作品タイトル不明
第八十四話「王虎族vs人馬族」
三月三十日。
突如現れた 人馬(ケンタウルス) 族のソレル氏族と手合わせを行っている。十九人が挑戦し、慣れない相手に九勝十敗と思った以上に善戦している。
これからロックハート家側の最強の戦士ベアトリスと、ソレル族の戦士長リーヴァ・ソレルとの戦いが始まる。
「ベアトリス・ロックハートだ。楽しませてもらうよ」と言ってベアトリスがニヤリと笑う。
「リーヴァ・ソレルだ。本気で掛かってこい」と挑発する。
リーヴァは俺が戦ったギウスと呼ばれた大柄の戦士ほどではないが、体高一・八メートルほどで頭の高さは三メートル近い巨体だ。
黒みかかった赤褐色で黒鹿毛と呼ばれる馬体に比べ、やや細めの上半身には金属で補強された鎧を着け、三メートルほどの長さの槍を持っている。
二人が名乗りを上げたことで模擬戦は始まった。
リーヴァは十メートルほどあった距離を一瞬にして詰めた。その速度にベアトリスだけでなく、ロックハート家の面々も驚きを隠せない。
誰かが「速い!」と叫んでいるが、俺も同じ思いだ。
それまでの戦士にも素早い動きの者はいたが、彼の爆発的な瞬発力は他の戦士とは一線を画すものだった。
それでもさすがに歴戦のベアトリスは冷静だった。
一瞬にして距離を詰められ、上から叩きつけるように繰り出された槍を横に跳びながら難なく回避する。
反撃こそできなかったが、その顔には余裕があった。
「見事な攻撃だね!」と楽しげに叫ぶと、十メートルほどの離れた場所で馬体を翻しているリーヴァがそれに応える。
「久しぶりだ、俺の初撃を避けた奴は」と同じように楽しげに応え、槍を構え直す。
その直後、ベアトリスが動いた。
彼女は槍を低く構えて突進する。後手に回ると不利になると考え、敵が止まっている間に攻勢に出るつもりなのだろう。
その突進を見てもリーヴァは冷静だった。馬体をやや斜めに向きを変え、ベアトリスの突撃を受け流すように右斜め前に出る。更に長い槍を低く突き出して牽制する。
その動きにベアトリスも反応した。まっすぐに向かうのではなく、同じように右に方向を変え、リーヴァの槍のレンジから逃れる。
ベアトリスは回避しただけではなかった。
その場で急停止すると、相手の左側から残像が見えるほどの速さで槍を繰り出した。
リーヴァはその攻撃を槍で受けることなく回避する。その動きは驚くべきもので俺たちは皆、言葉を失った。
彼は馬体中央を狙った槍を飛び上がることで回避したのだ。その高さは二メートル以上。
七、八百キログラムはあろうかという身体が助走などの予備動作なしで軽々と浮き上がったのだ。
この事実に戦っているベアトリスですら唖然とし、思わず攻撃の手を止めてしまう。
その隙をリーヴァは逃さなかった。着地と同時にベアトリスに向かって突進する。隙を突かれたベアトリスは飛びのくことで、ギリギリでかわした。
しかし、それは誘いだった。
宙に浮いている彼女の身体目掛けて後脚で蹴りを放ったのだ。
空中に浮いている状態では完全には回避することもできず、脇腹に巨大な蹄の一撃を受けてしまった。
「ウッ!」という呻き声を上げて五メートルほど吹き飛ばされる。
リーヴァは急制動を掛けると、止めを刺すべく、倒れ込むベアトリスに突っ込んでいく。
「これで終わりだ!」と言って槍を繰り出した。
ベアトリスはその槍を倒れた状態から左手で掴み、右手一本でカウンター気味に槍を突き出した。狙っていたわけではなさそうで、無意識の動きのように俺には見えた。
リーヴァはその槍を同じように左手で掴んだ。
二本の槍を互いに奪い合うような形になった。
ベアトリスは膝をついたままの姿勢で二本の槍を両脇に抱える。そして、上半身を反らすようにして力を込めた。
リーヴァはこのままでは槍が折られて終わってしまうと考えたのか、とっさに槍を手放し、前脚の蹄での攻撃に切り替えた。
突然槍が放されたが、ベアトリスはそれを予想していたようだ。同じように即座に槍を手放し、振り下ろされる前脚を受け止める。
その行動にロックハート家だけでなく、人馬族側からも「オオ!」というどよめきが沸いた。
勢いはそれほどではなかったが、巨大な馬体を受け止めたことに驚かずにはいられなかったのだ。
これは戦っているリーヴァも同じだった。
「何!」と言って慌てるが、既に槍はなく、前脚を押さえ込まれた状態では攻撃の手段がない。
彼は苦し紛れに後脚に力を込めて体重をかけようとした。しかし、それは失敗だった。
ベアトリスはその力を利用し、身体を捻るようにしてリーヴァの身体を横倒しにする。レスリングか柔道のような動きだった。
ドンという音と共にリーヴァの巨体が倒れ込む。ベアトリスは前脚を手離すと槍を拾って、倒れたリーヴァに突きつける。
「勝者、ベアトリス!」というピサーノの声が草原に響く。
数秒後、ロックハート家側から歓声が、人馬族側からは賞賛の声が上がった。
「後脚の一撃は効いたよ」と言ってベアトリスは右手を差し出し、リーヴァはそれを取って倒れた身体を起こす。
立ち上がった後、「負けたのは十年振りだ」というが、その顔に悔しさはなく、清々しい笑顔があった。
その直後、ベアトリスが膝を突き、ペッと血を吐き出した。
俺は慌てて駆け寄り、状態を確認する。革鎧の脇部分に巨大な蹄の跡があり、肋骨が折れたか、ひびが入っているようだ。
すぐにメルたちもやってきて、彼女の革鎧とチェインメイルを脱がしていく。
「肋骨が完全にやられた感じだよ」と笑っているが、何度も咳き込み血を吐いていることから、肺に刺さったのかもしれない。
「少し黙っていろ。すぐに治してやるから」と言って木属性と水属性の治癒魔法を交互に掛けていく。
三分ほどで完治したのか、「もう大丈夫だよ」と言って立ち上がった。
鎧下だけという姿に気づいたのか、すぐにチェインメイルと革鎧をつけていく。
その間に人馬族の治癒師がリーヴァの脚の治療を行っていた。倒された時に前脚を折っていたらしい。念のため俺も確認するが、見事な治療で俺が手を出す必要はなかった。
「さすがはロックハートだ。我がソレル族の戦士長が人族や獣人族に敗れたのは初めてだ」
ピサーノの言葉に父が「まだ五分に戻しただけだが」と言ったが、
「子供に勝っても勝星にはならんよ。それに序列一位から四位の者はそちらが勝っておるのだ。これで引き分けなどということは、我らのプライドが許さん」
その後、弓術士たちの腕試しが行われた。
人馬族は騎射が得意ということで、全速で走りながら固定目標を狙う、 流鏑馬(やぶさめ) に近い形で行う。
一方のロックハート家側だが、こちらは吹流しを持った人馬族戦士に全速力で走ってもらい、それを狙うという方法だ。どちらも五つの的を狙い、どれだけ当てられるかで勝負を決める。
ロックハート家側からはリディ、従士のマーク、自警団のフレディ、魔術師のシャロンに加え、剣での戦いで惜敗したダンも参加する。
人馬族戦士も弓が得意な五名が選出され、勝負を行った。
結果はロックハート家がリディとシャロンが全数命中、ダン、マーク、フレディが四つずつで計二十三。ソレル族が十八でロックハート家が勝利している。
これについては、移動しているソレル族の方が不利であるので、ロックハート側は誰も勝ったとは思っていなかった。
逆に時速五十キロくらいの速度で疾走しながら、七十パーセント以上の命中率を叩き出したソレル族戦士に畏敬の念を抱いたほどだ。
もっともソレル族も全力疾走する目標に九割近い命中率を叩き出したロックハートの遠距離攻撃部隊に驚きの声を上げていた。
「これほどの腕を持つ弓術士が揃っておるとは……本気で戦えば近づくまでに大きな損害を覚悟せねばならん……」
ロックハート家がこれほどの命中率を出せたのは普段の訓練の成果だ。翼魔を想定し、俺やシャロンの魔法を標的に訓練を行っていたため、まっすぐに走るだけの目標ならそれほど苦にしなかった。
一連の手合わせは一時間ほどで終わった。
ロックハート家からは十本のクリスタルグラスのボトルが渡され、ソレル族の戦士たちはその美しいボトルに感歎の声を上げる。
族長であるピサーノだけは、「本当にもらっていいのか。何十万クローナするか分からん代物だが」と言って困惑している。
人馬族の族長が美術品の価値を知っていることに違和感を覚えたが、父が「息子の作った物だから気にしなくていい」と言って強引に手渡す。
ソレル族が十五頭のカエルム馬を引き渡そうと連れてきた。
父は「訓練だから」と言って固辞しようとしたが、ピサーノからは「約束だ。それに我らだけ受け取るのはおかしな話だ」と言って強引に渡してきた。
俺は危惧を抱いた。
カエルム馬は戦略物資だ。帝国軍以外で所有することは原則禁止で、取引にも厳しい制限が掛かる。もちろん、北部域では繁殖させている貴族もおり、貴族同士でやりとりすることに問題視される可能性は低い。実際、兄の結婚祝いとして四頭の馬を譲り受けている。
しかし、十頭以上の馬を帝国の版図から遠く離れた場所、更に言えば敵国であるラクス王国に近い土地に連れていくことは問題になる可能性があった。
「ネザートンの代官に確認してからの方がいいのではないでしょうか?」
その言葉で父も俺の危惧に気づいた。
「確かにそうだな」と言ってから、
「これだけの名馬を勝手に受け取って領地に戻るわけにはいかない。申し訳ないが、ネザートンの代官に確認してからでもよいだろうか」
父の言葉にピサーノは「心配は無用だ」と言って首を横に振る。
「帝国の代官に文句は言わせんし、言うこともない。安心して連れていけ」
詳しく聞くと人馬族や遊牧民は完全な自治権を持っており、敵国であるルークス聖王国やラクス王国に渡すならともかく、帝国貴族に贈る分にはネザートンの代官が口を出すことはないということだった。
父は「それならば」と言って受け取った。
まだ、街に入るのに焦る時間でもないので、ソレル族の主要な戦士たちと歓談する。
最も気になっていたこと、ロックハート家がここに来ることをどうして知っていたのかを聞いてみた。
「春祭に合わせてネザートンに来たら、カルカス族が教えてくれたのだ。数万のアンデッドを僅か三百人で全滅させた剛の者がおるとな……更に聞けば、貴公らが今日街に入ると。これはよい機会だと街道に出たのだ……」
カルカス族は有力な遊牧民の一族で、馬の調教を手伝ったりと人馬族とも関係が深い。そして、タイミングが良かったことに、ソレル族は春分の日にある春祭に参加するため、ネザートンに来ていた。カルカス族から俺たちの噂を聞き、更に商品を売り込みに来た商人から今日ネザートンに入るという情報を聞いたらしい。
そして、自分たちの野営地から街道に向かったところで、偶然俺たちを見つけたらしい。
「明日は街の外で祭をやる。予定がないなら見にきてはどうか?」
元々、四月一日は春分の祭ということで、ネザートンに滞在する予定だった。そのため、父は即座に「それは面白い」と言って了承する。
その後、戦いの話などで盛り上がるが、日が傾き始めたため、ソレル族と明日の再会を約束して街に向かう。
ネザートンの街は人口三千人ほどの街だが、帝国にしては珍しく城壁がない。一応、周囲には柵のようなものが作られているが、非常に無防備に見える。
これは帝国が人馬族や遊牧民に配慮した結果らしい。
ここを含め、中部域にある町は人馬族や遊牧民と講和した後に作られている。町は作らせてもらうが、領土を奪うつもりはないと宣言することで、彼らに対する信頼を表しているのだ。
午後五時頃、街に入ったが、前夜祭が始まっているのか多くの人が騒いでいた。
父が代官所にあいさつにいき、そのついでにカエルム馬のことを確認したが、ピサーノの言う通り何も問題ないということだった。それよりも人馬族から贈られたことに驚かれる。
「彼らが遊牧民以外に馬を贈ったというのは初めて聞きましたよ。私たちでは祭に来ても話をすることすらできないのですから……」
その後、鍛冶師ギルドのネザートン支部に向かう。この街には五十人ほどのドワーフの鍛冶師と百人ほどの人間の鍛冶師がいる。彼らの主な顧客は遊牧民や人馬族だ。
武器や防具、鍋などの日用雑貨だけでなく、馬用の蹄鉄を作っているらしい。
宿に馬を預けると、午後六時を過ぎていた。
人馬族との模擬戦で疲れていたが、ドワーフたちが待っているのに行かないという選択肢はない。
鍛冶師ギルドは街の西の端にあった。これは特別な理由がない限り人馬族が街に入れないというルールを守るための措置で、ここだけは許可がなくても入れるらしい。
ギルドの建物はさすがに帝都やエザリントンといった大都会と比べることはできないが、重厚な造りは同じだ。
入口には多くのドワーフが待っており、そわそわとしていることが遠目にも分かったほどだ。彼らが待ち望むスコッチが気になるのだろう。
入口に近づくと、一人のベテラン鍛冶師が一歩前に出た。ベテランといってもウェルバーンのデーゲンハルトと大して変わりがないように見える。後で知ったが、ネザートンのドワーフは比較的若く、親方クラスでも六十代だった。
「儂が支部長のカール・クリューツじゃ。よく来てくれた!」
陽気に歓迎の言葉を掛けてくれるが、俺たちの後ろの荷馬車に視線は釘付けだ。もちろん、他のドワーフも全く変わらない。
「歓迎に感謝する」と父は言うが、彼らのことを学習しているため、無駄な話はしない。
すぐに荷馬車を指差し、「友情の証にスコッチを一樽進呈したい」と言うと、ドワーフたちが「「ジーク・スコッチ!」」と怒号を上げる。
いつものことであり、ロックハート家の面々はにこやかに対応しているが、街の人々は何が起きたのかと慌てていた。
「立ち話も何じゃ。中に入ってくれ!」
カールの言葉に従い、中に入っていくが、もちろんスコッチの樽は俺たちが運ぶ。この支部にも職員はいるが、初めてやってきたスコッチを扱えるとは思えないためだ。
集会室にはドワーフ以外にも人間の鍛冶師が三十人ほどいた。年齢的には四十代から五十代と言ったところでベテランの鍛冶師たちなのだろう。
いつも通りの宴会が始まる。
ここにも少数だけだがザックコレクションを贈るつもりだが、今日は三年物のスコッチだけで充分だろう。
ここからはいつものことなので割愛するが、ここでしか味わえない珍しい酒があった。
トウモロコシで作った醸造酒があったのだ。
珍しいといっても大して美味い酒ではなかった。コーンの香りがする酸味が強いビールという感じで、町の北を流れるネザー河沿いで作るビールの方が遥かに美味い。
ただ、この酒はコーンウイスキーの原料になるため、興味があったのだ。
「こいつはどのくらい作っているんだ?」とカールに聞くと、「ちょっと来てくれ」と近くに立っていた職員を呼ぶ。
「ザックに説明してやってくれんか」
その手回しの良さに「調べてあったのか?」と聞いてしまったほどだ。
「フィーロビッシャーの話を聞いたんじゃ。当然じゃろう」と当たり前のように言われてしまう。
どうやらフィーロビッシャーに蒸留所ができるという話を聞いて、ここでも新しい蒸留酒が作れないか調査していたらしい。職員は俺に説明するために待機していたようだ。
手回しのよさに呆れ、思わず笑みが零れる。
職員は緊張気味に説明を始めた。
「トウモロコシの酒ですが、この辺りではコーンビールと呼んでおります。ですが、飲んで頂いたとおり、味自体は大したことがなく、安い酒としてネザー河沿いの農村で少量生産しているだけでした……」
ネザー河はネザートンの北を流れる河で、その川沿いは中部域の穀倉地帯になっている。主な作物は主食用の麦と家畜用の飼料である燕麦などだ。麦に比べ連作障害が少ないため、飼料用のトウモロコシも作っており、それらは冬の予備の飼料として遊牧民たちに売られている。
トウモロコシの酒は麦で造るビールほど人気がなく、売れ残ったトウモロコシでビールの代替品を作っているだけだった。そのため、現状では安定的な供給は難しいらしい。
説明が終わったところでこれなら何とかなりそうだと安堵する。
「つまり、コーンビールは生産量が少なく、現状では安定供給が難しいと。一点確認ですが、飼料用に作っているトウモロコシ自体は充分な量を確保できるのでしょうか?」
「すべての村の状況は分かりませんが、それほど難しい作物ではないそうなので増産は容易ではないかと」
「それなら原料の確保はできますね。コーンビールを安定的に作ることができれば蒸留酒にすることは難しくないでしょう」
俺の言葉にドワーフたちが「オオ! ザックができると言ったぞ!」と立ち上がって喜ぶ。
「職人の修行と蒸留器の製造を覚えてからだぞ」と釘を刺すが、初めて飲んだスコッチと蒸留酒ができるという話に、完全に舞い上がっている。
(名前はどうなるんだろうな……コーンウイスキーでいい気がするが、ウイスキーって名前が一般的じゃないんだよな。コーン・スコッチだとしっくりこないし……バーボンっていう職人がいてくれればいいんだが、バーボンは“ブルボン”の英語読みだから無理だろうな……)
俺がそんなことを考えている間に、カールたちはラスモア村行きの職人たちのことを話し合っていた。