作品タイトル不明
第八十三話「人馬族との模擬戦」
三月三十日。
突如現れた 人馬(ケンタウルス) 族と模擬戦を行うことになった。
敵意がないことは分かったが、なぜ彼らと模擬戦をしなくてはならないのか未だに釈然としない。
しかし、父は完全にやる気になっており、従士や自警団員に簡単な訓示を行っていた。
「初めて戦う相手だ。勝てとは言わぬ。だが、何かを得てほしい。この先、騎兵と戦うことはないかもしれんが、昨年のようにデュラハンが現れることは充分にありうる。突進力のある大型の魔物と戦うことを想定してもよいかもしれん……ロッド、ザック、何か付け加えることはないか」
その言葉に、父と同じくやる気満々の兄が小さく頷く。
「騎兵に対する歩兵の戦い方はいかに相手の突進を止めるかだ。通常なら防御陣を作って迎え撃つのだが、一対一ではそれもままならない……相手の動きに惑わされるな! 動きをしっかり見て冷静に対処すればいい!……馬の脚を狙うのが最も効果的な方法だが、馬の蹄には充分に注意しろ! 以上だ!」
北部総督府軍で小隊を率いていただけのことはあり、的確な助言だ。俺の番になるが言うべきことはあまりない。
「俺から言うことはあまりないが、頭だけは必ず守ってくれ。即死さえしなければ俺が治してやる。動けないと思ったらすぐに武器を捨てろ。彼らの体重は五百 kg(キグラン) はくだらない。蹄鉄のある蹄で踏み潰されるだけでも致命傷を負う可能性があるんだ。そのことは絶対に忘れるな」
全員が真剣な表情で頷いている。
「では、始めるか」と人馬族の族長、ピサーノ・ソレルが宣言する。
「こちらも準備は終わっている」と父が答えると、セオ、セラ、ロザリー、アンジー、エレナが前に出る。
「この者たちでは相手にならんぞ。こちらも一番若い者を当てているが、それでも選りすぐりの戦士たちだ」
「心配無用。勝敗よりも戦うことで得られる経験の方が重要なのでな」と父が答える。そして、ピサーノの言葉を待つことなく、移動を命じた。
「各自、適当な場所に散れ! 準備が終わったら、武器を上げろ。全員の準備が終わったところで手合わせを開始する!」
ロックハート流の模擬戦なら合図はないが、今回は乱戦にならないように戦場を設定する必要があるためだ。特にロザリーは騎乗しており、激しく動き回る可能性があった。
各自、五十メートルほど離れた場所に散開し、十メートルほどの距離をあけて相対する。全員が右手の武器を掲げた。
「始め!」という父の合図で一斉に動き出した。
人馬族戦士たちは大きく前脚を振り上げると槍を突き出しながら突進した。
その勇壮で美しい姿にロックハート家側から「「オオ!」」という感歎の声が上がる。
次の瞬間、ロザリーを除く四人が横に跳ぶ。彼らは初撃を回避しながら、脚に向けて斬撃を放っていた。
攻撃自体、効果はなかったが、それでも一撃で敗れることがなかったことに人馬族側に驚きの声が上がる。
「子供ですら、これほどの動きを見せるとは……さすがは噂に聞くだけのことはある」
四人の戦いの更に遠くではロザリーが戦っていた。
彼女の相手は女性戦士のようだ。他の戦士よりやや小柄でサラブレッドのような引き締まった美しい馬体をしている。
その二人の女性戦士は鋭い突進を見せ、一瞬で交差した。
人馬族戦士はすれ違いざまに鋭く槍を繰り出すが、ロザリーは華麗に馬を横にステップさせ、その一撃をギリギリでかわす。
更に繰り出された槍に向けて剣を振り下ろした。
遠くからカンという硬い音が響くが、ロザリーの腕力では槍を折ることができず、二騎は一旦距離を取った。
二十メートルほど離れたところで同時に向きを変え、再び相対する。
次の瞬間、息を合わせたかのように同時に走り出し、一瞬にしてすれ違う。
ドンという音と共にロザリーが落馬した。槍を捌ききれず、肩を掠めてしまったようだ。
人馬族戦士は二十メートルほど進んだところで振り返り、ロザリーが立ち上がれないことを確認する。
そして、俺たちの方に向かって勝利を誇示するかのように右手の槍を大きく挙げた。
しかし、戦いはまだ終わっていなかった。
ロザリーは落馬したものの剣を手離していなかった。ただ、頭を打ったのか仰向けになったままだ。
数秒後、意識が戻ったのか、軽く頭を振ると、木剣を地面に突き刺し立ち上がった。そして、背中を向けている敵に全力で向かっていく。
仲間が伝えようとロザリーを槍で指すが、勝利を確信している人馬族戦士はそれに気づかなかった。
直前でロザリーの足音で気づいたのか、首を回して後ろを見る。しかし、既に剣が届く距離にまで達しており、そのまま腰の辺りを大きく打ち据えられてしまう。
真剣であれば致命傷だが、革鎧に守られており、大きなダメージではなかった。そのため、人馬族戦士は槍を向けようと馬体を回す。
「ロッカ! お前の負けだ! 潔く負けを認めろ!」というピサーノの怒号が響く。
その言葉が聞こえたのか、ロッカと呼ばれた人馬族の女戦士は槍を叩きつけるように投げ捨てる。
「見事だ!」とピサーノは賞賛するが、ロザリーは勝利を見届けた後、がっくりと膝を突いてしまう。
それを見た兄はすぐに走り出し、彼女の下に向かった。
その間にセオたち四人の戦いが終わっていた。
すべて人馬族側の勝利であり、負けず嫌いのセラは腕を押さえながら空を仰ぎ見て泣いていた。
「やはり無理でしたね」と冷静な口調でメルがベアトリスに話している。
「よくやった方だろう。四人とも人馬族を相手にするには非力すぎるんだよ。それでもあれだけ粘れたのは健闘したと言っていいね」
四人とも打撲程度で大きなケガはなく、リディが治癒魔法を掛けて完治させる。
涙を浮かべたセラが悔しさを爆発させている。
「ああ、悔しい! もう少し何とかできると思ったのに!」
妹の言葉にセオも頷いている。
「脚を攻撃するところまではよかったんだけど、死角から狙わないと駄目ってことに気づけなかった……次ならもっと上手くできるはず……」
向上心があることはいいことだが、勝つ気満々だったことに苦笑が漏れる。
兄に抱えられたロザリーが戻ってきた。
「頭は打っていませんか、義姉上?」と聞くと、 頭(かぶり) を振る。
「背中を打って息が詰まっただけです。でも悔しいですね。相手が油断していなかったら、完全に負けていたのですから」
辺境伯令嬢だったロザリーもいつの間にか 脳筋(バトルジャンキー) の仲間入りをしていたらしい。この先、辺境伯がこの姿を見て卒倒しなければいいがと関係ないことを思ってしまった。
念のため、頭部に治癒魔法を掛け、一回戦が終了した。
「ここまでやると思わなかった。先ほどの非礼は詫びさせてもらう」と言ってピサーノが頭を下げる。
「こちらこそ、我が子らによい経験をさせてもらった。だが、ここからが本番だ。次は本気で勝ちにいく」
そう言ってニヤリと笑う。
二回戦は従士と自警団員五名で二勝をもぎ取ることに成功する。
人馬族側は二十歳そこそこの若い自警団員が堂々と渡り合ったことに驚きを隠せない。
若いといってもレベル三十を超え、実戦経験が豊富だ。レベル的には同等でも祖父やウォルトの厳しい攻撃を見慣れているから、馬の動きに翻弄されなければ勝機を見出すことはそれほど難しくなかったのだろう。
三回戦にはダンとシムが出場した。
一回戦、二回戦でロックハート家の実力を知り、人馬族戦士たちの動きに慎重さが見えるようになった。
いきなり突撃するようなことはなくなり、器用にサイドステップを踏みながら機会を窺っている。
ダンはレンジの短い片手剣だけで善戦したものの、長い槍での攻撃に、反撃の糸口を見つける前に敗れてしまった。
悔しがりながらも、「馬の動きとは少し違います。意表を突かれないように警戒した方がいいと思います」と冷静に敵を分析していた。
シムは得意の騎乗戦闘ということで、僅か一撃で勝利をものにした。
彼の戦い方だが、すれ違う直前に盾を捨て、バスタードソードを両手で叩きつけるという豪快なものだった。
しかも最初から槍を狙っており、突き出された槍にタイミングを合わせて叩き折った。相手も武器を狙われると思っていなかったらしく、槍を折られた後、思わず止まってしまい、そこでシムに木剣を突きつけられて終了した。
三回戦はシムに加え、従士の剣術士ルークと槍術士リッキーが勝利し、これで六勝九敗まで盛り返した。
残りは五人になったが、最後は一組だけにするため、四回戦は四人になる。
出場するのは父、兄、メル、そして俺だ。全員がレベル四十五を超える使い手だが、兄以外は騎兵との戦闘経験がほとんどなく、分がいいとはいえない。
俺自身も攻撃魔法を使うつもりはなく、魔闘術でどこまでやれるか不安が残る。
兄は愛馬に乗り、相手の人馬族戦士と共に軽やかに離れていった。
「がんばりましょう!」とメルが俺に声を掛けて、相手の戦士に向かって歩いていく。
俺もそれに剣を上げることで応え、自分の相手に向かう。
俺の相手はソレル族で一番大きな身体を持つ戦士だった。
体つきも尋常ではなく、漆黒の馬体部分は大型馬並みだ。ざっと見た感じだが、馬の体高、つまり背中部分の高さですら二メートルを超え、頭の高さに至っては三メートル以上だ。
上半身もバイロン並の巨漢で、三メートルほどの槍を片手だけで軽々と振り回している。十メートルほど先にいるが、その威圧感は相当なものだ。
(まるで世紀末覇者の愛馬だ。だとすると、ヘルメットがあっても蹄にかけられたら致命傷になるな。それにしても上半身に剣が届くか不安だ……)
そんなことを考えていると、開始の合図が聞こえてきた。
相手の戦士は突撃してくることなく、待っている。
「ここで止まっていてやる。掛かってこい」と言って口を歪めていた。ヘルメットで表情はよく見えないが、恐らく嘲笑を浮かべているのだろう。
その挑発に俺は乗ることにした。といっても怒りに任せて突っ込むつもりはない。
「では、こちらからいかせていただく」
そう叫んで突っ込んでいく。既に魔闘術は全身にかけてあるが、爆発的な突進ではなく、常識的な速度での突撃だ。
人馬族戦士は槍を持ち上げ、俺を出迎える。俺も剣先を突き出すように両手で構え、迎え撃つかのように見せる。
半分ほどいったところで人馬族戦士が槍を繰り出しながら前に出た。
(この瞬間を待っていたんだよ!)
心の中でそう叫ぶ。
繰り出された槍を無視し、脚力を最大限に利かせてジャンプする。
その高さは約五メートル。
ジャンプと同時に剣から右手を離し、ベルトに装着してあった訓練用のクナイ型投擲剣を顔に向けて投げつける。
俺の動きが予想外だったのか、人馬族戦士は「何!」と驚きながらも左腕に装着している小さな丸盾で顔を庇う。更に俺の軌道を予測し、素早く引き戻した槍を勘だけで繰り出してきた。
これも想定内の動きだ。
盾を上げることで視界が塞がれることを想定し、送風の魔法で軌道を強引に曲げ、その槍を紙一重で回避する。
そして、落下の勢いを利用し、相手の馬体の中央に鋭く剣を振り下ろした。
「ぐっ!」という悲鳴にも似た呻き声が漏れる。
馬体部分にも革鎧は装着しているが、落下の勢いと魔闘術で底上げされた腕力で振り下ろされた木剣の衝撃は巨大な体躯の戦士にも有効だったようだ。
相手の真横に着地したことから、次の攻撃がくると予測し、トンボを切って距離を取る。
人馬族戦士は何が起きたのか分からなかったのか、俺の居場所を探すかのように左右を見回す。
俺を見つけると槍を突き出そうとしたが、
「ギウス、お前の負けだ!」というピサーノの声が響き、ギウスと呼ばれた人馬族戦士は槍を捨てた。
「何をした」と重く太い声で聞いてきた。
「ちょっとした曲芸ですよ。次からは通用しないと思いますけど」
俺の言葉に「戦場では次はない……」と言い、
「よい経験をさせてもらった」と言って槍を拾い上げて仲間のところに戻っていった。
思いの外、紳士的であることに驚く。
(見た目にインパクトがある分、どうしても野蛮なイメージを持ってしまう……人馬族は 武人(もののふ) の心を持っているんだな……)
そんなことを考えながら、ベアトリスが待っているところに向かう。
「相変わらず無茶苦茶な動きだね」と笑うが、
「初見殺しだよ、あんたは。向こうのデカイ戦士に同情するね」
俺が一番に決着したようで、その間にも戦いは続いていた。
父は細身の戦士の素早い動きに翻弄されながらも反撃の機会を窺っている。
逆にメルは祖父譲りの剛剣で大柄な戦士が繰り出す槍を豪快に捌いていた。俺の予想が正しければ、彼女は槍を折ることを狙っている。そのことは人馬族戦士も気づいているようで、何度もフェイントをいれ、更には前脚の蹄を使った攻撃まで使っていた。
兄は馬上試合のように何度もすれ違いながら剣を突き出していた。シムがやった奇襲のような攻撃は見せず、バスタードソードを片手で持ち、左手で手綱を操りながら、盾を使って槍を防いでいる。
ただ、盾を持つ左側だけですれ違っており、右手の剣では相手に届かせることすら難しく、有効な攻撃が行えていない。
「凄いな、兄上は」と思わず言葉が漏れた。
「あたしもそう思うね。あれだけの馬術と剣術を使う騎士は少ないんじゃないか。人馬族の戦士が戸惑っているように見えるよ」
彼女の言葉通り、兄の相手の人馬族はフェイントや奇抜な動きを入れて翻弄しようとしていた。正攻法では突破口が見つからなかったのだろう。
兄の試合を見ている間にメルが「やった!」と勝利の声を上げていた。彼女の相手の人馬族戦士は前脚を折って蹲り、槍を手放していた。
俺が「どうなったんだ」と聞くと、シムが「前脚を振り上げた隙に潜り込んで、胴を下から斬ったんですよ」と教えてくれた。
体重五百キログラムを超える馬の下に潜り込む勇気というか、大胆さに驚きを隠せない。
父の試合に目をやると、草原を転がりながら、右後脚に斬撃を決めた。これで勝ったと思ったが、同時に無防備な父の背中に槍が当たり、父は敗北を悟って剣を手放した。
兄の戦いも終盤に差し掛かっていた。
相手は正攻法も奇襲も通用しないため焦ったのか、馬を狙い始めた。
通常の戦場であれば馬を狙うのは普通のことだが、人馬族や遊牧民は滅多に馬を攻撃しない。勝利した後に戦利品になるためだ。それでも馬を狙うということは相当焦っているのだろう。
すれ違いざまに兄の馬に槍が掠める。馬が怯えるかと思ったが、優秀な戦馬であるカエルム馬は全く恐れることなく、兄の指示に従い続けている。
更に両者はぶつかるように戦うが、人馬族戦士は糸口が見つからないためか、攻撃が単調になっていった。
兄はそれを見逃さなかった。
兄は左手の盾を捨てると、それまで右手で突きを入れるしかなかった攻撃から両手を使った破壊力のある攻撃に切り替えた。
盾を捨てるという行為に人馬族戦士は驚き、僅かな時間だが隙を作ってしまう。
兄の大振りの斬撃は人馬族の上半身を捉えた。不安定な馬上において 鐙(あぶみ) だけで身体を支えながら放った斬撃だが、充分な破壊力を持っていたようだ。人馬族戦士は数歩惰性で走った後、よろめくように転倒する。
見事な勝利だった。
これで九勝十敗になった。この後の大将戦といえるベアトリスが勝利すれば、五分に戻すことができる。