軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十二話「人馬族」

三月三十日。

中部域の草原地帯を順調に進み、予定では今日中に中部域の主要都市ネザートンに到着する。

最初は物珍しかった草原の風景も何日も見続けるとさすがに飽きがくる。

午後に入り、あと二時間ほどでネザートンの街というところで、ベアトリスの馬が止まった。何事かと思っていると、彼女は突然、警告の言葉を発する。

「西の草原から何かが近づいてくるよ!」

その言葉に、全員が西に顔を向ける。

耳をすませて周囲の音を拾っていたリディが焦りを含んだ言葉でそれを補足する。

「数十騎、いえ、百騎近い数の馬よ! 物凄い勢いで走ってくるわ」

父は即座に命令を下す。

「ロッドとシム以外は全員、直ちに下馬! 馬車を守るように展開!」

その命令を実行しようとした時、百メートルほど離れた丘の上に騎馬らしき影が現れた。

その姿は異形だった。

馬の首がなく、そこに人の上半身があったのだ。

「 人馬(ケンタウルス) 族だ!」という誰かの声が聞こえ、従士や自警団員に動揺が走る。

しかし、すぐに父の「命令があるまで絶対に手は出すな!」という命令が発せられ、彼らの動揺はすぐに収まった。

「どういうことだと思う」と兄が俺に聞いてきた。不安げな表情は見えないが、困惑の表情を浮かべている。

問われても「分かりません」と答えることしかできない。

一旦丘の上で止まった人馬族だが、再び駆け始めた。そして、俺たちの前で左右に分かれ、あっという間に包囲されてしまう。

その数はリディの言葉通り、百騎ほど。全員が革鎧と金属製の兜を身に着け、短槍を持っている。更に背中には丸盾、馬の胴体部分には短弓と矢筒があった。

この状況に戸惑っている。

事前の情報では人馬族は帝国に恭順しており、基本的には人族と交渉を持つことがないし、彼らとトラブルになっているという話も聞いていない。

それ以前に彼らが姿を見せることすら稀で、今回も人馬族の姿を見ることなく草原地帯を抜けると思っていた。

その彼らが初めて草原地帯に入った俺たちの前に現れる理由が思い付かない。

「私は帝国貴族、マサイアス・ロックハート子爵だ! 貴公らはなぜ武器を構えて我らを取り囲むのか!」

父の言葉に兜に羽根飾りを付けた戦士が前に出てきた。顔は兜の陰になり分かりにくいが、古強者の貫禄を持つ一騎だ。

「儂はソレル族の 長(おさ) 、ピサールだ! 帝国一の猛者、ロックハートの勇者に挑戦すべく、この場に参った! 我らと手合わせを願いたい!」

張りのある声で父と同世代か少し上くらいの男性の声だった。

「私は無用な戦いは好まぬ! まして多くの兵で取り囲み、強要するような非礼な者と手合わせする気はない!」

剛毅な父はこんな状況でも要求を拒否するだけでなく、相手の非礼を嗜めた。

短気な相手なら戦闘の合図にもなりかねないと危ぶみ、どの魔法が有効かと一瞬考えてしまったほどだ。

父の言葉にピサールと名乗った人馬族が軽く槍を振った。すると、取り囲んでいた人馬族が一斉に戻っていく。その動きは一糸乱れぬもので、精鋭であることがそれだけで理解できるほど見事な動きだ。

「非礼は詫びる。これでどうだ! 我らと手合わせしてくれぬか!」

この行動に父も困惑の表情を浮かべる。

「どうすべきだと思う? 手合わせしなければ引きそうにないが」

俺も父と同意見だが、この場で手合わせをするのもどうかと思う。我々は訓練用の木剣や槍を持っているが、向こうは模擬戦に使えそうな木槍を持っておらず、やるとなれば真剣勝負となる。

「私が交渉してもいいですか」と断ると、父は「任せる」と頷く。

「私はマサイアスの次男、ザカライアスです!」

俺の登場にピサールを始め、人馬族の戦士たちがざわつく。明らかに若造であり、交渉相手として不足と思ったのだろう。

それでもここで話をやめるつもりはない。向こうから何か言われる前に言うべきことを言ってしまうつもりだ。

「手合わせといっても同じ帝国に仕える身。模擬戦なら我らに否はありませんが、命を落とす殺し合いまでするつもりはありません。ネザートンの街で守備隊の訓練場を借り、そこで手合わせすることでどうでしょうか」

相手は騎兵であり、こちらは基本的には歩兵であるため圧倒的に不利だが、この提案なら少なくとも死者が出ることはないだろう。

しかし、人馬族からの返事は否定的なものだった。

「帝国との約定により特別な理由がない限り、我らは人族の町には入れぬ。申し訳ないが、この場での手合わせを頼みたい」

約定があるというのは想定外だった。

「約定については知りませんでした。しかし、そちらは訓練用の槍を持っていない様子。改めて出直してはくれないでしょうか」

「訓練用の槍があればよいのだな。ならば……」と言って後ろの人馬族に合図を送る。

その人馬族は十人ほどの仲間と共に木槍を高々と掲げる。

「これならば文句はあるまい」

用意周到なことに木槍を用意していた。これ以上は難しいと父に目配せを送る。

父は諦め顔で頷くと、一歩前に出る。

「手合わせの件、了解した! だが、この場は天下の往来。他の旅人の迷惑になる。近くに適当な場所があれば移動したい」

その言葉にピサールは「さすがは剛の者と名高いロックハートだ!」と豪快に褒めた後、自分たちがやってきた方を槍で示し、

「この丘の先であれば問題なかろう。では、参るぞ!」

そう言って踵を返す。

「大丈夫なの? 罠があるとか……」と母が聞いてきた。

「それはないと思います。我々を殲滅するつもりなら、あの戦力で奇襲を掛ければよかったのですから。それにピサールという族長からは威厳を感じました。我々とは異なる価値観で動いているのでしょうが、裏切るような真似はしないと思います。何となくですけど」

言っている俺自身、自信はない。

母に代わり、父がそれに答える。

「そうだな。私もそれは感じたよ。だが、なぜこうなったのだ……」

この展開に頭を痛めているようだ。しかし、すぐに頭を切り替え、

「少し早いが夕方の訓練だと思って、いつも通りやればいい! 滅多にできない対騎兵戦の訓練ができるのだ。この機会を有効に使うように!」

従士たちが不安にならないようにいつも以上に声を張っている。

母が乗る馬車も含め、草原の中に入っていく。多少デコボコはあるが、ゆっくり進む分には問題はない。

丘の反対側は緩やかな下り坂の草原が広がっていた。見える範囲に人工物はなく、ここなら一万人でも問題なく訓練ができるだろう。

「ピサール殿、どのように手合わせをやるのだろうか」と父が尋ねると、

「こちらから五名出す。そちらからも同じ数だけ出してくれればよい」

そう答えると、一人の戦士が「人族や獣人族なら何人でも構わんぞ」と口を挟んできた。

「控えよ! リーヴァ! 貴様には戦士の誇りがないのか!」

リーヴァと呼ばれた男は謝罪するでもなく、踵を返して後ろに下がる。

「失礼した。この方法でいかがか」

父は相手が話の分かる人物であると知り、安堵の表情を浮かべて頷いた。しかし、すぐに「こちらから提案させてもらってもよいだろうか」と言った。

「どのようなことかな」

「五名だけでなく、我が家臣たちとも模擬戦をやっていただきたい。このような機会は滅多にないので有効に使わせてもらいたいのだ」

ピサールは父の言葉が理解できなかったのか一瞬呆けたが、すぐに大声で笑い出す。

「ハハハ! さすがはロックハートだ! 噂以上だな! まさか人数を増やせと言ってくるとは思わなかったわ! ハハハ!」

後ろにいる人馬族も族長の豪快な笑いに釣られて笑っている。

「よかろう。我らもそちらの人数に合わせよう。弓使いもおるようだが、弓の勝負もやってもよいぞ」

ピサールは完全にやる気になっている。

その後、模擬戦のやり方について協議を行った。

「……致命傷となる攻撃を受けたら自ら負けを認め武器を捨てる。判断は各々に任せる。気を失えばその時点で負けだ。勝者は敗者に対し無用な追撃は行わない。ケガをした場合は我が家の治癒師が治療する……」

やり方はロックハート流だが、ソレル族の模擬戦も同じような形であり、異論なく協議は終わった。

(しかし、何で手合わせしなくちゃならないんだ? まあ、人馬族は戦闘民族らしいから強い相手がいると知ってきたのかもしれないが……どこから情報が入ったんだ? 遊牧民としか交流しないという話だったんだが……)

そんなことを考えている間に父とピサールの協議は終わっていた。

今の時間は午後一時過ぎだが、あまり長時間掛けるとネザートンへの到着が遅れてしまう。ネザートンの街は午後八時まで門を開けているそうだが、暗い夜道を進むことは避けたい。

「時間を掛けないように何人かまとめてやった方がよいと思います」と父に進言する。

「そうだな。私から提案してみよう」と言って了承する。

「今日中にネザートンの街に入りたい。すまないが数人ずつやらせてくれないか」

「いいだろう。だが、そちらで一番の腕の者と、我が戦士長との戦いだけは皆に見せたい……」

父と兄が決めたメンバーだが、父、兄、俺とベアトリス、メル、シム、ダン、そして従士四人と自警団員四人、計十五人だった。

父たちはロザリーたちや弟たちのレベルが低いことから参加させないとしたが、セオとセラが「僕たちも戦いたいです!」と言って猛反発した。

父は説得を試みたが、セオとセラの意思は堅く、更にロザリーたちもやる気を見せたことから「騎兵の恐ろしさを知るのもよかろう」と言って渋々認めた。

リディと従士の弓術士マーク、自警団員の弓術士フレディは弓の腕で競うことになった。更にシャロンも魔術師として弓術士部門に参加する。

ロックハート家側の剣術士、槍術士がベアトリス、兄、メル、俺というようにレベル順に並んでいく。

兄、シム、ロザリーは騎乗での戦闘を行うつもりのようで、愛馬の手綱を握っていた。

「我が方の一番の戦士はベアトリスだ。次にロドリック、メリッサ、ザカライアス……」

レベル順にメンバーを紹介していく。

ベアトリスが一歩前に出ると、人馬族は「虎人族か……」と驚くが、メルを見ても女性であるという理由で馬鹿にする者はいなかった。

理由はすぐに分かった。

人馬族から選抜された戦士の中に女性が含まれていたのだ。遊牧民もそうだが、この辺りの女性は戦士としても優秀で、並みの兵士以上の戦力らしい。

俺の相手は相手のナンバーフォーだ。

他の人馬族より頭一つ分以上大きく、馬体は大型馬ほどあった。背中の高さ、つまり体高だけでも二メートルほどで俺の身長より高く、頭の高さは三メートルほどでギロリという感じで見下ろしている。

他の戦士と同じように馬体の部分を含め、あめ色の革鎧に身を包み、シンプルな兜を被っている。

三メートル近い槍を右手に持っている。

オーガやトロルと戦っているため、大きいだけで困惑するようなことはない。また、威圧感は半端なものではないが、アンデッドの王ヴラドの威圧感を知っているので、凄いなと感心する程度で萎縮することもなかった。

俺以外のメンバーも同じように「近くで見ると意外とでかいな」と言っているだけで、いつもと大して変わりはなかった。

ピサールが「我らから勝った分だけ馬をやろう」と言って、後ろにいるカエルム馬を槍で示した。

ただ、その顔は自信に満ちており、一勝もさせずに完封するつもりのようだ。

「では、我が家からも商品を出そう。ザック、例のボトルは何本ある?」

「クリスタルのものが二十本はあったはずですが……」

人馬族からは「我らの馬とたかが酒では釣り合わぬ」と不平が漏れるが、ピサールが睨むとすぐに静かになった。

「よろしい。それを見せてやってくれ」と言ってニヤリと笑った。

父はクリスタルガラスのボトルを見せて驚かせようと思ったようだ。

俺も“たかが酒”という言葉に少しカチンときたので馬車に取りにいく振りをして 収納魔法(インベントリ) から最も美しいカットを入れたボトルを取り出す。ちなみに中身は八年物のブランデーだ。

「これが我がロックハート領の名産品、蒸留酒です」と言って高々とボトルを掲げる。

透明度と屈折率が高いクリスタルガラスに人馬族は言葉を失っていた。

「これでも“たかが酒”と言われるかな」と父が止めを刺す。

「ハハハ! さすがは剛の者と名高いロックハートだ! 宝石で作った壺を出してくるとは思わなかったぞ。皆の者、彼の者らは我らによい褒美を用意してくれた! その意気に応えねばソレル氏族の名折れぞ!」

人馬族の戦士たちは一斉に槍を掲げ、「「オウ!!」」と叫んでそれに応える。

逆効果になった気がするが、これまでのやり取りを見る限り、本当に俺たちと戦いたいだけのようだ。

ロックハート家の剣術士十五人、槍術士五人、弓術士三人と魔術師一人の計二十四人。模擬戦に出ないのは母と末の妹のソフィア、ルナの三人だけだ。

父は完全にやる気になっており、「どれほど勝てると思うか」と兄に問いかけ、兄も笑顔で答えている。

「ベアトリスさんとザックは堅いでしょうけど、半数は無理でしょうね。私も自信はありません……」

父たちだけでなく、メルも楽しそうにセオたちと話しているし、従士たちも緊張しているが、どう戦えばいいか相談している。

ケガをすることや相手と会ったばかりということを忘れているようだ。

どうも、うちの連中も人馬族に負けない脳筋ばかりらしい。