軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十五話「人馬族の歴史」

四月一日。

今日は春分の日で、この世界では春の祭が行われる日だ。

中部域以外では秋の収穫祭が最も盛り上がる祭だが、ここでは春の祭が一番大きいらしい。牧草が順調に芽吹いたことを神に感謝するという意味があるそうだ。

朝食を終えると、全員で街の外に向かう。

ロックハート家の者は祭に招待されたということで、いつもより着飾り、武器こそ持つものの、防具は着けていない。但し、シムたちは護衛としていつも通りの装備で付き従っている。

昨日は気づかなかったが、街の周囲を数え切れないほどの数の遊牧民や人馬族のテントが取り囲んでいた。

地元の商人に聞いたところでは、春祭は歌ったり踊ったりするだけではなく、市が立ち、バザールのような感じにもなっているらしい。

遊牧民たちは羊毛や毛皮、家畜などを売り、穀物や生活物資、武器などを買っていくそうだ。

街の境界である柵を越える頃には、草原から笛や太鼓の音が聞こえてくる。春を祝う祭らしい陽気な曲調だ。

遊牧民らしい華やかな感じの衣装の男女が環になって踊っている。軽やかなステップの踊りでフォークダンスを思い出させる。

バザールを覗くと、そこにはいろいろなものが売られていた。

多いのは羊毛や牛革などの素材だが、中にはベルトや小物入れなど、見事な革細工の作品もあった。

更に干し肉やチーズなどの保存食もあり、それらを見ながらソレル族の野営地に向かう。

ソレル族は街の境界から一キロメートルほどの場所にいた。昨日あった戦士たちだけでなく、氏族のすべてがいるのか、千人近くいるように見える。

俺たちの姿を認めた若者が怪訝そうな顔をするが、すぐに昨日戦った戦士が近づき、「よく参られた!」と言って先導する。

ソレル族の野営地には俺たち以外にも人族が訪れていた。彼らは商人らしく、衣類や生活雑貨だけでなく、穀物が入っている麻袋や酒が入っていそうな小さな樽や壷を持ち込んでいる。

一方のソレル族側も商人たちに馬や牛、羊などを見せている。

見ている範囲では物々交換ではなく、貨幣を使っていた。昨日も感じていたが、人馬族は蛮族ではないという印象を更に強くする。

先導してくれた戦士が一際大きなテントの前で止まった。そこには昨日話をした族長のピサーノが待っていた。

彼の後ろには部族の主要なメンバーなのか、十人ほどが控えている。その中には戦士長であり、ベアトリスと戦ったリーヴァや俺と戦ったギウスの姿もあった。

今日は戦う予定がないのか、鎧はつけておらず、人間の上半身部分には丈夫そうな革のシャツとジャケット、馬の身体の部分には美しい色の布が掛けられている。

「よく来てくれた!」

ピサーノが右手を差し出すと、父がその手を取る。

「今日は楽しんでいってくれ」と笑い、父も笑顔で「楽しみにしている」と答えた。

そう言うと、テントの裏に向かっていく。

進むにつれ、笛や太鼓の音と共に蹄の音が大きくなる。

「ここで皆と楽しもうではないか」

そこは直径五十メートルほどの広場で、若い人馬族の男女が音楽に合わせて跳ねるように踊っていた。

その一画に車座になって座る。

ピサーノたちも足を折って座るが、馬が座る姿に違和感が湧き上がる。

(馬って座れたんだ……いや、馬とは微妙に身体の構造が違うのかも……)

座るといっても彼らの視線の位置は俺たちが立っている時と大して変わらない。

全員が座ると、荷車に載せた六十リットルほどの小型の樽が用意される。

「ロックハート家は相当な酒好きと聞いた。今日はネザートンで手に入る酒を商人に用意させている。存分に楽しんでくれ」

どこから聞いたのか、俺たちが酒好きであるという情報まで入手していた。しかし、すぐに思い直す。

(帝都であれだけ噂になれば普通の商人なら知っていてもおかしくないな……)

実際、帝都ではシーウェルワインの品質向上の話やフィーロビッシャーに新たな蒸留所を造ることなど、様々な話題を振りまいている。

そのため、酒=ロックハート、ドワーフ=ロックハートという図式が帝国の人々に浸透しているのだろう。“ロックハート”の部分が“ザカライアス”となっている可能性は否定しない。

まだ十時前とあまり腹は減っていないが、俺たちのために用意してくれた酒を断るわけにはいかない。

木製のジョッキではなく、錫製のジョッキに注がれる。この方が振動に強いからだろう。

「では」と言ってピサーノがジョッキを掲げる。

「人族の 強者(つわもの) 、ロックハート家と、ソレル族の友情を祝して、乾杯!」

そう言ってジョッキを傾ける。

体格がいい戦士たちなので飲み干すのだろうと思っていたが、一気飲みする者はほとんどいなかった。ドワーフたちとの宴会に慣れ過ぎたようだ。

酒は淡い色のラガータイプのビールで麦芽の香りが強く、ホップの香りは抑えられている。ドイツで春に飲まれる“マイボック”を思い出す。

ビールと共に軽いつまみが出てくるが、飲むというよりしゃべる方に重点が置かれている。昨日の宴会で二日酔いの者もいるので助かったと思っている者がいそうだ。

後で聞いたが、酒にはほどほど強いそうだが、戦士としての矜持が泥酔を許さず、祭であっても自制しているそうだ。

その言葉が胸に突き刺さった。俺もそうしなければと思うものの、できないだろうとすぐに諦める。

父が族長のピサーノと話し、母やロザリーは族長の妻や娘と話に花を咲かせている。

ベアトリスは昨日戦った戦士長と槍について話し込んでいた。

俺は人馬族に興味があったので、古老という雰囲気の人馬族と話すことにした。リディ、メル、シャロン、そしてルナも一緒だ。

古老の名はマテオ・ソレルと言い、ピサーノの父、先代の族長だった。顔には深い皺が刻まれ、賢者のようなオーラを感じる。

彼はビールではなく、馬乳酒を飲んでおり、チーズのような発酵臭が漂ってくる。

「人族と話すのは久しぶりじゃな」と笑い、

「旅をしておるなら面白い話があれば、この爺に聞かせてくれんか」

「面白いかどうかは分かりませんが、カウム王国の王都の話を……」

旅であったことなどを話していく。特に受けたのはドワーフに関する話だった。

「ドワーフとはそれほど楽しい種族だったとはの。目から鱗じゃわい。フォフォフォ!」

彼らも武器や道具だけでなく、蹄鉄の製造や手入れのことで鍛冶師のところによくいくらしい。その時のドワーフは酒こそ飲んでいるものの、俺たちとの宴会で見せるような素振りは全くなく、意外だったそうだ。

そんな感じで和気藹々と歓談していく。

マテオからは人馬族の暮らしや草原での出来事などを興味深い話をたくさん聞かせてもらった。

元戦士にしては話が上手く、人見知りの激しいリディや引っ込み思案のルナも楽しそうに聞いている。

いろいろな話をした後、気になっていたことを聞いてみた。もちろん、馬乳酒のことではない。

「……これほど強力な人馬族が帝国に恭順したのはなぜなんでしょうか? 今の帝国軍でもこれほど多くの人馬族戦士を相手にできないと思うのですが」

俺が気になっていたのは人馬族や遊牧民が突然帝国に恭順した歴史だ。ドクトゥスにいる時から疑問に思っていたことで、大図書館でも調べているが、“帝国の威光にひれ伏した”という記述ばかりで真実だと思えなかったのだ。

「面白いことを気にするの」と笑うが、その目は今までのものとは異なり、真剣なものになっていた。

「まあよい。そなたらなら儂らの伝承を教えてもよかろう……」

そう言って語り始めた。

「儂ら人馬族は当時の帝国軍を圧倒しておったそうじゃ。魔術師には多少梃子摺っておったようじゃが、歩兵は手も足も出ぬ状態じゃった。当然じゃと思わんかな?」

「ええ、昨日手合わせをして私もそう思いました。疾走しながら矢を打ち込まれ、混乱したところに槍を持って突撃されれば、うちの従士たちでも混乱するでしょう。昔の帝国軍は歩兵が主体だと学びました。方陣を組めば対抗できないことはないですが、それでは決定力に欠けます。魔術師の魔法も射程的には弓に劣りますし……ですので不思議で仕方なかったのです」

「帝国が何を言っておるかは知らぬが、あのまま戦っておっても儂らの勝利は揺るがなかったそうじゃ。しかし、“あること”が起きた」

「“あること”ですか? それはどのようなことなのでしょう?」

「人馬族の主要な種族の族長に 地の神(モンス) からの神託が降りたのじゃ」

神託という言葉に思わず、前のめりになる。

(人馬族にも神々との敵との戦いで役割があるのか? それなら俺と関わってくる可能性がある……)

俺だけではなく、リディたちも真剣な表情になっていた。恐らく俺と同じことを考えているのだろう。

「どのような神託なのでしょうか。差し支えがなければ教えていただけないでしょうか」

「無闇に話さぬということであれば、教えてもよい。もっとも話せぬ部分はあるがな」

「もちろんです。私たちの口からお聞きしたことが漏れることはありません」

マテオは俺の目をしっかりと見つめた後、目を細めて小さく頷く。

「よかろう。では、我が一族に伝わる伝承を教えよう。我が祖先が帝国軍の大攻勢を退けた日の夜、当時の族長たちにモンスから神託が降りた。十の氏族の族長全員にじゃ……神託の内容は二つ。一つ目は帝国が破格の条件で和解の使者を送るからそれを受諾せよということ。二つ目は未来に関することじゃが、族長と戦士長以外に伝えることは禁忌とされておる……」

「未来ですか……」と呟いていた。

「……一つ目の神託はすぐに現実のものとなった。それまで頑なに無条件降伏のみを要求してきた帝国が完全な自治権と食糧援助と引き換えに恭順せよという要請に変えてきたのじゃ。当初は罠ではないかと疑ったが、十の氏族の族長が同じ神託を受けていたことから協議に入った。帝国は更に譲歩した。皇帝に忠義を尽くすと誓えば、税や軍役などの義務はすべて免除すると。無論、出兵を要請することはあるが、拒否しても罪を問うことはないと……我らは十二の神の中で 地の神(モンス) を最も崇めておる。その神託を疑うことはモンスを疑うことという結論になり、帝国と和解したのじゃ」

「長い歴史で帝国が約定を破ったことはないのですか? 百年も経てば忘れる者もいたでしょうし、欲に駆られる者が出てもおかしくないと思うのですが?」

そこでマテオはニコリと笑う。

「無論おったよ。だが、そのようなことをいう皇帝は皆、すぐに消えていったのじゃ。ある者は不慮の事故で、ある者は治癒魔法が効かぬ病で、またある者は家族に暗殺されて……いつしか、皇室では我らに手を出すことは 禁忌(タブー) とされたと聞いておる。これについては伝聞でしかないので真偽のほどは分からぬがな」

神が裏で手を引いているなら、世界最強の国家の皇帝でも身を守ることはできないだろう。人馬族に手を出せば、自らの命を縮めることになると分かっていれば、大した利権が得られるわけでない草原に手を出そうとする皇帝は出てこない。

「未来の話は既に終わったことなのでしょうか?」

「いや、まだじゃ。二千年の時を経てもな。いつという時期に関しては、神は何も語ってくれなんだそうじゃ」

衝撃的な話が終わった。俺がせがんで聞かせてもらったのだが、思わぬ話で反応できない。

(神が関与しているなら、ルナに関わる可能性が高い。どのような話だったんだろう……)

俺たちが黙っていると、マテオがルナに目を向けた。

「嬢ちゃんもロックハートの者なのかな?」

ルナはそれにどう答えていいのか迷い、俺を見る。

俺は彼女に頷き、話を引き取った。

「この子は私たちの家族です。少し事情はあるのですが……」

そこで俺は彼女が魔族に襲われた話をしようと考えた。先ほどの神の話が彼女に関わるなら、ここで印象付けておくことは有利になるかもしれないと考えたためだ。

「ルナ、君のことを話してもいいかい」と言うと、ルナは小さく頷き、「はい。もう吹っ切れていますから」と笑った。その笑顔は少し寂しげだが、危うさは感じなかった。

「彼女は東に住む魔族に襲われた村の唯一の生き残りなのです。 偶然(・・) 、私たちが助けたのですが、両親だけでなく、知り合いをすべて殺されて……ようやく明るくなってきたところなのです……」

マテオは「そんなことがの」と同情の目を向ける。

そして、ルナを手招きし、彼女の頭に手を載せ、

「ロックハート家は我らの友となった。いつか助けがほしい時が来たら、儂らを頼るんじゃぞ。ネザートンの街におる商人に聞けば、儂らの居場所は分かるはずじゃ」

同情しているだけにしては大袈裟すぎるが、族長のピサールも俺たちに同じようなことを言っていたので、ロックハート家に対する好意なのだろう。

話を終え、マテオに感謝の言葉を告げる。

「貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。帝国側では絶対に分からない話だったのでようやく疑問が解消できました」

「気にせんでもよい。何となく話した方がよいと思っただけじゃ。爺の気まぐれと思ってくれればよい」

その後、馬乳酒を少し飲ませてもらった。部族の者しか飲めないと思っていたのでそのことを聞くと、

「友と飲むことは構わんのじゃが、馬乳酒は口に合わんと聞いたのでな。どうじゃな?」

確かに味は微妙だった。

発酵し過ぎのチーズのような匂いと強い酸味を感じるだけで美味いとは思えない。

それが顔に出たのか、マテオが大きく破顔する。

「この時期の物はあまり美味くないんじゃ。秋頃に飲む機会があれば試してみるとよい……」

馬乳酒は夏から秋にかけて作られるらしく、春先の今はそれほどいい時期ではないらしい。

一緒にいるリディは鼻を近づけただけで諦め、メルとシャロンも首を横に振る。

さすがにルナには勧めなかった。聞きかじった話だが、飲みなれないと腹痛を起こすと聞いたことがあったためだ。

俺にもその危険がないとはいえないが、“病気耐性”のスキルがあるから大丈夫だと思っている。

マテオに礼を言い、父たちのところに戻っていく。

するとセオとセラが全身で喜びを表現するかのようにはしゃいでいた。

「物凄くうれしそうだが、何かあったのか?」

「馬をもらえたんです!」とセラが俺に抱きついて喜びを表現している。

「ピサーノさんが僕たちの戦いがよかったから褒美だって! 二歳くらいの若い馬を僕たちに一頭ずつ……すっごくきれいな馬なんですよ!」

セオが興奮気味に説明してくれた。

俺たちがマテオと話をしている間にそんな話になったようだ。

「どんな馬なんだい」と聞くと、それぞれが俺の左右の手を取り、放牧場になっている草原に引っ張っていく。

「あの子!」とセラが指差す。その先には艶やかな黒み掛かった色のほっそりとしたカエルム馬が草を食んでいた。

「僕のはあれです!」とセオが対抗するかのように指差した。セオの馬は銀色に近い灰色でこちらも美しい馬だった。

「これで兄様たちと一緒よ!」とセラがピョンピョンと跳ねながら喜んでいる。

昨日ソレル族から贈られた馬は俺たちザックセクステットと従士たちに割り振られている。といっても完全に個人用というわけではなく、この旅行中に使うだけだ。

俺に割り振られたのは漆黒の大型馬だった。

俺以外を乗せようとしなかったので仕方なく選んだのだが、黒いコスチュームと黒い馬という組み合わせに微妙な顔をしてしまった。

(暗黒卿から世紀末覇者にクラスチェンジなのか? 兜に角がないから多分大丈夫だろう……そう言えば、どっちも非業の死を遂げているんだよな……)

俺は微妙な気持ちだったのだが、周囲はよく似合っていると大好評だった。

「これだけ気に入られているんだから、愛馬にしちゃえば?」とリディは言ってくるし、ベアトリスも「あんたしか乗せる気がないんだから諦めな」と笑っていた。

一番興奮していたのはセオとセラで、二人は羨ましいとしきりに言っていたのだ。それが今日になって馬がもらえるということで興奮状態になったようだ。

午後一杯、ソレル族と飲み明かしたが、まだ終わりではなかった。

鍛冶師ギルドにいき、ザックコレクションの試飲会が残っている。

酒を飲んでいる者には定期的に解毒の魔法を掛けていたので問題はないが、明日の出発に影響が出なければと心配になった。