軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十二話「戦略」

二月十八日。

フィーロビッシャー家の蒸留所建設計画について、フィーロビッシャー公爵家の嫡男、ジェレマイアに説明にいった。

主に説明を行ったのはレナルド・ミューアヘッド、ウンベルト・レンフィールド、モンタギュー・アンダーウッドの三人で、彼らを紹介してくれたスティーヴン・エザリントンも同行していた。

説明を終え、公爵家の嫡男の承認をもらったが、その後、スティーヴンと共に、宰相アービング・フィーロビッシャー公の引退の話を聞かされる。

それも今年中にということで、後継者であるエザリントン公に順調に引き継げるか微妙な時期だ。

正直なところ、ドロドロとした宮廷の政治に関わりたくなかったが、次期宰相がエザリントン公ではなく、インゴールスロップ公になった場合の影響を考え、関わるしかなかった。

ただ、ジェレマイアとスティーヴンを信用しきれないため、回答を保留したが、一応の方策は考えてある。

俺の考えたプランは商業ギルドの本部と帝都支部の間隙を突くというものだ。

本部はアウレラ市を中心とした都市国家連合の利益を念頭に考えるが、帝都プリムスの商人はアウレラ商人をライバル視している。

実際、その関係は敵対と言えるほどで、呉越同舟という言葉を思い浮かべるほど仲が悪い。商業ギルドという組織でまとまっているのは、単に帝国という共通の敵がいるからにすぎないのだ。

そして、皇太子派の二人の重鎮はそれぞれアウレラとプリムスの商人の力を背景にしている。インゴールスロップ公は現支部長であるウィルス・スペンサーと、ギャビストン公は次期支部長候補筆頭であるダニー・クラークと関係が深い。

スペンサーは貿易商であり、アウレラの商人と敵対関係にあるものの、現状では本部の意向と軌を一にしている。つまり、対ルークス戦争を早期に終結させ、航路を回復し、海上交易を元に戻したい。

一方のクラークは服飾関係の商売を手広くやっており、材料の手配から輸送、販売と帝国内で完結する。このため、アウレラの商人が参入してくることを警戒しているほどだ。

シャロンが調べた範囲では彼と同じようにアウレラを警戒する商人は多く、次期支部長の座は間違いないと言われているらしい。

そこで俺が考えた策はクラークを通じてギャビストン公にエザリントン公を支持させるというものだ。

クラーク自身はエザリントン公の政策に賛成でも反対でもなく、自らの商売が上手くいくのならこだわりはない。どちらかと言えば、軍服の需要が増えるエザリントン公を支持しやすい。

逆にスペンサーは軍寄りと見られているエザリントン公を警戒しているはずだ。

そこでクラークを焚きつけ、ギャビストン公にエザリントン公が皇太子を支持すると思い込ませれば、勝機は見える。

問題はエザリントン公が皇太子を支持するという話をギャビストン公が信じるかという点だ。

ギャビストン公も愚か者ではなく、エザリントン公を充分に警戒している。そのため、皇太子支持の話が出たとしても、エザリントン公の謀略の可能性を考え、動かないことは充分に考えられる。

この点が最も難しいところだ。

宰相府を出て、シーウェル侯爵の屋敷に戻る。

父たちはあいさつ回りにいっているが、リディたちは屋敷に残っていた。午後から商業地区に繰り出す予定だったためだ。

そして、フィーロビッシャー公の引退と、エザリントン公の宰相就任の話をする。

本来は極秘事項であり、家族にも話すべきではないが、ザックセクステットの面々に隠し事をしたくないし、意見も聞きたい。

但し、父や兄たちに話すつもりはなかった。

これは父たちが権力者と会話をする機会が多く、何かの拍子にそんな話にならないとも限らないためだ。その場合、正直な彼らでは誤魔化しきれないだろう。

「……というわけで、面倒な話を聞いた。俺としては商業ギルド帝都支部の支部長を使って上手く持っていきたいと思っている」

リディたちは話の大きさに言葉が出てこない。

ただ一人、シャロンだけは何か言いたそうにしているが、前回の暴走のこともあり、話していいものか悩んでいるようだ。

「言いたいことがあるなら言ってほしい。これは俺たち全員に関わる可能性のある話だ」

シャロンは小さく頷いた。

「スペンサー氏やクラーク氏を使うことはいいのですが、エザリントン公爵様に事前に了解を得ておくべきだと思います」

「俺もそう思うが、先にシャロンの考えを聞かせてくれないか」

「はい」と頷き、全員に向けて説明を始める。

「宰相様もエザリントン公爵様も何らかの方法はお考えだと思います。ですが、お二人とも商業ギルドを使うような方法は採られないはずです。貴族社会の中の力関係で、何とかされようとされるのではないでしょうか。その場合、商業ギルド側で予想していない動きがあると、その作戦を邪魔することにもなりかねません」

「互いに足を引っ張ることにもなりかねないということか」

「はい。ザック様がお考えになられた理由は何でしょうか?」

「俺の考えも似たようなものだ。エザリントン公がギャビストン公の支持を必要としているのか自信がないんだ。もしかしたら、レオポルド皇子を推し、皇太子派と全面対決することを考えているかもしれないしな」

可能性は低いが、ないとは言い切れない。

「難しくてよく分からないんだけど、次の皇帝に誰がなるかという話はどうなるの? それで変わると思うんだけど」

リディが質問してきた。

「確かにそうなんだが、不確定要素が多すぎて分からないんだ。特に中立派は何を考えているか……何となくだが、第三の選択肢を狙っている気がするんだ」

「第三の選択肢ですか?」とメルが聞いてきた。

「皇太子でもなく、レオポルド皇子でもない、別の皇子だ。二人以外の皇子は十代半ばより下ばかりだ。それでも十年経てば二十代半ばになる。問題が多い二人から無理に選ぶより、いい方法かもしれない。もっとも時間が掛けられるのならという条件は付くが」

現皇帝ジークフリード二十一世には妾腹の子を含め、二十人以上の子供がいる。そのうち、二十歳を超えている男子は皇太子ジギスムントとレオポルドしかいないが、十五歳くらいの皇子が三人いる。

そのうち、最も候補となりそうなのが、直系である皇子、十五歳のジュリアスだ。

そして、もう一人候補となりうる皇子がいる。侯爵家から嫁いでいる第二皇妃の皇子、十六歳のパーシバルだ。

帝都に着いてから情報を集めたが、いずれも大した情報は集まらなかった。

ジュリアスは現在高等学術院の一年生、パーシバルは二年生だ。

ジュリアスの同級生であるプリムローズに聞いても、可もなく不可もなくというところらしい。

「ジュリアス殿下は最近講義にはあまり顔を出しておられませんね。初等科の時は明るい方という印象でしたけど……」

パーシバルについてもローレンシアたちに聞いているが、皇子という地位の割には目立たないらしい。

いずれも悪い噂はなく、逆にいい噂もない。

これは帝国の政治形態からみれば悪くない。

帝国は専制政治といいながらも、元老院による寡頭政治だ。皇帝は元老院の決定を承認するだけで、実際に政策に関わることはない。

つまり、可もなく不可もなく、私生活で大きな失敗をすることなく、元老院の考えを承認してくれる存在が一番望ましいのだ。

その後、六人で今後の策を協議していく。

出てきた案は悪辣とも言えるものだが、エザリントン公はともかく、宰相には魅力的に映るだろう。

午後三時頃、再び宰相府に赴き、エザリントン公に面会を申し込む。

騎士の次男が申し込んでも却下されることは分かっているので、「ジェレマイア・フィーロビッシャー財務次官から話は通っているはず」と言って強引に面会を実現させる。

午後四時頃に時間が空いた公爵との面会が叶った。

人払いをした上で、ジェレマイアから聞いた話と現状について説明する。

「宰相閣下が今年中に公爵閣下に宰相職を譲りたいと漏らされたと伺いました」

公爵は無表情で黙って頷き、話すよう促す。既にジェレマイアから聞いていたようだ。

ジェレマイアから聞いた話を可能な限り正確に話した後、俺たちが考えたことを説明していく。

「……このような重大事に、私のような身分の者が首を突っ込むことは帝国の秩序を乱す行為であると理解しております。しかしながら、今回の件は我がロックハート家に重大な影響を与える可能性があります」

「確かにロックハート家に多大な影響が出るな。それだけではなく、北部域、そして都市国家連合にも……宰相閣下はなぜそれほど急ぐのか。卿の考えは?」

「実際に急いでおられるのか、それともジェレマイア様を試されたのかは定かではございません。情報が少なすぎて正確性を欠くと思いますが、考えられることはございます」

「それを聞かせてくれ」

俺は「はい」と頷き、説明を始める。

「宰相閣下はお世継ぎをジュリアス殿下かパーシバル殿下にとお考えではないのでしょうか。そして、その後ろ盾に閣下をお考えになっておられるのでは……」

公爵の反応を見るが、はっきりと分かる反応はない。意外そうな感じもなければ、肯定するような素振りもなかった。

何らかの反応を見てから話したかったが、仕方なくそのまま話を続けていく。

「……閣下が文官たちを掌握するために少しでも早い方がよいとお考えになられたのではないかと。特にルークスとの戦争に目途がつき、更に陛下の健康問題もない今が好機とお考えになられても不思議ではありません」

「タイミングとしてはありうるな……で、卿が考えた策を教えてくれないか」

「閣下が皇太子殿下を支持しているように見せる策でございます。そのために商業ギルドの帝都支部を動かします。まず、次期支部長候補のダニー・クラーク氏を通じてギャビストン公爵閣下にある提案を行ないます」

「その提案とは?」

「商業ギルドを使い、ルークス聖王国の聖将を前線に引きずり出し、閣下が討ち取るように仕組むのです……」

ルークスの聖将とは聖騎士団の団長、すなわち教団で最高位の将のことだ。

光神教の組織は教団最高責任者である総大司教がトップで、その下に枢機卿以下の聖職者が連なる。

聖騎士団だが、一応は世俗である聖王の配下ではあるものの、光神教の組織にも組み込まれている。“聖将”は“枢機卿”と同じ階梯の聖職者でもあるのだ。

本来なら教団の聖職者は軍を指揮することができないのだが、聖騎士は聖王の家臣でもあるため、軍の指揮を執ることが可能だ。

重要なことは聖将が高位の聖職者であり、ルークスでは聖王、総大司教に次ぐ重要人物だということだ。

それほどの地位の者をエザリントン公が討ち取れば、功績としては充分だ。更に皇太子が指揮する懲罰軍が討ち取ることになるから、皇太子の功績にもなる。

ギャビストン公としては皇太子の評価を上げるだけでなく、次期宰相候補であるエザリントン公にも恩を売れることになる。後はエザリントン公がギャビストン公に皇太子支持を臭わせれば、ギャビストン公が乗ってくる可能性は高い。

「目的は分からんでもないが、いくつか問題がある」と公爵が言ってきた。

「一つ目は商業ギルドがその策に乗るかという点だ」

この問いは予想していたものだ。

「商業ギルドは教団に煮え湯を飲まされています。教団の力を削ぐ策であり、懲罰戦争の終結が早まりますから、必ず乗ってきます。アウレラの本部が乗ってこなければ、帝都支部だけでもよいのです。スペンサー支部長もクラーク氏もこの提案は魅力的に映るでしょう」

「うむ……だが、懸念がある。工作を行うとして、果たして聖将本人が前線に出てくるかという点だ」

この質問も想定の範囲内だ。

「教団の誰に話を持っていくかにもよるかと思いますが、不手際が続いている教団にとって、皇太子殿下を討ち取る機会があると聞けば、魅力を感じることは間違いないでしょう。そうなれば、組織される軍は十万人規模になるでしょうから、その指揮官になりうるのは聖騎士団では聖将しかありえません」

聖騎士団の組織は聖将をトップに連隊長である軍将、大隊長と続くが、軍将では二万人規模の軍の指揮権すら与えられないらしい。そのため、出てくるとすれば聖将しかありえない。

敵軍の規模が大きくなるが、その点は全く気にしていない。公爵も、そして俺も。

五万が十万になったところで、教団が口を出してくるなら勝率は間違いなく上がるからだ。

「不確定な要素は商業ギルドの力量というわけか。まあ、工作が失敗しても、今回の目的から言えば影響はないということだな」

「その通りです。閣下とギャビストン公爵閣下が内々に手を握ったという“事実”が重要なのですから、結果は関係ありません」

「三つ目の問題というか疑問だが、なぜギャビストン公なのかという点だ。インゴールスロップ公でもよいのではないか?」

この問いは公爵自身、分かって言っている気がする。俺を試しているのだろう。

「ギャビストン公爵閣下は外務卿であり、ルークスの情勢にもお詳しいはずです。そのため、財務卿であるインゴールスロップ公爵閣下より、この策に乗られるのではないかと」

「それだけではあるまい」

「はい。ギャビストン公爵閣下に近いクラーク氏はルークスがどうなろうが気にする必要がありません。一方、インゴールスロップ公爵閣下に近いスペンサー氏は事情が異なります。ルークスが一方的に敗北した場合、ルークスの港を利用する商人は戦闘の終結後に聖王国政府から多大な融資というか、金を要求される可能性があるからです。貿易商であるスペンサー氏は大敗北の要因となる聖将の登場を望まないでしょう」

そこまで答えるが、公爵は黙って俺を見ている。その目はまだ理由があるのだろうと言っていた。

俺は仕方なく、本当の理由を話すことにした。

「皇太子殿下が至高の座につかれた場合を考え、一枚岩とならないようにインゴールスロップ公爵閣下とギャビストン公爵閣下の間に楔を打ち込むためです。こうしておけば、不測の事態が起き、早期に皇太子殿下が皇帝陛下になられた場合でも、閣下が宰相として動きやすくなるはずです」

皇太子が皇帝になった場合を考えると、エザリントン公に代わり、インゴールスロップ公が宰相になる可能性が高い。しかし、ギャビストン公との協力関係を築いておけば、エザリントン公が更迭される可能性は低くなる。

そこまで説明したところで公爵は表情を緩めた。

「ジェレマイア殿も人を使うのが上手いな。卿を使って宰相閣下からの難題を解決させようとするのだから」

その言葉でジェレマイアが何を考えていたのかに気づいた。

確かに彼に踊らされたといわれても反論できない。

「この件は私と宰相閣下で何とかする。卿が動く必要はない。ジェレマイア殿にも私からそう言っておく」

やれと言われたらどうしようかと思っていたので、素直に頷く。

「その方が私としても助かります。これ以上政治に首を突っ込みたくありませんので」

「そうだな。卿には蒸留所建設という崇高な仕事があるのだ。そちらに専念してもらった方が私にも“酒神”の加護がありそうだ。ハハハ!」

この世界に明確な酒神はいないが、そのうち新たな神が生まれそうだと関係ないことを思ってしまった。