作品タイトル不明
第六十七話「公爵家での宴:後篇」
エザリントン公爵家での晩餐会は和やかに進んでいた。
途中で公爵が選んだワインの話になるなど、上級貴族の晩餐会とは思えないほど政治絡みの話がない。
「こういう晩餐会なら出てもいいわね」とリディが呟いているほどだ。
出発前は最後まで行きたくないと言っていたのにも関わらず、美食と美酒、更には気を使うような雰囲気が皆無だからだろう。
そして、メインディッシュが出てきた。給仕たちが各テーブルに料理を配膳していく。
更に大ぶりのワイングラスが並べられていく。
「今日のメインはシーウェル侯爵家から贈られた赤ワインだ。まだ私も味を見ておらぬので、どれほどのものかは分からぬが、クレメント殿が“シーウェルの宝”といい、ラドフォードが“至高”と言い切ったワインだ。料理はラドフォードとザカライアスの意見を聞き用意させた」
そこでシーウェル侯爵が立ち上がり、説明を始めた。
「料理とワインが揃うまで簡単に説明させていただきます。本日のワインは我が領内のムーラン村のワインをザカライアスの魔法により熟成させたもの。私自身、このワインを口にした時、ビロードのような滑らかさ、そして、芳醇な黒ブドウの香りに圧倒されました。我が腹心、イグネイシャスも自分の舌が信じられぬと言ったほどです。まさにシーウェルの宝、至高のワインというべきと自負しております……」
出席者たちは大袈裟だと思い、若干呆れている。
「……私の言葉が信じられない方も一度味わえばお分かりになるはず」
そう言って座った。
出てきた料理は子羊のローストだ。香草と塩を練り込んだ骨付きバラ肉をオーブンでじっくりと焼いたもので、美しいロゼ色の肉に濃い紫色の赤ワインのソースが添えられている。
「それでは味わおうではないか!」という公爵の言葉で一斉にグラスが持ち上げられる。
今回用意したグラスは俺が作ったボルドータイプのグラスで、シーウェル家に贈ったものだ。それを今日の晩餐会に使うということでエザリントン公爵家に貸した形だ。
今回の出席者は九十人ほど。シーウェル家には百脚ほど贈っているが、皇室に贈る分を含めると、二百以上作っている。
世話になっているエザリントン家に贈らなかったのは、元々今回のようなことになると思っていなかったことと、余分に作る時間的な余裕がなかったためだ。
グラスに口をつけた瞬間、出席者たちから「これは!」とか、「何という味だ!」という感歎の声が上がる。
公爵は「これほどとは」といったきり、グラスを手放せなくなる。
ロックハート家の面々は何度も飲んでいるので、そこまでのリアクションはなく、出されたメイン料理を味わっていた。
「この羊は本当に美味しいわ。村で食べるものより、いい羊だからかしら?」
「それもあるが、それより時期だな。まだ、生まれて二、三週間ほどの乳飲みのものだから臭みが全くない。それを絶妙に焼き上げ、見事なソースで仕上げている。完璧な子羊のローストだと思うよ」
今回の料理は公爵が言った通り、ラドフォード子爵と俺が監修したものだ。といっても、俺はアイデアを出しただけで、ほとんど子爵が料理長に説明している。
ちなみに乳飲み子羊の時期としては少し早い。
事前に手紙で連絡しておいたが、エザリントン公爵家といえども、これだけの数を用意するのが大変だったらしい。
「これほどとは思わなかったよ、クレメント殿」
公爵がシーウェル侯に声を掛ける。
「これはシーウェルの宝であるとともに帝国の宝でもある。ぜひとも、我が家にも回してもらいたいのだが」
「もちろん、アレクシス殿にもお譲りしますよ。ただ、生産数が少ないことと、今はザカライアスの魔法が頼りという状況。安定的に販売できるのは十年後というところです」
「それは残念だ。しかし、これは今までのシーウェルワインとも一線を画す一品。これもザカライアスによるものですかな」と公爵がシーウェル侯に質問する。
「ええ、その通りです。蒸留所の建設予定地を視察している時、彼の妻ベアトリスが最初に気づいたそうです」
「ベアトリスといえば神槍の使い手ではなかったですかな? その彼女が……信じられん」
猛者というイメージが強いためか、公爵は驚きを隠せない。
「ええ、私も最初に聞いた時には信じられませんでした。話を聞くと、イグネイシャスはもちろん、ザカライアスですら、最初は全く気づかなかったのです。鼻がよい獣人であり、常日頃ザカライアスとともに美酒を飲んでいたベアトリスであればこそ気づいたのでしょう」
「なるほど。で、このワインの秘密は教えていただけるのですかな」
そう言ってニヤリと笑う。
シーウェル侯も同じように微笑み、
「既にローレンシア殿、プリムローズ殿もご存知ですから、隠しても仕方ありません。ですが、私が説明するより、ザカライアスに説明させた方がよいでしょう」
そう言って、俺に目配せを送ってきた。
俺はそれに目礼で応えて立ち上がる。
「折角の料理とワインですので、楽しみながらお聞きください。まず、このムーラン村のワインの最大の特徴はブドウにあります……」
シーウェル侯爵領の地理的・気候的な話などを交えて、解説していく。
「……シーウェル侯爵領は比較的大きな川が流れる盆地にあります。その独特な地形と気候が新たなブドウを作ったのではないかと考えております……このブドウの最大の特徴は芳醇な香りとコクです。但し、熟成が弱いと強い酸味と渋味に隠され、その真価は発揮できません。今回、私の魔法で熟成を促進しましたが、どれほどの潜在能力を秘めているか分からないほど、可能性を持ったブドウであると考えます……」
そして、最後に一言付け加えておく。
「今回、偶然この至高ともいうべきワインを発見しました。シーウェル侯爵領という特殊な条件でできたという考え方もありますが、他の領内にも無限の可能性を秘めたワインがあるかもしれません。しかし、漫然としていては見つかりません。望まれるのであれば、努力して見出ださなければならないのです。ですが、それだけでは不足です。それを育て、最適な状態で出荷する。その努力も必要になるのです」
全員が聞き入っていた。
「ワインは楽しむものですので、これ以上語っても仕方がありません。公爵閣下、よろしくお願いします」
誰も手を動かそうとしないので公爵に強引に話を振る。
「そ、そうだな。では、皆も楽しく飲もうではないか!」
公爵の言葉に全員が動き出す。
「何か言い過ぎたか」とリディに聞くが、
「いつものことでしょ。呆れているだけよ」と軽く流される。
ちなみに今回用意したのは五年分の熟成を加えたものだ。十五年物の方が圧倒的に美味いのだが、いきなり十五年物を出すのはインパクトが強すぎるということで晩餐会では五年物にしている。
他の理由としては料理に合わせるにはこのくらいの力強さの方がいいということもあった。
もっともエザリントン公には十五年物も数本贈られているらしい。
今回はその五年物を三十本用意している。
三人に一本という割合だが、あっという間に無くなってしまった。
今日のデザートはシーウェルでも作ったワインゼリーだ。但し、今日は白ワインで作ってある。
「エザリントンワインを使ったゼリーだ。私自身、このような使い方をするのはどうかと思ったのだが、プリムローズが強く勧めたため、これに決めたのだよ」
公爵がそう言ってゼリーを持ち上げる。
少し濃い目の白ワインを使っているため、灯りの魔道具の暖色系の光を受けて黄金を溶かしたような美しいものに仕上がっていた。
「美しい」という声が上がり、一口食べた出席者から「これは美味い。さすがはプリムローズ様ですな」という賞賛の声が上がる。
プリムローズがその言葉に笑顔で応える。
「シーウェルでザカライアス様に作っていただいたものを参考にしているだけです。シーウェルの赤ワインのゼリーも美しくて美味しいものでした」
「これもザカライアス卿か」という声が聞こえてきた。
その後、希望者にはブランデーが用意され、そのつまみにチョコレートを少量付けている。
重厚なクリスタルのブランデーグラスに琥珀色のブランデーの水面が煌く。
チョコレートは出すつもりがなかったのだが、これもプリムローズの強い希望で出されることになった。
「これだけの 甘味(スイーツ) を世に広めないのは罪ですわ」
「ラドフォード子爵閣下に製造法をお譲りするつもりなのですが」と言ってやんわりと断ろうとした。
「子爵様には私からお願いしますわ。魔術師の件も含めて早急に生産体制を整える必要があると思っておりますので」
更に詳しく聞くと、チョコレートの販売で利益を得るつもりはなく、単に自分が食べたいため子爵に協力するということらしい。
結局、ラドフォード子爵もプリムローズに懇願され断れなかったようだ。
おおらかなのか、たくましいのか判断に迷うが、ある意味公爵令嬢らしい大胆さだと感心する。
そのブランデーとチョコレートの組み合わせだが、最初は全くうけなかった。エザリントン公もうちが贈ってからブランデーを嗜むようになったが、甘いつまみという考えがなく、チーズなどを摘んでいたらしい。
「どうも甘味を酒のつまみにするというのに抵抗があるのだよ」
この世界ではドライフルーツを含め、甘みのある食材をつまみにすることはあまりない。昨年のドワーフ・フェスティバルでアルスの黒ビールとドライフルーツの組み合わせを披露したが、最初は怪訝な顔で見られたほどだ。
俺が自信たっぷりに勧めると、公爵も好奇心に負けて、ブランデーを飲んだ後にビターなチョコレートの欠片を口に含む。
最初は微妙な表情だったが、すぐに「ほう」という声を上げ、
「なるほど。このブランデーの香りにはよく合う。これも卿が考えた甘味と聞いたが」
「はい。今後はラドフォード子爵閣下が製造を手掛けることになると思いますが」
公爵はラドフォード子爵に向かって、
「さすがに抜け目がないな、卿は。これの独占販売ができれば膨大な富が手に入ることは間違いない」
公爵はそう言うが、実際にはそこまで儲かるとは思っていない。
まず、原料の確保が難しい。
カカオの生産は帝都プリムスがあるウェール半島の南部チェスロック辺りで、ごく小規模な栽培が行われている程度だ。
滋養強壮の薬として流通していることを考えれば当たり前なのだが、それを食材として扱うには生産規模の拡大が必要だ。
カカオの生産拡大に何年掛かるかは分からないが、自分の領地でもない場所での生産拡大は容易ではないだろう。
また、爆発的に売れたとしても原料であるカカオを独占的に扱えなければ原料費が上がり、利益は小さくなる。
子爵は帝都についてすぐにカカオを扱っている業者に独占契約を持ちかけており、長期契約も結んだらしい。
今のところ、その業者がカカオを買い取り、発酵させて商品化しているらしく、当面の原料を確保したようだ。しかし、儲かると分かれば他の業者が手を出すことは明らかで油断はできない。
その言葉に対し、子爵ではなく、プリムローズが反論する。
「お父様にはこの甘味のよさが分からないのですか? 富ではなく、すべての人に幸せを分け与えるために子爵様は製造されるのですよ。そうですわね」
子爵は苦笑を堪えながら、「その通りでございます」と答え、
「このチョコレートなる食材は無限の可能性を秘めております。甘味だけでなく、料理にも使えるはずです。いい加減なものが作られないよう、しっかりと管理したいと考え、私が独占的に製造することを考えました」
公爵を始め、多くの者たちがそのやり取りを微笑ましく見ていた。
その後、歓談の時間となり、多くの出席者が公爵のテーブルを訪れ、その際にロックハート家ともあいさつを交わしていく。
ほとんどの出席者は好意的だったが、一部には非好意的な目を向けてくる者もいた。
それはローレンシアとプリムローズとの婚約を狙っていた若い貴公子たちだ。
次期宰相と言われ、元老であるエザリントン家の直系の令嬢を娶れば、帝国政府内での出世は約束される。そのため、伯爵家や子爵家の嫡男の多くが彼女たちとの婚約を望んでいた。
しかし、ローレンシアは学業に、プリムローズは甘味にしか興味がなく、二人とも結婚に前向きではなかった。そんな彼女たちが俺と婚約しそうだと知り、敵意に近い視線を送ってきたのだ。
理由はそれだけではないだろう。隣にいるリディの存在もあるはずだ。
彼女は屋敷に入った時だけでなく、会場に入った時にも感歎の声が上がるほど美しい。
そんな彼女と結婚しているだけでも妬ましいのに、更に美しいだけでなく、権力まで付いてくる公爵家の令嬢との噂まである。
それが皇子のような高貴な身分ならまだ許せたのだろうが、相手は騎士の次男に過ぎないのだ。
二十歳前後の貴公子たちに妬むなというのは無理な話だ。
それでもエザリントン公爵家の一門らしく、嫌味を言うような輩は一人もいなかった。まあ公爵本人が目の前にいるのに言えるはずもないが。
晩餐会は無事に終了した。