作品タイトル不明
第八十七話「ウェルバーン再訪」
四月五日。
帝国中部域の草原地帯を抜け、北部域の町ディラックに到着した。領主であるオーウェン・ディラック男爵の出迎えを受け、城に向かっている。
町は帝国の標準的な城塞都市で、大通りには多くの市民が出て、俺たちを熱烈に歓迎してくれた。
ロックハート家はこの町と縁もゆかりもないが、元々人気が高い“姫騎士ロザリンド”がいることに加え、祖父ゴーヴァンと兄ロドリックが英雄として名を馳せていることから、初めて訪れた俺たちロックハート家を歓迎してくれたようだ。
手を振って歓迎してくれる市民の表情は明るいが、商人たちの姿が少なく、寂れた感じがあった。これについてはディラック男爵から治安の悪化により北方街道の往来が減っていると聞かされている。
その日はディラック城に宿泊した。
男爵が晩餐の席で真剣な表情を作り、
「この先では充分にお気を付けください。盗賊どもが出没しているという情報もありますので」
と忠告する。しかし、その直後に
「もっとも、貴家に襲い掛かる愚か者はおらぬと思いますが、ハハハ」と笑いながら付け加えた。
忠告は形式的なもので、 数万(・・) のアンデッドを撃退したロックハート家に喧嘩を売る盗賊がいるとは思っていなかったようだ。
祖父の活躍があったことから、元々ロックハート家の武名は北部域で轟いていた。更に今回のアンデッドの件で“一騎当千の猛者集団”と言う認識になっているらしい。
翌日、百五十キロメートル先のウェルバーンに向けて出発した。
出発前に父が全員に向けて訓辞を行っている。
「この先はいかなる時も気を抜くな! ロックハートの名があろうと、数に頼んで襲い掛かってくるやもしれぬ。襲撃があった場合の体制は昨夜確認した通りだ。各自、指揮官の命令に従い、適切な行動を採るように」
北方街道に出るが、すれ違う商隊の数が極端に少ない。たまにすれ違う商隊も北部総督府軍に守られているにも関わらず、ピリピリとしている感じだった。
警戒が功を奏したのか、俺たちの旅程は順調で盗賊も魔物も出てこなかった。
ただ、春のうららかな陽気であるのに、放牧されている羊や牛の数が極端に少なく、平和な感じがしない。休憩で立ち寄った農村で聞いてみると、草原狼やゴブリンの群れが現れるようになり、村に近い場所で男たちが守りながら放牧しているとのことだった。
四月十日、北部域の都ウェルバーンに無事到着した。
城門をくぐると、ロックハート家の紋章に気づいた市民たちに大歓迎される。
口々に伝えられていったのか、ウェルバーン城に向かう道は人々で埋め尽くされ、凱旋パレードのような状態だった。
ウェルバーン城に入ると、ヒューバート・ラズウェル辺境伯と家宰のフェルディナンド・オールダム男爵らが出迎える。
「よく来てくれた!」と辺境伯が父の右手を取りながら、軽く抱き締める。
「子爵への陞爵、心より祝福するぞ……」
兄も同じように歓迎した後、兄嫁ロザリンドを黙って抱き締める。愛娘の姿を見て僅かに涙ぐんでいるように見えた。
その後は俺たちにも声を掛けてくれた。
「よく来てくれた」と言って笑うが、すぐに「卿も身を固めたのだったな。おめでとう」と言って結婚を祝福してくれた。
更にオールダム男爵らとあいさつを交わすと、馬を預けて城に入っていく。
明るく出迎えてくれたが、彼らの表情に疲れがあるように感じた。
理由は何となく分かる。
北部総督府軍がルークスへの懲罰戦争に出征してから既に一年以上経っている。
その間に未熟な義勇兵を訓練しながら限られた予算をやりくりして傭兵を確保し、何とか治安を維持している。
優秀な指揮官が不在な中、技量に乏しい義勇兵と自らの身を第一に考える傭兵を使っていることから、気苦労が絶えないのだろう。
それだけではなく、商業が大打撃を受けており、経済的にも厳しい状況だ。
宰相やエザリントン公爵らが陰から支援しているようだが、それでも心労は相当なものなのだろう。
ロザリーは父親の疲れた様子に気づいたのか、心配そうな顔をしている。
辺境伯を支えるように侍女長のバーバラ・ハーディング男爵令嬢が立っており、俺を見ると小さく会釈してきた。
更に離れた場所には俺たちを暗殺しようとして失敗した、デズモンド・ゲートスケル准男爵がいた。今では辺境伯の部下として内政に携わっており、彼がいなければ今より酷い状況になっていただろう。
城内に入ると、前回と同じ客室に案内される。
案内してくれたのは以前俺が給仕の指導をした侍女、アイナ・ラシュトンだった。一年半前は幼さが残っていたが、今では落ち着いた大人の女性の雰囲気を纏わせている。
「ご領地がアンデッドに襲われたと聞き、心を痛めておりました。ですが、ご無事なお姿を目にすることができ、ようやく安堵できました……」
そう言ってから頭を下げ、部屋を出ていった。
「あらあら……まだ諦めていないのかしら?」とリディが呟く。
「何のことだ?」と首を傾げるが、それ以上は笑っているだけで教えてくれない。
確かに好意は持たれているという気はしていたが、一年半以上前の話だ。それにリディたちとの結婚の話も聞いているはずだ。今更、そんなことはないだろうと思っている。
いつも通り夕方の訓練を行うため、城の北東部にある騎士たちの詰所近くの広場に向かう。
城の警備兵を減らしているのか、前回より兵士の数が少ない。以前なら一個大隊五百名が警備に当たっていたが、見た感じでは四分の一以下の百人ほどに減らされているようだ。
いつも通り訓練に集中していると、いつの間にか辺境伯たちが見学していた。
父が声を掛けると、
「ロザリーがロックハートの女になれたと手紙に書いてきておったのでな。確かめにきたのだ。気にせずに続けてくれたまえ」
父は目礼するとすぐに戻ってきた。そしていつも通りに模擬戦を行う。
この旅の間で実戦はほとんど経験しておらず、更に村にいる時より訓練時間が短く、剣術のレベルは上がっていない。ゴブリンとの戦闘はあったが、あれは実戦のうちに入らない。
レベルが近い兄やメルも同じなのでおかしな話ではないのだが、弟たちは順調にレベルアップしているので、僅かだが焦りを感じている。
剣術に比べ、魔法の方は順調だ。
宴会が多いため解毒の魔法を頻繁に使っていることと、寝る前にボトルの製造を必ず行っていることから、水属性と土属性が上がっている。
こう考えると、酒に関することしかしていないようで何だかモヤモヤする。
訓練はいつも通り激しいものだった。
但し、ロザリーたちは少し手加減されていた。ロザリーの相手はリディで、ロザリーが攻めてリディが守る形で戦っているため、いつものような激しい打ち合いにはなっていない。ちなみにリディの剣術レベルは三十一、ロザリーは二十一であり、リディに危なげはない。
ただ、ロザリー本人は不満らしく、父に「いつも通りでお願いします!」と嘆願していた。
父もそう言われてしまうと諦めるしかなく、相手にメルを指名する。
指名といっても一対一ではない。レベル五十二のメルとレベル二十一のロザリーが戦っても瞬殺されるだけで、訓練にならないのだ。そのため、アンジーとエレナの二人も加わっている。
三対一になってもメルの勝利は揺るがない。
ロザリーたちが呼吸を合わせて一斉に打ち掛かった。女性にしては鋭い斬撃を放つが、祖父ゴーヴァン譲りの剛剣に弾かれ、あっさりと押し返される。そして、隙ができた三人はメルに次々と打ち据えられていく。
見ている方が痛くなるほどの斬撃を受け、三人とも地面に倒れこんでしまった。
「ロ、ロザリー!」と辺境伯が駆け寄ろうとするが、オールダム男爵に「御舘様、落ち着いてください」と言って止められていた。
その間にロザリーは剣を杖にして立ち上がり、「アンジー、エレナ、立ちなさい!」と二人の侍女を叱咤する。さすがは姫騎士と呼ばれただけのことはあり、気丈さは三人の中で一番だ。
二人もよろよろとだが立ち上がり、再びメルに挑んだ。しかし、技量差は埋めがたく、すぐに同じように叩きのめされる。
「ロザリー様! 攻撃が単調です! アンジーさんは剣を振った後の隙が大きすぎ! エレナさんは斬り掛かる時に躊躇しない!……」
鬼軍曹と化したメルに悪かったところを指摘されながら、何度も打ち倒されていた。
辺境伯は座り込み、声を出すことすらできないようだ。
僅か一年半で、三人はロックハート家の戦士になっていた。根性だけならどこの傭兵団でも充分通用するほどだ。
特に昨年のアンデッド戦を経験してからは訓練に激しさが増し、ラスモア村の十代半ばの若者と互角に戦っている。
訓練が終わった後、土に塗れているものの、ロザリーたちは清々しい笑顔をしていた。それを見た辺境伯はあんぐりと口を開けたまま、言葉を失っていたのが印象的だった。
浴室で汗を流し、歓迎の晩餐に向かう。
今日はロザリーの帰郷ということで、鍛冶師ギルドも遠慮したのか、宴会は“明日以降でお願いしたい”という申し出があったのだ。“明日以降”という言葉が気になる。恐らく“明日以降で毎日”という言葉の“毎日”という部分が省略されているはずだ。
リディにそのことを言うと、「いつもと同じでしょ」と返されてしまう。
確かにその通りだと納得するが、納得していいところかは微妙な気がしている。
今回のウェルバーン滞在だが、十日間を予定している。
ラズウェル家に属するキルナレック市の譲渡手続きや、今後の帝都対策などを話し合うためだが、ウェルバーン近郊に作る蒸留所建設予定地の視察という仕事もあるためだ。
ウェルバーンから派遣されている蒸留職人たちは来年の秋に修行を終える。蒸留器の製造を学ぶクルトとドリスの二人とギルド職員のジョナサン・ウォーターは来年春にウェルバーンに戻って蒸留所の建設に着手するため、今のうちに場所の確認をしてほしいと言われているのだ。
晩餐はラズウェル家とロックハート家のみで行われた。これは表面上ロックハート家がラズウェル家から領地を奪ったことになっているためで、大々的な歓迎の宴を行わないことで、関係が悪化しているように見せるためだ。
その席で辺境伯が娘のことを心配し、
「大丈夫なのか。いかに木剣であってもあれほど激しく受ければ怪我をするのではないのか」
言われた本人は涼しい顔で頷くが、
「怪我を恐れていては民を、そして家族を守れません。それにザックさんとリディアさんがいらっしゃるので傷一つ残っていませんわ。本当はもっともっとゴーヴァン様に鍛えていただきたいくらいなのですけど、今はまだ直接指導していただけるほどの腕になっておりませんの。本当に残念なことですけど」
その言葉に辺境伯は小さく首を横に振ると、その話題に触れなくなった。
晩餐は人数こそ少ないが、料理と給仕は最高のものだった。
到着してすぐに渡したシーウェルワインに料理を完璧に合わせているし、給仕たちの動きはさらに洗練され、俺が即席で鍛えたシーウェル家の使用人たちとは比較にならないほどだ。
俺にはバーバラ・ハーディング侍女長自らが給仕を行ってくれ、その際に何度か言葉を交わしている。
特に政治向きの話はなく、給仕たちの努力が実っているか気にしていたようだ。
「帝都では多くの名家で晩餐会にご出席されたと伺いました。 私(わたくし) たちもそれらの名家に負けないように努力したつもりですが、改善点はございますでしょうか?」
「いいえ、帝都のどの家よりも素晴らしいと思います。料理もシーウェル家に優るとも劣りませんし、給仕の皆さんの動きは帝国一です」
俺の言葉に後ろに控えていた料理長や給仕たちが安堵の息を吐き出す。
バーバラも僅かに表情を緩め、
「そのお言葉を伺い、安堵しました。シーウェル家で行われた晩餐会ではザカライアス卿が自ら指揮を執られたとお聞きましたので。侯爵様からのお手紙では普段仲の悪い上級貴族の方々が争うことなく、楽しまれたほど素晴らしかったと」
バーバラの言葉に辺境伯も頷いている。
「クレメント殿が手紙で自慢してきたのだよ。歴史に残る晩餐会を開くことができたと。確かに今宵のワインを飲めば頷ける。しかし、バーバラたちの努力は帝国一だと思っておったのだ。それが確認できてよかった」
その後、明日以降の予定について、オールダム男爵から話があった。
「明日は真に申し訳ないのですが、帝都の情報をお聞かせ願いたいことと、北部総督府の今後について相談させていただきたいと思っております。マサイアス様、ロドリック卿、ザカライアス卿、シャロン殿に御舘様の執務室にお越し願いたい……」
兄やシャロンまで呼ぶということに違和感を持つが、どのような内容の話になるか分からないため、父は即座に「もちろん問題ございません」と了承するが、
「ザカライアスだけでなく、私やロドリックということは軍関係の話があるということでしょうか」
その問いに辺境伯が答える。
「うむ。これだけ長期の出征になることは想定しておらなかったのでな。いささか不味い状況になっておる。卿やロドリックには指揮官としての意見を聞きたい。シャロンは謀略に関してザカライアスの右腕とアレクシス殿より聞いておる。あのアレクシス殿がそこまで評価しておる者の意見を聞かぬわけにはいかぬよ」
アレクシス・エザリントン公爵はシャロンが仕掛けた謀略のことを知り、彼女のことを高く評価するようになったと教えられる。
(動機はともかく、確かに皇太子とエザリントン公の出陣の策は戦争を早期に終結させるいい考えだからな。そう考えれば公爵が評価してもおかしくはないが、あまり広められるのはいい状況じゃないんだが……)
俺の懸念を感じたのか、辺境伯が笑みを浮かべ、
「心配は無用だ。アレクシス殿も私以外には言っておらぬだろう。此度、ここに皆が来ることを知っておるから、私の窮地を救うためになればと教えてくれたのだろう」
ラズウェル辺境伯家は宰相フィーロビッシャー公爵率いる中立派に属している。代々の皇帝が警戒する北部総督ということで表向きは積極的に支援できないが、北部が不安定になるとルークスやアウレラに付け込まれるため、俺たちに期待したのだろう。