよう求めてくることは明らかで、商業ギルドと全面対決に発展する可能性が高い。

あとは都市国家連合と各ギルドが候補だが、鍛冶師ギルド、魔術師ギルド、冒険者ギルドに北部域を立ち直らせるほどの資金はなく、傭兵ギルドはフォルティスと一体なのでありえない。

都市国家連合の場合、盟主がアウレラであり、商業ギルドの影響を強く受ける。

商業ギルドはゲートスケルが言ったようにアウレラ街道の治安回復を条件にしてくるだろうから、借りた以上に支出する可能性は否定できない。

つまり、八方塞という状況なのだ。

「……もし、対ルークス戦争がこれ以上長引くようなら、北部の財政は早晩に破綻します。情けない話ですが、私には有効な策を考えることができませんでした。ザカライアス卿の知恵をお借りしたいのです」

そう言って頭を下げて締めくくった。以前、暗殺しようと画策し、逆に無二の腹心を殺した相手にこれだけ冷静に対応できる精神力に感歎する。

ただ、知恵を貸してくれと言われてもすぐに出せるはずもない。

俺は父に目で合図を送り、状況を説明していく。

「まず現状について説明いたします。既に聞き及びと思いますが、レオポルド皇子殿下の第三軍団に代わり、皇太子殿下率いる第二軍団とエザリントン公爵閣下率いる第四軍団が戦場に向かっております。行軍の速度からいって五月に入る前にはラークヒルに到着し、そのままルークスに攻め入ると考えられます……」

この辺りの話はエザリントン公本人からも聞いており、ほぼ確実な情報だ。

「……公爵閣下が指揮を執られますので秋までには決着がつくはずです。ただ、戦後処理が残る可能性があり、北部総督府軍がすぐに引き上げることができるかは微妙でしょう」

「卿の見込みではいつ頃だと考えておる?」と辺境伯が聞いてきた。

「恐らく冬に入る前には引き上げ命令が出るのではないかと。公爵閣下も北部域の状況を憂慮されておりましたので、引き延ばされることは少ないかと考えます」

「ならば、今年いっぱいは期待できぬということか……」

「はい。そう考えておく方が安全かと。いずれにせよ、半年以内に帰還する可能性は極めて低く、八ヶ月以上になる可能性も低いと言えるでしょう」

「なるほど……フェルディナンド、卿の意見は?」

辺境伯は腹心に話を振った。

「ザカライアス卿の話を聞く限り、極めて確度が高いと考えます。ですが、半年以上となれば資金が続きません。現状ではもって八月末まで。それ以上になるのであれば、借り入れか増税しかございません」

オールダム男爵の言葉にゲートスケルも頷いている。

(八月末までしか持たないということは逆に言えば四ヶ月分の資金はあるということだな。なら、やりようはある……)

俺は提案しようと思い、まず状況を確認することにした。

「聞いてもよろしいでしょうか?」

「何かな?」と辺境伯が先を促す。

「財政を圧迫している原因は傭兵に掛かるコストと考えてよかったでしょうか? 仮に傭兵に対する支払いが二ヶ月分で済むなら、軍が戻る年末まで耐えられるということでしょうか」

俺の問いにゲートスケルが答える。

「その通りです。傭兵に対する支払いが大きなウェイトを占めていますから、二ヶ月分で済むなら問題ありません」

二ヶ月分ということは、六百万クローナは使えるということだ。

「二つ質問がございます。傭兵の指揮官の質はどの程度なのでしょうか? また、義勇兵を募っていると伺っておりますが、どの程度使えるとお考えなのでしょうか」

その問いにもゲートスケルが答える。

「傭兵はフォルティスでも評判のよい者を雇っています。今のところ大きな問題もなく、指揮官の能力も低くないと聞いております。義勇兵ですが、こちらは町の中の警備に使っているだけで実際、どこまで戦えるのかは未知数です。もう少し正確な情報が必要でしたら、軍の指揮官を呼んでまいりますが?」

「いえ、その情報で充分です」と言って頭の中で整理していく。

そして、ある程度考えがまとまったところで説明を始めた。

「大規模な掃討作戦を実施しましょう。期間は一ヶ月。報奨金を出して盗賊や魔物を狩ればより多くの収入が得られるようにします。そうすれば魔物や盗賊は領内から一掃でき、安全を確保できると思います。特に盗賊団は今まで大規模な掃討作戦を行っていませんので、油断しているはずです。その状況をうまく使って拠点を急襲すれば、多くの盗賊団を潰せるでしょう」

「確かにそうだが、一度の掃討作戦では別の魔物や盗賊がやってくるだけではないのか?」

辺境伯が疑問を口にする。

「おっしゃる通りですが、魔物は自然発生するものもいますが、危険なものはテスタ山地やポルタ山地から流入してきます。一度数を大きく減らしておけば、街道沿いまで出てくるのに数ヶ月は時間を稼げます」

「確かにそうだが……盗賊の方はそうはいかぬのではないか?」

「盗賊の場合も大して変わりません。一度潰しておけば、運良く生き延びた盗賊が北部は危険だという情報を流してくれます。傭兵を解雇しても奴らには情報網がありませんから、その事実を知るには何ヶ月も先になるはずです。その間に軍が戻れば問題ありませんし、戻らなくても盗賊には軍がいつ戻ってくるのか分かりません。彼らが考えるのは軍が戻ってくるから大胆な作戦が行えたということです。それならば危険な北部にあえて入ってくる可能性は低いでしょう」

俺の考えはこうだ。

三千名の傭兵と残っている北部総督府軍の第四騎士団二千五百を使って大規模な掃討作戦を行う。既に一年以上パトロールくらいしかしていないため、盗賊たちも油断している。そのため、地元民に居そうな場所を聞けば、ある程度目星はつくだろう。

仮に見つけられなくても北部総督が本気で潰しにかかっていると知れば、その理由を考えるはずだ。今まで大胆に動かなかったのは軍が戻る目途が立っていないからで、動いたということは軍が戻ってくると勝手に考えてくれる。

魔物はもう少し面倒だが、一度大物を倒しておけば、経験上、復活するのは一年ほど後だ。もちろん、アクィラ山脈やサエウム山脈のような魔物の供給先があれば別だが、ポルタ山地やテスタ山地はそこまで危険な場所ではないので、半年程度は時間が稼げるだろう。

「問題は義勇兵の指揮官を引き抜かなければならないことです」と兄が発言する。

兄が言うように義勇兵の指揮官クラスは第四騎士団から派遣されている。そのため、指揮系統の観点で不安が残ると考えたのだろう。

「その懸念についてですが、限られた地域、期間であれば、大きな問題に発展する可能性は低いと考えます」

俺がそういうとゲートスケルも頷き、

「義勇兵の中には退役した兵士がおります。また、各領主に引退した騎士や従士を指揮官として派遣するよう依頼すれば、短期間であれば何とかなるでしょう」

そこでシャロンが小さく手を上げる。

「何かな」と辺境伯が発言を許可すると、

「北部域は広いですが、一ヶ月ですべての魔物と盗賊を一掃できるのでしょうか?」

この問いに辺境伯も「確かにそうだな」と頷き、俺に意見を求めるように視線を送ってきた。

「魔物に関しては討伐地域の特定はそれほど難しくありません。盗賊に関しては住民からの情報を元に討伐地域を設定します。魔物と違い、盗賊は人が住む地域、街道近くに潜んでいるはずなので、討伐地域はそれほど大きくならないと考えます」

「それでも街道の長さは相当なものだが」と父が懸念を示す。

更に兄も懸念を示す。

「フォルティスとの国境付近までは相当な距離があるが、一ヶ月では厳しいのではないか」

「先ほど申し上げた通り、彼らが恐れて逃げ出してくれればよいのです。最初は奇襲効果を狙いますが、その後は大々的に宣伝を行います。彼らはこちらが一ヶ月でやめることを知りません。その状況で自分たちが狙われていると知れば、一度安全な場所に逃げようと北部域から出ていくはずです。今回はそれで目的を達することができます」

「なるほど。電撃的に掃討作戦を始め、こちらが本気だということを見せる。そして、更に“徹底的にやってやるぞ”と大声で教えてやるのだな。それならば盗賊どもも安穏と隠れ家におるわけにはいくまい」

辺境伯は俺の意図を正確に洞察した。

「提案がございます」とゲートスケルが発言を求めた。

「可能であるならば、ロドリック卿に一隊を指揮していただいてはいかがでしょうか。 巨人殺し(ジャイアントスレイヤー) の異名を持ち、北部総督府軍でその人ありと言われたロドリック卿が指揮を執られれば、盗賊たちも総督府が本気であるとより強く感じるのではないかと」

兄ロドリックの北部での人気は衰えを知らない。兄はラズウェル家の縁戚でもあり、ラズウェル家が直接指揮を執っていると見せることもできる。辺境伯家が本腰を上げたと思わせるにはよい策だ。

兄がここで俺たちと別行動を取ったとしても、ロックハート家の護衛の指揮官は父がいるし、俺たちがいれば護衛の数は足りているから影響は少ない。それに一人で村に戻るとしても、兄ほどの腕なら単独行動でも問題は起きないだろう。

そう考えると、ゲートスケルの提案は悪くない。

父も兄も同じことを考えているようで、互いに頷きあっている。

「私でお役に立てるなら、喜んでお手伝いさせていただきます」と兄が言うと、辺境伯はその手を取り、「済まぬな、ロドリック」と頭を下げる。

いっそのことロックハート家全員が一ヶ月ほど余分に滞在するという選択肢もないではないが、これはラズウェル辺境伯家とロックハート家が完全に和解したように見えるため、帝都の貴族に対しては悪手となる。

「シムさんにも残ってもらってはどうでしょうか」とシャロンが提案し、それも了承される。

彼の場合、アンジーとの結婚のことがあり、あまり余裕があるとはいえないが、放っておいても兄の副官を自認する彼自身が立候補するだろうから問題はないだろう。

その後、北部総督府軍と主要な傭兵の隊長を集めて作戦会議を行った。期限は伝えず、大々的な掃討作戦を行う計画だと伝えている。これは盗賊たちに情報が漏れないための処置だ。

傭兵を含め、驚きの声が上がったものの、反対意見は出なかった。

指揮官たちからどの地域を重点的に掃討するなどの具体的な意見があり、補給や索敵の方針が決まった。