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作品タイトル不明

第七十話「フィーロビッシャー公爵領蒸留所建設計画」

二月十八日。

陞爵の式典まで二日に迫り、父と母は準備に忙しい。

酒とグラスを皇室に献上したり、儀典局の文官と共にリハーサルを行ったりと、毎日皇宮に行っている。

献上品を持っていった時、グラスの美しさに対して皇帝から直接賞賛の言葉をもらったらしく、父は非常に喜んでいた。

また、主要な従士たちの騎士への叙任についても申請を行っている。

この申請が非常に面倒で、宰相府の人事局に申請するだけではなく、儀典局に家名や紋章を申請しなくてはならない。

それだけではなく、領地などの扱いについて財務卿と内務卿の承認を得る必要があり、ラドフォード子爵の手を借りた父と兄が三日掛りで手続きを終えている。

ちなみに家名と紋章の確認が一番面倒だったらしい。

「家名であれほど調べられるとは思わなかったよ。綴りがどうとかで、ヴァッセルの最後のエルは一つなのか二つなのかとか、マーロンの最後にイーは付くのか付かないのかとか……それを一々昔の人名録から調べて問題ないことを確認するんだからね。本当に参ったよ……」

普段は滅多に不平を漏らさない兄が珍しく愚痴を零していた。

綴りについて細かく調べるのは、相続問題にならないようにするためらしい。過去に没落した貴族の名を付け、それを理由に領地の所有権を請求することがあったそうで、何十冊もある人名録を全部確認するのだそうだ。

家紋も割りと面倒だったようだ。

同じような紋章になることは問題ないらしいのだが、似たような紋章がある場合、爵位によっては事前に承認がいるらしい。

イメージとしては、公爵家の紋章を騎士が使うことを考えると分かりやすい。

エザリントン公爵家の紋章は白地に鷲と飛竜だが、同じ意匠を勝手に新興貴族が使うことはまずできない。もちろん、エザリントン家と関係がある騎士爵なら一部を流用することは可能で、そう言ったチェックをする必要があるのだ。

ちなみにロックハート家の紋章である“剣を持つ立ち上がった獅子”は、ラズウェル家の紋章である“剣を咥えた飛竜”の剣の部分をもらっている。

今回、騎士に叙されるヴァッセル家、ガーランド家、マーロン家、ジェークス家、シードルフ家には、それぞれ槍を持つ獅子、剣と盾を持つ獅子、弓を持つ獅子、弓と剣を持つ獅子、地面に刺さった両手剣を持つ獅子と、すべてロックハート家の紋章をアレンジしたものだ。

主家の紋章に問題がなければ、その紋章を与えても問題ないとされるのだが、それでも似たような意匠で問題になることはないか、厳しくチェックするらしい。

その努力の甲斐もあって、何とか叙任の許可を得ており、父たちも肩の荷が一つ下りたと安堵していた。

フィーロビッシャー家の蒸留所建設についてだが、レナルド・ミューアヘッド、ウンベルト・レンフィールド、モンタギュー・アンダーウッドの三人に加え、スティーヴン・エザリントンが精力的に計画を練ったことから、計画案はほぼ完成した。

その計画の中に、カウム王国で施行された蒸留酒の品質に関する法律を参考にした法案があった。ドワーフたちに認めてもらうための方策としては中々よく考えていると感心している。

法案に関しては俺も相談を受けており、少しだけ助言をしている。

基本部分は同じだが、長期熟成部分を酒の種類とグレードによって変えるということにし、熟成なしの蒸留酒の出荷も可能なようにしたのだ。

但し、逆に長期熟成部分については、非常に厳格にし、三年以上熟成させて初めて“スコッチ”、“ブランデー”、“カルバ ト(・) ス――蒸留職人カルバートの名を取ったアップルブランデー――”と名乗れること、複数の樽の酒をブレンドする場合の年数の数え方――最も熟成期間の短い年数にする――など、細かな点を変えている。

この法案を宰相フィーロビッシャー公に上申し内諾を得た後、元老院に提案、審議後、皇帝の裁可を受ける予定だが、宰相への上申と内諾は彼らに任せることになった。

これは彼らからの提案だった。

「これは私たちでやるべきことだ。ここまで卿に任せては、ドワーフたちは認めてくれん。それに今後の運用は宰相府の役人が行うのだ。それ以前にカウムの官僚にできて我らにできぬというのでは帝国の文官としての矜持に関わる」

最初は線が細いと思っていたスティーヴンが力強くそう言ったことに、思わず目を見開いてしまったほどだ。

この法案だが、元老であるフィーロビッシャー家とエザリントン家が共同で提案する予定だ。

エザリントン家はスティーヴンが確認し、当主であるアレクシス・エザリントン公の了解を得ているが、フィーロビッシャー家は当主が宰相ということで確認できていない。

そのため、フィーロビッシャー家の嫡男ジェレマイアに説明し、承認を得ることになっている。

この話には俺も同行する。

ジェレマイア・フィーロビッシャーは今年三十八歳、現在は財務次官として帝国の財政に関わっている。

当主と嫡男がいずれも帝国政府の中枢にいていいのかと思わないでもないが、エザリントン公の評価でもジェレマイアは優秀な財務官僚らしく、彼がいないと帝国の財政に影響が出るといっているほどだった。

午前十時頃、宰相府にある彼の執務室に向かう。

フィーロビッシャー家の三人とは宰相府に入る前に合流し、スティーヴンとは執務室の前で合流する。

ジェレマイアの執務室は父親と同じく飾りっけのない能率重視の部屋だった。

俺たち五人が入っていくと、執務机で書類を見ていたジェレマイアが立ち上がった。

「よく来てくれた」と明るく迎え入れてくれた。

父親である宰相とは全く違う反応に一瞬戸惑うが、父と子が同じような性格になるとは限らないと思い直す。

俺以外は既に面識があるため、あいさつを行う。

「マサイアス・ロックハートの次男、ザカライアスと申します」

宮廷儀礼に則り、片膝をついて深々と頭を下げる。

「ジェレマイア・フィーロビッシャーだ。卿の噂はいろいろなところから聞いている。特にアレクシス殿から。堅苦しいことは私も嫌いだ。アレクシス殿に対するように気楽に話してくれないか」

俺としてはエザリントン公に気楽に話しているつもりはないが、それを口にするわけにはいかない。小さく頭を下げると、ジェレマイアは「違うと言いたいようだな」と笑う。

「いえ、はい…」というあいまいな答えしかできない。

「あのアレクシス殿に酒のことでは意見しているそうではないか。あれほど楽しげに話す彼を見たのは久しぶりだったよ」

「公爵閣下に対して非礼を働いているつもりはありませんでしたが、今後は態度を改めるよう努めます」

そこでジェレマイアは大きく破顔し、

「いや、私のせいで態度を変えられると、アレクシス殿から何を言われるか分からん。スティーヴン殿、君からも父上によく言っておいてくれたまえ。ザカライアスを嗜めたわけではないと」

「はい。そのように父に伝えます」

スティーヴンは父親の友人でも緊張しているのか、やや表情が硬い。

(普段はあまり会っていないのか? 父親と懇意だという話だし、宰相の秘書なら財務次官と話す機会は多いと思うんだが? もしかしたら、今日の雰囲気がいつもと違うのか? 宰相の息子ならその程度の腹芸はやりかねないが……)

このジェレマイアという人物だが、事前に情報収集を行ったが、有益な情報がほとんど集まらなかった。

エザリントン公爵家で噂を聞けば、公爵と懇意の優秀な政治家という話しか聞こえず、ラドフォード子爵に聞いても宰相ほど冷徹ではないが、帝国政府になくてはならない人物という話しか聞けない。ひととなりについて聞いても、「常に冷静で感情を外に出さない方だな」としか聞けなかった。

フィーロビッシャー家の三人にも聞いているが、ほとんど領地に戻らず、領地のことで話をしたことはないということだった。また、彼らの役職では財務次官という上位者に会うことがなく、実態はよく分からないということだった。

一つだけ分かったことは政策の実行能力が高く、大きなミスをしたことがないということだ。

「父からも聞いている。フィーロビッシャー領で蒸留所を造る計画があるということだな。で、私に相談とはどのようなことなのだ? 領内のことであれば、当主である父に相談すべきことだが」

ジェレマイアの言葉にリーダー格のレナルドが答える。

「フィーロビッシャー領内での蒸留所建設の件だけであれば、その通りでございます。しかしながら、今回は元老院において、蒸留酒に関する法律の制定をエザリントン公爵家との共同提案という形を考えております。そのため、まずはお世継ぎであるジェレマイア様にこの方針で問題ないか確認していただき、その上で御館様に上申することを考えております」

考えてあった言葉を正確に話していく。

更に蒸留所建設と法案について説明し、ジェレマイアの反応を待つ。

「蒸留所の建設だが、この計画であれば我が家の財政に影響を与えぬし、恒常的な利益を生むよい計画だと思う。気になるのは法案の方だ。これが本当に必要なのか? 元老院に上げるという事案ではないと思うのだが」

ウンベルトが答える。

「新たな法律の制定、施行となりますので、皇帝陛下のご裁可が必要となります。ですので、元老院でご審議いただき、奏上するという形が望ましいと考えました」

「確かにそうだが……法案自体に問題があるとは思わない。ただ、根回しはどうするのだ? エザリントン家とフィーロビッシャー家が共同で鍛冶師ギルドが興味を持つ法案を提案する。そうなれば、中立派が鍛冶師ギルドの権益のために動いているように見えるが……そのようなことを父が認めるとは思えぬのだ」

政権内部にいるだけのことがあり、正式な手続きより、事前の調整の必要性を指摘してきた。

それに対し、スティーヴンが一歩前に出て説明する。

「根回しについては、私が行うつもりです。ラングトン大公閣下もインゴールスロップ公爵閣下も今後の蒸留所建設で鍛冶師たちの協力を得なければなりませんので、その点を強調して説明し、協力いただくようお願いするつもりです」

「スティーヴン殿が……ならば、この点はよいな」

そう言った後、俺に視線を向ける。

「もう一点確認したいのだが、鍛冶師ギルドはフィーロビッシャー家に力を貸してくれるのだろうか? アレクシス殿はどのような手を使ったのか教えてくれぬが、エザリントン支部の協力を取り付けている。クレメント殿は先日帝都支部に赴き、自ら協力を依頼したと聞く。更に言えば、ラズウェル辺境伯家もヒューバート殿が宴席で意気投合したと聞いた。我が家も鍛冶師ギルドに直接赴いて協力を仰ぐ必要はないだろうか」

既に情報を手に入れているらしく、鍛冶師たちを説得するのに直接話をしないといけないと考えているようだ。

俺に視線を向けているが、今日の主役は俺以外だ。

「その点は我々が何とかいたします。蒸留所の建設のためにドワーフの顔色を窺わなければならないというのは悪しき慣習となりかねませんので」

レナルドが力強く宣言する。

彼の言っていることは正しい。

蒸留所の建設をしたければ、公爵や総督といった者ですら鍛冶師ギルドに直接行き、酒を汲み交わさなければならないというのはおかしな話だ。

為政者が職人に敬意を持つことは間違いでもないし、そうあるべきだが、それとは次元の違う話だ。

蒸留所を作りたかったら、誰であろうと直接ドワーフに頭を下げなければならないと、世間が思う恐れがある。もちろんドワーフたちがそんなことを望むことはありえないが、そう見えてしまうことが問題なのだ。

特にフィーロビッシャー公はドワーフたちが宰相である自分に脅しを掛けてきたと言っている。本心ではそう思っていないだろうが、増長しているように見える行為は極力避けるべきだ。

「しかし、それでも不安が残るのだが……」

そこで俺が話に加わった。

「ミューアヘッド様たちが誠心誠意説明されれば、彼らは必ず分かってくれます。ドワーフとはそういう種族ですので、ご心配は無用です」

俺の言葉に安堵したのか、「卿が言うのであれば確かなのだろう」と頷いた。

「では、先ほどの計画について問題ないと認める。但し、充分な根回しと準備を行うという条件でだ。父には私から計画の骨子を伝えておく」

レナルドらは歓喜の表情を浮かべてから頭を大きく下げる。

用件が終わったので退出しようとしたが、止められた。

「スティーヴン殿とザカライアスには今しばらく時間をもらいたいのだが」

特に予定もないので了承すると、

「父のことで相談があるのだ。これはアレクシス殿にも話しておらぬ極秘事項だ」

何となく嫌な予感がした。

「私のような身分の者が聞いてよい話とは思えません」と言って辞去しようとした。

「いや、ぜひとも卿には聞いてもらいたい。というより、卿にも関係あることなのだ」

仕方なく、席に着くが、とんでもない話が飛び出てきた。