軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十八話「帝国貴族たち」

二月十二日の午後八時頃。

エザリントン公爵家の晩餐会は和やかな雰囲気の中、終了した。

終わったものの、そのまま帰るわけではない。こういった晩餐会は情報交換の場でもあり、公爵家の屋敷の客室を借りて会談が行われる。

そのため、身分に応じた部屋が用意されているが、俺たちは主賓ということでエザリントン公爵家と一緒にいることになった。

父たちは公爵と歓談しているので、俺は公爵家の嫡男スティーヴンと話すことにした。

スティーヴンは秀でた額と肩まで掛かる金髪、ブルーの瞳に細い口ひげを蓄えた知的な感じがする若者で、父親であるエザリントン公によく似ている。

ただ、武人でもある公爵より更に線が細い感じで、柔らかな表情を常に浮かべており、大貴族の御曹司という言葉がすぐに思い浮かぶ。

本来なら身分の高い者が歓談の相手を指名するため、こちらから話しかけるのは慣習を無視することになるのだが、今回は目的があった。

「スティーヴン様は宰相閣下の秘書官をされておられるそうですが?」

「ああ、そうだが」

俺から話しかけたことに不快な表情は見せていない。

「お聞き及びかもしれませんが、宰相閣下のご領地フィーロビッシャーで蒸留酒を造るという計画を考えております。先日、その話を鍛冶師ギルドでしたところ、フィーロビッシャー家の酒に対する熱意を認めねば鍛冶師は派遣できないとフィンク支部長から言われたのです」

話が見えないのか「話は知っているが」と言って小さく頷き、先を促す。

「そこでフィーロビッシャー家の若手の文官の方を紹介いただけないかと」

まだ話が見えないのか、僅かに警戒しているようで、了承より前に疑問を口にした。

「なぜ私に頼むのだ? 卿なら父や宰相閣下ご本人に依頼することもできたのではないか?」

当然の疑問だ。

「宰相閣下や公爵閣下にお願いすれば、文官でも重鎮の方を指名されるでしょう。ラドフォード子爵閣下ほどの美食家であればよいのですが、初めてのことですので、やる気があり将来にわたってドワーフたちと良好な関係を築ける若手の文官の方がよいと考えたのです」

「なるほど。彼らの寿命は我らの三倍ほどだと考えれば分からぬでもないが……それだけが理由なのか?」

そう言って俺の目を見つめてくる。さすがはエザリントン公の嫡男と思わせる眼力だった。

「可能であればスティーヴン様にもドワーフたちと会っていただきたいというのも理由の一つです」

「話が見えないな。私がドワーフに会って何をするのだ?」

俺たちの話を公爵が聞き耳を立てている。俺の考えが分かったのか小さく頷いていた。

「エザリントン公爵家は今後、鍛冶師ギルドとの関係が強化されます。これは閣下が蒸留所の建設をお考えであり、更にエザリントン支部の鍛冶師たちの絶大な支持を受けておられるからです。しかし、閣下は近い将来宰相となられるお方。つまり、エザリントン家の今後はスティーヴン様の肩に掛かるということです。鍛冶師ギルドとの関係は 慎重を要する(センシティブな) 案件です。そのため、一度彼らと会うべきだと考えました」

公爵家の後継者に対し、俺のような身分の低い者が言うべきことではないが、今後のエザリントン家の方針について話をした。

今後エザリントン公が宰相になれば、領地経営は嫡男である彼と公爵家の家宰レドナップ伯に委ねられる。

そして重要なことは公爵が鍛冶師ギルドと良好な関係を築いたことだ。

しかし、ドワーフたちとの関係はアレクシス・エザリントン公本人との個人的な友誼に過ぎない。

老練な現当主であるなら鍛冶師ギルドの力を露骨に利用することはないだろうが、若い後継者である彼が“公爵家に従うもの”と勘違いすれば、ドワーフたちは間違いなくエザリントン公爵家を見限る。

それを防ぐためにはドワーフという種族を知ることが一番だ。そのため、彼を鍛冶師ギルドとの交渉の場に引き出そうと考えたのだ。

「なるほど。言わんとすることは分からないでもないが……レンシア、私が鍛冶師ギルドにいっても大丈夫だと思うか?」

ローレンシアに話を振る。

「正直言ってお兄様では難しいですわ」とあっさりと否定する。

スティーヴンは苦笑いを浮かべるが、自分の予想通りということで「そうだな」と頷いている。

「ですが、ザカライアス卿とご一緒なら可能性はあると思います。私ならこの機会を逃しません」

「そうですよ、お兄様」とプリムローズも賛同する。

「ならば、その話を受けよう。私もレンシアたちの話を聞いて興味があったのだよ。宰相閣下には私から許可をいただく。すぐには思い浮かばぬが、ジェレマイア様に相談すればよい者を紹介していただけるだろう」

フィーロビッシャー公の嫡男ジェレマイアは財務次官として宰相府にいることが多いから面識があるのだろう。

実を言うとスティーヴンに若手の文官を紹介してもらおうと思った理由はもう一つある。

それはフィーロビッシャー公爵家の文官の能力というか資質に、俺が疑問を感じていることだ。

フィーロビッシャー公爵家は名門ではあるが、領地はあまり発展していない。

帝都の南という農業に適した土地が領地であるため、農産物の生産でそこそこ潤っている。しかし、交易で大々的に儲けているエザリントン公爵領や農業と漁業で潤うラングトン大公領に比べると、数分の一以下という経済規模しかない。

当主アービング・フィーロビッシャー公爵は名宰相という評価だが、長きに渡って宰相の職にあることから領地経営が疎かになっているか、公爵に萎縮して大胆な改革ができない雰囲気があるのかもしれない。

いずれにしても今までにない蒸留酒造りということに消極的な姿勢を示す可能性がある。

そうなると、ドワーフたちが納得せず、フィーロビッシャーで蒸留酒が造られないことになる。

そのことを懸念しており、できる限り宰相の影響を受けていない人物を紹介してほしいと思ったのだ。

スティーヴンから了承を取り付けると、シーウェル侯爵たちがやってきた。

「今宵のワインはいかがでしたかな」とシーウェル侯が陽気に言うと、

「クレメント殿には敵わぬな。確かにあれほどのワインとは想像できなかったよ。それにしても、素晴らしいワインを見つけたものだ」

「私は今でも興奮しておるのですよ。先ほどのワインが今後更に美味くなる。どれほどのものになるのか、それが楽しみで仕方ないのです」

興奮気味の侯爵にエザリントン公が苦笑する。

「その気持ちは分からぬでもないが、ドワーフとザカライアスに感化されているな。以前ならそこまで熱くは語らなかったと思うのだが」

シーウェル侯はその言葉に大声で笑う。

「ハハハ! 確かにそうかもしれませんな! アレクシス殿も十五年物を飲んでみれば分かりますよ。あれほどの酒が存在するのかというレベルのものです」

「そう言えば半ダースほど別にしてあったが、あれが本当の神酒というものなのか……」

「ええ、それだけではないのです。ザカライアスの話では生産方法を見直せば、更に美味になる可能性があると。二年前には考えもしなかったことです。ヒューバート殿はよい縁者を持たれたと思いますよ」

確かにヒューバート・ラズウェル辺境伯の娘ロザリンドと兄ロドリックが結婚しなければ、俺がシーウェル侯の知遇を得ることはなかっただろう。そうなれば、シーウェルワインの品質向上にも携わらず、あのワインに出会うことはなかった。

「そう考えると、ジョナスがしでかした失敗が神の思し召しと思えてきます。まあ、あのような恥さらしなことは二度とごめんですが」

嫡男ジョナスが酔ってベアトリスに言い寄り、その詫びとしてシーウェルワインが贈られるようになった。それからシーウェル家と親密な付き合いをするようになったが、当の本人は侯爵の後ろにおり、顔を真っ赤にして俯いている。

「それを言ってはかわいそうだろう、クレメント殿。ジョナス殿も反省しているのだ」

その後、一時間ほど歓談した。エザリントン公爵家に連なる伯爵家や子爵家から挨拶を受けたものの、特筆するような話はなかった。

公爵本人がいることから、顔をあわせておきたいという目的しかなかったのだろう。

午後九時頃、エザリントン公の屋敷を後にした。

ロックハート家の馬車に乗ると、リディが「ようやく落ち着けるわ」と言って大きな溜め息をつく。絡まれるようなことはなかったが、注目され続けていたため緊張を強いられていたようだ。

「私も同じだ」と父が言うと、母はもっと露骨に「これが毎日続くかと思うと憂鬱だわ」と表情を曇らせる。

明日からは元老や有力な侯爵家の舞踏会や園遊会、晩餐会が続くことになっているのだ。

俺自身も憂鬱だ。

父たちと一緒に招待されており、ほぼすべてに出席しなければならないからだ。

シーウェル侯の屋敷に戻ると、メルたちが待っていた。

「お疲れ様でした」とメルがいい、シャロンも「どうでしたか?」と聞いてくる。

大丈夫だと伝えると、メルがルナの話をし始めた。

「ザック様に食べていただきたいと言って、楽しそうにケーキを焼いていましたよ。私たちも少し手伝ったんですけど、別人みたいでした」

「そうか。少し遅い時間だが、顔を出してこようかな。シャロン、悪いが寝ていないかアンジーかエレナに確認してくれないか。寝ているようなら明日にするから」

シャロンはすぐにルナの部屋に行き、戻ってきた。

「どうやら疲れて寝てしまったようです。アンジーさんから聞いたんですが、大事そうにケーキを持って待っていたんだそうです」

翌日、ルナと顔を合わせると、はにかみながらケーキの入った箱を渡してきた。そして日本語で話しかけてきた。

『昨日作ったチョコレートケーキです。お酒と一緒に食べるにはどうしたらいいのか分からなかったので、あまり甘くないものにしてみました』

『パウンドケーキなんだろ? だったら甘くない方が好きだな。それに少し時間を置いた方が美味くなるんじゃなかったか』

『ええ、一日くらい置いた方がしっとりしたと思います。あまり覚えていませんけど……』

俺は彼女の頭をなで、「ありがとう」と言うが、

『日本語はあまり使わないようにしような。変な目で見られるから。それに父上たちもメルたちも知らない言葉で話されるのはあまりいい気分じゃないだろうし。まあ、二人だけの時はいいけどな』

そう言うと「はい」と言って頷いた。

(これだけ明るくなったのなら、訓練はともかく、この世界のことを教えてもいいかもしれないな。あの小さな村では大した教育は受けられなかっただろうし……)

俺はできる限り彼女との時間を作ろうと心に誓った。

その日の午後はラングトン大公家での舞踏会と晩餐会だった。

レオポルド皇子派の領袖ということで帝国軍関係者が多い。

そのため、舞踏会も軍服姿が多く、華やかさよりも重厚さを感じるほどだった。

俺たちにも多くの貴族が話しかけてきた。

ラングトン大公やケンドリュー公爵からはレオポルド皇子派に入るよう働きかけがあったが、父が帝国のために全力で尽くすとしか答えないことから、事なきを得ている。

他の出席者からも声が掛かっているが、正直なところあまりいい印象はない。

事前に二人の領袖から釘を刺されていたのか、彼らの前で露骨に嫌味を言うような者はいなかった。しかし、その目がないところでは辺境で武勲を挙げたうちに対して露骨に嫌味を言ってくる者が多かった。

「馬鹿の一つ覚えで攻めかかるアンデッドなら、どれほどいようが、恐るるに足らん」

「飛び道具を持たぬスケルトン相手に防壁に篭っておったのなら勝利は約束されていたようなものであった。まことに運が良い」

などと言われている。

父は「運がよかったと思っております」と答えているが、戦死した自警団員に対する冒涜と感じ、内心では怒りを感じていた。

俺自身もそれほど楽だと思うならやってみろと思ったが、前線に立ったこともない貴族の将に言っても理解できないと思い、聞き流していた。

ただ、ベアトリスを連れてきていたため、彼女は憤りを感じ、「口先だけの連中だ」と小さく吐き捨てていたが、彼らの前では大人しくしていた。

今回のことで分かったことは、レオポルド皇子派にまともな人材がいないということだ。

エザリントン公ほどの傑物がいるとは思っていなかったが、彼の腹心であるレドナップ伯やシーウェル侯の腹心ラドフォード子爵くらいの人物がいると思っていたのだ。

しかし、伯爵以上に注目すべき人材はなかった。もしかしたら、子爵以下に人材がいたのかもしれないが、伯爵以上に遠慮したのか、ほとんど会話をしていない。

翌日の二月十四日はギャビストン公とインゴールスロップ公の園遊会のはしごだった。

ここでも皇太子派の工作が行われるが、そんな中、一人の貴族が印象に残っている。

その人物はジューダス・クレスウェル侯爵。父と同年代の三十代半ばで、美男子というほどの容姿ではないが、姿勢のよい立ち姿と洗練された仕草にこれぞ上級貴族と思わせるものがあった。

外見以上に感心したのは俺たちに対する態度だった。

他の出席者は成り上がりに対する見下すような態度が目立ったが、侯爵という身分にもかかわらず、偏見を感じさせない柔らかな物腰で、俺たちの価値を正確に指摘してきたのだ。

「ロックハート家が子爵家とは。私が元老なら陛下に伯爵位以上を与えるべきと進言するのだが」

それに対し、父は「私のような成り上がりに子爵位でも過分でございます」と答える。

「帝国の命運を左右するほどの力を持っているのだよ、卿は。そのことを分かった上での過剰な謙遜は嫌味に聞こえるから気をつけたまえ。これは冗談だがね、ハハハ!」

笑いながら、そう言ってきた。

周囲にいた伯爵の一人が、「それは過大評価ではありませんかな」と言うが、

「そうかね? 彼は鍛冶師ギルド、魔術師ギルド、北部総督府、そしてカウム王国に対して影響力を持っているのだよ。もし、そんな者が他にいるのなら教えてほしいのだが?」

伯爵は「そ、そうでございますが……」と言うものの、それ以上何も言えずに引き下がる。

そして、俺に対しても

「ザカライアス 殿(・) は帝国に仕えぬと聞いたのだが、惜しいと思うね」

侯爵家の当主が子爵家の次男に対して、敬称をつけていることに驚きを隠せなかった。そのため、一拍置いてからしか言葉が出てこなかった。

「過分なお言葉ですが、非才の身ですので」

「卿が非才ならこの世界に才能がある者など存在しないではないか。私としてはぜひとも私のいる外務部で働いてほしいと考えているのだよ」

外務部は宰相府に属する外交部門で、長官に当たる外務卿はギャビストン公だ。クレスウェル侯は外務次官だったはずで、そこへの勧誘ということだ。

「私のような若輩者に過分なお言葉をありがとうございます。しかしながら、まだまだ修行中の身、今しばらく研鑽を積みたいと考えておりますので、何卒ご容赦のほどを」

「仕方あるまい。だが、私は君の才能を買っているのだ。まあ、この中には見る目がない者も多いが、少なくとも君には帝国を動かすだけの地位を与えるべきだと思っている。これは私だけでなく、エザリントン公辺りも考えていそうだがね」

そう言ってその場を後にした。

このクレスウェル侯の印象が強く残り、インゴールスロップ公らと何を話したか覚えていないほどだ。

その日の夜、スティーヴン・エザリントンから翌日の午前中に面談したいという連絡が届いた。