作品タイトル不明
第八十九話「不安の解消」
四月十一日の夕方。
日中は北部域の魔物や盗賊退治の話し合いがあり、ウェルバーン城に缶詰になっていたが、午後四時になってようやく解放された。
その後、夕方の訓練を行い、鍛冶師ギルドに向かっている。
午後五時半頃にウェルバーン支部に到着するが、既にドワーフたちは全員揃っているのか、二百人近い人数が入口の前で待っていた。
支部長のデーゲンハルト・グラブシュが「よく来てくれた!」とドラ声で歓迎の言葉を述べ、父の右手をガッシリと取る。
「それでは宴会じゃ!」とデーゲンハルトが宣言すると、ドワーフたちは「「オゥ!」」と右手を上げ、更に「「ジーク・スコッチ!」」と叫ぶ。
ギルドの集会室では既に宴会の準備が整っており、それぞれの席に混乱なく着いていく。
俺たちも職員に案内され、最前列に座った。
いつも通りの簡単な挨拶が交わされ、すぐに宴会は始まった。
デーゲンハルトを始め、主要な親方たちはロックハート家がアンデッドの大群に襲われたことを心配していたらしい。
「最初に聞いた時にはラスモア村に行かねばならんと思ったぞ。それにしても、一万三千を超える敵に勝つとはさすがはロックハートじゃな」
親方たちは更に子爵への陞爵についても驚いたと話す。
「この話も聞いた時には驚きじゃった。ラスモア村を離れぬと聞いて安心したがの」
そんな話で盛り上がるが、ドワーフたちにとってロックハート家とラスモア村は一体であるということを改めて認識する。
「ここに蒸留所を作る話なんじゃが、明日にでも候補地を見てくれんか。儂らでは分からんことが多くて決め切れんのじゃ」
デーゲンハルトの言葉に苦笑が漏れる。建設はまだ一年以上先だし、蒸留所建設の責任者ジョニー・ウォーターと蒸留器製造の修行をしているクルトとドリスが戻ってからでも充分に間に合うからだ。
「ジョニーたちが戻ってからでも充分間に合うと思うが」
「シーウェルでは修行にもいっとらんのに蒸留所の候補地を見て回ったそうではないか。ならば、ここでも同じように頼む。お前が見てくれた方が安心できるんじゃ」
シーウェルでの出来事までしっかりと情報を集めていた。更に苦笑しそうになるが、ドワーフたちの想いの強さを考えたら、真面目な表情で頷く以外の選択肢はない。
「了解したよ。大体の候補地は決まっているんだろ。案内してくれれば、どこにでも行くよ」
俺の言葉にドワーフたちが立ち上がり、ジョッキを掲げて喜んでいる。
「これで成功は決まったようなものじゃ! ジーク・スコッチ!」
「最高の場所を頼んだぞ! ジーク・スコッチ!」
などという声で集会室は騒然となる。
ドワーフたちは高いテンションで盛り上がったが、さすがに二時間ほどで落ち着いた。そして、自然と北部域の話題になる。
「総督閣下も随分お疲れだったが、どんな感じなんだ」と聞くと、デーゲンハルトはそれまでの笑顔から、苦虫を噛み潰したような表情になる。
「正直なところお手上げじゃ。騎士団が早く戻って来ぬことには何ともならんじゃろうな」
「傭兵と義勇兵では何ともならないってことか?」
「そうじゃ。どちらもよくやっておる。特に傭兵には期待しておらんかったが、思った以上にまともな連中じゃ。だが、それだけでは何ともならん。騎士団長とは言わぬが、名のある騎士が指揮を執らねばな」
その言葉に「兄が残ることになったんだが、どう思う?」と聞くと、デーゲンハルトは立ち上がって驚く。
「何! ロッドが指揮を執るのか! ならば義勇兵たちの士気も上がる。さすがはロックハートじゃ!」
兵士たちと付き合いがある鍛冶師が太鼓判を押してくれたことに安堵する。実際はそこまで楽観はできないが、彼の反応が一般的なものなら士気の向上という点では一定以上の効果がある。
鍛冶師たちとの宴会を終え、城に戻った。
軽く汗を流してから寝ようかと思っていたら、デズモンド・ゲートスケル准男爵が部屋を訪れた。
「夜分にすまない。少しだけ話があるのだが」というと、一緒の部屋のリディとベアトリスが警戒するように睨んでいる。俺を暗殺しようとした彼の腹心、ハリソン・ガネルを思い出すからだろう。
ここでは話にならないと思い、「ゲートスケル卿と話をしてくる」と言って部屋を出ようとしたが、ゲートスケルが「私はここでも構わない」と言った。
それならばということで部屋に招き入れるが、リディたちの視線は厳しいままだ。
「話というのは卿にも残ってもらえないかということだ」
その言葉にリディが「どの口がそんなことを言うのかしら? あなたが殺そうとした人でしょ」と非難する。
「あなたの言う通りだ。しかし、私ではこの難局を御し得ない。ザカライアス殿の知恵を借りねば北部域は立ち行かぬ」
そう言って大きく頭を下げる。
俺自身はゲートスケルに思うところはあまりないが、その行動にリディとベアトリスが目を丸くする。
「私が残るわけにはいかないということは、充分にご理解されていると思っていたのですが」
俺の言う意味は帝都の貴族に対しての方針のことだ。
辺境伯家とロックハート家は、表面上は上手くいっていないように見せなければならない。これは皇帝に警戒されている辺境伯と距離を取ることで、ロックハート家、辺境伯家の双方が必要以上に警戒されないようにするためだ。
更に皇太子派、レオポルド皇子派、中立派が競ってロックハート家を取り込もうとしたことに対し、うちはどの派閥にも入らないと宣言している。そんな我が家が中立派に近い辺境伯家の危機に際し、全面的に支援することは折角の芝居が無駄になる。
では、兄が残ることはどうなのかということだが、兄は辺境伯の愛娘の婿であり、更に清廉な騎士として高い評価を受けている。兄なら窮状を見かねて手を貸したという説明に違和感はなく、問題になることはない。
一方、俺が手を貸せばどうなるか。俺は宰相と渡り合ったという噂が広まり、今まで以上に過大評価されている。
特に中立派に対し、強い調子で勧誘を断ったことが伝わっており、そんな俺が辺境伯に力を貸せば、帝都より北部総督府を重視しているように見える。最悪の場合、鍛冶師ギルドや魔術師ギルドの力を背景に、辺境伯が謀反を考えていると言われかねない。
そんな事情があることはゲートスケルほどの切れ者なら充分に理解しているはずだ。
予想通り、「もちろん理解している」という答えが返ってくる。
「ならば……」と言おうとすると、俺の言葉を遮り、
「今はそれ以上に危機的な状況なのだ。金の問題もあるが、皇太子派からの脅迫染みた勧誘が絶えぬのだ。このままでは北部総督はアウレラの傀儡とならざるを得ない」
皇太子派は商業ギルドとの繋がりが強く、北部総督と敵対的な関係にある。特にギルドの最大の懸案であるアウレラ街道の正常化の最大の障害と見られており、皇太子派から様々なアプローチがあることは容易に想像できる。その中には脅迫も当然あるだろう。
今までの辺境伯家なら独自の財力と武力により、その要求を撥ね除けることができた。しかし、そのいずれもが期待できない現状では皇太子派の攻勢に耐え切れなくなってもおかしくはない。
この状況の遠因は俺にある。
ルークスがゲートスケルを使って謀略を仕掛けてきたことに対し、アウレラにルークスとの関係を見直せと迫る策を提案した。その中には懲罰出兵もあり、そこに北部総督府軍が参加することも想定していた。
あの頃は半年程度で終わると考えていたが、それが一年以上の長期間になり、それが現在の困窮の原因だ。
「私がいてもできることは少ないと思いますし、デメリットがあまりに大きいのでは? その点はどのように考えますか」
「確かにデメリットは大きいだろう」と言うが、すぐに俺の目をしっかりと見て、強い口調で反論する。
「しかしだ! 非才の私には具体的な策が全く思いつかぬのだ! だが、卿ならこの状況を何とかできる! いや、御舘様に何とかなるという希望を与えることができるのだ! それが大きいと考えている……」
最後には自信を失ったのか、尻すぼみになっていった。
辺境伯が精神的に追い詰められていることは一目で分かったが、ゲートスケルも相当追い詰められているようだ。
(策が思いつかないという焦りから、俺という“藁”に縋りたいんだろう……この分だとオールダム男爵も同じだろう。元々、人材的にそれほど恵まれていないところに、有能な騎士たちが戦場に駆り出されていることも弱気になっている原因だな……)
それでも彼の言うことを聞くわけにはいかない。
「本日決まった掃討作戦でもまだ不安ですか? 治安の悪化を防ぎ、財政への負担を極力抑える策ですが」
「確かにそれは分かる。恐らく成功するだろう。しかし、その後はどうなるのか……そのことが不安なのだ……」
そこで下を見つめ、不安げな表情を見せないようにしていた。
「私には卿ほど先が見えぬし、視野も狭い。もし騎士団の帰還が遅れたら、もし盗賊が予想以上に早く戻ってきたら……そう思うと、臨機応変に対応できる卿が必要であるという結論にしか、たどり着かなかったのだ」
以前は自信満々という表情が多かったが、今の彼は完全に自信を失っていた。
「私はそれほどの人物ではありませんよ。今回の策も帝都で得た情報があったからこそ思いついたものです。もし、あなたが同じ情報を持っていれば同じ結論に達したと私は思っています」
これは世辞でも何でもなく、本当に思っていることだ。
こう言っては何だが、ゲートスケルは彼自身の評価にあるとおり、視野はあまり広くない。しかし、適切な情報を与えられ、明確な方針が決まれば、それに対する立案能力は充分に持っている。
実際、辺境伯暗殺未遂事件でも俺たちというイレギュラーがいなければ成功した可能性は高い。ただ、その結果が彼の思った結果となったかは別だが、実効的な案を立てる点に限れば、非常に高い能力があると言えるだろう。
いろいろと言ってみたが、俺の言葉に納得した様子がない。
「では、いくつかの策を考えておきましょう。想定される事態はそれほど多くありませんから、そのパターンごとに対応方針を提示させていただきます」
俺の言葉に安堵の表情を浮かべる。
「それは助かる。卿の考えた策があれば、私でも何とかすることができる……」
そう言って大きく頭を下げ、部屋を出ていった。
彼がいなくなった後、リディがボソリと呟いた。
「随分印象が変わったわ。同じ人とは思えないくらい……」
彼女の呟きにベアトリスも同意する。
「あたしも同じことを思ったよ。前はいけすかない男だったが、もう少し肝が据わった奴だと思っていたよ。それがあんな風になるとはね……」
「相当追い詰められているんだろう。総督閣下も一気に歳を取った感じだったし、オールダム男爵もやつれた感じがした。どうしたらいいものか……」
正直なところ、どうしたらいいのか途方に暮れてしまった。
「あの子に相談してみたら」とリディが言ってきた。
「あの子?」と聞き返すと、
「バーバラっていう侍女長よ。あの子なら肝も据わっているし、総督閣下のこともよく分かっているだろうし……」
「バーバラ様に? 確かにあの方も現状を憂いているだろうが……政治向きの人には見えないんだが」
「そんなことはないと思うわ。これは勘だけどね」と言って笑うが、ベアトリスも大きく頷き、賛同する。
「あたしも賛成だね。恐らくだが、一番冷静なのは彼女だよ」
理由は分からないが、二人ともバーバラに対していい印象を持っているようだ。
今日は既に遅い時間であるため、独身女性に会う時間ではない。そのため、明日会うことにしたのだが、その前にシャロンとメルの意見を聞くことにした。
二人の部屋は俺の部屋の隣だ。
部屋の扉をノックすると、寝間着にカーディガンを羽織ったメルとシャロンが現れる。
「もう寝るところだったか。明日でもいいんだが……」
そう言うと「大丈夫です。ねぇ、シャロン」と言ってメルが招き入れる。
手早く事情を説明し、二人の意見を求めた。
まず、シャロンがメルに「先に話してもいい?」と断り、話し始める。
「ザック様が残らない方がいいというのは賛成です。あと、総督閣下やオールダム男爵様が限界っていうことも今日の会議の時に同じことを思いました。その上でハーディング様に相談することは大賛成です」
メルも「私も賛成です」と大きく頷く。
「どうしてそこまで言い切れるんだ? 確かに落ち着いた方だが、才女という感じでもない。それに政治に口を出される方ではないと思うんだが」
「ザック様のおっしゃるとおりだと思いますけど、ハーディング様は強い方ですし、聡明な方なので、ザック様が相談されれば必ずいい方向に考えてくれます。そうよね、メルちゃん」
「ええ、私もそう思う。前に来た時に何度かお話しをさせてもらいましたけど、今の総督閣下を支えられるのはあの人だけだと思います」
四人の女性が断言することに違和感を持つが、言われてみればその通りだと思い直す。
「参考になったよ。明日の朝食後にでも相談してみる。すまないが、二人も一緒に来てくれないか」
俺がそういうが、シャロンとメルは顔を見合わせて首を横に振る。
「ザック様がお一人でお願いした方がいいと思います」とシャロンが断言する。
理由を聞くが、特に明確な答えは返ってこない。
メルたちの部屋から自分の部屋に戻り、同じことをリディとベアトリスに聞くが、やはり同じ答えだった。
仕方がないので、明日の朝、一人で会うことにした。