軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十一話「宰相の進退」

二月十八日の午前。

フィーロビッシャー領内での蒸留所建設計画と蒸留酒の品質に関する法律の制定について、フィーロビッシャー家の嫡男ジェレマイアに説明した。

何点か質問はあったが、最終的には原案通りで認められ、当主であるアービング・フィーロビッシャー公に説明してくれることになった。

ここまでは予定通りだったのだが、帰ろうとしたところで、スティーヴン・エザリントンと共に相談があると言われ、執務室に残っている。

「父から言われたのだが、近々アレクシス殿に宰相職を譲りたいとな。それだけならいつものことなのだが、今回は具体的な時期まで明かされたのだ……」

帝国宰相の去就は機密事項だ。そんな話を一介の騎士の次男にしないでくれと言いたいが、公爵家の嫡男であり政府の高官が話しているので、口を挟むわけにはいかない。

「父は今年中にアレクシス殿に引き継ぎたいと。当然、第四軍団の凱旋後になるのだが……」

絞り出すような感じで話していく。

「……アレクシス殿が宰相になることは問題ない。いや、私としても大賛成なのだが、その時期が問題なのだ。それほど急いで大丈夫なのかと……」

エザリントン公率いる第四軍団は三月に入る前に、対ルークス戦の前線であるラークヒルに向かう。四月中頃までに皇太子率いる第二軍団と合流し、更に今も前線にいる北部総督府軍と共にルークスに攻め入る。

精鋭である第四軍団を主力とした五万以上の大兵力であることから、夏までには戦闘を終わらせ、凱旋する予定だ。

予定通りいかないのが戦争だが、今回は戦略目的が明確であるため、延びても秋口くらいまでと考えられている。

だから、今年中というフィーロビッシャー公の考えは、時間だけ見れば無理があるわけではない。

問題なのはエザリントン公が戦果を挙げて凱旋するという事実だ。

宰相は文官のトップだ。

その宰相候補が軍との関係が強いと、いらぬ疑いを持たれかねない。疑うというところまでいかなくても、皇太子派、レオポルド皇子派の両方から警戒されることは間違いない。

当然根回しは必要で、そう考えると年内に宰相を引き継ぐというフィーロビッシャー公の考えは性急過ぎるように見える。

「父から次期当主として、この問題をどうにかする方法を考えるように言われたのだ。これはスティーヴン殿にも大きく関係する。だから、一緒に考えてほしい」

確かにエザリントン公爵家の嫡男に大きな影響がある。スティーヴンは現在宰相の秘書官だが、実父が宰相になるなら当然その職を辞する必要がある。それだけではなく、当主に代わり領地の経営を行わなければならない。

もちろん、エザリントン公爵家には家宰であるレドナップ伯を筆頭に優秀な家臣団があるが、決裁者はどうしても必要だ。宰相として多忙な当主の代行者になれるのは後継者である嫡男しかいない。

このようにスティーヴンには大いに関係があるが、俺に関係があるとは思えない。

ロックハート家は北部総督府の配下として陰から支援するものの、中立派とは距離を置くことになっている。また、エザリントン公が宰相になること自体は規定路線であり、その時期が予想よりやや早くなるという程度で、想定していない事態ではない。

「卿は関係ないと思っているようだな」とジェレマイアが言ってきた。

「重要な話ではありますが、私のような身分の者に関係があるとは思えないのですが」

「確かに父の引退とアレクシス殿の宰相就任は既定路線ではある。しかし、それが覆ったらどうなる? 例えばインゴールスロップ公辺りが宰相になれば、卿に大きな影響が出るのではないか?」

インゴールスロップ公は皇太子派の重鎮で、商業ギルドの代弁者と呼ばれている。

(確かに商業ギルドが力を持てば、うちに干渉してくることはありえる……いや、よく考えろ。商業ギルドは北部総督ラズウェル辺境伯に脅しを掛けられて窮地に陥っている。しかし、インゴールスロップ公が宰相になれば、商業ギルドは息を吹き返すことができる。そうなれば、辺境伯家に干渉してくることは間違いない……)

アウレラの商業ギルドがどう行動するかを考えていく。

現在ラズウェル辺境伯が大量に傭兵を雇い、傭兵の需要をことさら逼迫させている。更にアウレラ街道の安全を考慮していないため、街道は完全に麻痺した状態だ。

それらのことが重なり、アウレラの商人たちは大きなダメージを負っている。

海上輸送でもアウレラの商船はルークスの港を利用することを禁じられ、補給や避難ができず収益性が落ちている。その隙を突いてライバルである海洋国家ペリプルスが海上覇権を得ようと暗躍し、成功しつつあった。

このように商業ギルドには現状を変えたいという強い意思がある。

商業ギルドにとっての障害は北部総督と中立派だ。

もし、インゴールスロップ公が宰相になった場合、彼を通じて、対ルークス戦争を沈静化させ、海上封鎖をやめさせる。更に北部総督に命じ、アウレラ街道にはびこる盗賊たちを排除させることは充分に考えられる。

北部総督の配下に戻るロックハート家は武門として名が売れた。商業ギルドの意向を受けたインゴールスロップ公が、ロックハート家に盗賊討伐を命じることは充分にありえる。

更に問題なのは商業ギルドの次期帝都支部長候補ダニー・クラークだ。彼はシャロンに脅され、不本意な行動を強いられた。

シャロンに対し意趣返しをしようと考えているかは分からないが、もし考えているなら、宰相を使って嫌がらせをしてくることは充分にありうる。

そう考えるとエザリントン公が宰相になれないという未来は、ロックハート家と俺個人にとって大きな影響がある。

「おっしゃる通りです」と言って頭を下げた。

ジェレマイアは小さく頷くと、

「アレクシス殿が采配を振るうのであれば勝利は間違いないと考えるが、この点について卿らの意見を聞きたい」

スティーヴンは「私も同じ考えですが、軍事には疎いので確実かと言われると……」と自信なさ気に答える。

ジェレマイアは「私も同じだ」といった後、俺に視線を向ける。

「アレクシス殿が軍事についても卿の高い識見を褒めていた。その卿の意見を聞きたい」

「公爵閣下より詳細を伺っておりませんのでお答えしづらいのですが、今回は戦略目的が明確であると聞いております。恐らく敵軍に一定程度の損害を与えることが目標となっているのではないかと。そうであるならば、帝国軍が敗れる可能性は極めて低いと考えます。唯一の懸念は総大将たる皇太子殿下が口を挟むこと。その点だけに気をつけておけば、第四軍団と北部総督府軍のみでも現在展開している五万程度の敵なら問題なく蹴散らすことができるでしょう」

ルークス聖王国軍はラークヒルから百キロメートルほど南で陣を張っている。その数は農民兵を主体とした五万ほど。

一方の帝国軍は皇太子の第二軍団を除いても、第四軍団と北部総督府軍で約三万五千の大兵力だ。野戦での戦闘力は農民兵を主体とするルークスを大きく凌駕しており、倍の兵力であっても互角以上に戦える。

また、ルークスの指揮官の質は悪く、兵士の食糧などの物資を横領することは充分に考えられる。その場合、充分な補給が受けられず、兵士の能力も通常より落ちているだろう。特に今の時期は真冬であり、野営し続けていることから、いかに温暖な地域とはいえ、その影響は無視できない。

知将と名高いエザリントン公なら、五万程度の敵なら余裕をもって、例え十万であっても問題なく蹴散らせるだろう。

「殿下が口を出すか……それは考えなくてもよいだろう。ラングトン大公閣下やケンドリュー公爵閣下の目がなければ、戦場に出ることなく安全な場所で美姫を侍らせるだけだ。それにアレクシス殿が何も手を打たぬということはなかろう」

確かに切れ者のエザリントン公であれば、自分の采配に口を挟ませないよう手を打つだろう。

「それならば五月中に勝利を得て、七月までには凱旋されると考えても問題はないかと。宰相閣下も商業ギルドに支援をさせるでしょうから、移動もスムーズに行われるはずですので」

「ならば、夏に凱旋という条件でアレクシス殿の宰相就任に向けた策を考えよう。まずは私の考えを聞いてくれ……」

ジェレマイアの考えは皇太子派に対する根回しを綿密に行うということだった。

具体的にはインゴールスロップ公とギャビストン公に対し、商業ギルドの権益で譲歩する代わりにエザリントン公の宰相就任を認めるよう働きかける。

「譲歩できる限界はルークスの港への寄港の容認、アウレラ街道の正常化に向けた軍の派遣までだ。レオポルド皇子派との交渉次第だが、この程度の譲歩は引き出せると思っている」

その話を聞き、疑問を持った。

そもそも今回の派兵はルークス聖王国に対する懲罰だ。その懲罰が完了したのであれば、元の状態に戻すことは当然だと思われてもおかしくはない。

ジェレマイアのいう譲歩の限界は商業ギルド側から見れば、原状回復にすぎない。

「それでは商業ギルドも納得しないのではありませんか?」と言って考えを説明する。

「……確かにそうかもしれんが、これ以上の譲歩はラングトン大公が認めぬ可能性が高い。そうなれば、レオポルド皇子派からも反対の声が上がるだろう」

何となく彼が悩んでいる根本が見えてきた。

今回の戦争での勝利は皇太子とレオポルド皇子の双方の手柄という形で決着する。そのため、彼らを押す派閥の領袖たちはそれを盾に今以上に勢力を拡大し、自分たちが推す者を皇帝の座につけようとする。

一方で次期宰相候補のエザリントン公は武人寄りであり、文官が主体の皇太子派は公爵を支持しない可能性が高い。

エザリントン公が宰相になるためには皇太子派の支持が必要だが、大きな見返りを約束する必要がある。

だからと言って、今回の戦いで武勲を挙げているレオポルド皇子の処遇を無視するわけにはいかない。

冷遇すれば皇子派の支持は得られないためだ。

つまり、皇太子派、皇子派の双方が納得する処遇を提示できなければ、エザリントン公が宰相を継ぐことは難しいのだ。

俺たちは全員が考え込み、沈黙する。

(こういう時にシャロンがいると助かるんだが。情報の整理が上手いからどういう風にアプローチすればいいか考えをまとめやすい。まあ、いない者のことを考えても仕方ないから自分で考えるしかないんだが……)

そんなことが頭によぎるが、それを振り払い、情報を整理していく。

皇太子派は商業ギルドの権益を代表している。商業ギルドはアウレラでの経済活動を今まで通り行いたい。そのためには街道と航路の安全、アウレラ市を含む都市国家連合の安全を第一に考える。

(これじゃ駄目だな。もう少し具体的に考えないと……)

そこで組織を人物に置き換えて考えてみる。

インゴールスロップ公とギャビストン公はいずれも商業ギルドの支援を受けているが、必ずしも一枚岩ではない。

インゴールスロップ公は商業ギルドのうち、本部であるアウレラの影響を受けやすいし、ギャビストン公は帝国内の商人の権益を守ることを優先する。

ここに 間隙(ギャップ) があるのではないか。

インゴールスロップ公とギャビストン公を離間させる。完全に袂を分かつ必要はないが、少なくとも間隙を作ることに成功すればエザリントン公の宰相就任を認めさせることができるのではないか。

そこまで考えたところで、一つの案が浮かぶ。

しかし、目の前の二人に話してもいいのか判断がつかない。

フィーロビッシャー公とエザリントン公の嫡男であり、俺たちに敵対する勢力でないことは確かだ。その点はいいのだが、この先も味方であり続けるのか、信用し続けられるのかの判断がつかないのだ。

話は少し変わるが、優秀な指導者の後継者はそれ以上のことをやろうとして無理をしやすい。

ジェレマイアは元老であるフィーロビッシャー家の当主となる。当主としてのアービング・フィーロビッシャーの評価は定かではないが、偉大な父親の影が常に付きまとう。

今までの話を聞く限り、慎重で理性的な性格で、定められた計画を実行する能力は高そうだ。しかし、それだけでは安心できない。

スティーヴンの方は更に深刻だ。

既に名将としての名声を持ち、更に宰相になる父親に対し、何も成していない二十歳の若者が跡を引き継ぐのだ。

実際にはエザリントン公がコントロールするのだろうが、スティーヴンの受ける重圧は財務次官としての実績があるジェレマイアの比ではないだろう。

それ以上に心配なのは、会って間もない俺にこのような重大な話をしたことだ。

確かにエザリントン公からは過大とも言えるほどの評価を受けているが、全くの部外者である俺に軽々しく重大な話をすることに疑問を持つ。余裕のなさの成せる業だと思うが、それでも自らの腹心と相談すべき事項だろう。

いずれにせよ、二人が無茶をしないという保証がない。

そんな人物に世界最強の国家の将来を決め兼ねない謀略を話していいのかという不安が付きまとう。

「ここで結論を出す必要はないのではありませんか?」と俺が言うと、二人もゆっくりと顔を上げ、

「そうだな。少なくともアレクシス殿が出発するまで半月ほどある。それまでに情報を集めてからまた話し合おう」

俺とスティーヴンは頷くが、俺は一つだけ確認したいと思い、口を開く。

「このことはエザリントン公爵閣下にお話してもよろしいでしょうか?」

ジェレマイアがエザリントン公と懇意であり、既に相談していると考えたので質問したのだが、「うむ」というだけで明確な答えが返ってこない。

「アレクシス殿に話すことは構わんよ。私がこの後に話すつもりでいるからな。ただ、父に話がいくことは避けた方がよいだろう。恐らく彼にも話していないはずだから」

ジェレマイアの執務室を後にした。

歩きながら今後の方針について考えていく。

■■■

スティーヴン殿とザカライアスが去った後、私は安堵の息を吐きだした。

父から宰相の地位をアレクシス殿に、そしてフィーロビッシャー家の家督を私に譲ると聞かされ、どうすべきか焦った。

私は父やアレクシス殿とは違い平凡な男にすぎない。

財務官僚として計画通りに進めることなら多少はできる。しかし、それだけだ。

だから、私が考えても大した案が出てくるはずがない。

ならば、天才と呼ばれる者に考えさせればよいと思いついた。

ちょうどフィーロビッシャー領に蒸留所を作る話で、ザカライアスが面会に来ると聞き、彼に考えさせることにしたのだ。

スティーヴン殿には悪いが、彼はおまけのようなものだ。ザカライアス一人を残すと不自然すぎるため、エザリントン公爵家の嫡男に残ってもらったにすぎない。

この策は成功だった。

想像だが、最後に彼は何かを思いついていた。私はそう確信している。ただ、私とスティーヴン殿を信用しきれず、時をおくべきと提案したのだろう。

その証拠にアレクシス殿に相談してよいかと確認している。用心深い彼のことだ、腹案をアレクシス殿に話し、確認を取るつもりなのだろう。

そしてその後に父の下に行くはずだ。

一応釘を刺しておいたが、対ルークス戦の後始末について宿題を出されていたと聞いているから、それにかこつけて父の考えを確認し、自らの考えを披露するのではないか。

私のような凡才には彼がどのようなことを思いついたか全く想像できない。極悪非道な悪辣な手か、それとも相手の心理を突くような緻密な手か……いずれにしても、奇想天外な突拍子もない手であることは間違いないだろう。

彼の考えを採用するかは分からないが、少なくとも父とアレクシス殿がそれを基に最善の手を打つはずだ。

私はそれを見ていればいい。

父は呆れるかもしれないが、凡才の私が考えるより遥かにいい結果になるのだから。

しかし、それが成功しても来年には私が公爵位を引き継ぎ、元老として帝国の政治を動かさなくてはならないことに変わりはない。

そのことを考えると憂鬱になる。

腹を括る時と分かっているが、平凡なだけの私にはその程度の胆力すらない。

そう考えると、ザカライアスはまさしく天才なのだろう。

あの父にすら意見できる胆力、先を見通す洞察力、気難しいドワーフたちを 虜(とりこ) にする魅力……私から見たら遥かな高みにいるアレクシス殿ですら、脱帽したと言っているほどなのだ。

可能であれば、彼を配下に取り込もうと考えたが、それは無理だとすぐに分かった。

なぜなら、私に彼を使いこなすだけの能力がない。仮にフィーロビッシャー家に仕官してくれたとしても、宝の持ち腐れになるだけだろう。

ただ叶うなら、我が嫡男と友誼を結んでほしいものだ。まだ若い息子なら、彼から何かを得ることができるかもしれない。スティーヴン殿が何かを得たように。

スティーヴン殿と久しぶりに話し、彼が一皮剥けたと感じた。

新たな仕事に燃えるミューアヘッドらと語り合ったことも理由の一つだろうが、ザカライアスの影響が大きいと睨んでいる。

彼はアレクシス殿、クレメント殿にもよい影響を与えている。更に言えば、我が父にも。

そこまで考えて、私も何か得られるのではないかと思い始めた。それが何かは分からないが。