軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十話「エザリントン再訪」

三月五日。

帝都を出発した俺たちは、無事エザリントン市に到着した。

今回は父と兄がエザリントン城を表敬訪問するだけで宿泊する予定はない。そのため、俺たちは以前ランチを食べたレストランが入っているホテルに宿泊する。

本来ならもっと安い宿でもよいのだが、子爵家の当主が安宿に泊まるのは帝国貴族としての品位を落とすということで、少なくとも帝都に近い南部域ではやめた方がよいと言われたためだ。

交易都市として賑わうエザリントン市だが、いつも以上に慌しい。駐留している第四軍団が四日後の三月九日にここを発つためだろう。

第四軍団は本日帝都を出発した第二軍団の半数とともに西部のラークヒルに向かうが、騎兵が主体の三万の兵が移動するため、補給も大掛りなものになる。

輜重隊まで一緒に行動すると街道に負担が掛かる。そのため馬の飼料などの嵩張る物資を先に運ぶことになったようで、輜重隊の一部が先行していた。

また、大量の物資が動くということで商人たちが多く訪れていることも、街が活気付いている理由の一つだろう。

多くの荷馬車が行きかう慌しい街を横目にホテルに向かう。

ホテルがある地区は商業地区であり、ここもいつもより馬車は多いようだが、元々大手の商会などが店を構えるところであり、落ち着いた雰囲気は変わっていない。

馬を預けると、父たちが城から戻るまで部屋で待つことになる。

「ここまでも大変だったけど、この先は大丈夫なの?」とリディが聞いてきた。

「そうだな。ここから中部域の街ネザートンまでは同じルートだが、俺たちの方が先行するから大丈夫だと思うな」

ここエザリントンから中部域の中心都市ネザートンまでは約七百五十キロメートル。平坦な道が続くことと、スコッチの樽が減り荷馬車が軽くなっていることから、一日辺り三十キロ以上進むつもりでいる。

一方の帝国軍の進軍速度は歩兵を伴うことから一日辺り二十五キロ程度。先行している輜重隊もその速度に合わせるから、数日で輜重隊も追い越すことになるはずだ。

そんな話をしていると、父たちが戻ってきた。

「どうでしたか?」と俺が聞くと、父は「予定通りだ」と言い、兄が「レドナップ伯にも会えなかったよ」と苦笑する。

一介の子爵が元老のエザリントン公に会うことは考えられないが、家宰であるアドルフ・レドナップ伯爵が応対することはそれほどおかしなことではない。しかし、伯爵は第四軍団の軍団長代理として出征の準備に忙しいということで、面会できなかったのだ。

これは父が言う通り予定通りだった。

エザリントン公爵家とロックハート家が疎遠になっているということを示すために予め調整してあった。

ただ、理由もなく貴族の儀礼に反するようなことは不自然であるため、誰もが納得する理由でそれを演出したのだ。

もし、ロックハート家を重要視するなら、出征準備が忙しくともエザリントン公本人が出迎えてもおかしくはない。しかし、今回は家宰のレドナップ伯までもが会うことを拒否している。

これを知った貴族たちはエザリントン公がロックハート家に対し、興味を失ったと思うはずだ。

唯一の懸念は中立派が手を引いたことで皇太子派、レオポルド皇子派が再び接触を行ってくることだが、今のところ過剰な接触はなく、帝都から更に離れれば問題は起きないと思っている。

夕方になり、鍛冶師ギルドに向かう。もちろん宴会のためだ。

もっとも今回は宴会以外にも用事があった。

それはエザリントン支部のラスモア村行きの話だ。

第四軍団が出征すれば、鍛冶師たちの仕事は大きく減る。傭兵や冒険者がいるにはいるが、エザリントン支部の主要な相手は帝国軍だからだ。

そのため、この機会に主要な親方クラスの研修を終えてしまおうというのだ。但し、この研修、すなわち 熟練者(エキスパート) コースの講師は俺であり、俺が村にいないと話にならない。つまり、ロックハート家が村に戻った後ということになる。

今日はその調整も行うことになっていた。

ギルドの建物に入ると、いつも通り集まっていたドワーフたちに熱烈に歓迎される。

「よく来た! ジーク・スコッチ!」という声がホールに響く。

父たちは集会室に向かうが、俺はリディとシャロンと共に支部長室で今後の協議を行う。

シャロンは俺の秘書代わりだが、リディは一緒にいたいからといってついてきた。

支部長のイヴァン・ケンプと主要な親方十名が俺を出迎える。

「よく来てくれた。帝都はどうじゃ?」と聞いてきた。噂は伝わっているのだろうが、ロックハート家の今後が気になるのだろう。

「まあ、何とかなったよ。ロックハート家はこれまで通りだ。ギュンターから聞いていると思うが、シーウェルだけじゃなく、フィーロビッシャーにも支部を作ることになった。すまないが、協力してやってほしい」

「無論じゃ。しかし、新しい酒ができるという話は本当なのか? いや、お前がいうならそうなんじゃろうが……」

唐突に新しい酒ができるという話が舞い込み、理解が追い付いていないようだ。

「心配はいらない。少し甘い香りの蒸留酒ができるだけだ。熟成させなくても充分に美味いものになると思うよ」

「そうか、それは楽しみじゃな」

そんな話をした後、本題に入る。

「第四軍団は三月九日にここを出発する。早くても秋までは戻ってこぬだろう。既に総本部には連絡を入れておる。まだ承認の通知は来ておらぬが、さほど揉めるとは思っておらん。あとはお前の予定だけじゃな」

あまりの手回しのよさに苦笑が漏れそうになるが、彼らにとって聖地ラスモア村へ行けるかどうかの瀬戸際だから当然なのだろう。

「俺の予定だが、この後ウェルバーンに行って、それからフォルティス経由で村に戻る。そろそろアルスで蒸留所の建設が始まるはずだから、六月の初旬の試運転に立ち会うことになるだろう。そうなると村には六月の半ばに到着できれば早いほうだな」

アルスの職人たちの修行期間が今年の八月で終わる。

今回はラスモア村以外で初めて蒸留を行うため、第一人者であるスコットが直々に試運転から本格操業まで立会うことになっていた。蒸留所は四月から建設が始まり、蒸留器の設置は六月頃になる。そのため、タイミングが合えば俺も立ち会うことになるはずだ。

「そうか、アルスではもうそこまで……儂らもがんばらねばの」とイヴァンたちが気合を入れる。

「あくまで予定だからな。七月に入ってから来てくれる方が確実だろう。そっちの予定はどんな感じなんだ?」

「儂らもそのつもりじゃ。五月中旬にこっちを出て六月末にはラスモア村に到着する。この時期なら山道でも問題は起きんじゃろうから、予定通り着けるはずじゃ」

既に概略の計画はできていたようだ。

「だとすると、七月末まで講習を行って、こっちには九月初旬に戻るという感じか……それなら問題はなさそうだな」

第四軍団がいつ戻ってくるかということだけが問題だが、その点は楽観している。

ルークス聖王国との戦場に近いラークヒルの街までは千二百キロメートル以上ある。トラブルもなく順調に行軍できたとしても片道五十日程度は最低掛かるから、往復で三ヶ月以上、常識的には四ヶ月というところだ。

更にラークヒルから敵国に侵攻するから、それだけで二ヶ月ほどは掛かる。つまり最短で五ヶ月だが、兵士の疲労を考えれば軍団自体が戻ってくるのは半年以上先だ。

その後、武具を作る相手の選定などの話になったが、そのことで頭を悩ませていると相談を受ける。

「この街の傭兵も冒険者も大した腕の者はおらん。第四軍団が出征しておるとなると作る相手がおらんのじゃ。どうにかならんか」

熟練者コースでは魔法を付与した剣や防具を作成する。その際、対象となる人物に合った物を作ることになるのだが、腕のいい傭兵や冒険者がおらず作る相手がいないというのだ。

これは帝国南部域、特に帝都からエザリントン周辺は帝国軍が治安を守っているため、魔物も盗賊も少ないためだ。

「ウルリッヒにも言っているが、これは俺の方でどうこうする話じゃない。各支部が決める話だ」

鍛冶師ギルドの匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーに、武具を作る相手は各支部が選ぶという通達を出してもらっている。これは無制限にしておくと、ロックハート家に贈る者が続出するからだ。既にうちには国宝級といえる武具がゴロゴロしている。これ以上、魔法剣やミスリルの防具が集まれば、ただのやっかみだけではすまなくなる。

「それは分かっておるんじゃが……知恵を貸してくれんか……」

そう言って頭を下げる。横にいる親方たちも一緒に頭を下げており、困惑する。

「そう言われてもだな……」というしかない。

「あの……」と言ってシャロンが発言を求めた。

俺が頷くと、彼女も頷き返し、イヴァンたちに話し始める。

「腕がよい人を探せばいいわけですよね。それなら武術大会を開いてはどうでしょうか?」

「武術大会じゃと……何となく分かるんじゃが、もう少し詳しく教えてくれんか」

「はい。武術大会と言ってもロックハート家の模擬戦のようなものと思っていただければよいかと思います。武器こそ木でできたものを使いますが真剣勝負で勝敗を決めるのです。武具を作る相手を決めるためですので、剣術士、槍術士という感じで分けて勝敗を決めたらどうでしょうか?」

シャロンの言葉に「それは面白い!」とイヴァンたちが乗り気になる。

「しかしじゃ、儂らにはそんなことをやったことがない。人を集めるだけでも、どうすればよいか見当もつかん」

「鍛冶師ギルドだけではなく、傭兵ギルドと冒険者ギルドにも協力を仰いではいかがでしょうか? イヴァンさんたちが作る武具を手に入れられると言って宣伝すればすぐに人は集まると思いますよ」

彼女の言うことにも一理ある。

イヴァンたちの腕はアルスの親方連中に匹敵する。その彼らが帝国では滅多に手に入らないアダマンタイトやミスリルを使って武具を作るのだ。この機会を逃したくないという傭兵や冒険者は多いだろう。

しかし懸念もある。

数十万クローナ、数億円相当の武具がただで手に入るとなれば、不正を行うものが出てこないとも限らない。祖父くらいの経験があれば見抜くことはできるだろうが、普通の騎士や傭兵に見抜くことは難しい。まして鍛冶師に不正を見抜けるとは思えない。

そのことを指摘すると、

「ラスモア村で開催すればよいのではないですか? 先代様やウォルトさんなら手を抜けばすぐに見抜かれると思います。それにラスモア村に行かなくてはいけないんですから、行きたくない人は手を挙げないでしょうし」

「それはそうだが……」と反論しようとしたが、「それがよい!」とイヴァンたちが先に賛同してしまった。

「祭にもできるし、ちょうどよいの。今年のドワーフ・フェスティバルは中止となったから好都合じゃ!」

やはりそうなるかと思うが、シャロンには別の考えがありそうに見えた。

「村でやるなら父の許可がいる。それに祭をやるなら、総本部が絡まないと後で揉めるぞ」

彼女の考えが思いつかないため、時間稼ぎのために釘を刺しておく。しかし、父は今日中に説得されそうだし、総本部は間違いなく乗ってくる。

「マットは今から説得する。総本部は否とは言わぬ。これで決まりじゃ! ジーク・スコッチ!」

「「祭じゃ! ジーク・スコッチ!」」

予想通り、ドワーフたちはもう決まったとばかりに立ち上がってジョッキを掲げる。

「ちょっと待ってくれ。父に確認してくる」と言って大急ぎで支部長室を退出する。そして、そのまま、集会室で歓待を受けている父の下に向かい、一旦外に連れ出して事情を説明する。

「……というわけなのですが、どうしますか?」

父はそれまでの笑顔から困惑の表情に変え、

「どうすると言われてもな……村でやらねばならんのか? 父上でなくともフォルティスやペリクリトルなら不正を見抜ける者がおるはずだが」

「実力的には問題ないのと思いますが、公正さという点では疑義が出る可能性があります。その点、おじい様なら誰からも文句はでないでしょう」

「確かにそうなのだが……シャロン、お前の考えを聞かせてくれんか」

そこで真面目な表情で見守っていたシャロンが話し始める。

「公正な試合であれば、新たに従士になった人たちもドワーフの武具を持てます。それに武具がほしい実力者は常に村に集まります。もし、その時駄目でも、村で次の機会を待てばと思う人も出てくるはずです。優秀な人が村にいてくれたら、それだけでも戦力の底上げができるのではないでしょうか。今回の陞爵でキルナレックと三つの村にも戦力を分散しなくてはならなくなりました。少しでも補強できる策を採るべきだと思います」

シャロンは真剣な表情で父に訴える。

「つまり戦力の補強のために武術大会を行うと……その理由であるなら開催は許可できんな」

「どうしてでしょうか?」

「これはあくまで我が家の問題だ。戦力の底上げのためにドワーフたちを利用する気はない」

父はドワーフたちを利用しないと宣言する。

「しかし、鍛冶師方にもメリットはありますし、喜んでもおられます。利用というのには当たらないのではないでしょうか?」

「確かに鍛冶師たちにとって村で祭ができることは願ってもないことなのだろう。だからと言って、それを利用するのは私の考えに合わぬ。ザック、お前の意見も聞かせてくれ」

そう言って俺に視線を向ける。

「私も父上と同じ考えです。村の防衛は重要ですが、ドワーフたちの村への憧れを利用するのは気が引けます。それに一度行えば、この先これが続くことは明らかです。神々の敵がそれに合わせて刺客を送ってくる可能性も考えられます」

俺の言葉にシャロンはがっくりと肩を落とす。彼女なりに帝都での失敗を取り戻そうと考えたのだろう。

「お前が俺のことを考えてくれたことはうれしい。だが、ドワーフの気持ちを利用するような手は俺も父上も認めることはない。それだけは覚えておいてくれ」

そう言って頭を軽く撫でる。

シャロンは「はい」と言って頷くが、やはり少し悔しそうだ。

再び支部長室に戻り、父の考えを少しアレンジして伝える。

「……村でやれば、今回駄目でもラスモア村にいればいつかはよい武器を作ってもらえると考え、他の土地から優秀な傭兵や冒険者がいなくなってしまう。それでは他の土地の民に迷惑を掛けることになる。だから、うちの村で武術大会を行うことは賛成できない」

イヴァンたちはぬか喜びだったと、大きく肩を落とす。

「では、どうすればよいんじゃ」と途方に暮れる。

「帝国内で地道に募集するしかないだろう。帝都支部に頼めば三人や四人は見つかるんじゃないか? それでも駄目ならフォルティスにいって腕のいい傭兵を紹介してもらうという方法もある」

「そうじゃな。これは儂らの問題じゃ……すまんかった」と謝るが、すぐに表情を変え、

「難しい話は終わりじゃ! 宴会に行くぞ!」

そう言ってジョッキを片手に立ち上がった。