作品タイトル不明
第六十六話「公爵家での宴:中篇」
二月十二日。
元老であるエザリントン公爵主催のロックハート家歓迎の宴が始まった。
俺たちは騎士爵という身分ながらも公爵家と同じテーブルについている。違和感はあるものの公爵自身が気楽な宴と称したように和やかな雰囲気で、楽士たちの奏でる軽やかなBGMとともに宴は進められていく。
料理はコース形式で前菜から始まり、スープ、魚料理、肉料理と出てくるらしい。
「お父様がザカライアス様を驚かす品を考えるようにと料理長に言ったそうです。私もどんな料理が出てくるかは存じませんけど楽しみですわ」
プリムローズが割りと積極的に話しかけてくる。今日の午後にチョコレートジェラートの試食をさせたことで気分がハイになっているようだ。
「今日はラドフォード子爵、ザカライアス卿と帝国でも一二を争う美食家が出席されるということで料理長が頭を抱えているとメイドが申しておりましたわ。そのお陰で私たちも美味しいものをいただけるのでよいのですけど、料理長には少しだけ同情しますわね」
ローレンシアも楽しそうに会話に加わってきた。
リディも和やかな雰囲気に安堵したためか、「それは楽しみですね」と珍しく会話に参加している。
そんな中、次男のリュシアンだけは会話についていけないのか、静かだった。
一人だけ会話に入れないのはかわいそうだと思い、話を振ってみた。
「初等学術院ではどのようなことを学んでおられるのですか?」
突然の問い掛けに驚き、目を見開くが、自分が会話に入るきっかけになると思っているのか、僅かに安堵の表情を見せる。
「いろいろ学んでいるよ。文学、算術、歴史、魔法学、兵学なんかだ。僕は兵学に力を入れているんだ」
魔法学は魔法を学ぶのではなく、どのような属性があるかと、魔法の発動に関する理論を学ぶ学問だ。
兵学は軍事理論というより、過去の戦いを紐解きながら軍の編成や指揮の重要性を教えるためのもので、歴史の一分野といっていい学問だ。
「兵学とは凄いですね。最近ではどのようなことを学ばれましたか?」
「三百年前、二七〇一年にあったラークヒル防衛戦について学んでいる。ルークスの野望を打ち砕いた戦いなんだ……」
目をキラキラさせてラークヒルの戦いについて説明してくれる。
ラークヒルの戦いとはルークス聖王国独立戦争の最後の戦いだ。
トリア大陸の南西部に位置するソーレ半島を掌握したルークスが、その勢いに乗って大陸中央部に進出しようとした。
その頃、帝国は無能な皇帝と派閥争いに終始する元老たちによって、今の半分程度の戦力しか保有しておらず、また、兵士に対して支払われる俸給を将軍や上級士官たちが着服し、士気も最悪に近い状態だった。
そのままではルークス軍が帝国になだれ込み、領地の大半を奪われるのではないかと危惧する者が多かった。
当時の皇太子もその一人で、帝国式の防御に優れた城塞都市ラークヒルに篭って何とか凌ぎ、ルークス軍の猛攻を食い止める。
しかし、皇太子はこのままではじり貧であるため、中央部に住む騎馬民族と獣人の 人馬(ケンタウルス) 族に救援を求めた。
ラークヒルを包囲していたルークス軍に対し、騎馬民族が奇襲を掛ける。更に皇太子も城内の戦力を出撃させ、挟撃によってルークス軍を壊滅した。
この勝利により帝国の崩壊を食い止めた。
しかし、帝国上層部の腐敗は相も変わらずで、現在に至るまでこう着状態が続いている。
「……騎兵による強襲はとても強力なんだ。特に防御陣地にいない敵には悪夢と言ってもいい……」
リュシアンは教師に習った話をそのまま得意げに語る。微笑ましいなと思いながら聞いていると、エザリントン公が話に加わってきた。
「では、騎兵だけで戦いに勝てるということかな」
父親からの質問に「はい。騎兵は最強の兵ですから」と自信たっぷりに答える。
確かに帝国では最強の兵種だ。航空戦力である飛竜騎士団がいるものの地上戦では騎兵ほどの戦闘力はない。
また、アクィラの東にいる魔族にはオーガに匹敵する大鬼族という種族がおり、彼らは騎兵以上の戦闘力を有するため、帝国ではという条件が付く。
更に状況によっては騎兵の戦闘力は大きく損なわれる。
当然、名将アレクシス・エザリントンもそのことは理解しており、「本当にそうなのかな」と更に質問する。
その質問でリュシアンの自信はあっけなく消えた。
「違うのですか……」
「よく考えてみなさい。騎兵だけで勝てるなら、帝国軍はすべて騎兵になっている。他の兵士たちがいるのは必要だからだ」
「はい……」と消え入るような声で言って下を向いてしまった。
折角話に加われるようにしたのにと思わないでもないが、公爵家の教育に口を挟むわけにはいかない。
「では、ザカライアスに聞こうか。最強の兵種は騎兵だと思うか」
「私もリュシアン様と同じ考えです」
「つまり、最強ということかね?」
「はい。但し、条件がつきます。騎兵の運用が可能な平地であり、かつ自分たちが戦場を設定できることが最低限必要な条件です」
「一つ目は分からないでもないが、二つ目はどういう意味かな」
目が笑っているため、俺の言いたいことは分かっているのだろう。
しかし、リュシアンの教育のために聞いたのだ。俺もその考えに乗り、リュシアンに理解できるように分かりやすく説明する。
「戦場を敵に設定されれば、騎馬の足を止めるような罠を設置される可能性がありますし、伏兵を置かれる恐れもあります。季節によっては雨でぬかるむような場合もありますから、そのような場所で戦わないという条件が必要になります」
「その通りだ。戦いは一つとして同じものはない。どのような状況でも対応できるように常に準備しておくことが重要なのだ」
その言葉にリュシアンが目を輝かせて「はい!」と頷いた。父親を心から尊敬しているということがよく分かる。
「お父様もリュシアンもこのような席で戦いの話をされるなんて無粋ですわ」
プリムローズがそう言って抗議する。
「それは済まぬな。だが、ザカライアスには何も言わないのか? 話に加わっていたが」
「ザカライアス様はお父様の質問にお答えしただけです」
公爵も分が悪いと思ったのか、「そうだな。以後気をつけよう」と言って退散する。
(この様子を見たら、彼女が俺に夢中になっていると思うだろうな。普段はおっとりとした感じだが、さすがは公爵令嬢だ。未だに芝居を続けてくれているようだな……)
実際、周囲の反応は驚きに満ちていた。
さすがに公爵家の面々の表情は変わらないが、エザリントン公の一門の子爵以下の者たちは目を丸くし、ヒソヒソと話をしているほどだ。
リュシアンは姉に叱られてシュンとしているが、これ以上話を振るネタがない。
仕方なく、リディと料理を楽しむことに専念する。
前菜はエザリントン公爵領の白ワインに合わせたのか、生の牡蠣だった。
レモンとハーブ、オリーブオイルに塩と胡椒で味が整えてあり、爽やかな一品だ。
今日の白ワインはシャルドネのような濃いもので、どことなくシャブリを思い出すほどで、牡蠣との相性は抜群にいい。
「これはよく合うね。これくらい濃いワインじゃないと牡蠣の生臭さに負けてしまうからな」
「そうね。本当に美味しいわ。これが食べられただけでも来た甲斐があるわ」
リディもお気に召したようで笑顔でワイングラスを傾けている。
「よく牡蠣は食べられるのですか?」とローレンシアに聞いてみた。
「ええ、エザリントンでも 帝都(ここ) でもこの時期にはよく出てきますわ」
ローレンシアも詳しいことは知らないようだが、この辺りでは牡蠣の養殖も行われているらしい。
確か、古代ローマでも養殖をしていたという話を聞いたことがあるから、簡単な方法があるのだろう。
二品目のスープは魚介の出汁のジュレ寄せだった。具としてボイルした小エビが入っている。
これもエザリントンの白ワインに合わせてあり、絶妙だった。但し、今度のワインはシャブリのような濃い感じではなく、ソーヴィニヨン・ブランのような爽やかな白だ。
「これも美味しい。肉からとる出汁のジュレ寄せも美味しいけど、私はこっちの方が好きだわ」
「丁寧な仕事がしてあるよ。多分、カサゴとか割と小さな魚でだしを取っているんだろう。エグミが出ないように下処理もきちんとしているみたいだ」
俺の言葉が聞こえたのか、公爵が苦笑いを浮かべている。
「やはり分かってしまうか。後で質問してやろうと思ったのだが、やはりザカライアスには敵わぬな」
そんな会話をリュシアンが驚きの表情で見ている。父親が俺のような身分の低い若造と楽しく話していることに慣れないようだ。
「エザリントンでも感じましたが、さすがはエザリントン公爵家の料理人ですね。これほどの料理は食べたことがありません」
「そう言ってもらえると料理長も喜ぶだろう。ラドフォード、卿の意見はどうかな」
少し離れたテーブルに座るラドフォード子爵に意見を求めた。
「私もザカライアス殿の意見と同じです。素材もさることながら、味付け、調理法がワインと絶妙です。お見事というほかはありません」
その言葉に公爵が相好を崩す。
「帝国で一二を争う二人の美食家から満足という評価をもらったぞ! 今日は我が公爵家にとって記念すべき日だ! ハハハ!」
公爵が上機嫌で笑うと周りからも「そうですな」という楽しげな声が上がる。
一門の長に合わせているということもあるのだろうが、特に不快そうな表情の者がいないので、本心から楽しいと思っているのだろう。
三品目は焼き物が来るかと思ったら、白身魚のフライだった。鍛冶師ギルドのエザリントン支部で食べたハタのフライらしい。
「これはエザリントンの名物にしようと思っているハタのフライだ! 先日食したのだが、思いのほか、私がはまってしまったのだよ!」
公爵は周囲に聞こえるように説明する。
白身魚のフライにタルタルソースで、キャベツの千切りの上に乗っていたら白身魚フライ定食になるのだが、今回は付け合せのクレソンの上に乗っており、定食感はない。
サクッと揚げられた衣としっとりとしたハタの身が、やや酸味の強いタルタルソースによく合う。
ワインは一杯目より少し重めの白で、樽の香りが比較的強いものだった。
悪くはないが、個人的な好みからいえば、アルザスのリースリングのような爽やかなものの方がいい。
顔に出したつもりはないが、公爵とローレンシアが俺の顔を窺うように見ていた。
「どうかな、これは」
そう公爵が聞いてきたので、当たり障りのないコメントだけを告げておく。
「以前のものより洗練されています。下味が塩と白胡椒だけで、シンプルになっているのですが、その分ソースに使っているピクルスがよい香りのものになっています。私個人の好みでいえば、こちらの方がいいですね」
「それにしては納得していないように見えたのだが」
顔に出していないつもりだったが、気づかれていたようだ。
「ワインが私の好みとは異なりましたので。といいましても、このワインでも充分に美味ではあるのですが」
「そうなのか? 卿ならどのようなワインと合わせるのだ?」
「もう少し華やかで軽やかなものがよいのではないかと思います」
すると公爵は給仕の一人に「ザカライアスが申したようなワインはあるか? あれば大至急持ってきてくれ」と命じた。給仕は速足で厨房の方に向かっていく。
この状況に俺は困惑していた。
エザリントン公爵家一門の集まりとはいえ、公爵家の当主が騎士の次男のいうことを聞いているのだ。
正直に話さずに満足していると答えておけばよかったと後悔する。
「イグネイシャス様の意見を聞いてみたら?」とリディが小声でアドバイスをくれた。それに小さく頷いて礼をいい、
「ラドフォード子爵閣下のご意見も聞かれてはいかがでしょうか?」
「うむ」と公爵は頷き、子爵に「卿の意見はどうだ?」と聞く。
「私もザカライアス殿の意見と同じです。このフライとソースの組み合わせはこれ以上ないほど完璧です。このワインほどの完成度であっても強すぎる香りは邪魔にしかならないと考えます」
「そうか。卿も同じか……」
そう呟くと、表情を明るいものに変える。
「この組み合わせは私が考えたものなのだ。料理長は二杯目のワインを推したのだが、私の好みには合わなかったのだよ。しかし、二人から駄目出しをされるとは思わなかった」
話が終わると、給仕がボトルを持って戻ってきた。
「これが最もご要望に合うものでございます」
そう言ってグラスにワインを注ぎ、公爵の前に置く。
「うむ。では、試してみるか」と言って全員が注目する中、白身魚フライを口に入れる。そして、充分に味わった後、ワインを口に含んだ。
「なるほど……」と言って、もう一口ワインを飲む。
「ザカライアスとラドフォードが言わんとすることが分かった気がする。私にその表現力はないが、皆も感じてほしい」
いつの間にか給仕たちが新たなグラスを用意しており、公爵が飲んだものと同じワインが供されるようだ。
白ブドウの爽やかな甘い香りに、微炭酸の清涼感と酸味を感じる。
ハタの持つゼラチン質とフライの衣の油分がさらりと消え、白身魚特有の旨味だけが残る。
「こっちの方が美味しいわね」というリディの声が聞こえ、更に周りのテーブルでも同じような感想が囁かれていた。
「こちらの方がはるかに美味い。悔しいが私には美食家としての才能はないようだ」
少しだけ悔しげな表情をしているが、その目は笑っており、場を和ます演技も入っているのだろう。
公爵の演技もあり、宴は更に賑やかになる。
そして、メインが登場した。