軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十一話「帝国中部域へ」

三月六日。

俺たちロックハート家は濃い時間を過ごした帝国南部域から、帝国中部域に向けて出発する。

昨夜は鍛冶師たちとの宴会を楽しんだが、今は全員が表情を引き締めている。この先、見知らぬ土地に入るためだ。

見知らぬ土地といっても危険が待っているというわけではない。

ここから中部域の入口であるフォスデールの街までは中央街道を通ることになるため、治安はいいし、難所と呼ばれる場所もない。

しかし、今回のように何が起きるか分からないため、父は昨日のうちに気を引き締めるよう訓示していた。

「世話になった!」と父が片手を上げると、ドワーフたちは「いつでも大歓迎じゃ! ジーク・スコッチ!」と言って応えてくれる。

ドワーフたちの見送りを受けながら出発し、巨大な橋を渡って中央街道を進む。

街道に出ると、右手側には巨大なテスタ山地が壁のように聳え、その頂は雪で白く輝いていた。

中央街道は田園地帯を貫いており、路傍では芽吹いたばかりの草が春の訪れを教えてくれる。

三日目までは帝国軍の輜重隊を追い抜きながらだったが、四日目以降は輜重隊の姿を見ることもなくなった。

ロックハート家にも荷馬車はあるが、スコッチの樽が減っており、村への土産や式典で使った衣装などを積んでいるものの、重量的にはほぼ空という状態だ。

実際には皇室を始め、各公爵家などからもらった祝いの品があるのだが、絵画やタペストリー、彫刻などの美術品が多く、運搬時に損傷しないよう俺の 収納魔法(インベントリ) にしまってある。

それもあって空に近い状態の荷馬車になっており、通常より速度を上げることができている。

また、他の貴族の一行なら、馬車に乗る夫人たちが音を上げて難しかったかもしれないが、俺の改造した馬車は揺れも小さく多少スピードを上げても乗っている母や妹が不快になるわけではない。それもスピードを上げることができた理由の一つだ。

ただ、帝国軍自体は減ったものの、軍を相手に商売をするつもりの商人が多く、荷馬車の数はいつも以上だということだった。

三月十八日の午後三時頃。

エザリントンから西に延びる中央街道を順調に進み、約四百キロメートル離れたフォスデールの街に到着した。

途中で大雨が降り、二日間足止めを食らったものの、予定通りの一日平均三十キロの速度で移動したことになる。

フォスデールの街も城塞都市だが、標準的な城塞都市とは規模が違う。

標準的な城塞都市は一辺が一キロ、高さ十メートルの城壁に囲まれ、堀は作られていない。

しかし、ここは一辺が三キロの城壁と幅十メートルほどの堀に囲まれている。また、城壁にはいくつもの塔が聳え、その威容を見せ付けていた。

フォスデールがこれほど堅固な城塞都市であるのには理由がある。

ここは中部域との境界に当たり、フォスデールの西にあるフォス河を越えると、広大な草原地帯になる。

つまりここフォスデールは、帝国拡大期に騎馬民族である遊牧民や 人馬(ケンタウルス) 族と死闘を繰り返した土地なのだ。

エザリントンが帝都の最後の砦なら、ここは最前線の砦に当たる。

現在では遊牧民も人馬族も帝国に恭順し、千人程度のフォスデール連隊と呼ばれる守備隊が治安維持に当たっているだけで平和そのものという土地らしい。

フォスデールの巨大な城門をくぐると、帝国様式の町並みが広がっていた。しかし、暮らす人々の姿は帝国南部とは大きく異なっている。

彼らは独特な文化を持つ中部域の装束、ターバンのように頭に布を巻き、青や赤のカラフルな大きめの服にベストという出で立ちで、街並みとのギャップに戸惑うほどだ。

更に街には帝都辺りとは明らかに違う香辛料の香りが漂い、それも異国情緒を掻きたててくれる。

「凄いですね。テレビで見たモンゴルとかの遊牧民の町みたいです」

一緒に馬に乗るルナが感想を漏らす。

「そうだな。昨日までの町とはまるで別の国だ。北部とも全く違うし、本当に驚きだよ」

ルナの乗馬の腕はこの半月ほどで上がり、平坦なところなら一人で乗れるほどになっていた。ただ、中央街道は交通量が多いため、不測の事態に備えて一緒に乗っている。

宿に入ると父はシムを引き連れ、城に表敬訪問に向かった。この町は皇帝直轄領であるため、領主はおらず代官が派遣されている。

ちなみにここには鍛冶師ギルドの支部はなく、ドワーフにあいさつにいく必要はない。

俺たちは宿に馬を預けると、訓練のため、そのまま守備隊の駐屯地に向かった。

宿から駐屯地までは一キロメートルほどあるため、のんびりと歩いていくが、物珍しいのか、兄嫁ロザリー以外の全員がキョロキョロと周りを見ながら歩いている。ロザリーは北部のウェルバーンから帝都に行ったことがあり、我々の中では唯一、ここを訪れたことがある。

大通りには屋台が多く出されており、この辺りに生息する魔物の肉も売られていた。

ドワーフ・フェスティバルで出された 大角牛(グレートホーン) や全長五メートルに達しようかというトカゲの魔物、 鎧トカゲ(アーマードリザード) などで、串焼きや肉の塊だけでなく、生きたままの魔物まで檻に入れられている。

「人馬族が狩った魔物肉だよ! 滅多に食べられない貴重なものだ! どうだい、そこの兄さんたち!」

串焼きを売っている露店の親父が俺たちに声を掛けてくる。明らかに旅行者と分かるからだろう。

「行くところがあるんだ。あとで寄せてもらうよ」と適当に返し、大通りを進んでいく。

守備隊の駐屯地は町の北西にあり、まだ多くの兵士が訓練に励んでいた。

兄が代表となって守備隊の指揮官と交渉し、練兵場の一画を借りて訓練を開始する。

ここではルナも一緒に訓練を行う。

帝都を出る前くらいから参加させているが、もちろんロックハート流の激しいものではない。

彼女自身、体力がないことを自覚しているため、訓練を望んでいた。

今の彼女は圧倒的に体力が足りないため、基礎体力を付けるための運動としてストレッチやランニングなどをさせている。この旅の間にある程度体力を付け、村に戻ってから本格的に訓練を始めるつもりだ。

三十分ほどで父も合流し、母を除くロックハート家全員で訓練に励んでいく。

ここでも珍しいのか、すぐに人だかりができる。しかし、俺たちの噂を知っているからか、絡んでくる者はいなかった。

宿に戻る途中、行きと同じ道を通ったが、ボロボロになっている俺たちを見て、屋台の親父も声が掛けることができなかったようだ。

宿に戻って装備の手入れを行い、地元の料理を楽しむ。これは俺がオーダーしたためだ。

フォスデールで一番のいい宿であるため、本来なら帝都付近と同じような料理が食べられるのだが、それでは旅の醍醐味がないとみんなを説得した。

ヨーグルトや羊肉などがふんだんに使われており、従士や自警団員たちは微妙な顔をしながら食べていた。

リディも「私の口にはあまり合わない感じね」といい、メルも「もう少し臭みを消してあった方がいい気がします」と不評だ。

ベアトリスも鼻をひくつかせながら「香りが強すぎるね」と言っているし、シャロンと弟たちは「スパイスが利きすぎて……辛いです」と言ってハフハフとしている。

そんな中、ルナだけは時々微妙な顔をしながらも割と普通に食べていた。仲のいいセラは「よく食べれるわね」と驚いていたほどだ。

あとで話を聞くと、

「エスニック料理は結構好きでしたから。といってもファミレスのものしか食べたことはないですけど」

と笑顔で教えてくれた。

翌三月十九日。

フォスデールの西門を出てフォス河を渡る。この河は幅二百メートル、深さ百メートルはある断崖絶壁の深い渓谷となっており、天然の障壁として騎馬民族の侵攻を防いでいた。

河には美しいアーチ橋が架けられており、二千年前の土属性魔術師の能力の高さに感心する。

橋の西側には検問所を兼ねる出城があり、ここから先が中部域だ。

出城の城門を抜けると、緩やかな起伏の草原が広がっていた。

まだ、青々としたというには少し薄いが、芽吹いた草の翡翠色と冬を越してやや脱色した緑色が絨毯のように見える。

「草原地帯というだけのことはある……」と俺が感歎の言葉を漏らすと、ルナも「凄いですね。馬を走らせたら楽しそうです」と振り返りながら、俺を見上げている。

中央街道はその草原地帯を貫いているが、ここにも帝国の土木技術の凄さが現れている。

帝国の主要街道は“ 石作成(ストーンクリエイト) ”という土属性魔法で舗装されている。そのため、コンクリートで舗装された道路のような見た目だが、二千年以上経った今でもほとんど補修の必要がないほどきれいな状態だ。

ティリア魔術学院でラスペード教授に教えてもらったのだが、単純な石作成の魔法ではなく、金属性魔法の“ 硬化(ハードニング) ”と組み合わせているらしい。

教授の研究では石の中に硬化の魔法の魔法陣を描き、定期的に魔力を供給することで効果を継続させているらしい。魔力の供給は帝国軍の魔法兵が行っているが、一箇所だけ見るなら十年に一度で充分だということだ。

この技術だが、今ではほとんど失われており、教授のような研究者が使える程度で、帝国軍では使える者はほとんどいないらしい。

雑草一つ生えていない街道が緑の絨毯を貫いていく風景は、近代化された地球の草原を 髣髴(ほうふつ) とさせる。

その街道を一路北西に進んでいった。

草原地帯でも魔物や盗賊に襲われることなく、順調だった。

この辺りの治安は遊牧民である騎馬民族と人馬族が担っている。

特に人馬族は狩猟民族でもあり、食料調達のために魔物を狩る。また、自らの縄張りを守るという意味で侵入してきた余所者を排除しているため、盗賊が現れることも稀らしい。

そのため、はぐれの弱い魔物が現れる程度で、護衛がいなくても安全に移動できると言われているほどだ。

ただ一点だけ不便な点はフォスデールとネザートンの間に宿場町が少ないことだ。

この間は約三百五十キロメートルの距離があるが、宿場町と言えるのは三つしかない。一日三十キロ進むとすると、三日に一度しか宿に泊まれず、他の日は野宿になるということだ。

その野宿だが、一応野営用に水場のある場所が設定されている。本来なら宿場町ができるのだが、遊牧民たちの権益を守るという帝国政府の方針により、最低限必要な町しか作れないことになっているのだ。

その町も防壁がある帝国様式の城塞都市ではなく、簡単な木の柵があるだけの小さな町らしい。

野営地では遊牧民たちが待っていた。彼らは食料や燃料、特産品を売るだけでなく、宿泊用のテントや毛布などの貸出しも行っている。

テントといってもアメリカ先住民の使っていたような多角錐の簡易なものだ。

この状況に弟たちは興奮気味だ。

彼らは野営を伴う森への偵察に加わったことがないため、今回が初めての野営となる。分かりやすく言うと林間学校での体験学習にいく小学生のような感じだ。二十一世紀の子供も同じかはしらないが。

セオ、セラ、ソフィアの三人は「ザック兄様、テントってどうやって立てるんですか?」とか、「焚き火で料理ってお祭みたい!」という感じで絶えずはしゃいでいる。

ルナも俺の近くに来て、「キャンプに行った時を思い出します。懐かしいです」と言って料理を作る母たちを手伝いに行こうとした。しかし、何か思い出したのか、急に立ち止まった。

「ちょっとだけ別の物を作っていいですか?」と言い、鍋を貸してほしいと頼んできた。

収納魔法(インベントリ) から鍋を出して渡しながら、「何を作るつもりなんだ?」と聞くと、「内緒です。上手くいったら教えます」と言ってニコリと笑い、母たちのところに行ってしまった。

馬の世話や野営の準備を終え、料理ができる頃には空は藍色に染まっており、キャンプファイアのオレンジ色の光だけが野営地を照らすようになる。

遊牧民たちのいるエリアからも肉の脂が焼けるいい香りがし始める。少人数のグループはそこで串に刺さった肉を買い、更に壷に入った酒も買っていた。

準備中にどんな酒が売っているのか見にいったが、馬乳酒ではなく、普通のビールやワインだった。

遊牧民の一人に話を聞いてみたら、一応馬乳酒はあるらしいが、自分たちだけで消費する程度しかないという話だった。

興味があったので分けてくれないかと頼んでみたが、部族にとって特別なものであり部外者には分けられないと断られてしまった。

ちなみにビールは町に行った時に小樽で買ってきた物だそうで、町の三倍くらいの値段で売っていた。意外に商売上手というか強かだと感心する。

ロックハート家の焚き火からもいい匂いが漂っている。

大鍋で作った簡単なシチューと串焼きの肉、俺のインベントリに入っているパンが夕食だ。

酒もインベントリに入っているが、父の方針で野営中は禁酒としている。これは安全な街道とはいえ、行軍中という扱いであるためだ。本当は神々の敵を警戒しての措置だが、従士たちに言える話ではないため、そう伝えているに過ぎない。

シチューを食べようと大鍋に近づくと、ルナに渡した鍋が横に吊るしてあった。中にはジャガイモ、にんじん、たまねぎと牛肉で、僅かに魚の出汁のような香りと甘さを感じる。

「肉じゃがを作ってみたんです。といってもモドキですけど」とルナが笑いながら器に盛ってくれた。

「肉じゃがか……しょうゆがないのによく作れたな」と俺が感心すると、

「魚醤で代用してみました。ちょっと臭みが強くてイメージとは違うんですけど」

「だから、モドキか……」と言ってジャガイモを口に運ぶ。

彼女の言う通り、魚醤が多すぎて塩分が強く、発酵した魚の匂いが強い。しかし、砂糖でしっかりと甘みがつけられており、更に白ワインも使っているのか思った以上に臭みは少なかった。

「こいつは美味いな! 短時間で作った割にはよくできているよ。また作ってくれるとうれしいな」

俺の言葉にルナははにかみながら、「はい」と言って頷く。

「こいつは何なんだい」とベアトリスが興味津々といった感じで近づいてきた。

「牛肉とジャガイモを使った煮込みだ。味付けはちょっと甘辛い感じかな」

「あたしにも少しもらえないか」とルナに言うと、彼女はすぐに頷いて器に盛る。

ベアトリスは魚醤の香りに一瞬顔を顰めるが、ジャガイモを口に放り込む。

「こいつはいいね。最初は 発酵させたイワシ(アンチョビ) みたいな匂いがしたが、甘さとしょっぱさがいい感じだよ」

ベアトリスの言葉にリディ、メル、シャロンも寄ってくる。

三人も美味いといい、ルナは照れながら「ありがとうございます」と言って微笑んでいた。